行田物語 悪夢

 

行田物語 悪夢

 


(oshi1.jpg)


(badream2.jpg)


(badream3.jpg)


(mayumi55.jpg)


岸和田城


(kishiwada2.jpg)

 

応仁の大乱の後、畿内では豪族たちが争い、君臣や一族の間でも戦闘がくり広げられたが、下克上の代表的な人物は、細川氏の臣・三好長慶(みよしながよし)だった。
天文17年(1548)長慶は、細川春元を追い払い、和泉国(大阪府)の実権をにぎったが、これも下克上の一例であった。

永禄4年(1561)長慶の弟・安宅冬康(あたかふゆやす)が和泉の岸和田城を守っていると、紀州(和歌山県)有田城主の畠山高政が、根来(ねごろ)衆らをひきいて襲ってきた。
急を聞いて、三好氏の本拠・阿波(徳島県)から、冬康の兄・三好実休【じつきゅう】(義賢【よしかた】)が来援した。

岸和田城の近くに陣をしいた実休は、翌日の合戦にそなえて仮眠した。
すると、自分が殺した主君・細川持隆の亡霊があらわれ、抜刀して斬りかかってきた。
驚いた実休は、「しばらく」と手をあげると、筆をとって、辞世の歌をしたためた。



 

草からす

 

霜またきょうの

 

日に消えて

 

因果はここに

 

めぐり来にけり

 



 

したため終えたとたん、目が覚めた。

不思議なこともあるものと、このことを城内の冬康にしらせてやった。

冬康は、すぐ返歌をおくって励ました。



 

因果とは

 

はるか車の

 

輪の外に

 

めぐるも遠き

 

みよし野の山

 



 

翌日、久米田池の近くで、激しい戦いが行われた。

そして実休は、根来衆の放った矢に当たって、死んでしまった。

実休が討死した、と聞くと、冬康はたちまち辞世の歌を思い出し、気味がわるくなった。
そこで城を捨てて逃げ、とうとう阿波へ帰ってしまった。

ところが3年後、冬康は、長慶によって殺された。
長慶の臣・松永久秀が讒言(ざんげん)したのである。

 


(nihonsiro2.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




187ページ 『日本の城ハンドブック新版』
監修者: 小和田哲男
2005年11月3日 第1刷発行
発行所: 株式会社 三省堂






デンマンさん。。。 今日は行田物語でしょう?


(kato3.gif)

そうです。。。

だけど、行田にあるお城は「忍城」でしょう!? 「岸和田城」は、大阪府の岸和田市にあったお城ですわァ~。。。 行田とは全く関係ないと思うのですけれど。。。

その通りです。。。  「岸和田城」は行田とは縁もゆかりもないのですよ。。。

それなのに、どうして「岸和田城」を持ち出してきたのですか?

あのねぇ~、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら、たまたま上のエピソードに出くわしたわけです。。。

上のエピソードと行田が関係あるのですかァ~?

そうです。。。 三好実休(じつきゅう)は主君の細川持隆を殺したのですよ。。。 それで、殺された細川持隆は実休の夢の中にまで現れて恨みを晴らそうとした。

つまり、三好実休は悪夢に悩まされたわけですねぇ~。。。

そうです。。。

そのことが行田物語と関係するのですか?

関係あるのです。。。 まず、僕が実家に出した手紙を読んでみてください。


2017年4月24日 月曜日

 

昨夜は突然の喜代司さんの死亡の知らせを受け、
全く予期していなかったので驚きました。

喜代司さんの体は以前と比べれば弱っているとは言うものの
少なくとも まだ2年か3年ほどは生きているだろうと予測していたので
死亡の知らせは青天の霹靂でした。

考えてみると、お袋の死が喜代司さんに生きることの儚(はかな)さと
希望を失わせたのでしょうね。


 


(gorinju01.png)


(soshiki02.png)

 

高校生の頃電車に飛び込み自殺をしようと試みたことがあったけれど、
「俺が死んだらかあちゃんが悲しむだろうなァ~……」
そう思って思いとどまった
ということをお袋から聞かされた覚えがあります。

そう言う訳で私も去年の11月に帰省した時に、
「お袋よりも先に死ぬことだけはしないように……」と喜代司さんに言おうと思ったのですが……。
つい、言う機会を逃してしまいました。

しかし、喜代司さん自身にも、お袋よりも先に亡くなって悲しませたくないという気持ちがあったのでしょう!
だから、お袋が2月4日に亡くなって2ヶ月であの世に逝った言う事が
なんだか、寂しく一人でお墓に入っているお袋の話し相手にでもなろうと思って
お袋のそばに逝ったのだと…… そんな風に思えてきました。


そのように思うと喜代司さんの死が不憫ではなく、
なんだか心温まるようにも思えます。

ところで、4月28日の午後5時にお通夜をやるそうですが、
夕べ、よくよく考えた挙句、日本へ戻ってお通夜に参加することはやめます。

親父さんの葬式にも出なかった。
私は、もともとお通夜とか葬式という行事に意味を見出していないのです。

それで、親父さんが入院中には20日間ほぼ毎日見舞いに行田中央総合病院に通いました。
親父さんとは あまり話をしませんでしたが、その20日間には、
20年分ぐらいの話をしたように思います。

「死んで花実が咲くものか」と昔の人は言いましたが、
死んでから、お通夜やお葬式をしても、意味がないと思うのは、そういうためです。

お袋が亡くなったときに、通夜と葬式に参加したのは例外中の例外でした。
30年以上お葬式に出たことがない!

喜代司さんとも、お袋が亡くなった時に帰省して
食事を一緒にしたり、会ってそれなりに語り合えたことはよい思い出ができたと思います。

そういうわけで、もう20年ほど前から遺書を書き換えていますが、
つねに、自分の葬式は要らない。。。
遺体はバンクーバーの大学の医学部に寄付。
そのようにか固く決めています。

正造さんに、すべてを任せきって、自分が何もしないということを
心苦しく、我侭だとは思いますが、
通夜と葬式だけが亡くなった者を“ともらう”、というものでもないでしょう!

心の内でお袋に対しても、喜代司さんに対しても、充分に“ともらう気持ち”を持っています。
通夜や葬式は私にとって、形式だけの 時間と金を無駄にする行為に見えて、時には滑稽にも思えてきます。

仏教が葬式仏教になって、お葬式に100万円以上がかかるというのは、滑稽としか言えず、
正式にすると400万円もかかるというのは馬鹿バカしく思えてなりません。

 


(soshiki01.jpg)

 

坊さんに、合計で60万円も包むのは、さらに滑稽としか思えません。
「坊主まるもうけ!」とは、昔の人はよく言ったものです!

そういうわけで、今回の喜代司さんのお通夜と葬式には出ませんので、
親戚の人たちには、当たり障りのないように正造さんからよろしくお伝えください。

喜代司さんの葬式は、バンクーバーで私なりに心の内で“ともらいたい”と思います。
墓参りなども、私は全く信じておりません。

今年の秋には、これまでどおり行田に帰省して また食事を一緒にしながら語り合いましょう。。。

 


(hakamairi2.png)

 

喜代司さんのお骨も、親父とお袋のお骨と並んで 仲良くお墓の中に入っていることでしょうから、
その時には、例外中の例外で、お墓参りをしてあげようと思います。
心の内のお墓参りのつもりです。

ちなみに、お袋のお通夜と葬式に泰夫さん(デンマン注:お袋の実弟、故人)の妻の安子さんが
あれほど体が弱っているのに、参加してくれたのには、本当に驚きでした。
当時、お礼に伺おうと思っていたのに、ついつい行きそびれてしまいました。

今年の秋、もし健在であれば、蓮華寺にお墓参りした後で
安子さんを お見舞いしたいと思います。

 


(rengeji01.jpg)

 

勝手ではありますが、そのようなわけで喜代司さんの通夜とお葬式には欠席します。

あしからず……。

 

追伸:

たまたま、2016年10月6日の手紙を読みなおしたら
(フラッシュ・メモリーに下書きが保存されている)

次のように書いてありました。



(jizai20.jpg)

「もし、喜代司さんが2,3日間自宅に

戻れるような機会があるなら、

私と喜代司さんの二人で 那須高原へ旅行して

由香里ちゃんが働いている「自在荘ホテル」で

泊まろうと予定しています。

喜代司さんにとっても、いい思い出になるでしょう。。。」


残念ながら旅行ができるほどの体調ではありませんでした。

このことがマジで心残りです。

多佳子さんに電話で連絡するようなことがあれば、よろしく お伝えください。


_____________________
デンマン




『行田遠野物語』より
(2017年5月27日)




デンマンさんの弟さんの喜代司さんが亡くなった知らせを聞いて私もビックリしましたわァ。。。 行田の「とんでん」で親類の方たちが集まってご飯を一緒に食べたことがあって、その時 喜代司さんはお元気そうでした。。。 そのときの面影が鮮やかに思い浮かんでくるのですわァ~。。。



確かに、急に亡くなってしまったという印象ばかりが強いのですよ。。。

。。。で、その喜代司さんと“悪夢”が関係あるのですか?

そうです。。。 高校生の頃電車に飛び込み自殺をしようと試みたことがあったけれど、「俺が死んだらかあちゃんが悲しむだろうなァ~……」 そう思って思いとどまったということを僕は お袋から聞かされたのですよ。。。

そもそも、飛び込み自殺を試みようとしたというのは、なぜなのですか?

今でこそイジメは 珍しくも何でもないけれど、昭和40年代には 世間ではイジメについてはそれほど騒がなかった。。。 でも、イジメはずっと昔からあったのですよ。。。

つまり、喜代司さんは高校生の頃にイジメにあったのですか?

そうなのです。。。 しかも、イジメをするのが担任の教師だった。。。 ここで、喜代司の性格を知るために、多佳子・叔母が書いた手紙も読んでみてください。。。


デンマンさんへ


(aunt201b.jpg)

 

お元気でしょうか?
通夜・葬送の儀 無事に済みました。

ところで、アナログ<--->デジタル どちらも伝達手段として使うのでしょうが、私は真の意味を論理的に知りません。
時計に例えるならば、私はアナログ派。
なんでも物質的なものは体で確かめたいタイプ。

多分、後々 その先々も PCに恋することはありません。
実際、PCの前に座るとき、決してときめきはありません。 恐怖でドキドキします。

本日 4月30日 (日曜日) 午前11時にデンマンさんのメールを拝読しました。
デンマンさんに また「宝の持ちぐされ」と揶揄されるかも知れませんが、メールのやり取りは 2015年の秋、デンマンさんが帰省時 私の家にフラッシュ・メモリーを忘れたときに「自遊空間」に居るデンマンさんへ、その件でメールして以来久しく使っていません。

なので、自分のアカウント名やパスワードを入力する時にはドキドキはさらに上昇。
どうぞ笑ってください。
そもそも私のPC使用の目的は、作文用原稿の升目を埋めるだけで十分なのです。

人は人にどれほどの真実を伝えられるかという事を考えたとき、メールを作動させるときは絶対、必要以外は使用しないと決めていました。
理由は二つ。

①下手である。

②追い立てられているような強迫観念に付きまとわれる(神経疾患だと思う)。

今日はメールで返事をと考えていたのですが、なにやら入力する箇所がいくつかあって、またとんでもなくグチャグチャになる可能性が見えるので郵便に変更しました。

 


(gal132.jpg)

 

まず喜代司君のご冥福を祈ります。
私はデンマンさんと全く同じ事を考えていた事柄があります。

いろいろな説があるようですが、死没して77日経過すると死者は神の世界に入る。
これは夫の実家である東京の洗足の菩提寺の住職の説法だった記憶があります。
それまでは東雲(しののめ)の光に照らされた朝霧のように、家や家人の周りを廻り、安穏であるように導いている。

私は正造さんから訃報を受けて、すぐに芳江さん(デンマン注:僕のお袋であり、多佳子の一番上の姉)の命日から指を折ったら80日。
まさに霊から仏へと渡り行く時で、芳江さんが神様となり、デンマンさんと正造さんの苦労するであろうことを慮(おもんばか)り、また喜代司君の病苦から救い、母親の懐に呼び寄せたと感じ取りました。
この事を正造さんに話したら、デンマンさんも同じよなことを言っていたそうですね。

棺の中の喜代司君は佐吉・お父さんにそっくりでした。
考えるに加藤家の脳力(能力)の高さは父方のゲノム(genom)だと確信しました。
母方、つまり、犬塚の私の実家の脳力は並です。

精進落としの会食の際に、喜代司君の小学校の担任の先生(広田先生)と隣の席になりました。
彼の逸話、特に体育への比類ない努力と、その成果を力説していました。

どちらの家庭でもそうですが、長男・長女は特別で、喜代司君も長男のデンマンさんの影に隠れてしまっていて、私などは初耳でした。

私の健康を心配してくださりありがとう。
年齢の域だからと一言で片付けてしまえばそれまでですが、知らせがあった後、私は無理は禁物と葬儀のみに出席と正造さんに伝えました。
「ところでデンマンさんは?」
「来ないそうです」

いったん電話を置いたものの、正造さん一人で喜代司君を葬送するこの状況は考えられず、一番近い私は行くきりないと悲しさに胸の詰まるのを押さえて通夜と葬儀に伺うことを伝えました。
この時、思わず言ってしまいました。
「デンマンさんて しょうがないわねぇ~……!」

通夜は三男の修と臨席。
長男は仕事の都合で出られませんでした。
翌日の葬儀には厚子さんが車で送ってくれました。

美智子は母親のつねちゃんの代わりに出席しました。
喜代司さんの従弟の敏文君(通夜は夫婦で)と恵次君も見えました。

私はお葬式の最後のお別れで棺にお花を埋飾する際、喜代司君の知らなかった一生懸命さを想い不覚にも涙を落としました。

芳江さんの場合、日本人の平均寿命を越えた大往生。

 


(tengoku02.jpg)

 

悲しみよりはむしろ祝典の儀と勝手にとらえ、
私自身を重ねてみて、とても真似ることができない長寿にむしろ羨ましさを感じたくらいでした。

このことを正造さんに話したら、母子である正造さんと姉妹である私とでは立場上感受性の違いがあるのでしょう。
正造さんが一瞬顔を曇らせたので失言だったなと思った次第です。
でも、これは私の本当の気持ちでした。

行田の家に戻ったとき、正造さんにお願いしました。
「立派な仏壇があるのだから、宗教に関係なく3人の位牌を一緒に安置して貰いたい」
正造さんも同じ気持ちでした。

我が家の2階にある自称書斎から、前方の勝願寺の森を見ると、緑が日毎に色濃く変化しています。

 


(woods01.jpg)

 

若者たちは“この素晴らしき世界”と歌のような心地でしょうが、気温20度から25度に慣れない気だるさも手伝って、芽吹きの季節をうっとうしく感じます。

デンマンさんの言う儚さ。
私も同じく儚む方向に磁石の針が強く動いています。

今、短編・中編と2本平行しています。
いつも同じ事を言っていますが、私の死没までに家族に伝わるような編み方が完了すればと深く念じている毎日です。

正造さんが最後のお別れに棺に向かって言っていました。
「秋になったらデンマンさんと納骨しますから……」

合掌。

 


(gassho2.jpg)

 

それではデンマンさん、体に気をつけて……。

健康は自己責任でいきましょう。

お互いにね……。

追伸: 最後の方は疲れたので支離滅裂のようです。 意味不明な箇所もあるようですが宜しく読解のほどを……。

 

かしこ

 


(aunt201.jpg)

 

2017年4月30日 九条多佳子




『行田物語 母の懐』より
(2017年6月14日)




亡くなった喜代司の葬式に 僕は出席しなかったのだけれど、彼の小学校の担任の広田先生(女性)が、多佳子・叔母と精進落としの会食の際に同席して、いろいろと話をしたというのです。。。



喜代司さんは、陸上選手として頑張り屋だったのですか?

そうなのです。。。 性格も良くてクラスメートや担任の先生にも好かれるタイプだったのですよ。。。。

それが高校生になって、電車に飛び込み自殺しようと思うほどに どうして担任のT先生からイジメを受けたのですか?

あのねぇ~、高校生になってからは棒高跳びで国体を目指して頑張っていたのです。。。 でもねぇ~、先天的に脊椎に故障があったらしくて、棒高飛びを続けると半身不随になる危険があることが判って、本人はかなりショックを受けた。。。 それから、授業をサボって、グランドで自主トレーニングを始めるようになった。。。

そのことが元で担任のT先生とうまくゆかなくなってしまったのですか?

そうなのです。。。 母親も呼び出されたりして、担任の先生から「アイツは、本当にどうしようもない奴で 私の言うことなど何も聞かないのですよ」と、ムカつかれたらしい。。。

それで。。。?

「あの子は 3人の兄弟の中では一番大人しくて優しい子なのですよ。。。」と母が言ったので、担任の先生も、なんとか気持ちを落ち着けたらしい。。。 僕は、ガキの頃からイジメをやる方で、小学生の頃は、かなり憎まれた存在だった。。。 だから、弟の喜代司は僕には絶対に手向かいしなかった。 確かに大人しい優しい子供だったのですよ。。。 ところが、その大人しくって優しいはずの喜代司が、卒業してから、担任のT先生に脅迫の年賀状を出したと言うのです。


(koroshi3.jpg)



あらっ。。。 これは殺すと言う脅しの年賀状ですわねぇ~。。。!?



そうです。。。

どうして、そういう年賀状を出したと判ったのですか?

当時、僕の父親は校長を退職して鴻巣市役所で児童相談員として働いていた。。。 その脅迫の年賀状を持ってT先生は、真っ青な顔をして 親父のオフィスに出向いたと言うのです。。。 家に帰ってきてから、苦笑して僕に話したのですよ。。。 「虫も殺せない喜代司に 人が殺せるわけがない! T先生は、よほど喜代司をイジメて、後ろめたい気持ちがあったのだろうよ。。。 おそらく、悪夢に悩まされて眠れなかったのだろうなァ~。。。」

。。。で、その後 T先生はどうしたのですか?

警察沙汰にはしなかったらしい。。。 調べられると、T先生にも何か困ることでもあったらしい。。。 可笑しいのは、喜代司が「娘をよこせば許してやる」というようなことを言ったらしい。。。 (苦笑)

T先生の娘さんを人質(ひとじち)に取ろうとしたわけですかァ~? (真由美ちゃん、笑いをこらえています)

そうらしい。。。 つまり、そう言う可笑しなことを言うほど、喜代司にすれば腹に据えかねることだったらしい。。。

それで、T先生は。。。?

それでも警察に相談しなかったと言うことは、やはりT先生にも 喜代司が電車に飛び込み自殺するほどにイジメたという後ろめたい気持ちがあったのでしょう。。。 だから三好実休(じつきゅう)のように悪夢にも悩まされたようです。。。

それで、どうなったのですか?

悪夢に悩まされて、ストレスがたまって、T先生は胃癌にかかって死んでしまったのです。。。 イジメを受けた喜代司がT先生の悪夢に出てきて、安眠を妨げたのでしょうねぇ~。。。

マジで。。。? これってぇ、本当の話ですかァ~?

真由美ちゃんは、僕が冗談を言うために、こうして長々と行田物語を話したと思うのォ~?



(laugh16.gif)


【デンマンの独り言】


(kato3.gif)

真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

忙しい時間を割いて、真由美ちゃんも僕の母親の葬式には参列してくれました。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。


なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


(inflight2.jpg)


(airport1b.jpg)

ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


(stanley50.jpg)


(seawall3.jpg)


(seawall2.jpg)

世界で最も住みやすい街バンクーバー








(wetsuit.jpg)


(wetsuit3.jpg)


(gastown20.jpg)




(canplace22.jpg)



ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


(polar10.jpg)



上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


(hand.gif)




If you've got some time,

Please read one of the following artciles:





(santa85b.jpg)

『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』


(juneswim.jpg)

『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


(utsunomiya10.jpg)

『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


(biker302.jpg)

『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


(juneswim.jpg)

『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』

『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』



(surfin2.gif)


(dogs17.gif)


(girlxx.gif)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

次郎

  • Author:次郎
  • 次郎の徒然ブログへようこそ!
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
Hit Graph

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Follow Me
Twitter
ブログ内検索
RSSフィード
リンク