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暑中お見舞い

 
暑中お見舞い





Subj:小百合さんもルンルン気分で

水着になって三男坊と

はしゃぎ回ってね。

\(*^_^*)/キャハハハ。。




Date: 26/07/2009 10:03:29 PM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間:7月27日 月曜日 午後2時3分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
CC: barclay1720@aol.com


小百合さん、元気でやってますか?
子供の事で、山の家にも軽井沢にも気ままに行けない日が続いたようですね。
でも、何度も言う様に“人間万事塞翁が馬!”ですからね。

必ず素晴らしい日々がめぐってきます。
小百合さんにとって、今が試練の時なのでしょうね。
だから、元気を出して頑張ってね。

ところで、小百合さんのメールを使って8月1日の記事を書きました。
題して『花火大会』です。

小百合が家の中に閉じこもって気持ちがくしゃくしゃしているだろうから、
『小百合物語』サイトにアップロードしましたよう。
今すぐに読めるからね。

小百合さんが気になるようなことは書いてません。
読めば分かります。
次のリンクをクリックして読んでみてね。



『花火大会 (2009年8月1日)』

小百合さんも楽しみながら読めるはずです。
笑ってね。

7月28日の記事は『ワガママな ママ』です。
これは、当日、ライブドアのブログで読んでね。
『小百合物語』サイトにはアップロードしてません。



『ワガママな ママ (2009年7月28日)』

栃木も暑いだろうね。

バンクーバーは、からっと晴れてルンルン気分ですよう。
記事を書くのがはかどって、8月1日の記事まで書き上げてしまったほどです。

小百合さんもルンルン気分で水着になって三男坊とはしゃぎ回ってね。

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。

(\__/)
(+'.'+)
(")_(")







卑弥子さん、京都は暑いでしょう?
 


暑いのなんのってぇ~、もう大変でござ~♪~ますわよう。

めれんげさんの話だと、大阪もすごい暑さらしいけれど、京都もすごいのですか?

あのねぇ~、京都の町は、ちょうど盆地の底にあるのですわよう。だから、夏は炎暑地獄のようなものでござ~♪~ますわ。

それ程すごいのですか?

もう、大変ですわよう。んも~~。

この暑いのに十二単を着ているからですよう。

だってぇ~、デンマンさんがこのようなダサいものをあたくしに着せたのでござ~♪~ますわア。

僕は、夏のムンムン、ムレムレする時にも着ていろ!とは言いませんでしたよう。

じゃあ、このウザい十二単を脱いでもよろしいのでござ~♪~ますか?

脱いでもいいけれど、その下はノーパンなんでしょう?

いいえ。。。、デンマンさんが脱いでもイイと言うだろうと思って、この下にはビキニを穿いてきましたわ。うふふふふ。。。

マジで。。。?

大真面目でござ~♪~ますわ。。。では、デンマンさんにもお目にかけますわ。
 
 
タラぁ~♪~
 
 



すっげぇ~♪~



デンマンさん!。。。わざとらしく驚かないでくださいましなァ~。。。ちょっとやりすぎですわよう!

卑弥子さんてぇ~。。。あのォ~。。。意外にボインなんですねぇ~?

うふふふふ。。。それ程でもござ~♪~ませんわぁ~。。。そんなに見つめないでくださいましなぁ~。おほほほほほ。。。

それで、京都ではどのようにして夏の暑さを凌(しの)ぐのですか?

とにかく暑いので、京の町家では6月になるとふすまを外し、葦戸(よしど)を入れるのでござ~♪~ますわ。



こうして視線を遮(さえぎ)りつつ、風の通りをよくするのどすう。

ほおォ~。。。涼しそうですねぇ~

また、お座敷とお座敷の間では“お座敷すだれ”と呼ばれるもので仕切るのどすえェ~。



おおォ~、ついに京都弁がでましたねぇ~。

。。。んで、軒先にすだれをかける事で日陰を作る事もよくあるのどすえェ~。



それだけですか?

もちろん、かき氷もいただきますのどすえェ~。





おおォ~。。。、僕もかき氷が食べたくなってきたなぁ~

ところで、上のメールに対して小百合さんからお返事があったのでござ~♪~ますか?  

いや。。。なかったのですよう。多分、子供のことで、また心配したり、いりいろと思い悩んでいたのかも知れません。

デンマンさんに返信を書くどころではなかったのでござ~♪~ますか?

多分、気持ちのゆとりがなかったのでしょう。。。それで、僕は、またメールを出したのですよう。



Subj:暑中お見舞い

申し上げま~♪~す。

\(*^_^*)/キャハハハ。。。


Date: 31/07/2009 6:31:28 PM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間:8月1日 土曜日 午前10時31分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
CC: barclay1720@aol.com


小百合さん、元気でやってますか?
軽井沢でルンルン気分になってサイクリングしてますか?



あの万葉集の歌碑のあたりは涼しいでしょうね。
夏に軽井沢を訪ねることが出来たら、ぜひあの歌碑を見たいと思っていますよう。
秋は、寒そうだよね。



『セレブと碓氷峠 (2008年9月7日)』

4,5日前までは、バンクーバーは、かなり涼しかったけれど、急に熱くなりましたよう。
アメリカにある暑い空気を伴った高気圧がバンクーバーのあたりまで押し出してきたんだそうですよう。
7月30日のバンクーバーのこれまでの最高気温は1960年に記録されった33.3度。
それが昨日、見事に破られたのですよう。
33.8度でした。
CNNのラジオでは、午後7時に 35度と言っていたけれど、また更新されたかもしれません。
久々の蒸し暑さでしたよう。

今日(31日)は28度だけれど、結構、蒸し暑い。

めれんげさんによると大阪の暑さはすごいと言っていたけれど、
栃木も暑いだろうね。

小百合さんは暑さが苦手だから、間違いなく軽井沢に避難していると思います。

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。

小百合さんもルンルン気分で水着になって三男坊とはしゃぎ回ってね。

(\__/)
(+'.'+)
(")_(")


じゃあねぇ~






日付: Sat, 1 Aug 2009 15:34:13 +0900 (JST)
(バンクーバー時間:7月31日 金曜日 午後11時34分)
差出人: "domini@yahoo.co.jp"
宛先: "green@infoseek.jp"



件名:バカな日々を送ってましたよ。

\(*^_^*)/



やっと 昨日で長男坊の夏季セミナーも一段落
次男坊も課外授業も、いったん休憩で 残りは8月末に。
それで、 夏休みがやってきました。

明日から 軽井沢にいってきますが・・
すぐ戻る。 
先生が時々 来る。

元気ですから、朝ゆっくり 起きてます。
以前は眠れず、5時か6時に目がさえて しまって、
 
昼間は 早く夜になって 酒を飲んで眠りたい  と思い。
夜は早くから 目がさめて眠れず、
朝になって起きてしまいたい と思い。
バカな日々を送ってましたよ。

(室生)犀星に グチでもたれてきます。

さゆりより






Subj:小百合さんと二人で

また、あのせせらぎのそばを

歩きたいで~♪~す。

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。




Date: 01/08/2009 11:50:49 AM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間:8月2日 日曜日 午前3時50分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
CC: barclay1720@aol.com





やっと 昨日で長男坊の夏季セミナーも一段落
次男坊も課外授業も、いったん休憩で 残りは8月末に。
それで、 夏休みがやってきました。


軽井沢に行っているものと思っていたけれど、
子供のために頑張っていたんだね!?
それでこそ子供が懐かしく思い出す“まぶたの母”ですよう。

\(^o^)/ キャハハハ。。。

小百合さんが、こうして返信を書く気分になったのだから、以前から比べれば、心配事も少なくなったのでしょうね。




明日から 軽井沢にいってきますが・・
すぐ戻る。


そうです。そうですよう。。。
小百合さんも癒されないと精神的にまいってしまうもんねぇ~。
何もかも忘れて、小百合さんの“聖地”で思う存分森林浴をしてきてね。
体も心も充電してきてね。




先生が時々 来る。


うjん、うん、うん。。。
母親がどういう精神状態なのか?
それを見れば、先生は子供の状態までが分かるものですよう。
母親がしっかりしているのを見れば、先生も安心するのです。

そう言えば思い出しましたよう。
僕の弟が小学生のとき、隣の“ちいこちゃん”が同じクラスだったのですよう。
菊ちゃんと喧嘩した“おきよさん”の次女ですよう。



『菊ちゃんを旅する (2008年4月26日)』
  (菊ちゃんとおきよさんの面白い話)

確か、弟が小学校4年生か5年生でしたね。
クラス担任が五月女(そうとめ)先生でした。
この先生は僕の親父の従弟です。

家庭訪問のときに、隣まで来たのに僕のお袋に会いに来なかったので
お袋はつい最近の思い出話でも、その事を良く思っていませんでしたよう。
やはり、会いに来るべきだったとお袋は言うのです。

もちろん、親戚だから、五月女(そうとめ)先生は僕のお袋のことを良く知っていました。
小学生時代も中学生時代も、僕の弟は模範的な生徒だったから、
とりわけ、お袋と話をする必要がなかったのです。

その当時、五月女(そうとめ)先生は独身だったので、
お袋と二人で話をすることがなんとなく気恥ずかしい気持ちだったのかもしれません。

でも、お袋が先日、火傷して入院している時に
お見舞いの品が届いたそうですよう。
20年以上経っているのに、お袋の事を忘れていないのですよね。

五月女(そうとめ)先生は、立派な先生でした。
校長先生を最後に退職して悠々自適な生活を送っています。
僕は直接、五月女(そうとめ)先生の教えは受けなかった。

親父も五月女(そうとめ)先生も教科の中では音楽が専門だったから、
五月女先生が合奏部を作った時にコントラバスをやらないかという話が出て、
それで、僕は合奏部に入ってベースをやり始めたのです。

NHKコンクールの関東甲信越地方で3位に入ったことがありました。
そのときの演奏がレコードで残っていますよう。

「ハンガリア舞曲第5番」と「美しく青きドナウ」
なつかしい。




元気ですから、朝ゆっくり 起きてます。
以前は眠れず、
5時か6時に目がさえて しまって、


小百合さんは意外に繊細なところがあるのですね?

ヽ(´ー`)ノ うしししし。。。



でも、そう言う繊細な心があったからこそバンクーバーまで「仙台辛味噌ラーメン」を送ってくれたのでしょうね!?
小百合さんの繊細さとやさしさを僕は愛していますからね。

\(@_@)/ キャハハハ。。。




昼間は 早く夜になって 酒を飲んで眠りたい と思い。
夜は早くから 目がさめて眠れず、
朝になって起きてしまいたい と思い。
バカな日々を送ってましたよ。

犀星に グチでもたれてきます。


はい、はい、はい。。。
犀星に たくさんグチをたれてきてね。
そうすれば、小百合さんの気持ちもさっぱりするでしょう!





そう言えば、あの犀星の文学碑ね。
あの場所は夏ならば、めちゃ涼しいだろうね。
あの文学碑は記事でも、ずいぶんと取り上げたけれど、
僕にとっても懐かしい場所になりました。

そうだよね。
あの文学碑は夏には軽井沢で最も素晴らしいスポットだと僕は信じますよう。
それこそ森林浴には絶好の場所ですよう。





あのせせらぎは、「アカシヤの小径」、「恋人たちの小径」のそばを流れてゆくのですからね。
うん、うん、うん。。。小百合さんと二人でまた、あのせせらぎのそばを歩きたいですね。

\(*^_^*) /キャハハハ。。。

は~♪~い。
そう言う訳で、小百合さんも文学碑を僕の分まで眺めてきてね。
癒されて、身も心も充電して、元気にたくましく生き抜いてね。

(\__/)
(+'.'+)
(")_(")


じゃあねぇ~






デンマンさんは、小学生の時に「ハンガリア舞曲第5番」と「美しく青きドナウ」を演奏したのでござ~♪~ますか?



もちろん、僕一人じゃないですよう。

分かってますわよう。。。でも、一応クラシックですわよねェ~。

そうですよう。なにしろ、「ハンガリア舞曲第5番」はヨハネス・ブラームスで、「美しく青きドナウ」はヨハン・シュトラウス2世ですからね。うへへへへ。。。

んで、マジでコンクールで3位になったのでござ~♪~ますか?

マジですよう。でも、実感はなかったですよう。とりわけ一生懸命に弾いたという記憶がないのですよう。

関東甲信越地方で3位ならば、すごいですわ。

でもねぇ、それよりも、僕は「乙女の祈り」を独習して弾いた方が思い出深いのですよう。卑弥子さんも僕の記事を読んだことがあるでしょう?


クラシックとは

一体僕にとって何なのか?


はっきり言って、どうでもいい音楽です。

僕は音楽が嫌いではないのですが、とりわけ好きでもない。
一応LPを何枚か持っていますが、すべてはアメリカのポップスと洋画の主題曲です。
日本のものは一枚もありません。
もちろん、クラシックは一枚も持っていません。

では、僕のこれまでの人生でクラシックは全く縁がなかったのか?

実は、小学生の頃に僕は知らずにクラシックとの触れ合いがあったのです。
器楽クラブに入っていて4年生の時に“ハンガリア舞曲第5番”を
5年生の時に“美しく青きドナウ”を演奏したことがあります。
僕が受け持って弾いていた楽器はコントラバスです。
あのチェロをもう2回りほど大きくした楽器です。
まだ背が低かったので椅子の上に乗って弾いたものでした。

今では楽譜が読めますが、その当時は楽譜を読んで音を出していたわけではないんですよ。
先生が一通り指の位置を教えてくれたのです。
そうやって、記憶しながら弾いたのですから、今から考えると自分ながら“神業(かみわざ)”ではなかったのか?!と思えるほどです。
関東甲信越地区のコンクールで3位になった事があって、
そのとき審査委員長から“ベースの響きが良かった”と褒(ほ)められたことを覚えていますが、
それ程うれしくはなかった。
当時はもう、器楽クラブで演奏する熱が冷めていて、どうでもいい気持ちで演奏していたためです。



ところが、中学生になってから、再びクラシックとの出会いがありました。
クラシックとの出会いと言うより“乙女”との出会いと言った方が良いかもしれません。

中学校に入学して間もなくだった頃だと思いますが、全校生徒が体育館に集まった時に同学年の恵美子さんが“乙女の祈り”をピアノで独奏したのです。
僕はその時初めてこの曲を聴いたのですが、すばらしいと思いました。
感動しました。
曲も良かったけれど、あの恵美子さんが弾いたのだという事も感動的でした。
この恵美子さんは小学校のとき6年間隣のクラスに居た可愛い女の子だったのです。

よく目にした事はあっても口をきいたことが一度もなかったのです。
初恋の人ではなかったのですが、僕の気に入った女の子でした。
遠くから見ていて、可愛い女の子だなぁ~と思っていたのです。

小学校ではクラス替えがなくて6年間同じメンバーだったのですが、中学校では学年毎にクラス替えがあったので、この恵美子さんと同じクラスになる事を期待していたのです。
しかし、とうとう同じクラスになる事はありませんでした。
(こういう思い通りにならない事って、人生にはずいぶんとあるものですよね?)

とにかく、僕が気に入っていた“乙女”が弾いた“乙女の祈り”が忘れられなくて、僕はどうしてもこの曲が弾きたくなった。
大学に入学して下宿から通うようになった頃、下宿にピアノがあったので楽譜を買ってきて、独習で弾き始めたのです。
とにかく、一生懸命に独習したので、何とか全曲を弾けるようになったのです。
自分では結構マシに弾けると思ったので、ぜひ恵美子さんに聞いてもらいたいなぁ~と思い始めたんですよ。

そう思ったら、何が何でも恵美子さんに聞いてもらいたいと思うようになった。
それで、夏休みに帰省した時に思いきって恵美子さんに電話したのです。
当時、恵美子さんは音楽大学に通っていました。
恵美子さんはビックリするだろうと思ったのですが、極めて落ち着いて冷静に受け答えしていたので僕のほうがその落ち着き方に内心ビックリしたほどでした。




『クラシックに興味ある?(2006年6月13日)』より


。。。んで、デンマンさんは合奏部の一員として「ハンガリア舞曲第5番」と「美しく青きドナウ」を演奏したにもかかわらず、クラシックなど、マジでどうでもいいような音楽だと思っていたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。でもねぇ~、せっかくこうして記事を書き始めたので、僕も調べてみたのですよ。

つまり。。。、つまり。。。、デンマンさんは、もしかして作曲者の名前も知らなかったのでござ~♪~ますか?

実は、はっきりとは覚えていなかった。調べてみて、そうだったよなあああぁ~。。。そう言えば、このような名前を聞いたことがあったよなあああぁ~。。。その程度しか記憶になかったのですよう。

それで、調べてみて何か面白いことでも分かったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。考えてみたら、小学生ながら、放課後に残って、ずいぶんと練習したものなのですよう。

かなり一生懸命に打ち込んだものなのでござ~♪~ますか?

興味を持ってやっていたのは、最初の頃だけで、惰性で弾いていたような気がしますよう。

。。。んで、調べてみて面白いことが分かったってぇ、どういう事でござ~♪~ますか?

ちょっと読んでみてください。


ハンガリー舞曲



Brahms

ハンガリー舞曲集は、ヨハネス・ブラームスがハンガリーのロマ音楽に基づいて編曲した舞曲集。
もとは四手用のピアノ曲として書かれた。
全部で21曲あり、それぞれの長さは1分程度のものから4分程度のものまでとまちまちである。
中でも、管弦楽用に別人によって再編曲された《第5番》がとりわけ有名である

ブラームスは1850年代の前半に、エドゥアルト・レメーニの伴奏者としてドイツの各地で演奏旅行を行い、その時にレメーニからロマの民族音楽を教えられて魅了された。
それ以来ブラームスはそれをハンガリーの民族舞曲と信じて採譜を続け、1867年に出版社のジムロックに最初の6曲を送って拒否されている。
結局それらが1869年に出版されると大好評となり、1880年に第2集が刊行された。

のちにレメーニは《ハンガリー舞曲集》の成功を知ると、これが盗作であるとして、ブラームスを相手に訴訟に持ち込んだ
結果はブラームスが「作曲」ではなく「編曲」としておいたことが幸いして、ブラームスが勝利した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ブラームスという名前は音楽の試験のために覚えた名前だから、その人の写真と名前は良く覚えていますよう。

。。。んで、何が面白いのでござ~♪~ますか?

上に書いてあることは、僕は何も知らなかった。僕が興味を持ったのは、レメーニというオッサンが盗作でブラームスを訴えたと言う箇所ですよう。

それがデンマンさんには面白いのでござ~♪~ますか?

面白いというよりも、そのような事をするレメーニってぇ、いったいどういう人物なのか?僕は知りたくなったのですよう。ブラームスはレメーニの伴奏者と書いてあるから、レメーニは歌手なのかな?そう思ったのですよう。

歌手なのですか?

違うのですよう。読んでみてください。


エドゥアルト・レメーニ



(1830年1月17日 - 1898年5月15日)
ハンガリー出身のユダヤ系ヴァイオリニスト。
 
レメーニは1886年7月に伴奏ピアニストのイシドール・ラックストーン、ソプラノ歌手ルイーザ・マルケッティ、そのメイドとともに来日した。
まず神戸の居留地にあった劇場で2公演を行った。
しかし日本人は誰も聴きに来なかった。

その後横浜に向い、8月に居留地で5公演開いた一方で、8月10日には昼に明治天皇ほかの御前演奏をした。
また、夜には鹿鳴館で演奏会を開いた。
御前演奏には、明治天皇のほか昭憲皇太后や、小松宮彰仁親王と有栖川宮熾仁親王の御一家などが出席した。
なお、この演奏会が昭憲皇太后以下の女性皇族が宮中で初めて洋装を着用した場となった

レメーニがこの来日でどのような曲を演奏したか、日本の新聞は全く伝えていない。
当時の一般的な日本人の、西洋音楽に対する知識のなさのあらわれでもある。
現に、当時の東京日日新聞(8月12日付)ではレメーニに関して「中年を越えたる年輩にして頭は半禿げ眼光鋭くして一見して其技芸の達人たる容貌を備へたり」、「絶技のワイオリン(ヴァイオリン)を奏したるに序破急の調子の妙なる聴くものをして茫然たらしむに及へり」など、容貌とか演奏スタイルに関しては長々と書いてはいるものの、演奏曲目は一切書かれていない。
曲目に関しては、横浜で発行されていた英字新聞によると、横浜の演奏会ではクロイツェル・ソナタ、パガニーニのカプリース、レメーニ編曲による小品などが演奏されたようである。

また、8月11日に行われた日本での最後の演奏会では、演奏中に按摩師の笛の音が演奏会場に聞こえてくるハプニングがあり、レメーニはこれに激怒して演奏を一時中断し、音が聞こえてきた方を睨みつけていたという

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


エドゥアルト・レメーニという人はヴァイオリニストだったのですよう。。。なるほどと思いました。

。。。んで、どこが面白いのですか?

日本で演奏した時に按摩師の笛の音が演奏会場に聞こえてきたので、ムカついて演奏を中断したと書いてあるでしょう?。。。僕はマジで噴出してしまいましたよう。

デンマンさんは按摩さんの笛を聞いたことがあるのでござ~♪~ますか?

いや。。。、実物は聞いたことがないけれど、僕は小学生の頃にチャンバラ映画をずいぶん見たのですよう。そうすると、夜、按摩さんが笛を吹きながら現れる場面が結構あったのですよう。あの笛の音は確かに良く響くのですよう。。。あの笛の音が聞こえてきたら、確かに気になってヴァイオリンに集中できないかもしれない。

そのことがそれ程面白いのですか?

いや。。。あのねぇ~。。。でも、良く考えたら、レメーニという人はプロのヴァイオリニストなんだから、按摩さんの笛の音ぐらいで心が乱れてはダメだと思うのですよう。そう言う人だから、ブラームスを盗作で訴えたと、なんとなく納得できたのですよう。うしししし。。。

つまり、音楽以外の余計な事が気になってしまうのですわね?

そう言う事ですよう。

分かりましたわ。。。んで「美しく青きドナウ」も調べてみたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。。。ついでだから。。。うしししし。。。

。。。んで、何か面白いことでも分かりました?

分かりましたよう。ちょっと読んでみてください。


美しく青きドナウ



Strauss

『美しく青きドナウ』は、ヨハン・シュトラウス2世によって1867年に作曲されたワルツ。
非常に有名で人気が高く、作曲者の、またワルツの代名詞的な曲として広く親しまれている。

毎年1月1日に行われる、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートのアンコールの定番曲でもあり、この曲の序奏部を少し奏した後、拍手によって一旦打ち切り、指揮者や団員の新年の挨拶が続くという習慣となっている。

作曲の経緯

1866年の普墺戦争で大敗し、失望の底に沈んだウィーン市民を慰めるために作曲される
当初は男声合唱曲として書かれたが、「くよくよするなよ!」「悲しいのかい?」などと言った歌詞が図星を指したためか、反響は好ましいものではなかった。
そのため、管弦楽用に書き直したところ、人気が上昇した。
シュトラウス自身はこの曲をさほど評価していなかった節があるが、1867年のパリ万博などで高い評価を受けたことから再評価され、「第二の国歌」「シュトラウスの最高傑作」としての名誉を博するようになった。

シュトラウスと親交の深かったヨハネス・ブラームスは、後年シュトラウスの娘から彼女の扇子へサインを頼まれた際、この曲の一節を五線譜で書き「残念ながら、ヨハネス・ブラームスの作品にあらず」と脇に書き添えた。

曲の構成

曲は弦楽器のトレモロに乗ってホルンが静かに主題旋律を奏し、ドナウ川の源流(ドナウエッシンゲンにある「ドナウの泉」)と黒い森の情景が描かれる
次第にワルツに発展し、ニ長調の有名な主部となる。
その後、明るい5つのワルツが連結された後、主部が再現され、華やかなコーダとなり、終わる。
演奏時間約10分。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 
実に意外だったのは、1866年の普墺戦争(プロシャとオーストリアの戦争)で大敗し、失望の底に沈んだウィーン市民を慰めるために作曲されたと言うのですよう。

デンマンさんにとって、それ程意外だったのでござ~♪~ますか?

実に意外だった。なぜならば、失望の底に沈んだウィーン市民を慰めるのだったら、元気が出るような行進曲風の曲に僕ならば仕上げますよう。例えば、あの旧日本帝国海軍の軍艦マーチのようなものですよう。あのマーチならば元気が出ると思うのですよう。

「美しく青きドナウ」では、元気が出ないのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、僕は耳にタコが出来るほど聞いているけれど、元気が出る軍艦マーチと比べたら静かでおっとりとした感じの曲ですよう。ドナウ川の流れを思わせるようなゆったりとした感じですよう。



この上の川がドナウ川でござ~♪~ますか?

そうですよう。ハンガリーの首都・ブダペストを流れる美しく青きドナウ川ですよう。この川の流れのように静かで雄大な流れを感じさせる曲なのですよう。この曲を聴いて悲しくはならないかもしれないけれど、軍艦マーチのように元気が出る曲とも思えない。だから、僕は上の説明を読んで、とっても意外な感を受けたものです。

。。。んで、他にも何か意外なことがありました?

あったのですよう。上の説明にも書いてあるけれど、普通、「ドナウ川の源流」と言われるのはドナウエッシンゲンにある「ドナウの泉」のことなのですよう。



Donaueschingen の「ドナウの泉」

この上の写真が、その「ドナウの泉」なのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。

この泉の水がブダペストを流れる、上のような大きな流れになるのでござ~♪~ますか?

それが一応「常識」になっているようです。僕もそうだと思っていたのですよう。

でも、違うのですか?

調べたら次のように書いてあったのです。


ドナウ川の源流

ドナウ川の名称は、シュヴァルツヴァルト地方の町ドナウエッシンゲンで源流河川のブレク川とブリガッハ川が合流する地点において、初めてその名が生まれる。
このドナウエッシンゲンの町を治めたフュルステンベルク公の城館の庭に、「ドナウの泉」と呼ばれる源泉があり、ここがドナウ川の源泉だと言われている。
彫刻などで飾られ観光名所ともなっているが、しかし実際はブリガッハ川に注ぐ支流であり、ここが地理学上の源泉とはみなされない。

またドナウエッシンゲンにはもう一つの支流としてウニペルスの泉と呼ばれる泉もあるが、こちらは現在では近郊住宅地の中にある。
この泉は無人地帯の国道の脇を細い流れで下った後、フュルステンベルク公城館の池や水流を経由し、ドナウの泉が注がれるのとは反対の南側からブリガッハ川へ合流する。

ブリガッハ川の源泉は、ドナウエッシンゲンより鉄道で2駅ほどのザンクトゲオルゲンという町の郊外にある。

地理学上のドナウの源泉は本流であるブレク川の源泉であり、これはフルトヴァンゲンという町の郊外にある。
この「ブレクの泉」にはドナウ川の真の源泉である旨の説明版がある。


ブレクの泉より100mほどの場所にあるエルツ川の源泉はライン川に合流する。
ライン川は北海に注ぎ、ドナウ川は黒海に注ぐので、この2つの泉の水が出会うことはない。
同じく近辺にはいくつかの小さな支流の川が流れ、その源泉が湧き出ているが、一方はライン川に注ぎ、一方はドナウ川に注ぐ。
これらの境界はヨーロッパの分水嶺と呼ばれている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


「美しく青きドナウ」を僕は耳にタコが出来るほど聞いて、ドナウ川の源流は「ドナウの泉」だと思っていた。でも、20年以上経ってから、初めてそうではないと知ったのですよう。これは実に意外でしたよう。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
意外なことてぇ、あるものですわよねぇ~。
あなたにだって、あるでしょう?
もし、デンマンさんの意外なことに太刀打ちできるようなお話でしたら、ぜひコメントに書いてくださいね。

とにかく、興味深いお話がまだ続きますわ。
あなたもどうか、また、あさって読みに戻ってきてくださいましね。
では、またぁ~。。。




メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

卑弥子さんが、なんだかすごいですわよね。

十二単を脱ぐと、意外に日本人離れした

肢体を覗かせるのですわ。

ところで、英語でスダレって

どう言うのでしょうか?

考えてみた事がありますか?

スダレを英訳すれば、次のようになります。

barred lattice of bamboo

でも、これはあまり使われません。

インドには日本のスダレに良く似たものがあります。

竹などで編んで作り、吊り下げて使います。

これは英語では次のように呼ばれます。

chick blind

ブラインドで思い出すのは、やはり“ベニス風すだれ”でしょうか?

venetian blind



これは、まさに、西洋風すだれでしょうね。



ところで、デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

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