愛と憎しみの丸墓山


 

愛と憎しみの丸墓山

 


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ツナ缶@LOVE


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デンマンさん。。。 どうして古い。。。なんだか悲惨な絵を持ち出してきたと思ったら、ツナ缶@LOVEなのですか?


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あれっ。。。 小百合さんはもう忘れてしまったのですか?

何をですか?

やだなあああァ~。。。 かつて、小百合さんと僕は「さきたま古墳公園」でピクニックを楽しんだのですよ。


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2013年10月16日の水曜日は、とっても天気がよくて、まさに秋晴れの行楽日和でした。 それで僕もルンルン気分で lemon-pepper 味のツナをのせた“カナペ”を作ったのです。


(canape05b.jpg)


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小百合さんもウキウキして白ワインなどを持ち出して“とっても美味しいわァ! 素敵だわァ~!”なんちゃってぇ~、メチャ喜んでいたではありませんかァ!



わたし。。。 そのようなことを言いましたかしら?

あれっ。。。 忘れてしまったのですかァ~? 言ったじゃありませんかァ! 翌日のメールにも次のように書いてましたよう!




(sayuri5.gif)

用件:

ツナ缶も思った以上でした!


差出人: sayuri@yahoo.co.jp
送信日時: 2013年10月17日 (木) 20:02:51
宛先: (green@infoseek.jp)


どうも、たくさんのお土産ありがとうございました。


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コーヒーもそのまま、想い出の味でした。
TUNAも思った以上にLemonで
Chipsも私の好きなタイプでしたよ。
メール届いていたらイイね
ただ、すぐにブログに出したら怖いね。
 
自転車気をつけて。

さゆり


(sayuri15.gif)




デンマンさん!。。。 このような事をブログに書いても 読んでくださるネット市民の皆様は 面白くも何ともないのですわ。 白けてしまうだけですう。 書いているデンマンさんだけが ルンルン気分になってウキウキしているだけですわ。



あれっ。。。 小百合さんは嬉しくないのですか?

嬉しくありませんわ。

どうして。。。?

だから、メールにも書きました。 すぐにブログに出すと、オツムのおかしな人が読んで デンマンさんや私を狙って 「さきたま古墳公園」で待ち伏せして ドスや匕首(アイクチ)でデンマンさんの どてっぱらに風穴を開けるのですわ。

やだなあああァ~。。。 それは小百合さんの考えすぎですよう。

考えすぎではありませんわ。 ネットで嫌がらせのコメントを書いてイジメるようなことがはやっているのですわ。 アメリカでもカナダでもイギリスでも そのようなネットのイジメを苦にして自殺している人が最近ニュースになってますわ。

イギリスでのネットイジメ-自殺





確かに、アメリカやカナダではニュースになっているけれど、まだ日本ではネットのイジメを苦にして自殺した人は居ないでしょう! しかも、オツムのおかしな人が 小百合さんや僕を狙って どてっぱらに風穴を開けるなんて考えられませんよう。



日本でも学校のイジメで自殺に追い込むような人が居るのですわ。 デンマンさんを狙って どてっぱらに風穴を開ける人が出てきてもおかしくないのですわ。

そのような事はまず起きません。

その確証でもあるのですか?

ありますよう。 僕はかつて次のようなことをブログに書いているのです。





(foolw.gif)

元気で再会しましょうね。

差出人: デンマン (green@infoseek.jp)
送信日時: 2013年10月7日 (日)7:23:21
(Vancouver Time: Sun., October 6 3:23 PM)
宛先: 小百合 (sayuri@yahoo.co.jp)


ルンルン気分で毎日を過ごしてますか?
再会が楽しみですよ。

さきたま古墳公園のパビリオンでピクニックでもしましょう!
Lemon-pepper のツナ缶を持ってゆきます。


(tuna08.jpg)


(tuna10.jpg)


(pavilion90.jpg)

大長寺から さきたま古墳公園へ行く途中でベルクに寄って
厚切りのトースト用のフカフカした食パンと「青海苔ふりかけ」を買って、
パビリオンでピクニック。
きゃはははは。。。

食パンを4つ切りにして、
その上にLemon-pepper のツナ缶から
フレーク・ツナを取り出して載せ
「青海苔ふりかけ」をかけて食べるのですよ。


(vienna2.jpg)

アイリッシュクリームコーヒーを飲みながら食べる
「青海苔ふりかけ」Lemon-pepper のツナのカナペ(canapé )は
小百合さんと一緒に食べれば
ホッペタが落ちそうになるくらいに旨いはずですよ!
きゃははははは。。。

再会が待ち遠しいです!
じゃあね。


(denman01.gif)




『軽井沢タリアセン夫人とカナペ』より
(2013年10月10日)




もしですよォ~、小百合さんや僕を狙って どてっぱらに風穴を開けようと計画しているオツムの可笑しな人が居たとしたら 10月16日に「さきたま古墳公園」で待ち伏せしていましたよ。



だから、たまたまその日、その人は古くなったツナ・サンドイッチを食べて下痢を起こして 外へ出られなかったのですわ。

でも、どうして その人は古くなったツナ・サンドイッチを食べたのですか?

例えですわ。。。 例えですう。。。 もし、下痢を起こしたのでなければ、自転車に乗っていて ひっくり返って足の骨を折って歩けなくなって、それで「さきたま古墳公園」に来られなかったのですわ。

あのねぇ~、それも小百合さんの考えすぎですよう。

でも、用心することに越したことはありませんわ。 デンマンさんは、わざわざ どうでもいいような事をブログに書いて危険を招いているようなものですわ。 デンマンさんが脳卒中を起こして ヨイヨイになって衰弱して亡くなるか。。。 あるいは前立腺癌になってあの世に逝くか。。。 そのような事であれば納得がゆきますけれど、オツムの可笑しな人に どてっぱらに風穴を開けられて あの世に逝くことにでもなったら、死ぬにも死にきれないでしょう!?

確かに どてっぱらに風穴を開けられたくないですよ。 でもねぇ~、僕は小百合さんと「さきたま古墳公園」でツナ缶のカナペをラブラブで食べて、ルンルン気分になったのですよう。 その幸せな気分でブログを書いたつもりなのですよ。

だから、そのような事をわざわざ書くのは、危険を招くだけなのですわ。

でも、ラブラブでピクニックをしてルンルン気分になれたのですよう。 ブログに書きたくなるじゃありませんかァ!

だから、そういうことは あとで一人で読むように日記に書けばいいのですわ。 なにもネットで書いて公開する必要はないでしょう!?




『ツナ缶@LOVE』より
(2013年12月3日)




デンマンさんは、またツナ缶@LOVEを蒸し返してピクニックのことを書くのですか?



いや。。。 どてっぱらにハジキで風穴を開けて欲しくないから、ピクニックの事を書くつもりはありません。。。 小百合さんが また心配しますからねぇ~。。。(微笑)

。。。で、どういうわけで わざわざピクニックを持ち出してきたのですか?

もう一度 次の地図をじっくりと眺めてください。


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ピクニックをした後で丸墓山に登って行田の市街地を眺めたのですよ。。。 小百合さんも覚えているでしょう?



ええ。。。 でも、市街地まではかなりの距離があって街並みを見ることができませんでしたわ。

そうです。。。そうです。。。、僕が注目して欲しいのは市街地ではないのですよ。。。 昔、丸墓山のふもとに“西行寺”というお寺があったのですよ。

そのお寺が重要なのですか?

そうですよ。 実は去年(2015年)の2月5日に『丸墓山は誰の墓?』という記事を書いて、その中で次の本を紹介したのです。


埼玉古墳群


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  丸墓山

今から1600年前(3世紀末)から、1200年前(7世紀初)までの、たった400年の間を、古墳時代という、土を盛り、大きな塚を墳墓とした形式の時代があり、奈良時代初期で全く終わってしまっている。
不思議な現象である。

それは前方後円墳の形の分類上からいえることであるが、文献上からは『和名抄』に“埼玉郡、前玉郡佐吉多方、佐伊太末”とあり、武蔵国造(くにのみやつこ)笠原直使主(あたいおみ)の事が出ており、『日本書紀』安閑天皇の頃の甲寅(きのえとら: 534年)に、武蔵国造の笠原直使主と同属の小杵(おき)が国造(今でいう地方長官)の位を競い、上毛野君(かみつけぬのきみ:今の群馬県の君主)の小熊(おぐま)に助けを求め、笠原の使主(おみ)を殺そうと計画した。
朝廷に訴え、天皇は小杵を殺し使主を国造に任命したと出ているので、埼玉古墳群はこの国造一族の古墳ではないかというのが定説となっている。

というのは古墳は、地方長官以上の勢力を持つものでなくては作ることができないので、『和名抄』や『日本書紀』から国造の笠原の直使主(あたいおみ)の古墳ではないかといわれる様になった。
しかし、行田市内には八幡山、白山、真観寺等の古墳が散在しており須加、中条、斎条に小さな円墳が多いので、これをどう解釈してよいのだろう古墳はやはり不可解なナゾを含んでいる。

埼玉古墳群を案内すると、きまって、誰の墓でしょうかと尋ねられる。
文字の無い1400,1500年前の事なので判らないのが当然なのに、判らないというと大した学者ではないと馬鹿にした様な顔をする人が多い。
だから、一応は笠原直使主の『日本書紀』の説明をするが、伝説にある聖徳太子ゆかりの話を(西行寺縁起)することにしている。
丸墓山の南に西行寺という寺があって、その縁起には、聖徳太子のなくなった後の大和朝の内乱の末の大化改新の折、649年、蘇我石川麻呂の一族がこの地に逃げてきた。
麻呂の墓だから、麻呂墓山であるという。

先の笠原の使主の話から110年ほど後の事で、古墳中、後期にあたり話としては蘇我石川麻呂一族の逃げてきた話の方が面白いし、時代的に合うような気がしてならない。


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




243-245ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

『丸墓山は誰の墓?』に掲載
(2015年2月5日)




上の文章の中に西行寺が出てくるのですよ。。。 僕はてっきり現在、丸墓山の南にある 天祥寺のことだと思い込んでいたのです。 でも、調べたら天祥寺は西行寺とは全く関係ないのですよ。



つまり、西行寺というお寺は今はないのですか?

そうなのです。。。 存在しないのです。。。 明治の廃仏毀釈の影響で廃寺になってしまったのですよ。



(sakitama19.png)

『拡大する』

さきたま古墳公園から1km程東、埼玉の郵便局の手前に安楽寺がある。
この寺には、かつて丸墓山の麓にあり、古代(640年頃)から郷土民の信仰を集めていた西行寺が明治の廃仏毀釈で廃寺になる際、預った「子持地蔵」が二十数体現存している。
10cm程のこの地蔵は子供に恵まれない方や、安産を願う妊婦が、ご利益があるようお守りとして身につけた。

西行寺の開基は用明天皇(在位585年~587年)の舎人(とねり・古代、天皇・皇族の身辺で御用を勤めた者)調子麿(つきのねまろ)だという。
調子麿は日本書紀に聖徳太子の待臣、蘇我(そが)調子麿の名があり、『旧事本紀』には、舎人調子麿の和歌数首が載せてあり、駿河より見た富士山を詠んだものが多く、奥州の松島を詠んだものもある。

推古天皇の御時、聖徳太子は甲斐の黒駒(甲斐から貢上された駿馬)に乗って駿河の富士の嶺に登られた。
調子麿はただ一人お供をし、太子は山頂から四方をはるかに望み仰せられた。



(shotoku2.jpg)

“東の方向に紫雲たなびく所がある。
思うに武蔵の埼玉の群だろう。
彼の地は必ず仏法東漸(とうぜん・勢力が東の方へ次第に伝わり広まること)の霊地である。
私は明年死ぬであろう。
そなた、調子麿は私の廟(びょう)を彼の地に建て、
私が常に尊崇(そんすう・尊びあがめること)する地蔵菩薩を安置しなさい。”


推古天皇三十年(622年)二月の夜、太子は斑鳩(いかるが)の宮にて亡くなられた。
王臣百姓の愁嘆(しゅうたん・嘆き悲しむこと)は計り知れないものであった。
この月河内(かわち)磯長稜(しながりょう)に葬られたのだが、調子麿は御遺言に従い御遺骨を首に掛けて武州に下向し埼玉の群に至り、何処を御墳墓と定めようかと彼方此方(あちこち)を尋ね求めたが心に叶う処がない。
今の丸墓の地に至って、御遺骨が盤石の如くに重くなり動かない。
調子麿は、ここが太子の御心に叶う霊地に違いないと、御遺骨を納める堂を建て、太子尊崇の地蔵尊を安置し、さらに一宇(建造物を数えるときに使う単位)を建立して国王山地蔵院と名付けた。


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皇極天皇二年(643年)十一月、蘇我入鹿(そがのいるか)は兵を率いて聖徳太子の御子山背大兄王(やましろのおおえのおう)が住まわれる斑鳩(いかるがの)宮を囲んで襲撃した。

大兄王は一計を案じて獣の骨を寝所に置き、子弟二十三人と共に密かに生駒山に隠れられた。

入鹿の兵は宮中に火を放ち、灰の中に骨を発見して、王は焼死したものと思い囲みを解いて去った。


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その後、王は子弟二十三人と共に斑鳩寺の塔中に入り自害なされた。

この時、香煙は登って天の雲に通じ男は天仙となり、女は天女となって煙雲に乗って西を指して飛び去られたという。


(yamashiro1.gif)

調子麿は大兄王の御遺骨を奉じて武州に下り、太子のお墓に納めて寺を西行寺と号した。
大兄王が西を指して飛び去られたからである。
この墓を調子麿が建設したため麿墓といい、後世、麿を丸として丸墓と言ったという。

孝徳天皇の大化四年(648年)上宮太子(聖徳太子の異称)の廟所武州埼玉群西行寺へ寺領5余町を寄せられたのは太子菩提のためと国家安全のためであり、天皇の仰せを承り巨勢麿が寄進状に載せたのである。
その後寺は断絶したが永禄(上杉謙信)天正(石田三成の水攻め)の兵火で焼亡し、麓に一小堂を営み太子と地蔵の二像を安置した。
それが西行寺であると『忍名所図会』は語っている。

※「西行寺跡」という碑はありません。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
系図と写真はデンマン・ライブラリーより)




『西行寺と手持ち地蔵』より




ここで述べられていることが正しいとすると、丸墓山に葬られているのは蘇我石川麻呂ではなくて山背大兄王ということになるのですよ。



でも、山背大兄王のお墓は奈良県にあるのですわ。

あれっ。。。 小百合さんは そんなことまで知っているのですか?

『ウィキペディア』には次のように書いてありますわ。


皇極天皇2年11月1日(643年12月20日)、ついに蘇我入鹿は巨勢徳多、土師猪手、大伴長徳および100名の兵に、斑鳩宮の山背大兄王を襲撃させる。
山背大兄王の奴三成と舎人10数人が矢で土師娑婆連を殺し、馬の骨を残し一族と三輪文屋君(敏達天皇に仕えた三輪君逆の孫)、舎人田目連とその娘、莵田諸石、伊勢阿倍堅経らを連れ斑鳩宮から脱出し、生駒山に逃亡した。

家臣の三輪文屋君は、「乘馬詣東國 以乳部爲本 興師還戰 其勝必矣」(東国に難を避け、そこで再起を期し、入鹿を討つべし)と進言するが、山背大兄王は戦闘を望まず「如卿所 其勝必然 但吾情冀 十年不役百姓 以一身之故 豈煩勞萬民 又於後世 不欲民言由吾之故 喪己父母 豈其戰勝之後 方言丈夫哉 夫損身固國 不亦丈夫者歟」(われ、兵を起して入鹿を伐たば、その勝たんこと定し。しかあれど一つの身のゆえによりて、百姓を傷りそこなわんことを欲りせじ。このゆえにわが一つの身をば入鹿に賜わん)と言った。
山中で山背大兄王発見の報をうけた蘇我入鹿は高向国押に逮捕するように命ずるが断られる。

結局、山背大兄王は生駒山を下り斑鳩寺に入り、11月11日(12月30日)に山背大兄王と妃妾など一族はもろともに首をくくって自害し、上宮王家はここに絶えることとなる。
蘇我蝦夷は、入鹿が山背大兄王を殺害したことを聞き、激怒した。
なお墓は不詳であるが、法輪寺(奈良県生駒郡斑鳩町にある仏教の寺院)近郊にある「岡の原」という小山が山背大兄王墓であるという伝承がある。


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当時の天皇は長男による世襲制度ではなく、皇族から天皇に相応しい人物が選ばれていた。
その基準は人格のほか年齢、代々の天皇や諸侯との血縁関係であった。
これは天皇家の権力が絶対ではなく、あくまでも諸豪族を束ねる長(おさ)という立場であったためである。
また、推古天皇の後継者争いには敏達天皇系(田村皇子)と用明天皇系(山背大兄王)の対立があったとも言われている。

更に山背大兄王の暗殺には、多数の皇族が加わっていたと言われており、山背大兄王を疎んじていた蘇我入鹿と、皇位継承における優位を画策する諸皇族の思惑が一致したからこそ出来た事件であろう。
当時の後継者選びの基準が上宮王家一族を悲劇へと追い込んだのである。




出典: 「山背大兄王」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




でもねぇ~、奈良県にあるという山背大兄王の墓は伝承ですよ。。。 史実ではないのです。。。 むしろ、家臣の三輪文屋君は東国に難を避けるように勧めていた。



でも、山背大兄王はその助言には従わずに 運命を悟って自害したのですわ。

そのようです。。。 でもねぇ~、聖徳太子の舎人であった蘇我調子麿(つきのねまろ)は太子の気持ちを汲んで 山背大兄王の御遺骨を奉じて武州に下り、太子のお墓に納めて寺を西行寺と号したわけですよ。

。。。で、その後 丸墓山に山背大兄王を葬ったというわけですか?

そうですよ。。。

だったら、聖徳太子のお墓はどうなったのですか? 聖徳太子のお墓よりも山背大兄王のお墓が大きいのは可笑しいじゃありませんかァ!

だから、丸墓山には聖徳太子と山背大兄王の遺骨が仲良く眠っているのですよ。



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あたくしも一度だけ「さきたま古墳公園」を訪れましたわァ。
近くにある行田市立行田中学校というのはデンマンさんの母校なんですってぇ~。。。

公園の駐車場に「さかもと」というおみやげ物屋さんがあるのですけれど、
そこでゼリーフライを売っていました。


(sakamoto1.jpg)


(sakamoto2.jpg)

なんだか複雑なお味がしましたわァ。
デンマンさんは食べながら 子供の頃の思い出が湧き上がってきたといいます.
その当時は“ゼリーフライ”とは言わずに“ゼニ(銭)フライ”と呼んでいたそうですわ。

このようなことを書いていたら、なんだか お腹が空いてきました。
あたくしも何かを作って食べようと思いますゥ。

あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますう。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ。


(joe306.jpg)



どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


(taiyaki5.jpg)

あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
うふふふふふ。。。



お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


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