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日本女性の愛と美の原点を求めて。。。



日本女性の愛と美の

原点を求めて。。。


 



この女性は西暦734年当時16才でした。
どうですか?
なんとなく現在でも通用する容貌を備えていると思いませんか?

この女性にセーラー服を着せると次のような女学生になります。



眉毛に墨を入れ、
瞳にも墨を入れて、より写実的に見えるようにしました。
どうですか?
現在に通用する女学生になっているでしょうか?

西暦734年と言うのは日本の年号で言うと天平6年と言うことになります。
文化的には天平時代と言うことになりますよね。
政治的には奈良時代です。

実は上の写真は仏像の顔です。
興福寺にある国宝の阿修羅像です。
当時16才の女の子をモデルにして作られたという可能性が強いんですよ。
詳しいことは、また後ほど説明します。

聖徳太子の時代から仏像はたくさん作られましたが、
飛鳥時代、白鳳時代を経て天平時代になると仏像には均斉と写実の美が表現されるようになります。

しかし、単なる自然な身体表現にとどまらず、内なる精神まで表現しようとしています。
仏師の技量が磨きこまれ精神的な内的表現の領域にまで達したと言うことができるかもしれません。



これが現在の日本の女性です。
つまり、その一人であるレンゲさんの女学生姿です。

この写真を見ると、16才の女学生の可愛らしさ、愛くるしさが良く現れています。
でしょう?
そう思いませんか?
それを出そうと僕が作った写真です。
つまり、レンゲさんを仏像として作ったものではありません。
レンゲさんの可愛らしさ---レンゲさんを可愛がりたくなるような、そういう気持ちを見る人に起こさせるような表情をこの写真の中に僕は塗りこめようとしたのです。

上のレンゲさんの写真を見て、レンゲさんを可愛がりたくなる気持ちにあなたはなれるでしょうか?

ところで、僕が上の仏像にセーラー服を着せて作った画像を見てしみじみと感じたことは、
仏像の表情から受けるさまざまな印象がセーラー服を着せたことによって、全く消えうせてしまったと言うことなのですね。
上の2つのセーラー服姿を見比べて、あなたも、そう感じませんか?

やはり、仏像にセーラー服を着せるには無理がありますよね。

なぜか?

仏師が表現しようとした“内なる精神”は、我々がセーラー服から連想する精神とは全くかけ離れたものだったのではないのか?
僕は、そう思いました。

では、トップの仏像の表情からあなたは何を感じますか?



僕は次のような“内なる精神”を感じます。

■ 静謐(せいひつ)
■ 哀感
■ きびしさ
■ 敬虔なまなざし
■ まなざしの中に込められた奥深い苦悩
■ 引き締まった唇に表れた意志の強さ
■ 清純でひたむきな思い 

実は、僕は仏像のモデルになった16才の少女のことを良く知っているのです。
だから、このような感情を読み取ることができるのかもしれません。

もちろん、僕は、その少女に会った事はありませんよ。うへへへへ。。。。
なにしろ、今から1250年以上前に生きていた女性です。
会えるはずがない!

しかし、僕は歴史馬鹿ですから、この女性についての歴史書を手当たりしだい読み耽りました。
そうして、この女性のことを充分理解したつもりになって、上の仏像の表情をじっくりと眺めて感じた、この女性の“内なる精神”なのです。

この仏像を作った責任者は仏師の将軍万福(しょうぐんまんぷく)と言う人です。
“将軍”というのは姓です。
“幕府”とか“将軍職”とは全く関係がありません。
仏像彩色の責任者は絵師の秦牛養(はたのうしかい)です。

僕は改めて、この仏師の技量・力量に感心しますね。
よくこれだけ“内なる精神”を表現できたものだと思います。

阿修羅像って何?

この阿修羅像は現在、興福寺国宝館に安置されています。
天平6年(734年)に光明皇后が母親の橘三千代の一周忌追善のために興福寺に西金堂(さいこんどう)を建立したときに、その堂内に奉安した仏像のうちの1つでした。

この仏像については、正倉院文書の『造仏所作物帳(ぞうぶつしょさくもつちょう』に詳しく書かれています。
この記録によると、作業が始まったのは橘三千代が天平5年(733年)1月11日に亡くなってから10日経過した1月21日です。
その一周忌にあわせて翌年の1月9日に完成しています。

“阿修羅”は、もともとはサンスクリット語(Sanscrit)なんですよね。
日本では梵語(ぼんご)とも呼ばれています。
つまり、“阿修羅”は“asura”を音訳して、そう呼ばれました。
前身は古代ペルシャのゾロアスター教(拝火教)の“アフラ・マツダ”と言う善神とされています。

これがインドに入ると “asura” は “a(否定の意味) + sura(神・天)”、 つまり、“非天” と解釈されて “神ではない” 悪魔の意味になります。 

そういうわけで、“阿修羅”は古代インドでは、戦闘の神として激しい気性を持つ災いの悪神とされ、特にインドラ神(帝釈天)とは常に争う間柄になりました。

やがて、インドの神々が釈迦に教化されて仏教に取り入れられると、仏陀と仏法の守護神に変化して“阿修羅”も“八部衆(8種の鬼神)”の内の1つの神になりました。
いずれも古代インドでは邪神であったものが、仏教では『法華経』などの大乗仏教経典に登場するようになります。

日本では、“阿修羅”は“修羅”とも略して呼ばれ、“修羅場”などと言う言葉もあるように、猛々しい争いを好む神として受け入れられます。
阿修羅像は日本では普通3つの顔と6本の腕を持っている仏像として造られました。
阿修羅像の本来の姿は、肌を赤く彩り、髪を逆立て、三面の形相は容貌醜怪であり、目を怒らせ、口を大きく開き、牙をむき出して威嚇し、次に示すような不動明王にも似た怒髪憤怒(どはつふんぬ)の表情を示しています。



ところが、興福寺に安置されている阿修羅像には、怒髪憤怒(どはつふんぬ)が基本であるにもかかわらず、この荒々しさや猛々しさが全く見えません。
この仏像が持つ本来の憤怒の概念とはおよそ縁遠い姿と表情を見せています。



その風貌は極めて内省的であり、自己抑制に満ちて、祈りの念さえ表れています。
少なくとも、不動明王のような怒りの表情は全く感じられません。
これはどういう訳なのか?

僕は、この仏像を観て、まずそのことが大きな疑問として気になり始めたのでした。

ところで、仏教にはたくさんの仏像があります。
本来、仏様には男女の性別はないとされていますが、そうとばかりは言い切れないのです。

実は、仏像には4つの種類があります。
如来、菩薩、明王、天部です。
このうち、如来、菩薩、明王には男女の別は無いとされていますが、天部には男女の別が在ります。
たとえば、毘沙門天(びしゃもんてん)は男です。
弁天様として知られている弁財天(べんざいてん)は女です。

この阿修羅は天部に属しています。
だから、当然のことですが性別があります。
興福寺に安置されている阿修羅像は男なのか女なのか?

僕にとっては一目瞭然のことなのですが、過去にいろいろな人がいろいろな事を書いています。
堀辰雄さんは『大和路・信濃路』(人文書院)の中で、この阿修羅像に少年の姿を見ています。
司馬遼太郎さんは『街道を行く』(朝日文芸文庫)の「奈良散歩」の中で少女の面影を見ています。

僕にとって、この興福寺の阿修羅像は女性以外に考えられませんね。
阿修羅像の本来の性格が怒髪憤怒(どはつふんぬ)である、いわば男性的な荒々しさ、猛々しさを表現しているものであるなら、
興福寺の阿修羅像は一目見ただけでも女性的な優しさ、おとなしさを表しています。
どう見ても女性だとしか思えません。

さらに、この阿修羅像を造ろうと言い出したのは誰あろう光明皇后(光明子)なんですよね。
しかも、その目的は亡くなった母親である橘三千代の供養のためなのです。
そして、そのモデルになった女性と言うのは、聖武天皇と光明皇后の娘---当時16才の阿部内親王なのです。
この阿部内親王こそ、後に孝謙天皇(称徳天皇)となる女性なのです。2度女帝になった人です。

このようなことを考えに入れて、改めてこの阿修羅像を観る時、僕はこの阿修羅像に阿部内親王以外の女性を思い浮かべることができません。

では、日本女性の愛と美の原点を求めて。。。僕がなぜ阿部内親王を取り上げるのか?

それは次の系図を見てもらう必要があります。



つまり、持統天皇に始まったこの系図での最後の女帝なのです。
藤原不比等と持統天皇が天皇家の“設計図”を書きます。
無理を押し通して、その設計図に従って天皇家を運営してゆきますが、
阿部内親王の代になって初めて行き詰まってしまったのです。

持統皇統は称徳天皇が亡くなる時に断絶します。
持統天皇と藤原不比等に縁のある女性たちが、
彼等の王権の維持のために涙ぐましい努力を続けます。
その過程で美しくも悲しい壮絶な愛の物語を繰り広げるのです。

果たしてどのような絵巻なのか?
その最後を彩(いろど)るのが誰あろう、
このページのトップで掲げた16才の悩み多き女性なのです。
一体、どのような絵巻になるのか?

それは次回のお楽しみ。。。 
では。。。



ィ~ハァ~♪~!

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