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乙女の祈りと愚かなラクガキスト



乙女の祈りと愚かなラクガキスト



おととい(7月9日)、僕がSO-NETのブログに書いた記事(『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』)にコメントをもらいました。
もし、あなたが僕のブログの常連ならば分かると思いますが、
他のブログと比べて、僕のブログには極めてコメントの数が少ないのですよね。
なぜか?

なぜなら、これから示す“痛いコメント”ほど僕が熱中して夢中になって厳しい批判をするからです。
これを“誹謗中傷”と受け止めてしまう人が実に多いのですよ。
そのようなわけで、僕に噛み付かれると、もう懲りて2度とコメントを書かない人が多いのです。
しかし、僕は決して誹謗中傷しているわけではないのですよ。

“病んでいる日本”を少しでも良くしたいと思う“自国愛”があるからこそ、
僕は“病んでいる日本”に住んでいる“病んでいる未熟者”に対して
寅さんのような優しい心を持って批判しているつもりなんですよ。
うへへへへ。。。。(でも、マジだよォ~!)

前置きはこのぐらいにして、その病んでいる未熟者が書いてくれたコメントを次に示します。



愚痴ばっかですねここ
不満を他人に押し付けても何も変わらないでしょう
一番腹を立てているのがあなた自身だとは記事の多さを見れば分かります

でもね、自国嫌悪は他人を悪く言ったところで何も変わりませんよ
あなたのような人は腐るほどいます
似た例で言えば都会に出てきた地方の人が
故郷の人へ威張っているようなものでしょうか。

みな自分の顔の醜さを呪う代わりに良く似た親兄弟を呪って自分を忘れたつもりになっているだけなんです
鏡の前の自分に同じ事を言える人でなければこの国は良くはなりません

しかしあなたは海外に移住している身なのでしょう
にもかかわらず心は未だに日本から自立できていないのですか?
きっと現地の人とのコミュニケーションが上手く行っていないのでしょう

友達や悩みを打ち明ける人がいれば
わざわざ遠く離れた故郷の人へ向けてこんなブログを作ることはないでしょうからね。

by きくま (2006-07-09 16:00)


この極めて人間的に未熟なラクガキストがいかに愚か者か?。。。と言うことをここでじっくりと批判しようと思います。
まず、この愚か者がコメントを書いてくれた僕の記事の要点をここに書き出したいと思います。


なぜこのようなことを書く気になったのか?
それは、僕とクラシックの関係を象徴しているように思えたからです。
それを敷衍(ふえん)すれば、クラシックと民謡の関係もうまく説明できるのではないのか?


私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。


ここで僕は、上の太田さんの言葉をもう一度噛み締めてみたのです。

僕は6月13に日に書いた記事(『ん? クラシック興味ある?』)の中で次のように述べました。


“たかが音楽、されど音楽、

 それ以上でも以下でもない。”


。。。だと、僕も思いますね。
音楽は人生でもない。
人生は音楽でもない。
されど音楽、それ以上でも以下でもない。



ここで、もう一度恵美子さんに登場してもらいますが、
僕は、クラシックが何たるものか?と分からないうちに恵美子さんが演奏した“乙女の祈り”を聴いて感動したんです。
もちろん、可愛いと思っていた恵美子さんが弾いたから、中学生の僕は、なおいっそう感動したのです。

僕がピアノを独習で習い始めたのは、この経験があったからで、それがクラシックであったからではないのです。
いづれにしても、一つの曲がある人物によって演奏された事で僕に感動を引き起こした。
その感動が、僕をピアノに近づけさせた。
恵美子さんに会いたいからピアノを弾き始めたわけじゃない。
なぜなら、恵美子さんに会ったのはあの時が初めで最後。
僕の演奏を聴いてもらった事で僕の“片思い”は完結したのです。
でも、それからも、僕は時々“乙女の祈り”を弾いたものでした。

あの感動を自分のものにしたいから。。。

しかし、今の僕はすっかり忘れていて、この曲を弾く事さえできないんですよね。
あれだけハマッた“乙女の祈り”だったのに。。。

つまり僕にとって。。。
音楽は人生でもない。
人生は音楽でもない。
されど音楽、それ以上でも以下でもない。

現在、“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのですよ。懐かしいとは思いますが。。。
しかし、“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられます。

『ん? クラシック興味ある?』より


あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、
“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
なぜなのか?
“昔の民衆の創造性”とは、具体的にどのようなものなのか?

その答えを見出すために、僕は“津軽じょんがら節”の成り立ちを遡(さかのぼ)って行ったのです。

津軽じょんがら節は津軽民謡の代名詞のようなものですが、
元は新潟・十日町市の「新保広大寺」という唄だと言われています。

これは広大寺の和尚・白岩亮端の時代に起きた農地の耕作権をめぐる土地争いが原因で、
広大寺の和尚を追い出すために歌った「悪口唄」でした。
それが越後で大流行し、やがて越後瞽女(ごぜ)のレパートリーとなります。
これが全国に流行するのですが、それが津軽化したものが「じょんがら節」です。

津軽でも民衆の心に長く記憶される事件が起こりました。
慶長2(1597)年、南津軽郡浅瀬石城主・千徳政氏が、大浦為信に滅ぼされたのです。
しかし、政氏の死後も為信は追討をやめず、ついに政氏の墓まで暴こうとします。



その戦いで炎上した千徳氏の菩提寺・神宗寺の僧・常椽(じょうえん)は、
それを抗議する意味をこめて本尊を背負って、
上川原に身を投げたと言います。すさまじい話なんですよね。
こうした悲劇を歌った口説節が、じょんがら節であると言います。

つまり、民衆の中から沸き起こった歌なんですよね。
11代にわたって津軽の東の山根に繁栄した千徳家が滅亡。
落城とともに神社・仏閣がすべて焼き払われる。

この時千徳家代々の菩提寺である神宗寺に奉仕していた常椽和尚が、
先祖代々の位牌を背負って逃げた。
ところが、捕らえられそうになったので
白岩の断崖から浅瀬石川(上川原)に身を投じて一生を終えたのです。

年を経た夏に、川原で遊んでいた子供達が常椽和尚の変わり果てた遺体を砂の中にみつけ、
村人が相談して墓をつくり、ねんごろに弔ったと言われています。
その後、その場所を常椽川原(じょうえんがわら)と呼ぶようになったそうです。
それから毎年、お盆には常椽川原に集まり供養をし、
代々の城主をはじめ先祖の霊を慰め、
常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだと言われています。

常椽川原もいつしか上川原(じょうがわら)となり、更には「じょんがら」と言われるようになったわけです。

つまり、“民衆の創造性”から生まれた唄というものは、
もともとのクラシックのようにorder-madeではなかったのですよね。
民衆の中から沸き起こった歌。
血と汗と涙。。。
そのような苦労の中で民衆の口により歌い継がれて現在の我々にまで知られるようになった。

現在の僕が、あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、
“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
それは、やはり、この唄が血と汗と涙の中で民衆によって受け継がれてきたからではないのか?

芸能プロダクションがミーハーの歌手を育てて広めたわけでもない。
そうやって金儲けをするために歌われてきたわけではない。
テレビやラジオで宣伝して広めたわけでもない。
演奏会や、音楽会を開いて広めたわけでもない。
紅白歌合戦があったわけでもない。
レコード会社が儲かるからと言ってレコードに録音したわけでもない。


私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。
この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。


つまり、太田さんが言うところのこの汚染されきった世界こそ、
すぐ上に書いた芸能プロダクションであり、
テレビやラジオの功利主義であり、
演奏会や音楽会の商業主義であり、
紅白歌合戦と言う馬鹿騒ぎであり、
レコード会社の儲け主義ではないだろうか?

僕が“津軽じょんがら節”を聴いて魂をゆさぶられるのは、
“民衆の創造性”に僕の心の琴線が触れたからだと僕は信じています。

本尊を背負って、上川原に身を投げた常椽(じょうえん)和尚の無念な気持ち。
その和尚に同情を寄せる村人たち。
その中で和尚を悼(いた)み偲ぶ唄が生まれ、その悲劇と共に民衆に歌い継がれてゆく。
僕は、このような悲劇のことは何も知らない。
しかし、その悲劇性と、農民の気持ちが、この歌の響きの中に、旋律の中に込められている。
そして、その唄が津軽三味線で奏(かな)でられるとき、僕の魂をゆさぶる。

そういうことだと思うのですが。。。
あなたはどう思いますか?

『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』より


愚か者の“きくま”は僕のブログの記事の多さだけに圧倒されて、記事をよく読んでいないのですよね。
僕のどの記事を読んでも分かりますが、僕は“愚痴”など書いていませんよ。
ブログでは、愚痴など書くな!。。。と言っているほどですよ。

『ブロガーの条件とは。。。。?』
上の記事の中で“小額2年生”のえっけん君がブログに“愚痴”を書いているのを批判して
僕ははっきりとブログは愚痴を書くことが目的ではないこと、
もし愚痴を書きたいのなら、一人だけで読むような日記帳につけるべきだと言うことを書いているんですよ。

その僕が“愚痴”を書いているわけがない。
つまり、上の記事でさえ、愚かで未熟な“きくま”は良く読んでおらず、まったく理解していない!
だから、トンチンカンなコメントを書いてしまう!
自分で“病んでいる自分”を曝(さら)け出してしまっている! 
そのことに、愚か者の“きくま”は全く気づいてもいない!

まったく愚かで未熟者だとしか言いようがないのですよ。
そういうわけで、初めて“きくま”の書いたコメントを読んだ時に、
僕は次のような返信を書いたわけです。



きくまよ!
オマエはよほどの愚か者だね?
これまで僕とまともにコメントをやり取りした人は、すべてブログのURLか
ホムペのURLを書いているんだよ!
ところがオマエにはURLが書けない!
なぜか?

しっかりとした自分の意見を持ってないからだよ!
責任を持って正々堂々と僕とコメントを交わすことができない!
初めから、自分の意見に自信が持てないので、書けないんだよなァ~。
初めから逃げ腰じゃないか!
オマエ、へっぴり腰だよ!
みっともないよ!
しっかりとURLを書くんだよ!
小学3年生の正義君だってURLを書いてくれたんだよ!
ところが、きくまよ!いい年したオマエには書けない!
恥ずかしくないのか?

オマエは、まともな事を言っているつもりだろうけれど、
読解力が中学1年生なみだよ。
僕の記事もじっくり読まずに、
僕が書いたことを理解できずに
下らない事を書いている!

オマエの書いた稚拙なコメントを10年たってからオマエが読めば、
死ぬほど恥ずかしい思いをするに違いない!
オマエの書いたコメントは、愚かなコメントと言うより他に言いようがないよ!
なぜか?

僕のこれまでの記事を読んでいないじゃないか!
“敵を知り己を知れば百戦危うからず”
愚かなきくまよ!
オマエは自分のことも良くわかっていないばかりか
僕のこともほとんど理解していない。
そんなことで批判が書けるわけがないんだよ!
批判する姿勢も態度もできてないじゃないかァ~!

オマエはそれ程の愚か者だけれど、
僕に対して、まともな批判ができないことが自分で良く分かっている。
だから、URLが書けない!

いい年したオマエのような奴が
中学生並みの読解力しか持たず、
しっかりとした自分の意見も持たず、
駄々をこねて
オマエこそ、ただ愚痴を書いているに過ぎない。

全く批判になってないじゃないか!

きくまよ!
オマエ、まず、自分と言うものを冷静に見つめたらどうなの?
2ちゃんねるで下らない事を書いているミーハーとオマエは全く変わりがないんだよ!
オマエが2ちゃんねるで生まれ育ったような人間だということも実に良く分かるよ!
オマエの稚拙なコメントは、公衆便所の壁に落書きしているのと全く変わりがないからだよ!
覆面しながら、公衆便所の糞と小便にまみれて、
駄々をこねて、URLも書けずに、愚痴を書いているのがオマエ自身なんだよ!

何をほざこうが、オマエにURLが書けないという事がとりもなおさず、
オマエ自身が人間としての未熟な所をさらけ出しているんだよ!
きくまよ!
僕がわざわざ日本向けに書いているのは、
オマエのように未熟なまま成人になってしまった愚か者が
現在の病める日本を放置しているからなんだよ!

つまりね、愚かなオマエのようにURLが書けない!
近代市民の最低条件は“自分”を持つと言うことだよ!
年金をごまかすような駄目な政治家に向かって、
1対1で正々堂々と意見を言える人間になる必要があるよなあああああ!

ところが、きくまよ!
オマエには、まともに正々堂々と意見を交わすだけの気構えがない!
勇気がない!
覆面したまま、こそこそと、しかも全く的外れなことを書きなぐっている!
全くトンチンカンなコメントだけしか書けない!

オマエの文章を読んですぐに分かることは、
オマエがこれまでに全く海外を自分の足で歩いていないということだよ!
自分の目で海外を見ていない!
海外に住んでいるたくさんの人と言葉を交わしたこともない!

愚かなオマエは、自分では国際人のつもりになっているのかもしれないけれど、
オマエの稚拙なコメントを読むと、
まさにオマエが島国根性に凝り固まった井の中の蛙だということが、
オマエの稚拙な短い文章から実によく読み取れる!

きくまよ!
オマエ、少しはハンセ~して味噌汁で顔を洗って出直してきたらどうなの?
今度書くときには、せめて高校1年生レベルに知的程度を上げて、
少なくともURLをしっかりと書いてコメントを書いてくださいね。

愚かなきくまよ!頼むよ!
オマエの愚かな批判にもなっていない文章にまともな反論が書けないよ!
僕にまともな反論を書かせてくれるためにも、きくまよ!
今度書くときには、僕の記事をしっかりと読んで、それからコメントを書いてくれると僕は助かるよ。

こうしてネチケットの基本から
オマエに書かなければならない!
オマエがいい年をした
成人にもかかわらず、
オマエの知的レベルが中学校1年生レベルだというところにオマエの問題がある。

きくまよ!
十分に反省してから、しっかりとURLを書いてコメントを書くんだよ!
いいね。
そうかい、そうかい、
少しは分かってくれたかい。
きっと、寅さんも
喜んでくれていると思うよ。
うへへへへ。。。

僕も、オマエが少しは反省する気になっているのでうれしいよ。
じゃあね。
馬鹿な真似をいつまでも続けているんじゃないよ!
わかったね。
じゃあ、あばよ!

by denman (2006-07-09 20:34)

『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』のコメント欄より


体だけは成人になったけれど、心も精神も、中学校1年生並みの愚かで未熟な“きくま”になぜ僕がこれだけの時間をつぎ込むのか?

それは、僕が提唱している“Grassroots Net Politics”を僕は自分で実践しているからです。
僕は病める日本を良くしたい!
しかし、国会議員になって年金をごまかすようなアホで自分勝手な愚かな議員たちと国政をやるなんて馬鹿なことはとてもできない。
時間の無駄です!

日本を良くすると言った所で一朝一夕にできるわけがない!
僕のできることは、このような愚かで未熟者の“きくま”を相手に、
まともな事を書いているつもりになっている“きくま”が、実は愚かで未熟な人間であること、
島国根性に凝り固まった井の中の蛙であること、そのことを知ってもらうと言うことです。

一人でもいい!
愚かで未熟な人間がそのことに気づいて、少しでも愚かな自分を振り返ってみることができるなら、
“病んでいる日本”は確実に、その一人の愚か者が愚かだと気づいた時点で良くなる方向に向かうからです。

僕もそのようにして未熟な自分に気づいて海外に出て行ったのですよ。

ところが、愚かな“きくま”はまだ自分が愚かだと言うこと、未熟者だと言うことに気づいていない!
その証拠が、上で引用した“きくま”の稚拙な文章です!

10年後に読むなら、間違いなく死ぬほど恥ずかしい思いをするに違いない!
僕は自分が愚か者だと気づき、未熟者だと気づいた時点で、
もっともっと自分を知ろう、世界を知ろう。。。、と30カ国近い放浪の旅に出た!

ところが、もっと愚かで未熟者の“きくま”はどうか?
相変わらず島国根性に凝り固まって、井の中の蛙のままでいる。
僕のたくさんの記事を読んでもいなければ、
この愚か者がコメントを付けた記事さえ理解できていない!

その証拠が、愚かな“きくま”が書いてくれたコメントです。

馬鹿とハサミの使いよう!

うへへへへ。。。。

もちろん、この場合の馬鹿は“きくま”ですよ。

こういう愚か者にならないように、あなたも僕も気をつけることにしましょうね。

人の振り見て我が振り直せ!

うひひひひ。。。

もちろん、悪い見本を示しているのは“きくま”ですよ!
僕ではないですよ!

この記事を読んで、あなたは、僕の“良いところ”ときくまの“悪いところ”をじっくりと考えて、
もし、その気があったらコメントを書いてくださいね。

じゃあね。



ィ~ハァ~♪~!

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