夫婦風呂


  
夫婦風呂





Subj:小百合さんのための記事を

書きましたよう。ぜひ読んでみてね。

ヽ( ´ー`)ノ きゃははははは。。。




Date: 23/09/2009 12:42:38 AM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間:9月23日 水曜日 午後4日42分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
CC: barclay1720@aol.com


小百合さんは元気ですか?
ゼニゴケとの格闘は終わりましたか?
山の家のコケ庭も、機会があったら是非見たいですよう。



ところで、僕は“帰省モード”に切り替えて忙しく準備を始めていますよう。
9月28日の記事を書いて、ついさっきライブドアで予約投稿したばかりです。
小百合さんがすぐ読めるように『小百合物語』サイトにもアップロードしました。
題して『ロマンとデジャヴ』ですよう。



『ロマンとデジャヴ (2009年9月28日)』

小百合さんが涙を流して懐かしくなるようなメールを使いましたよう。

\(^ヮ^)/ ギャハハハハ。。。

2008年に11月7日(金曜日)、パシオス(PASEOS)の5階にあるカフェでコーヒーを飲みながら1つのチーズケーキを半分にしてもらって小百合さんと食べたけれど、その時の事を書いたのですよう。
まだ、小百合さんに話した事のないエピソードです。
小百合さんが記事を読めば必ず思い出すだろうと思います。

今度、帰省した時にも、ぜひ、あのカフェで小百合さんとチーズケーキを食べたいと思います。
たぶん、小百合さんは三男坊を連れて、何度か行ったのではないか?

水城公園にもぜひ小百合さんと一緒に行きたいですよう。
駒形屋のゼリーフライも食べてみたい。
その事で次の記事を書いたけれど、小百合さんは読んでみた?







『「田舎教師」と行田 (2009年9月18日)』

この記事も小百合さんのために、一生懸命に書きましたよう。
まだ読んでなかったら、ぜひ読んでみてね。
 
長い記事になって、ライブドアでは字数制限をオーバーして2ページになりました。
『小百合物語』サイトの上のリンクをクリックすれば1ページで読めるよ。



「駒形屋」は飾り気のない小さな店だから、おそらくあの店のゼリーフライは昔のゼリーフライに味が一番近いのではないか?
そんな気がしますよう。
今から楽しみです。
小百合さんと食べれば、一味も二味もうまく食べられると思います。

\(@_@)/ キャハハハ。。。

昔の駄菓子屋を思い出させるような道端にある屋台なので
あの店を見ると、子供の頃の駄菓子屋が、なんだかとても懐かしくなりますよ。

田山花袋の文学碑もまだ見たことがない!
記事の中では水城公園の地図まで載せて文学碑の位置を赤丸印で示したけれど、間違っている可能性もある。
他のブロガーの記事を読んだら、次のように書いてあった。

「ゼリーフライ屋さんから公園の道を東に歩いて橋の手前の左手にあります」と。。。

でもねぇ~、かつて小百合さんが軽井沢のニューグランドロッジが雲場池の東側にあったと書いたように、東と西を間違えたり、右と左を間違って書く人居るからねぇ。

\(^ヮ^)/ ギャハハハハ。。。

小百合さんも、ぜひこれは。。。と思う所を考えておいてね。
楽しみにしています。

(\__/)
(+'.'+)
(")_(")


じゃあねぇ~






デンマンさん。。。、今日は夫婦風呂でざ~♪~ますかァ!



そうでうよう。卑弥子さんも上に貼り出した箱根の露天風呂を思い出して懐かしくなったでしょう?



『ロマンとデジャヴ (2009年9月28日)』

でも、おとといは小百合さんとサン・ジョルジェ城に上ってリスボンの町を眺めたと言うデジャヴを体験したお話でしたわ。

そうですよう。

あのォ~。。。もしかして、今日は小百合さんと夫婦になった気分でお風呂に入ったと言うデジャヴでござ~♪~ますか?

卑弥子さんは想像がたくましいのですねぇ~。。。僕も、できればそういうデジャヴを体験したいと思いますよう。

デジャヴでないとすると、どう言う訳で夫婦風呂を持ち出してきたのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、たまたま僕は9月15日の記事を読み返したのですよう。



『おばさんパンツとブログ (2009年9月15日)』

そうしたら、記事の中で次の「記事アクセス数」の表が目に留まった。



あらっ。。。「夫婦でお風呂」がダントツに読まれているのですわね!?

そうなのですよう。この記事は去年(2008年)の9月22日に書いたものですよう。



『夫婦でお風呂 (2008年9月22日)』

。。。んで、面白いのでござ~♪~ますか?

うん、うん、うん。。。僕は久しぶりに読んだけれど、面白いですよう。考えさせられました。

どのようなところが。。。?

ちょっとだけ読んでみてください。




僕は夫婦で一緒にお風呂に入る事は良い事だと思うのですよう。仲が良い事は素晴しい事ですよう。スキンシップにもなるし。。。、最近、セックスレスが問題になっているようだからスキンシップを保つ意味でも一緒にお風呂に入る事は良い事だと思いますよう。。。



つまり、お風呂の中でエッチしても良いとデンマンさんはおっしゃるのですか?

いや、そこまでやれ、とは言いません。でも、もし洋風の風呂であれば、かまわないと思うのですよう。次に入る人はお風呂の湯を新しくバスタブに満たしますからね。でも、日本の風呂は、後から入る人が前の人のお湯を使いますからね。。。その事を考えれば、洗い場でエッチしても良いけれど、風呂の中では遠慮すべきですよう。

確かに、上のレスの中でも、お風呂の中ではしないけれど、お風呂の外でならすると書いている人が居ますよね。

そうですよう。。。考えてみると日本の住宅事情にもよると思うのですよう。日本の部屋は狭いし、壁は薄いし、夫婦のプライバシーが確保できない。それで、お風呂で事に及ぶ、と言うことも充分に考えられますよね。上のレスの中でも“子供が大きくなるとなかなか寝ないから場所探してたらついお風呂になってしまいました”と書いている人が居ますよう。

そうですね。若い夫婦で狭いアパート暮らしだと、子供と同じ部屋に寝ていると言うことも日本でならば充分にあり得ますよね。カナダではそのような事はないのですか?

ありません。子供が赤ちゃんであれば、ベビーベッドを夫婦の寝室に持ち込む事はあるだろうけれど、話ができるくらいになれば、どんな小さな子供でも夫婦と一緒に寝ると言うことはカナダでもアメリカでも見たことがないし、話に聞いた事もありません。

夫婦のプライバシーは確保できていると言うことですか?

そうですよう。だから、プライバシーがなくて仕方なくお風呂でエッチするというケースは、カナダでもアメリカでも考えられないですよう。

ところで、お悩みを相談した22才の女性は、お風呂から出てきたお父さんの体がまだ興奮していた、と書いていますよね。

“親しき仲にも礼儀あり”

こういう諺もありますよう。だから、お父さんのエチケット違反だと思いますよう。

「うちなんか性に関してはオープンだから…子供の前でエッチするよ」

このレスについては、デンマンさんはどう思いますか?

それは決して“オープン”ではないのですよう。僕ならば、次のように書きますよう。

「うちなんか性に関してはオツムがいかれてしまっているから…子供の前でエッチするよ」

その夫婦は、そこまでやると精神異常者ですよう。




『夫婦でお風呂 (2008年9月22日)』より


面白そうでござ~♪~ますわね?

卑弥子さんはすっかり忘れているようだけれど、読んでみて僕はビックリしましたよう。

どうしてでござ~♪~ますか?

卑弥子さんも『夫婦でお風呂』というタイトルで記事を書いていたのですよう。

あたくしがですか?

そうですよう。次のリンクをクリックすれば読めますよう。

『夫婦でお風呂 (2007年12月1日)』

あたくしがどのような事を書いていたのでござ~♪~ますか?

次のような事を書いていましたよう。


おほほほほ。。。。

卑弥子でござ~♪~ますわよ。

あなたにお会いしたくて

また出てきてしまったのですわよ。

ええっ?

どうして「夫婦でお風呂」の記事に

顔を出すのかって。。。?

世の中には夫婦でも

一緒にお風呂に

入らない人が居るのですってよゥ。

あたくしは夫婦でもないのに

デンマンさんと温泉巡りしているのですわよ。

うふふふ。。。

でもねぇ、羨(うらや)ましがられるほど

ロマンチックではないのでござ~♪~ますわよ。

ちょっと読んでくださいましよ。


このように言って卑弥子さんは風呂場で美容体操をしたことを話し始めたのですよう。



『ルート66のフライと小百合さん』

(卑弥子さんの風呂場の美容体操の話)


それは美容体操ではござ~♪~ませんわ。「鶴の舞」というヨガの秘法をデンマンさんにお見せしたのですわ。

分かりました。今日は卑弥子さんのヨガの話ではないのですよう。とにかく、詳しい事は上の記事を読んでください。

。。。んで、余計な事を長々とお話して、一体何をデンマンさんは言おうとなさるのでござ~♪~ますか?

実は、「田舎教師」にも“夫婦でお風呂”の場面が出てくるのですよう。

マジで。。。?

もちろん僕は大真面目ですよう。

でも、夫婦って、一体どの御夫婦でござ~♪~ますか?

主人公の林清三が下宿していたお寺の住職夫婦ですよう。このお寺の住職にはモデルがいるのですよう。太田玉茗(ぎょくめい)さんです。

どういう人だったのでござ~♪~ますか?

27才で住職になる前は東京専門学校(早稲田大学の前身)で文学を学んで明治27年に卒業したのです。同期には島村抱月(ほうげつ)が居ました。そして卒業後2年間は三重県の中学校で英語を教えた。それから先生を辞めて上京してからは新体詩や小説や翻訳で活躍したのです。明治30(1897)年には田山花袋、国木田独歩、柳田国男らと共に詩集『抒情詩』を出したりした。明治32(1899)年5月に建福寺の住職を継ぎ羽生の田舎で暮らすようになったのですよう。

「田舎教師」を書いた田山花袋先生と一緒に詩集を出したこともあるのですわね?

そうなのですよう。田山花袋先生とこの住職は同(おな)い年の親友なのですよう。さらに、田山花袋先生の妹の「りさ」さんは住職に嫁いだ。つまり二人は義理の兄弟でもあったのですよう。

。。。んで、玉茗(ぎょくめい)さんと「りさ」さんが御一緒にお風呂に入るのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。

そのようなお話を聞いた事がござ~♪~ませんわ。

たぶん、その場面を覚えている人は極めて少ないと思いますよう。

なぜですか?

「田舎教師」という話は、どちらかと言えば深刻な人生の話ですよう。“夫婦でお風呂”というような日活ロマンポルノめいた話ではない。


『田舎教師』 作品解説



田舎教師の主人公・林清三

(実在のモデルは小林秀三)の銅像


主人公が下宿している成願寺の住職が清三に次のように語る。

「人間は理想がなくては駄目です。
宗教の方でも理想を非常に重く見ている。
同化する惑溺するというのは理想がないからです。
美しい恋を望む心、それもやはり理想ですから。
理想があってものに憧れるところがあるのが人間としての意味がある」

「成功、不成功は人格の上には価値がない。
人は多くそうした標準で価値をつけるが、そういう標準よりも理想や趣味で価値をつけるのが本当だと思う」
 
「どんな人でも人間は人間で、それ相応の安慰と幸福とがある。それに価値もある。
名誉を追って一生をあくせくするにあたらない。
それよりも人間としての理想のライフを送るほうが、どれほど人間としてえらいかもしれない。
何のかのと言って、誰でも皆、死んでしまうんですからな。それを考えると本当につまらない。
どんなに得意になったって死が一度来れば、人々から一滴の涙を注がれるだけじゃあありませんか。死んでからいくら涙を注がれても仕方がない」

「田舎教師」は美しい自然描写を背景に不運の主人公を描く。
島崎藤村が部落差別で苦しんでいる青年を主人公に小説「破壊」を書いたのと共通するものがある。
現実世界でも、田山花袋と島崎藤村はたいへん仲のよい友達だったという。
また、主人公は人生と貧困に悩み若くして世を去った石川啄木とも共通するものがある。

田山花袋の代表作となった「田舎教師」は明治42(1909)年に発表された。
発売以来、明治から平成へと百年近くの激しい時代の移り変わりの中で新潮文庫で百刷を重ねている。
貧しさの中に理想を求め、人生に悩み、ひたむきに生きる清三の姿は、現在でも読む人の心に何かを感じさせないではおかない。




『田舎教師と熊谷 (2009年8月31日)』より


この上の解説を読むだけでも、玉茗(ぎょくめい)さんの人柄を偲ぶ事ができるのですよう。

物語の中でご住職が清三さんに言った言葉は玉茗(ぎょくめい)さんが実際に言ったのでござ~♪~ましょうか?

僕は上の言葉は玉茗(ぎょくめい)さんが実際に言った言葉を田山先生が記憶していたと思うのですよう。

デンマンさんは、どうしてそのように思うのですか?

田山先生と玉茗(ぎょくめい)さんは同(おな)い年で親友だけれど、田山先生は玉茗さんを“人生の師”としても慕っていたように思えるのですよう。

どうして、そのような事が判るのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんも知っての通り、田山先生は女弟子の岡田美知代さんを題材にして「蒲団」を書いた。その美知代さんの略歴は次の通りです。


岡田美知代(おかだ みちよ)



1940年アメリカ滞在中の美知代(55才)

1885(明治18)年4月15日 - 1968(昭和43)年1月19日
日本の文学者、雑誌記者。
田山花袋の小説『蒲団』のヒロイン、横山芳子のモデルとして知られる。

広島県甲奴郡上下町(現・府中市上下町【じょうげちょう】)に豪商の長女として生まれる。
1898(明治31)年9月神戸女学院に入学するが、文学への志深く、1904(明治37)年2月退学して上京する。
1905(明治38)年、花袋に師事。
同年4月女子英学塾(現・津田塾大学)に入学する。
上京の途次、既知の永代静雄(ながよ しずお)と京都で会い親密な仲になる。
静雄との関係が花袋に知れて帰郷するが、その後『蒲団』が発表される。
再度上京して永代との間に長女千鶴子を儲け、1909年(明治42年)1月花袋の養女として永代と結婚。
3月長女を産んだのち11月いったん永代と別れるが、翌年4月再びともに富山へ行き1911年(明治44年)3月長男太刀男出産。
この間、いくつかの短篇を雑誌に発表する。
花袋の『妻』、『縁』にも登場する。
「ある女の手紙」は花袋への意趣返しの意味を持つ美知代の作品である。

1926年(大正15年)、永代と別れ、「主婦之友」記者として太刀男を連れてアメリカへ渡る。
アメリカで花田小太郎と再婚する。
しかし、花田は結核のため単身1927(昭和2)年に帰国。
1944年(昭和19年)、戦争のため帰国。実妹万寿代の嫁ぎ先の広島県庄原市に住んだ。

岡田美知代の生家は上下歴史文化資料館となっている。




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『「蒲団」と「田舎教師」 (2009年9月24日)』に掲載


あまり知られていない事なのだけれど、次の箇所を読むと気になることがあるのですよう。


1909年(明治42年)花袋の養女として1月に永代と結婚
3月長女を産んだのち11月いったん永代と別れるが、翌年4月再びともに富山へ行き1911年(明治44年)3月長男太刀男出産。
1926年(大正15年)、永代と別れ、「主婦之友」記者として太刀男を連れてアメリカへ渡る。


つまり、1月に結婚して3月に長女を出産したと言うことでござ~♪~ますか?うふふふふ。。。

もちろん、それは“できちゃった結婚”なんだけれど、僕はその事を問題にしている訳ではないのですよう。

まだ他にも気になることがあるのでござ~♪~ますか?

ありますよう。1926年に長男の太刀男だけを連れてアメリカへ渡っている。長女はどうしたのだろうか?卑弥子さんは不思議に思いませんか?

そうですわね?。。。どうしたのですか?。。。結核で亡くなってしまったのですか?

あのねぇ、長女が生まれると、田山先生の頼みで寺に引き取ってもらったのですよう。

花袋の弟子となっていた岡田美知代と

恋仲になり上京するが仲を裂かれ


永代静雄(ながよ しずお)さんのウィキペディアの説明では、上のように書いてありますけれど、田山先生が二人の仲を裂いてしまったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。このようなゴタゴタの中で、住職の太田玉茗さんが“恋の不始末”の面倒を見て長女を引き取ったのですよう。「田舎教師」の中で住職が主人公に人生哲学めいた事を言うけれど、実際、口先だけではなく、太田玉茗さんは言行一致の人だと偲ばれるのですよう。

それで、田山先生は、この太田玉茗さんを親友としてよりも師として慕っていたとデンマンさんは思うのでござ~♪~ますか?

そうです。「田舎教師」を読むと、僕もそのような印象を持つのですよう。玉茗さんの影響で田山先生も人間的に成長してゆくのが感じ取れるのですよう。

それで玉茗さんは、その後どうなったのでござ~♪~ますか?

玉茗さんは、青年の頃は文学を志したけれど、文壇で活躍することもなく昭和2(1927)年に56歳で亡くなっています。その3年後に田山先生も後を追うように亡くなりました。

つまり、物語の中で御住職が次のように語った事は、そのまま玉茗さんの人生だったのでござ~♪~ますわね!?

「成功、不成功は人格の上には価値がない。

それよりも人間としての

理想のライフを送るほうが、

どれほど人間としてえらいかもしれない。

名誉を追って一生をあくせくするにあたらない。

何のかのと言って、

誰でも皆、死んでしまうんですからな。

どんなに得意になったって死が一度来れば、

人々から一滴の涙を

注がれるだけじゃあ ありませんか。

死んでからいくら涙を注がれても仕方がない
 
どんな人でも人間は人間で、

それ相応の安慰と幸福とがある。

それに価値もある」


その通りですよう。小説の中では田山先生は次のような男として登場します。

「白い羅紗の背広にイタリヤンストロウの

夏帽子を被った太った男」


原杏花(きょうか)と言うのが作中の名前です。この作家が東京から雑誌記者を連れて訪れ、昼から酒を飲み本堂の木魚を叩いたりしてドンチャン騒ぎをします。そして、ある夏の日の情景として作家は次のような光景を目にするのです。

「夕方知らずして、主の坊がWifeと共に

湯の小さきに親しみて入れるを見て、

突然のことに気の毒にもまた面食はされつ」




作家は、住職夫妻が一緒に行水しているのを見て狼狽(ろうばい)しながらも、微笑(ほほえ)ましい光景だと思ったようです。

つまり、玉茗さんがおっしゃったそれ相応の安慰と幸福なのでござ~♪~ましょうか?

そう言う事だと思いますよう。うしししし。。。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
そうですよね。
夫婦でご一緒にお風呂に入る事は良い事だと思いますわ。
仲が良い事は素晴しい事でござ~♪~ますう。
最近、若い夫婦の間でもセックスレスが問題になっています。
もし、あなたが同様なお悩みを持っているのであれば、
どうか、ご一緒にお風呂に入ってくださいまし。



そうすれば、眠っていたロマンの炎に灯がともるかもしれませんわ。
うふふふふふ。。。

とにかく、デンマンさんのお話が面白くなりそうですわ。
どうか、あなたも、またあさって読みに戻ってきてくださいましね。
では、またねぇ。。。






ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「ふとん」には2つの漢字の書き方があることを

私は知りませんでした。

「布団」は知っていましたが、

「蒲団」は知りませんでした。

だから、わたしは「蒲団」を“うらだん”と読んだのです。

デンマンさんに笑われてしまいました。

「布団」の「布」は当て字なんだそうです。

そう言われてみると、

田山花袋の「蒲団」は必ず「蒲団」と書いてあります。

「布団」とは書いてありません。

それにしても「団子」の「団」は“だん”と読むのに、

「布団」の「団」は“とん”と読むのですよね。

どうして。。。?

デンマンさんに尋ねたら、

“だん”は呉音で

“とん”は唐音ですって。。。

日本語って難しいですよね。

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

時間があったらぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






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