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クラシックと民謡


 

クラシックと民謡

 


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デンマンさん。。。、最近 クラシックと民謡 にハマッてるのですか?


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。。。ん? オマエは僕がクラシックと民謡にハマッていると思うわけぇ~。。。

だってぇ、タイトルに、そう書いてあるじゃありませんかァ!

いや。。。 僕がハマッていると言うよりも、オマエこそクラシックと民謡 にハマッてるんじゃないのォ~!?

その証拠でもあるのですかァ~?

あるのだよ。。。 オマエは次の記事を書いていたのだよ!


17.1 Arthur Honegger (1892-1955)

A. Honeggerの<<Movement Symphonique, Pacific 231>>を久しぶりに聴いた。何故か、こういうmachinismeの音楽は、なかなか飽きが来ない。そういえば、L.Russoloも、やがて我々にとって、市外電車や内燃機関、自動車や群衆の騒音を理想的に組み合わせる方が、<Eroica> や <Pastoral>を繰り返し聴くより、はるかに大きな楽しみとなろう、と書いていた。C.A. Debussyでさえ、飛行機の時代には、それに相応しい音楽が必要だ、と言ったと聞く。
そもそも、昔は、<作曲>された音楽はorder-madeであったのだ。それが不特定多数の市民が対象とされるようになって、音楽はprêt à porterとなった。作曲と演奏が分離、分業になったのは、この頃ではなかったか。その方が生産、販売共に効率が良かったのであろう。現代では、音楽は大量生産され有料、無料で配布されている。身尺に合ないready-madeのお仕着せに、どのような音楽を聴いてもambivalentな気持ちがするのは、私だけではあるまい。それはまた、一つ一つの製品に限った話ではない。私は、演奏会や音楽会を提供する側、製品に付加価値をつけようとする側のarrangement、つまりprogrameについても同様に感じる故に、めったに演奏会場に足をはこばないのである。そうした違和感は、皮肉なことではあるが、自分で選択した音楽を、自分で配列した順序でレコードで聴けば、幾分かは軽減されることに私は気がついた。それ以上を求めるのならば、自作自演をして、つまり自分で作曲をして自分で演奏して自分で耳を傾けるしか手が無いであろう。
私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである。だから、私は久しく<<Pacific 231>>に対しても反感すらもっていた。
Honegger自身はこの作品について、彼はこの曲で内燃機関の騒音を模倣しようとしたのではなく、むしろ視覚的印象や身体的快感を表現した、と語っていた(Je Suis Compositeur)。視覚的印象といえば、C. Monetにも、汽車の駅の構内を描いた作品があったっけ。そうしたlevelで、Honeggerの作品は描写音楽である、とも私は思う。ただ、私は、彼に限らずに、こうした発言に出会う度に、直接に模倣、表現しているなどと思っている連中には、そう思わせておけ、とでもいった突き放した態度が何故とれないのか、と訝ってもいるいるのである。そもそも、外界を完全に模倣、描写しようとして成功した音楽などというものが、未だかつて存在したであろうか。音楽の具体性がそんな処には無い事は明白ではないのか。
Honegger自身が別のところで釈明しているのは幸いであった。彼は、あの曲の真の意図は、抽象的なrythme運動の表現にあり、形式としてはJ.S. Bachのchoral変奏曲を念頭においた、と語っている。私に言わせれば、彼の言う<抽象的なrythme運動>こそ音楽に於ける具体性であって、そこには直接的に情緒などが入り込む隙間などはない、ということである。それにも拘わらずに、この作品を聴いて感銘を受けるのは、それはひとえに、創り手の対象への関心、敢えて言えば、対象への終始一貫した愛情とすらいえる拘りに、聴き手が共感するからである。その対象とは、機関車からの印象であると同時に<抽象的なrythme運動>でもある、と私は考えている。
実を言うと、私は、Honeggerは、少なくともこの曲の前半では、機関車の騒音をある程度は模倣(しよう)としていると判断している。それ故に、Honeggerのこの作品は、他人の情緒につきあう必要の少ない音楽であって、それが、今、むしろ、私がなかなかに飽きることがない、とでもいうことではないか。
ただ少し気に障るのは、この曲の後半で出てくる、あの安っぽい陳腐な旋律である。これがHoneggerの言った<身体的快感を表現>しているのであろうか。
H. Villa-Lobosにも似た様な作品があるが、そちらのほうはChoral変奏曲のような技術的な背景がない事と、やはり安易な旋律が登場するので、二度目に聴いた時には、残念だという気持ちを覚えた。その音響を好ましく感じた私ではあるが、聴覚に触発された視覚的情緒だけでは音楽は支えられない、とも思う私である。
音楽が、印象を含めての情緒、或いはその表現であるとしたら、それはそれで何ものかの描写であろう。これもまた、程度の問題である。
Honeggerは、<<Movement Symphonique No 3>>は<<Pacific 231>>や<<Rugby>>の様には表題をもたないので、それほど受け入れられなかった、というような不満、或いは皮肉を言っていたが、果たしてそれは表題のせいだけであろうか。私が<<Rugby>>でさえ、さほど楽しめないのは、私がrugby(のrule)を知らない故だと思っているのであるが。

蛇足(コーダ):
私の二人の娘たちは、蒸気機関車の走るのを見た事が無い。この世代は<<Movement Symphonique, Pacific 231>>をどのように聴くのであろうか。それは<抽象的なrythme運動>だけを聴く不幸であるのか、私には分かり様が無い。
それとも、それを見て経験した私の方が不幸なのであろうか。<rythme運動>が、どこまで<抽象的>なのか、自分自身の耳で聴いても分かり様が無い。
この様に、一人の人間が、対象が何であれ、それを分かっているかどうかは、自分自身のことであろうとなかろうと不確定なのではないか。これも、音楽のことだけではないであろう。




73-74ページ
『前奏曲集―あるアマチュアの覚書-作品 1の1』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




あのさァ~、いつも思うのだけれど、オマエの文章はとっても読みづらいのだよ! 英語やドイツ語やラテン語が入り混じっている。。。



デンマンさん! 人のことは言えませんよ! デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ。。。

それは、オマエの個人的な見解だと思うのだよ! 僕の記事は、日本語が解る世界のネット市民の 多くの皆様に読まれているのだよ!

134ヵ国のネット市民の皆様に読まれていることを自慢したいのですか?

いや。。。 自慢したいわけじゃない! オマエが「デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ」と言ったから、僕の長い記事でも まめに読んでくれる常連さんが居る、と言いたかったまでだよ。。。 とにかく、オマエの文章は読みづらいので、多くの人が上の文章を読み飛ばしたと思うのだよ。。。

マジで。。。?

僕だってぇ、読みたくなかった。。。 でも、この記事を書く都合があるので、次のように読み易くして読んだのだよ。


17.1 アルテュール・オネゲル

    (1892-1955)



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アルテュール・オネゲルの《交響的断章(運動)第1番 パシフィック231》を久しぶりに聴いた。
何故か、こういうメカニカルな音楽は、なかなか飽きが来ない。

そういえば、ルイージ・ルッソロも、やがて我々にとって、市外電車や内燃機関、自動車や群衆の騒音を理想的に組み合わせる方が、<エロイカ> や <パストラル>を繰り返し聴くより、はるかに大きな楽しみとなろう、と書いていた。
ドビッシーでさえ、飛行機の時代には、それに相応しい音楽が必要だ、と言ったと聞く。

 


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そもそも、昔は、<作曲>された音楽はオーダーメイドであったのだ。
それが不特定多数の市民が対象とされるようになって、音楽はレディーメイドとなった。
作曲と演奏が分離、分業になったのは、この頃ではなかったか。
その方が生産、販売共に効率が良かったのであろう。

現代では、音楽は大量生産され有料、無料で配布されている。
身尺に合ないレディーメイドのお仕着せに、どのような音楽を聴いても相反するような気持ちがするのは、私だけではあるまい。
それはまた、一つ一つの製品に限った話ではない。

私は、演奏会や音楽会を提供する側、製品に付加価値をつけようとする側の編曲、つまりプログラムについても同様に感じる故に、めったに演奏会場に足をはこばないのである。
そうした違和感は、皮肉なことではあるが、自分で選択した音楽を、自分で配列した順序でレコードで聴けば、幾分かは軽減されることに私は気がついた。

それ以上を求めるのならば、自作自演をして、つまり自分で作曲をして自分で演奏して自分で耳を傾けるしか手が無いであろう。
私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。

しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。
この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである。
だから、私は久しく《パシフィック231》に対しても反感すらもっていた。

アルテュール・オネゲル自身はこの作品について、彼はこの曲で内燃機関の騒音を模倣しようとしたのではなく、むしろ視覚的印象や身体的快感を表現した、と語っていた(『わたしは作曲家である』吉田秀和訳 創元社 1953年 → 音楽之友社 1970年)。

視覚的印象といえば、クロード・モネにも、汽車の駅の構内を描いた作品があったっけ。

 


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  サン・ラザール駅

 

そうしたレベルで、アルテュール・オネゲルの作品は描写音楽である、とも私は思う。

ただ、私は、彼に限らずに、こうした発言に出会う度に、直接に模倣、表現しているなどと思っている連中には、そう思わせておけ、とでもいった突き放した態度が何故とれないのか、と訝ってもいるいるのである。
そもそも、外界を完全に模倣、描写しようとして成功した音楽などというものが、未だかつて存在したであろうか。
音楽の具体性がそんな処には無い事は明白ではないのか。

アルテュール・オネゲル自身が別のところで釈明しているのは幸いであった。
彼は、あの曲の真の意図は、抽象的なリズム運動の表現にあり、形式としてはバッハのコラール変奏曲を念頭においた、と語っている。
私に言わせれば、彼の言う<抽象的なリズム運動>こそ音楽に於ける具体性であって、そこには直接的に情緒などが入り込む隙間などはない、ということである。

それにも拘わらずに、この作品を聴いて感銘を受けるのは、それはひとえに、創り手の対象への関心、敢えて言えば、対象への終始一貫した愛情とすらいえる拘りに、聴き手が共感するからである。
その対象とは、機関車からの印象であると同時に<抽象的なリズム運動>でもある、と私は考えている。

実を言うと、私は、アルテュール・オネゲルは、少なくともこの曲の前半では、機関車の騒音をある程度は模倣(しよう)としていると判断している。
それ故に、アルテュール・オネゲルのこの作品は、他人の情緒につきあう必要の少ない音楽であって、それが、今、むしろ、私がなかなかに飽きることがない、とでもいうことではないか。

ただ少し気に障るのは、この曲の後半で出てくる、あの安っぽい陳腐な旋律である。
これがアルテュール・オネゲルの言った<身体的快感を表現>しているのであろうか。

エイトル・ヴィラ=ロボスにも似た様な作品があるが、そちらのほうはコラール変奏曲のような技術的な背景がない事と、やはり安易な旋律が登場するので、二度目に聴いた時には、残念だという気持ちを覚えた。
その音響を好ましく感じた私ではあるが、聴覚に触発された視覚的情緒だけでは音楽は支えられない、とも思う私である。
音楽が、印象を含めての情緒、或いはその表現であるとしたら、それはそれで何ものかの描写であろう。
これもまた、程度の問題である。

アルテュール・オネゲルは、《交響的断章(運動)第3番》は《交響的断章(運動)第1番 パシフィック231》や《交響的断章(運動)第2番 『ラグビー』》の様には表題をもたないので、それほど受け入れられなかった、というような不満、或いは皮肉を言っていたが、果たしてそれは表題のせいだけであろうか。
私が《交響的断章(運動)第2番 『ラグビー』》でさえ、さほど楽しめないのは、私がラグビー(のルール)を知らない故だと思っているのであるが。

 


(rugby11.jpg)



 



追記(コーダ):

 

私の二人の娘たちは、蒸気機関車の走るのを見た事が無い。
この世代は《交響的断章(運動)第1番 パシフィック231》をどのように聴くのであろうか。
それは<抽象的なリズム運動>だけを聴く不幸であるのか、私には分かり様が無い。

それとも、それを見て経験した私の方が不幸なのであろうか。
<リズム運動>が、どこまで<抽象的>なのか、自分自身の耳で聴いても分かり様が無い。

この様に、一人の人間が、対象が何であれ、それを分かっているかどうかは、自分自身のことであろうとなかろうと不確定なのではないか。
これも、音楽のことだけではないであろう。




赤字はデンマンが強調)

30-31ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




つまり、オイラが次のように言ったので、デンマンさんはムカついたのですか?



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私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、

昔の民衆の創造性が信じられる。

 

しかし、私は、私自身を含めて、

現代の大衆を信じてはいない。


この汚染されきった世界に住むことは、

あまり幸福とは言えないという気持ちである。

だから、私は久しく《パシフィック231》に対しても

反感すらもっていた。




ムカついたと言うよりも、オマエは実に愚かな事を書いているなと思って、呆れてしまったのだよ!



デンマンさんがそれほど呆れるような事をオイラは書いてますか?

書いてるよ!

でも、何で、それほど呆れるのですか?

あのさァ~、日本語が解る134ヵ国で有名になっている「現実主義者」と名乗る愚か者のことをオマエも知ってるだろう?

もちろん、知ってますよ。。。 “馬鹿の見本”と言われている男でしょう!?

そうだよ!

 


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『現実主義者 馬鹿の見本』




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わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

40過ぎても 結婚できない

オイラのために デンマンさんが

オイラの事で記事をたくさん

書いてくれました。

 

このぶんだと、読者の中から、

オイラにプロポーズしたい女性が

現れると思います。

オイラはウハウハしながら

男性ホルモンを全開しているのです。

きゃははははは。。。

 

こうなったら、もう無条件に

スキップして喜びたいですゥ!


(smilejp.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

もう一つおまけに

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

ああァ~、うれしいなあああァ~。。。


 



上のリンクをクリックして記事を読んだら、誰だってこの男は“馬鹿の見本”だと信じることができる。



それは、そうですよ。。。 オイラだってぇ、一度読んだだけで、この男が“馬鹿の見本”だとすぐに理解できました。

だけど、この男は自分では“馬鹿”だと思ってないのだよ!

その証拠でもあるのですか?

あるのだよ! この男のことをじっくりと観察して研究して記事を書いたブロガーがいたのだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!


「現実主義者」の心理


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過去ログでの私とのやり取りを見れば分かる通り、こいつは深刻なヘイトスピーカーである。

奴は私のブログだけではなく、いろいろなブログに現れては、ヘイトを繰り返している。

奴の発言についてはざっとこんな感じ


引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

 

被害者や遺族、被害者寄りの人間どもの方が学校関係者やPTA、学区民や教育委員会から「皇子山学区のゴミクズ」認定されてる

いじめ被害者は加害者よりずっと生きてる価値なしのゴミクズ

被害者がアホで根暗だからいじめられるのは当然、自己責任だろ

遺族は泣き寝入りしてりゃいい


(中略)

この書き込みを見て、気分を害さない遺族などいるというのか?

「自分の境遇もいじめ被害者と一緒だ」と訴えている・・・違う、こいつはそんなんじゃない。
少なくともこいつは自分といじめ被害者を「同等」などと思っていない。

奴は、異常なほど学歴に拘っているが、それは奴の中であるヒエラルキーが確立されているからである。

それがこちら
すごく単純だが、こんな感じ。


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奴は自分自身を「低学歴」の立場に置き、自分自身を「ゴミクズ」だの「ボロ雑巾」だの宣っているが、決して自分の事を底辺だとは思っていない。

というのは、奴は上記のヒエラルキーにちょっとした付け加えをしているのである。

それが、これ


(kasuga24.png)

つまり、「どうせ低学歴は底辺這いつくばるしかねえんだ」と、這い上がろうとする者を見下し、馬鹿にする立場を自分の中で作り上げた。
こんなのはただの開き直りなんだけどね(笑)

そして「高学歴」に縋って、「低学歴」を見下していれば、恰も自分が「高学歴」の仲間入りしている気分になり、優越感に浸れると言うわけである。

まさに「虎の威を借る狐」。

だから、こいつにとって底辺から這い上がって成功を収めるなんて、あってはならない事であり、むろん、彼らを救ってやりたいなどと言う気持ちも毛頭ない。

現に、某ブログの管理人さんに、底辺を見下し、あざ笑うようにけしかけるようなことを言っているところを何度か目撃している。

奴にとって「高学歴」はいい人生で「低学歴」はみじめで「なくてはならない」。

ネトウヨレイシストにとって「日本人」はいい人で「朝鮮人」は卑しい人で「なくてはならない」。

どちらもそれがアイデンティティーであり、ここをケチをつけられると癇癪を起すのだ。
私が奴の事を「ネトウヨとメンタリティーは大して変わらない」と言ってきたのはここである。




『春日のブログ』より
2018-08-14 17:08:15




つまり、“馬鹿の見本”の「現実主義者」は、誰が見ても馬鹿なんだけれど。。。、しかも自分で「生きる価値のないウンコのようなクズの廃人」だと伊藤先生のブログで認めているのだけれど。。。、それでも自分が馬鹿だとは思ってない! なぜなら、上の記事でも書いてあるように、この愚か者は馬鹿にする立場を自分の中で作り上げているのだよ!



なるほどォ~。。。 それで、自分よりも愚かな者を馬鹿にして、自分は、愚かでないと思ってるのですねぇ~。。。

その通りだよ。。。 そもそも、自分が馬鹿だと思っていたら他人のブログにコメントなど書けないものだよ!

。。。で、デンマンさんが オイラが書いた文章を読んで、呆れまくったというのは、どういうことですか?

オマエは早稲田大学の理工学部の数学科を優秀な成績で卒業して、小さなソフトウェア会社の課長にまでなったのに、上役と喧嘩してカナダに移住し、大型計算機のメインテナンスを専門とする熟練技術者として自己満足な生活を送っているのだよなァ~。。。

余計な事は言わなくてもいいですから、ズバリと指摘してください。。。

そうゆうオマエがだよ、「私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない」と書いている!

いけませんか?

あのさァ~、もしそれが真実ならば、つまり、オマエは現代の大衆を信じてないばかりか、自分までも信じてないと言うことじゃないかァ!

そうです。。。 いけませんか?

あのさァ~、ホントにオマエが自分自身を信じてないなら、そもそも、オマエは上の記事を書かなかった。。。と言うより、書けなかったはずだよ!。。。 そうだろう!?

デンマンさんも意外に馬鹿なところがあるのですねぇ~?

自分が信じられないオマエは、馬鹿かもしれないけれど。。。 いや、充分に馬鹿の素質があるけれど、自分を信じている僕がどうして馬鹿なのォ~?

“言葉の綾(あや)”ということをデンマンさんは聞いたことがないのですかァ~? 「微妙な意味あいを表したり、事のついでに付け加えたりする、巧みな言葉の言い回し」ですよ。。。

つまり、オマエは本当は自分以外の一般大衆は信じてないけれど、自分自身は信じている。。。 でも、それを言うと、オマエの記事を読む読者に嫌われるので、それを避けるために、わざと 心にも無い「私自身を含めて」を書き加えた。。。 そういうわけぇ~?

そうです。。。 それが読者受けする「巧みな言葉の言い回し」。。。 要するに“言葉の綾(あや)”ですよ。。。

それってぇ~、馬鹿にする立場を自分の中で作り上げた“馬鹿の見本”と同じ論理だよ。。。 オマエは、“真実を語った者”の代わりに“言葉の綾(あや)”を持ち出してきて、読者受けを狙ったのだよ! そうだろう!?

デンマンさん!。。。 そこまで追求しないでくださいよ!。。。 “武士の情け” という言葉もあるでしょう!

時代錯誤な言葉を持ち出して、話題を逸(そ)らすなァ! んもおおおォ~! しかも、オマエは「この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである」と書いている!

いけませんか?

つまり、オマエが信じてない現代の大衆も「この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである」とオマエは信じているのだよなァ~。。。

そうです。。。

でも、僕はバンクーバーで幸せなんだよ! 要するに、オマエが信じてない日本の現代の大衆も、「この汚染されきった日本に住むこと」に幸せを感じているかもしれないのだよ!

その証拠でもあるのですか?

あるのだよ。。。 次の小文を読んでごらんよ!


海外に目を向ける

2015年03月03日(火) 09時16分31秒

テーマ:ブログ

久しぶりに朝から外出したので、朝の寒さを舐めてました。

寒すぎオワタw

スマートフォンからの更新である。

相変わらず大阪はミナミには中国から多くの観光客が賑わっております。


(minami100.jpg)


(tourbus.jpg)



特に週末は日本人おらんがなってぐらい多いです。

彼らのパワーは半端ないっす。

ドンキやダイコクではこれでもか!って引くほど大量買いされてます。

日本製の商品は人気あります。

なかには大量に買って、向こうの富裕層に売る転売をしてる人もいるみたいです。

日本にある商品=品質が良いという認識

日本の誇れるところです。

一方で日本のリソースが海外へ流出していく危惧もあります。

トヨタでは為替の影響を減らす目的でアメリカに工場を作り生産。

某エアコン製造企業も流通コストの削減を目的にブラジルに工場を設立。

いずれも何百億という投資をして工場を作ってでも、海外に拠点を設ける大企業は増えています。

システム開発でも、オフショア開発で盛んに海外に外注を降っています。

スポーツでもサッカーならヨーロッパ、野球ならアメリカのメジャーリーグへ国内の優秀な選手が海外へ流出しています。

イチローやダルビッシュ、本田や長友など日本人が海外で活躍する姿は日本の誇りだという見方もありますが、日本にスター不在という状況にもなります。

今二刀流で話題の大谷選手もいずれメジャーといってますが、日本のプロ野球人気を考えれば、間違いなくマイナスです。

2020年にはオリンピックもあり日本は元気だ!と楽観的に考えているジジイたちもいますが、そんなものは一時的なドーピングでしかないでしょ。

日本はどんどん高齢化が進み、国の借金も絶賛増え続けており、決して安泰とは思えません。

そう考えるとリスクは多いですね。

何か起こってからでは遅いので、リスク対策は常に考えないとあかんな。

とはいってもやっぱ日本はええ国ですよ。

前にも言いましたが、サイコロでいうと6の目。

産まれた瞬間運がいい。

こんな住みやすい国他にあるのか?笑

海外住んだことないんですけど、そう思います。

日本最高。


ありがとうございました。




赤字はデンマンが強調。
写真はデンマンライブラリーより。
YouTubeはデンマンが貼り付けました。)




『日本最高?』より
(2005年3月7日)




こうして日本で暮らす一般大衆の中には日本最高と思って満足している人がいるのだよ! 結構たくさんいると思うよ!



そういう人たちは現実が見えてないのです。。。

あのさァ~、「現実主義者」と自称している あの“馬鹿の見本”も現実を見てないのだよ。。。

だから、言ったでしょう! 日本の大衆は、精神的にも物理的にも汚染されきった日本の現実を見てないのです! それゆえにオイラは、現代の大衆を信じてないのです。。。



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【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは現代の大衆を信じていますか?

ええっ。。。 「そんな事はどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」

あなたにとって、日本での幸せはどうでもいいのですか?

分かりましたわ。。。

では、話題を変えます。

たいていデンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


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(30june.jpg)

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■ 『クラシック馬鹿とエロ松永』

■ 『ティンパニストの本』

■ 『男の美学』

■ 『バッハ・コレギウム・ジャパン』

■ 『中村紘子とワンワン』

■ 『字が汚い!』

■ 『美しき青きドナウ』

■ 『字が汚い人』

■ 『犬死@太田将宏』

■ 『官能的な音楽』



(juneswim.jpg)


『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


『センスあるランジェリー』



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官能的な音楽


 

官能的な音楽

 


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デンマンさん。。。、最近 官能的な音楽 にハマッてるのですか?


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。。。ん? オマエは僕が官能的な音楽にハマッていると思うわけぇ~。。。

だってぇ、タイトルに、そう書いてあるじゃありませんかァ!

いや。。。 僕がハマッていると言うよりも、オマエが官能的な音楽 に目覚めたのだよ!

まさかァ~。。。

まさかァ~じゃないよ! オマエが次の記事に中で書いているのだよ!


3.1 Claudio Monteverdi (1567 – 1643)

C. Monteverdiの最初のオペラ<<Orfeo>>を聴いた。私は、イタリア語が殆んど解らない。ラテン語よりも苦手であるので、イタリア語のオペラは敬遠、いや、無視し続けてきた。この短い人生に、そう何もかも出来ない、と思ったのである。それに、G. PucciniやG. Verdiなどの所謂イタリア オペラをあまり好かない故でもあった。しかしながら、いくら何でも、Baroque初源の<<Orfeo>>に(草子地:音楽史上初めてのオペラということではないが)知らないふりはできかねた。
筋書きは、要するに、イザナギとイザナミの命の話である。旧約の<Genesis>にあるLotの説話にも似ていなくはない。不思議なのは、洋の東西を問わずに、振返るという行為が最愛の者を失わしめる、という古代人に共通した発想である。時折り、考えてみるが、私にはそれがよく解らない。
とにあれ、この作品の結末は、あっけらかんとして、happy endで終わっている。いい気なものだ、とすら言えよう。しかしながら、音楽は、新鮮で素晴しかった。また、楽しみが一つ増えたことも嬉しいことである。
という訳で、今度は<<L’ incoronazione di Poppea>>のLPを買ってきた。これは、Monteverdiの最後のオペラだそうである。そして、これもまた、形の上ではhappy endではあるが、一寸と待てよ、と言うところである。
先ず、すぐに気がつくことは、<<Orfeo>>に於いては、男は男声で、女は女声で唱われ、<<Poppea>>に較べて健康的とすら言えようが、後者に於いては、Neroneがソプラノ(カステラート?)、Arnalta(乳母)がテノールで唱われている。小姓がソプラノであるのは、近代になっても例があるが、女どうしでいちゃついているような気がしないでもない。要するに、一貫して男女の愛の退廃を表現しているように聴きとれる(草子地:無論、音楽が退廃している訳ではない)。
いや違う。このdramaでの真の悪役はAmoreではなかったか。感覚的に、私のボーイ ソプラノ嫌いが影響しているのかも知れないが、一方、神(々)の人間を支配する、そのしかたに何か納得できない、と感じとることは、Aeschylusの<Aias>などに観られる如く、ヨーロッパ人の潜在的な、ということはキリスト教以前からの伝統なのではないか、と私は思うのである。
Monteverdiがそれに対して意識的であったかどうかは私は知らない。しかしながら、七十五歳にして、これほどまでに官能的な音楽を書いた彼ではあったが、一面では、その彼方には彼の覚めた眼が見え隠れしている、と感じられるのである。
Ottone、NeroneそしてOttavia、主要な登場人物の全部が、他者の死を望んでいた。Drusillaでさえ、思い違いではあるが、他の死を願っていた。これは、よく考え抜かれた筋書きである。最も退廃からは遠く、健康的な彼女の愛も至上ではない、ということであろう。それら全てが<Amore>の故であったのである。唯一人、<愛>に何らの関係もなく描かれているSenecaのみが、自らの死を喜んでいた。
そういえば、L. Tolstoyも彼の小説<復活>のなかで、愛が、愛が、愛が、と繰り返す恋愛至上主義の女学生を喜劇的に描いていたが、当人にとってはとにあれ、恋愛感情などというものは、所詮、発情期の男女の心理現象にすぎない、ということか。
それを連想させる場面が、このオペラのなかにあるのである。<自ずから起きる愛>に対する皮肉な視線は、第一幕第五景のArnaltaとOttaviaや第二幕第五景の小娘と小姓の遣り取りに見て取れる。あたかも、退廃なしの<愛>などは、この世に存在しない、と言わんばかりである。なお、散逸した第二幕第四景には、非常にerotiqueな場面があった、と想像される。
とにあれ、<<L’ incoronazione di Poppea>>の台本は、Giovanni Francesco Busenelloの手になることを記さねば、片手落ちで不公平ということになろう。そして、そのtextを選んだのは、他ならぬClaudio Monteverdiであったのである。
ところで、この二人の視点は、例の小姓に悪しざまに言われているSenecaのそれと、どの程度に重なるのであろうか、と気になるところではないか。

蛇足(コーダ):
H. Purcellの<<The Fairy Queen>>の第三幕では、<<Poppea>>とは逆に、男どうしがいちゃついている。Mopsaをカウンタ テノールが唱っているためである。日本の歌舞伎の女形をTVで大写ししたようで、見る、聴くに耐えない。
ついでに書けば、私自身は、少し慣れれば、アルトの声域まで発声が出来る。しかし、私はカウンタ テノールの声が嫌いなのである。J.S. BachのKirchenkantatenなどでも女性のアルトではなく男性のカウンタ テノールが唱う傾向になってきた。アルトが失業してしまうのではないか、という私の心配は、よけいなお世話か。




30-31ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




あのさァ~、いつも思うのだけれど、オマエの文章はとっても読みづらいのだよ! 英語やドイツ語やラテン語が入り混じっている。。。



デンマンさん! 人のことは言えませんよ! デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ。。。

それは、オマエの個人的な見解だと思うのだよ! 僕の記事は、日本語が解る世界のネット市民の 多くの皆様に読まれているのだよ!

134ヵ国のネット市民の皆様に読まれていることを自慢したいのですか?

いや。。。 自慢したいわけじゃない! オマエが「デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ」と言ったから、僕の長い記事でも まめに読んでくれる常連さんが居る、と言いたかったまでだよ。。。 とにかく、オマエの文章は読みづらいので、多くの人が上の文章を読み飛ばしたと思うのだよ。。。

マジで。。。?

僕だってぇ、読みたくなかった。。。 でも、この記事を書く都合があるので、次のように読み易くして読んだのだよ。


3.1 クラウディオ・モンテヴェルディ

    (1567 – 1643)



(monte03.jpg)

 

モンテヴェルディの最初のオペラ《オルフェオ》を聴いた。
私は、イタリア語が殆んど解らない。
ラテン語よりも苦手であるので、イタリア語のオペラは敬遠、いや、無視し続けてきた。

この短い人生に、そう何もかも出来ない、と思ったのである。
それに、ジャコモ・プッチーニ や ジュゼッペ・ヴェルディなどの所謂イタリア オペラをあまり好かない故でもあった。
しかしながら、いくら何でも、バロック初源の《オルフェオ》に(草子地:音楽史上初めてのオペラということではないが)知らないふりはできかねた。

 


(orfeo2.jpg)



 

筋書きは、要するに、イザナギとイザナミの命の話である。
旧約の<創世記>にあるロトの説話にも似ていなくはない。

不思議なのは、洋の東西を問わずに、振返るという行為が最愛の者を失わしめる、という古代人に共通した発想である。
時折り、考えてみるが、私にはそれがよく解らない。

とにあれ、この作品の結末は、あっけらかんとして、ハッピーエンドで終わっている。
いい気なものだ、とすら言えよう。

しかしながら、音楽は、新鮮で素晴しかった。
また、楽しみが一つ増えたことも嬉しいことである。

という訳で、今度は《ポッペーアの戴冠》のLPを買ってきた。
これは、モンテヴェルディの最後のオペラだそうである。
そして、これもまた、形の上ではハッピーエンドではあるが、一寸と待てよ、と言うところである。

 


(poppea2.jpg)



 

先ず、すぐに気がつくことは、《オルフェオ》に於いては、男は男声で、女は女声で唱われ、《ポッペーア》に較べて健康的とすら言えようが、後者に於いては、ネローネがソプラノ(カステラート?)、アルナルタ(乳母)がテノールで唱われている。
小姓がソプラノであるのは、近代になっても例があるが、女どうしでいちゃついているような気がしないでもない。
要するに、一貫して男女の愛の退廃を表現しているように聴きとれる(草子地:無論、音楽が退廃している訳ではない)。

いや違う。
このドラマでの真の悪役はアモーレではなかったか。
感覚的に、私のボーイ ソプラノ嫌いが影響しているのかも知れないが、一方、神(々)の人間を支配する、そのしかたに何か納得できない、と感じとることは、アイスキュロスの<大アイアース(サラミース島の王テラモーンの子で、トロイア戦争にはサラミース人を率いて12隻の船と共に参加した)>などに観られる如く、ヨーロッパ人の潜在的な、ということはキリスト教以前からの伝統なのではないか、と私は思うのである。

モンテヴェルディがそれに対して意識的であったかどうかは私は知らない。
しかしながら、75歳にして、これほどまでに官能的な音楽を書いた彼ではあったが、一面では、その彼方には彼の覚めた眼が見え隠れしている、と感じられるのである。

オットーネ、ネローネそしてオッターヴィア、主要な登場人物の全部が、他者の死を望んでいた。
ドゥルジッラでさえ、思い違いではあるが、他の死を願っていた。
これは、よく考え抜かれた筋書きである。

最も退廃からは遠く、健康的な彼女の愛も至上ではない、ということであろう。
それら全てが<愛>の故であったのである。
唯一人、<愛>に何らの関係もなく描かれているセネカのみが、自らの死を喜んでいた。

そういえば、トルストイも彼の小説<復活>のなかで、愛が、愛が、愛が、と繰り返す恋愛至上主義の女学生を喜劇的に描いていたが、当人にとってはとにあれ、恋愛感情などというものは、所詮、発情期の男女の心理現象にすぎない、ということか。
それを連想させる場面が、このオペラのなかにあるのである。


<自ずから起きる愛>に対する皮肉な視線は、第一幕第五景のアルナルタとオッターヴィアや第二幕第五景の小娘と小姓の遣り取りに見て取れる。
あたかも、退廃なしの<愛>などは、この世に存在しない、と言わんばかりである。
なお、散逸した第二幕第四景には、非常にエロチックな場面があった、と想像される。

とにあれ、《ポッペーアの戴冠》の台本は、ジョヴァンニ・フランチェスコ・ブゼネッロの手になることを記さねば、片手落ちで不公平ということになろう。
そして、そのテキストを選んだのは、他ならぬモンテヴェルディであったのである。

ところで、この二人の視点は、例の小姓に悪しざまに言われているセネカのそれと、どの程度に重なるのであろうか、と気になるところではないか。

 



追記(コーダ):

 

ヘンリー・パーセルの《妖精の女王》の第三幕では、《ポッペーア》とは逆に、男どうしがいちゃついている。
モプサをカウンタ テノールが唱っているためである。
日本の歌舞伎の女形をテレビで大写ししたようで、見る、聴くに耐えない。

ついでに書けば、私自身は、少し慣れれば、アルトの声域まで発声が出来る。
しかし、私はカウンタ テノールの声が嫌いなのである。

バッハの 教会カンタータなどでも女性のアルトではなく男性のカウンタ テノールが唱う傾向になってきた。
アルトが失業してしまうのではないか、という私の心配は、よけいなお世話か。




赤字はデンマンが強調)

30-31ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




つまり、オイラが次のように言ったので、デンマンさんはムカついたのですか?



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恋愛感情などというものは、

所詮、発情期の男女の

心理現象にすぎない、ということか。


それを連想させる場面が、

このオペラのなかにあるのである。




ムカついたと言うよりも、オマエの恋愛感情がよく表現されていると思ったのだよ。。。



つまり、オイラの恋愛感情というのは発情期の男女の心理現象と変わらないとデンマンさんは信じ込んだのですか?

その通りだよ。。。 オマエが、そう信じているからこそ、上のような事を恥ずかしげもなく書いてしまうのだよ! それにオマエは同じような事を次の文章の中でも書いていた。


恋愛は、年頃の男女が肉体に

触発された心理現象?



(tantra20.jpg)

音楽は、けっして、世界共通の言語などではない。
異なる時代にも亘る言語ですらなかった。

それでは、ヨーロッパ音楽の伝統とは、
そもそも、いったい何であったのだろうか。

小澤征爾が言っていたことであるが、彼が若い頃、
東洋人がヨーロッパの音楽をする意味、
可能性について問われたとき
(そういうことを聞く田舎者が
 世界のどこにもいるものである。)、

音楽は、世界の共通の言語であるからと、
(当たり障り無く)返事をしていたところが、近頃では、
何か自分が壮大な実験をしているのではないか、と思うようになってきたそうである。

壮大な実験、これは、彼だけのことではないであろう。
ようやく我々が西洋音楽を扱うことに関して
欧米(を超える)水準に達した今日の、この倦怠は何であろう。

かといっても、我々が邦楽に戻るなどとは、
一般的にいって、非現実的であり、できない相談である。
バスク語を話せ、と言われた方が、まだしも抵抗が少ないのではないか。

(中略)

いつだったか、小澤征爾と H.V.Karajanの指揮する M.Ravel の 
“Bolero” を聞き比べたことがあった。

小澤の演奏は、英語で言う too square であったが、
Karajanのそれは、なんとも sexyで妖艶ですらあった。
フランス人でもないのに。
やはり、小澤のような指揮者でさえ日本人では及びがたいところが今なおある。

(中略)

わたしは、何々至上主義、といったものが嫌いである。
例えば、恋愛至上主義。

大体、恋愛感情などというものは、ある年頃の男女が肉体に触発された心理現象にすぎないのではないか。
そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異常ではないか。
長い間、生活を共にしていて、まだ互いにsexualityを感じたとしたならば、それは近親相姦に近くはないか。

J.S.Bach は、
前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、
私はここを書いていて、少し、困っているが。


芸術至上主義も同じ。
人生は芸術を演出する時空ではない。


(jsbach02.jpg)






pages 5 & 6 間奏曲集 (主題なき変奏) その2 
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年6月




『老人の性と太田将宏』より
(2016年8月20日)




この上の文章も、デンマンさんがしばしば引用しますよねぇ~。。。!?



オマエは上の文章を引用されるのがいやなのォ~? 嫌なら書かなければいいのだよ! ネットで公開したからには、出所を明示して引用されても文句は言えないのだよ!

でも。。。、でも。。。、デンマンさんは同じ文章を何度も何度も引用するのですよ。。。

だってぇ~、オマエが書いた文章は、それほど僕にとって異常で衝撃的なのだよ!

それほど異常で衝撃的でしょうか?

あのさァ~、オマエも書いているじゃないか! 「バッハは、前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、私はここを書いていて、少し、困っているが」

それが、デンマンさんにとって異常で衝撃的なのですか?

だってぇ~、「バッハは、前妻、後妻と共に仲が良かった」のであれば、普通の人は祝福するのだよ。。。 それをオマエは「困っているが」と書いている。。。 どうしてオマエが困らなけらばならないのォ~?

だから、書いたでしょう!? そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異常ではないか。 長い間、生活を共にしていて、まだ互いに性的欲望を感じたとしたならば、それは近親相姦に近くはないか?

オマエのように、そう考える方が異常だろう!?

そうでしょうか?

そうなのだよ! オマエは奥さんに対して性的欲望を感じなくなったから、仲が悪くなったと思っているけれど、それはオマエの一方的な独断と偏見なのだよ! 性的欲望を感じなくなっても、バッハのように仲のよい夫婦というのはいるのだよ。。。

そうでしょうか?

だってぇ、オマエが困るほど仲のよいバッハ夫婦がその証拠じゃないかァ!

でも。。。、でも。。。、バッハは年取ってからも老妻に対して性的欲望を感じていたかもしれません!

あのさァ~、オマエはこれまでにクラシック音楽を飽きるほど聴いてきた。。。 そうだろう!?

そうです。。。

だったら、もう一度バッハの上の曲をじっくりと聴いてごらんよ!

上の≪G線上のアリア≫ですか?

そうだよ。。。 この曲を聴いてバッハが老妻に対して性的欲望を感じながら作曲した官能的な音楽だと思えるかァ~?

思えません。。。

。。。だろう!? だから、性的欲望を感じなくなっても、バッハのように仲のよい老夫婦というのはいるのだよ。。。

 


(oldcoup3.png)



(laugh16.gif)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あなたもデンマンさんのお話を聴いて性的欲望を感じなくなっても、バッハのように仲のよい夫婦は居ると納得できましたか?

ええっ。。。 「そんな事はどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」

あなたにとって、夫婦愛などというものはどうでもいいのですわねぇ~。

分かりましたわ。。。

では、話題を変えます。

たいていデンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


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■ 『犬死@太田将宏』



(juneswim.jpg)


『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


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クラシック馬鹿とエロ松永


 

クラシック馬鹿とエロ松永

 


(ero910.jpg)


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(laugh16.gif)




(ohta03.png)

デンマンさん。。。、どういうわけでクラシック馬鹿とエロ松永というタイトルでオイラをお呼びになったのですか?


(kato3.gif)

オマエは不満なのォ~?

だってぇ~、タイトルがオシモで下品ではありませんかァ! こういうタイトルでオイラを呼び出して欲しくないのですよ! んもおおおォ~!

オマエはムカついているわけぇ~?

当たり前でしょう! 迷惑ですよう!

でもさァ~、僕がオマエを呼び出したわけじゃないのだよ!

だけど、デンマンさんが いつものようにオイラを指名したのですよ!

確かに、指名したのは僕だけれど、そうさせた人物が他にいるのだよ! ちょっと次の検索結果を見て欲しい。。。

 


(gog81012x.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』




あれっ。。。 「太田将宏はバカだ」と入れて検索したのですねぇ~?



そうだよ。。。

どうしてデンマンさんは、このようにオイラをムカつかせるような検索をするのですか?

いや。。。 僕はわざわざ「太田将宏はバカだ」と入れて検索したわけじゃないのだよ! 実は、次の記事の中に上の検索結果が出てくるのだよ。。。

 


(sartre01.jpg)


(fool911b.jpg)

『サルトルと現実主義者』

 



つまり、デンマンさんが確認のために上の記事の中に出てくる検索をしてみたら、エロ松永が『クラシック鑑賞12』をパクッて悪徳エロサイトの宣伝ページとさし替えていたのを発見したのですか?



そういうことなんだよ! 上のリンクをクリックすると次の悪徳エロサイトのページが出てくるのだよ。

 


(baka80516b.png)


『拡大する』

『実際の記事』


犯罪サイトに誘導されても

 絶対にスタートボタンを

クリックしないように!

ワンクリック詐欺です!




(dorobo91.jpg)

 

IPアドレス:104.18.55.161

ホスト名: sexhamster69.pw

IPアドレス:104.31.94.241

ホスト名: video69hdouga.pw

IPアドレス:104.18.51.98

ホスト名: sexsexporndouga.pw

IPアドレス:104.31.90.19

ホスト名: xvideoerovide9.pw

国: United States

州: Arizona

市区町村: Phoenix

郵便番号: 85001

運営責任者: 松永

運営担当: 淫乱エロリスト69 & 性なる妖精

        & 禁断の果実69



 



上のページってぇ、かなりヤバイじゃありませんかア!



そうだよ。。。 だから、ネット市民の皆様がエロ松永のワンクリック詐欺に引っかからないようにと思って、こうして悪徳エロサイトを晒しているわけだよ!

だったら、オイラじゃなくエロ松永を呼び出して晒せばいいじゃありませんか!

でも、エロ松永が、そもそもパクッたページは、僕がアメブロに投稿した次の記事なんだよ。

 


(kuhlau1.jpg)


(music987.jpg)

『クラシック鑑賞 12』

 



つまり、この記事がよく読まれるのでエロ松永がパクった、とデンマンさんは主張するのですか?



その通りだよ。。。 読まれない記事をパクったところで、エロサイトの宣伝ページが読まれなければ、全く宣伝の意味がないからねぇ~。。。

つまり、『クラシック鑑賞 12』が検索されて読まれていることを言うために、オイラを呼び出したのですか?

その通りだよ。。。 オマエも嬉しくなってスキップしたくなっただろう?

デンマンさん! いい加減にしてくださいよう! オイラは“現実主義者”と自称して馬鹿を振りまいてスキップして喜ぶ、あの悪名高い男とは人間の“デキ”が違うのですよゥ。。。

 


(fool901.jpg)

『現実主義者 馬鹿の見本』

 



ほおォ~♪~。。。 そうなのォ~?



だってぇ~、あの男は偏差値30台のクソ大学を追い出されて、今では自分で「生きる価値のないクズの廃人」だと自慢して、人の嫌がるコメントを書き回っているのですよ。。。 最近では、次のようなコメントを書いて“ネット荒らし”をすることを宣言しているのです!


引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺
(masuo01e.png)

40 Re:Re:無題

 

>huyunohi1684さん (伊藤先生のことです)

当たり前です。

このアメブロやYahoo!ブログ、ウェブリブログは伊藤さんの同志以外は、
普通に口なんか利いてられないネトウヨやその伴類のスピリチュアル中毒者に
格言依存ばっか雁首揃えてるんですから、
そんなブロガーのブログなんかひたすら荒らしてやるのみですな。

現実主義者 2018-11-11 20:27:34




『伊藤先生のブログ』より




オイラは早稲大学理工学部の数学科を優秀な成績で卒業して海外に飛躍して情報工学科の世界で業績を残しているのです。。。 ネット市民から蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われている自称「現実主義者」と比較されるのは侮辱の極みですよ。。。



。。。だろう? だから、オマエが自称「現実主義者」とは、全く異次元な人間だということをネット市民の民様にも知ってもらおうと、僕は敢(あ)えて、人間のクズのようなエロ松永じゃなく、オマエを呼び出したというわけだよ。。。

そうだったのですか?。。。 知りませんでした。。。 でも。。。、でも。。。、これまでに、デンマンさんはオイラを馬鹿にする記事をたくさん書きましたよねぇ~。。。

それは違うだろう。。。 オマエが僕の記事に嫌がらせのコメントを金魚のウンコのようにズラズラと数珠繋(じゅずつな)ぎで書いたので、僕は仕方なくオマエの事を取り上げて記事を書かねばならなかったのだよ。。。

オイラは、マジで金魚のウンコのようにズラズラと数珠繋(じゅずつな)ぎでデンマンさんの記事にコメントを書いたのですか?

あれっ。。。 オマエは、すでに物忘れするような高齢社会の一員になってしまったのォ~?

デンマンさん! オイラは、まあだ80歳になったばかりですよ。。。 オツムはしっかりしているつもりです。。。

でも、金魚のウンコのようにズラズラと数珠繋(じゅずつな)ぎでコメントを書いた事を忘れてしまったのだろう?

オイラは、マジでそれほど多くのコメントをデンマンさんの記事に書き込んだとは思ってません。。。

書き込んだのだよう。。。 止せばいいのに、同じコメントをコピペして、オマエは GOO の僕のブログに次のように長いコメントを書き込んだ!



(goo51211f.png+goo51211f2.png)

『実際の記事』



あれっ。。。 デンマンさんはオイラが GOO のブログにもコメントを書き込んだことに気づいたのですか?



当たり前だろう! 僕は毎日ブログを更新しているのだよ!。。。 それにしても、病的に長いコメントを しかも、同じものを オマエはコピペして書き込んでいる。。。 つまり、オマエは自分ではコントロールできない不適切なほどの強い怒りを起こすのだよ! 前頭葉が萎縮している証拠だよ!。。。 それで、衝動的に同じコメントをコピペして、僕の他のブログにも書き込んでしまうのだよ。。。 これを見れば、ネット市民の皆様も、オマエのオツムが可笑しくなって、精神科のお医者さんが必要だと思うよ。

マジで。。。?

あのさァ~、悪い事は言わないから、時間があったらぜひ今日中にでも、精神科のお医者さんに診てもらったほうがいいよ。

どうして精神科のお医者さんに診てもらう必要があるのですか?

オマエは死ぬ事にかなり拘(こだわ)っているからだよ!

私は、感謝して死ねるように、

今からでも、心の準備をしておこう。


でも。。。、でも。。。、これは文章の綾(あや)ですよ。。。 このように書いた方が哲学的に高尚な雰囲気を醸(かも)し出すので わざと書いたのすゥ。 (微笑)

つまり、心にもないことを書いた、とオマエは言いたいのォ~?

そうです。。。

だから、それも前頭葉が萎縮している証拠だよ! 判断力が落ちて心にもないことを書いてしまうのだよ。。。 そして“衝動的に”ムカついたりする! だから、一度でいいから精神科のお医者さんに診てもらったほうがいいよ。

あのォ~、うちの娘は二人とも総合病院で小児科のお医者さんをやっているのですけれど、娘に診てもらうのは まずいでしょうか?


(hgh01.jpg)



オマエは、80歳になったのだよ! 馬鹿なことを言うなよ!。。。 80歳になった老人を小児科のお医者が診るわけねぇ~だろう! 馬鹿も休み休み言え! アホ! ボケ!



デンマンさん! 言っていい事と悪い事がありますよ。 80歳に突入した老人に向かって、その言い草はないでしょう! 少しは、敬老の気持ちを持ってくださいよゥ! お願いしますうゥ~!

あのなァ~、オマエが書き込んだ長~い、長~い、精神異常的に長~いコメントを読んだら、敬老の気持ちどころじゃないのだよ! んもおおおォ~。。。 いい加減にしてくれよ! オマエが、そのような下らない事を言うから、二人の娘にも、心の優しい奥さんにも拒絶されるのだよ!

オイラはどうしたらよいのでしょうか?

あのさァ~、 アメブロでブログを書いている めれんげさんが興味深い記事を書いていた。。。 彼女には オマエにはない“気づき”という優れた気質がある。。。 オマエの参考のために、めれんげさんの手記をここに書き出すから読んでごらんよ。



2006-11-02 18:08:07
posted by merange

ちょいとマジな話やねんけど・・・

(テーマ:日記のつもり)


(merange42.jpg)

反省しきり。

わたし気がついたんやけど、
自分のことをずーっと考えてくれてる人の気持ちを、もっと冷静になって、考える必要があったよ・・・

固定観念にしばられて、自分の尺度で相手のことを、評価するのは、あまりにも心のせまいことやった。
人それぞれの個性を考慮せずに、好きだの嫌いだの、いいとか悪いとか、決め付けたまんまで、態度を硬化させて、そのまんまで、再考しようともしなかった自分は、なんちゅー視野のせまい人間やったことか。

いくら相手に理解を求めても、いっこうに気持ちがつたわらないことがある。
それはお互いの個性が、相容れないものであって、どれだけの言葉をつくしても、関係は平行線のまんま。
まして相手が他人の性格や表現様式を、理解できなければ、気持ちをつたえることは、あまりにもむずかしい。


(pray08.gif)

わたしは長年、固定された評価でしか、その人の自分への気持ちを考えずにいた。
確かに人間として、相容れない部分はある。

でも、自分のものさしで、その人を判断して、その判断を、見直そうともせずに態度を硬化させたままだった。
人それぞれの表現法や、思考の違いを考慮せずに、一度拒絶の気持ちを持ったら、それを頑なに変えようとせず、そのままで、思考をストップさせたままだった。

自分のことを、どんなかたちであれ、考え続けてくれるということの意味を、もっと尊重すべきだったことに、ようやく気がついた。

あらためて「ごめんなさい」と言います。
少なくとも、あなたを精神的に拒絶することをやめます。
わたしの存在を忘れずにいてくれる人がいるということを、素直に受け入れるようにします。

それ以上のことは、
わたしにはできないけれど、
感謝の気持ちを忘れないようにしようと思います。



(girl100.jpg)




【デンマン注】 原文には全く手を加えていませんが、構成、背景や画像はデンマン流に変えてあります。

『めれんげの原材料』より

『出会い系の悪魔』に掲載
(2008年9月10日)

(mereheart2.jpg)



めれんげさんはオイラと違ってぇ素直な性格なのですねぇ~?



そうだよ! だから、オマエも頑固にいつまでも自分の殻に閉じこもってないで、人の言うことに耳を傾けるのだよ。。。反省する心を持つのだよ!

。。。で、デンマンさんはオイラに どうしろ!と言うのですか?

だから、反省するのだよ! 短期は損気なのだよ。。。 僕に謝らなくてもいいから、短気を起こさずに 心優しい奥さんと仲直りして、老後も仲良く一緒に暮らすのだよ!

やっぱり、そうすべきでしょうか?

そうだよ。。。 オマエのためにオノ・ヨーコさんが元気のでる小文を書いていたから、オマエもじっくりと読めよ!



(onoyoko.jpg)

70歳になったときは、とても嬉しかった。
よくぞ70歳まで生きながらえたと思いました。

 (中略)

不運か幸運か私の人生には、激しい出来事ばかりが起こったので年齢のことを考えている余裕がありませんでした。
ですから、60歳になったときも、
「あなたも60歳ですね」
などと人から言われても、
「あれ、そお?」
なんて、ぐあいでした。

ところが、70歳を迎えたときはまったく違う感触でした。
ここまで生きながらえたことに対して誇りみたいなものを感じたのです。

 (中略)

自分がやりたい仕事がまだたくさんあります。
「あと50年ちょ~だい」
と言いたい。


自分というものをもっと生きてみたい。
今は私の人生のプロセスだと思っています。
私にとって人生はまだまだ未知数なのです。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




51-54ページ 『今あなたに知ってもらいたいこと』
著者: オノ・ヨーコ
2010年1月15日 第2刷発行
発行所: 株式会社幻冬舎




この文章を読んだときに僕はオノ・ヨーコさんが哀れで愚かで孤独で可哀想な70歳をとっくに過ぎた太田将宏老人のような人物を励ますために書いたのではないかと思ったわけだよ。



デンマンさんは、マジでそう思ってくれたのですか?

そうだよ! オマエもまだ隣の家からお座敷がかかるのだから、捨てたモノではないのだよ! だから、私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこうじゃなく、オノ・ヨーコさんのように自分がやりたい仕事がまだたくさんあります。「あと50年ちょ~だい」と 心優しい奥さんのためにも元気に頑張れよ。



(laugh16.gif)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

デンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


『センスあるランジェリー』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』


(yuri03.jpg)

■ 『クラシックを愛すれど』

■ 『女性を愛せない老人ボケ』

■ 『ボダとキレた老人』

■ 『母という病』

■ 『日本人は嘘つき』

■ 『マジでピッタリ!』

■ 『成りすまし老人』

■ 『バカな大人にならない』

■ 『成りすまし老人の告白』

■ 『だまそうとする老人』

■ 『バカの壁の増設』

■ 『ウソの雪ダルマ』


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■ 『知らずの自分史』

■ 『新渡戸稲造と太田将宏』

■ 『ショーペンハウエルと太田将宏』

■ 『ホーキング博士と太田将宏』

■ 『加藤清正と太田将宏』

■ 『老人の性と太田将宏』

■ 『ノブレス・オブリージュと太田将宏』

■ 『世渡りの道と太田将宏』

■ 『フェアプレーと太田将宏』

■ 『ネット恋愛と太田将宏』

■ 『日本語と太田将宏』

■ 『坊主の袈裟と太田将宏』


(hokusai08.jpg)

■ 『葛飾北斎と太田将宏』

■ 『女の性的飢餓感』

■ 『敵に塩を送る』

■ 『虚構とウソ』

■ 『手紙と絶交』

■ 『短気は損気』

■ 『不思議な日本語』

■ 『乙女の祈りだわ』

■ 『自作自演じゃないよ』

■ 『マリリンdeアイドル』

■ 『マリリンに誘われて』

■ 『かい人21面相事件』

■ 『悪名と名声』

■ 『嘘を書く日記』

■ 『増長慢』

■ 『自然に耳を傾ける』

■ 『老人極楽クラブ』

■ 『伯母と叔母』

■ 『民主主義とロックンロール』

■ 『後奏曲集@危険』


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■ 『女3人で姦しい』

■ 『クラシック鑑賞 1』

■ 『クラシック鑑賞 2』

■ 『クラシック鑑賞 3』

■ 『クラシック鑑賞 4』

■ 『クラシック鑑賞 5』

■ 『クラシック鑑賞 6』

■ 『クラシック鑑賞 7』

■ 『クラシック鑑賞 8』

■ 『クラシック鑑賞 9』

■ 『クラシック鑑賞 10』

■ 『クラシック鑑賞 11』

■ 『レゲエ@ジャマイカの夜』

■ 『クラシック鑑賞 12』

■ 『クラシック鑑賞 13』

■ 『クラシック鑑賞 14』


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■ 『クラシック鑑賞 15』

■ 『ヒルデガルトとジャンヌ・ダルク』

■ 『クラシック鑑賞 16』

■ 『クラシック@ルブリン』

■ 『田原総一郎と出版業界』

■ 『クラシック鑑賞 17』

■ 『ヒルデガルトと紫式部』

■ 『グールドとバッハ』

■ 『乙女の祈りと子猫のワルツ』

■ 『クラシック鑑賞 18』

■ 『クラシック鑑賞 19』

■ 『信じて跳べ』

■ 『クラシック鑑賞 20』

■ 『クラシック鑑賞 21』

■ 『クラシック鑑賞 22』

■ 『愛と赦し』

■ 『テルミン』

■ 『ヘンデルと自殺』

■ 『バッハとビートルズ』

■ 『人生と偏差値』

■ 『サルトルと現実主義者』

■ 『政治について』



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『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


『センスあるランジェリー』



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クラシック鑑賞 4


 

クラシック鑑賞 4

 


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デンマンさん。。。、最近、クラシックにハマっているのですかァ~?


(kato3.gif)

僕はクラシックは、どちらかと言えば苦手なのだよ。。。

それなのに、どういうわけで、最近オイラと たびたびクラシックを鑑賞するのですか?

オマエは不満なのォ~?

いいえ。。。 デンマンさんと共にクラシックを鑑賞することができるなんてぇ~、天にも昇るよな気持ちですよ。。。 この際、スキップして喜んでもいいですか?

あのさァ~、いくらなんでも、それはオーバーじゃないのォ~? オマエが以前のようにスキップして喜んだら、この記事を読みに来たネット市民の皆様が呆れて他のブログへ飛んでしまうのだよ!

分かりました。。。 じゃあ、スキップして喜びたいのですけれど、デンマンさんが そのように言うのであれば、じっと我慢したいと思います。。。で、いったいどのようなクラシックの曲を鑑賞するのですか?

オマエが“間奏曲集”の中で書いていた記事から選んだのだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!


1.14 Gian Carlo Menotti (1919 - 2007)

一昔前までは、夕餉時には、誰でも、他家に電話を掛ける事を、それとなく差し控えたものだった。それが今日この頃では一体なんだ。私が、たまたま、家に居る折などに、家内が夕食の支度に忙しい時に、或は、夕食中に、ところ構わずに電話が鳴り響く。急用でもないのにも拘らずに、こうした事をすることは、相手に対して無礼だ、とは思わないのだろうか。特に、日本人の主婦に多い。
家内は、こちらが側が、今、電話で話をするのに適当な状態にあるかどうかなどは、相手方は知る由も無い、などと言って連中を弁護するばかりか(草子地:知らないのだったら掛けるな、と私は言いたい。知らないから掛ける、というmentalityが私には気に入らない。)、けっこう長電話を続ける事すらある。
私が日本にいたときには、電話と自動車とTVは持たない主義であった。それらを使用する人々の平均的なmentalityを信じていないからである。それがどうだ、今は、ここカナダでは、女房や娘どもに妥協したので、それら全部があるのだ(草子地:その後は、留守番電話とPCと皿洗い機を持たない主義に後退したのであるが、今、PCを使ってこれを書いている。残念である)。
G.C. Menottiの<<The Telephone>>を聴きながら、ふと、電話にかかわるfetishismらしきものは、女性に特有なのではないか、と考えた。我が娘も、明日、学校で合うにきまっている友だちに、長々、長々、長々と電話での話を続けている。
Menottiのオペラは、何故か、昨今、流行らない、と思っていたら、先日、FMでこれを放送していたのである。Pathosも何も無い、典型的なアメリカ人の、他愛も無い台本と、それにつり合った音楽で、批判精神も全く無く、opera bouffeなどという上等な作品では決してない。取柄と言えば、せいぜい、唱われている英語が易しい、というぐらいのことか。私は、この批判精神の無さ、というか、登場人物のBen個人に矮小化した喜劇のあり方に、作品の底の浅さを感じるのである。この、僅か二十分余りの寸劇オペラは、あの有名な<<The Medium>>をfill-up する為に書かれた、とのことである(草子地:私のLP(Columbia Y2 35239)も同様である)。フランス語で<L’ Amour à Trois>と副題がつけられていたそうであるが、皮肉にも、その気が利いたsubtitleが、この作品の限界を表現していると思う。この無害な作品に目くじらを立てることもない、などと言う人がいたならば、私は、そんな人と付き合いたくはない。この世の中、無害であることほど有害であることは無いからである。
考えてみれば、こちらとしても、無理してまで、相手の都合で、相手の話に付き合う義務も必要も無いのである。自分の家に居るのである。今は、誰とも話す気持ちになれない、いや、君とは話す気持ちが無い、という事ですら、本来は、理由として充分であるはずである。実は、いつか、それを言った時、Then、 when can I speak?と聞き返した阿呆がいた。こちらが相手の話に応じることを、あちらが勝手に前提とした態度である。Never! と言って、電話を切った。相手の(私の)時間を貰えるかどうかを、まず最初に尋ねることの方が先決であり、最小限(草子地:最大限ではない。心の優しい私は、ひとに多くを期待しない。)の礼儀であろう。そうした無神経な人間は、これは、日本人とは限らない。しかしながら、こちらの社会にいて、こちらの連中のすることに、無批判に迎合して、過剰にそれに倣うのもまた、私の家内を含めて、日本人の女に多いのは、私の非公式な統計によると確かなようである。これは、電話だけとは限らない。
どの道でも、まずは、第一に歩行者の為にあるはずである。本来は、歴史的には新参者の自動車の為ではない。自動車などを運転する連中の粗雑さ、横暴さは歩行者の立場から見ると目に余る。まるで雲助ではないか。それ故、私は五十歳を過ぎるまで、ここカナダでの自動車運転免許証を取らなかった。さらに、本当を言うと、日本の免許証は学生時代に取ってあった。それは、取る事が目的であって、自動車なんぞを運転する事が目的ではなかったのである。出来さえすれば、しなくともよいのである。貴族の趣味である。
同様に、誰にとでも、相手と話をする為には、まずは、会見の手続きをしてから面談するのが基本であろう。それを省略する序でに、最低限の礼儀までを省略する輩が多すぎる。今さっき、また、電話が鳴った、この間奏曲を中断して、電話を取ると、開口一番、どこかのおばさんが、Mr. Ota, Can you speak English? ときた。You should’ve asked me if I was available to talk、 first、と言って電話を切った。See?

蛇足(コーダ):
ことは、電話だけではない。私は、電燈なんぞを発明した人を殊更に憎む。何故ならば、そのおかげで、夜も長く働き続けなければならなくなったからである。今は夜、私は、これを電燈の下で書いている。大体、電気などと得体の知れないもの(物?波動?)は使用しないにこしたことは無いのであるが。




32-33ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より




振り返ってみると、デンマンさんと共にクラシックを鑑賞するなんて今年になってから2度目のことですねぇ~。。。



確かに、そうなのだよ! でもさァ~、オマエの上の文章は とにかく読みづらいのだよ! おそらく、この記事を読み始めたネット市民の皆様の半分以上が、オマエの読みづらい文章を途中まで読んで 他のブログへ飛んでしまったと思うのだよ!

それほどオイラの文章は悪文でしょうか?

オマエの文章ほど読みづらい悪文を 僕は他に見たことがないよ!

マジで。。。?

僕には、到底、オマエの文章を最後まで読む気になれず、仕方がないから次のように楽しく、面白く読めるように編集し直したのだよ。。。 オマエも読んでごらんよ。。。


1.14 ジャン=カルロ・メノッティ

(1919 - 2007)



(menotti2.jpg)

 

一昔前までは、夕餉時には、誰でも、他家に電話を掛ける事を、それとなく差し控えたものだった。
それが今日この頃では一体なんだ。

私が、たまたま、家に居る折などに、家内が夕食の支度に忙しい時に、或は、夕食中に、ところ構わずに電話が鳴り響く。
急用でもないのにも拘らずに、こうした事をすることは、相手に対して無礼だ、とは思わないのだろうか。
特に、日本人の主婦に多い。


(phone02.gif)

家内は、「こちらが側が、今、電話で話をするのに適当な状態にあるかどうかなどは、相手方は知る由も無い」、などと言って連中を弁護するばかりか(草子地:知らないのだったら掛けるな、と私は言いたい。知らないから掛ける、という考え方が私には気に入らない。)、けっこう長電話を続ける事すらある。

私が日本にいたときには、電話と自動車とテレビは持たない主義であった。
それらを使用する人々の平均的な考え方を信じていないからである。

それがどうだ、今は、ここカナダでは、女房や娘どもに妥協したので、それら全部があるのだ。
(草子地:その後は、留守番電話とPCと皿洗い機を持たない主義に後退したのであるが、今、PCを使ってこれを書いている。残念である)。

ジャン=カルロ・メノッティの<<電話、または三角関係>>を聴きながら、ふと、電話にかかわる異常な執着らしきものは、女性に特有なのではないか、と考えた。


(telgal02.jpg)



 

我が娘も、明日、学校で合う(デンマン注: 些細なことですが、これは“会う”です!)に

きまっている友だちに、

長々、長々、長々と電話での話を続けている。



(phones2.jpg)

 

ジャン=カルロ・メノッティのオペラは、何故か、昨今、流行らない、と思っていたら、先日、FMでこれを放送していたのである。
ペーソスも何も無い、典型的なアメリカ人の、他愛も無い台本と、それにつり合った音楽で、批判精神も全く無く、「ハッピーエンドで終わり、いくつかのセリフが話されるオペラ」などという上等な作品では決してない。
取柄と言えば、せいぜい、唱われている英語が易しい、というぐらいのことか。

私は、この批判精神の無さ、というか、登場人物のベン個人に矮小化した喜劇のあり方に、作品の底の浅さを感じるのである。
この、僅か二十分余りの寸劇オペラは、あの有名な<<霊媒>>の空(あ)きを埋めるために書かれた、とのことである。
(草子地:私のLP(コロンビア・レコード Y2 35239)も同様である)。


(medium2.jpg)



フランス語で<三角関係>と副題がつけられていたそうであるが、皮肉にも、その気が利いたサブタイトルが、この作品の限界を表現していると思う。

この無害な作品に目くじらを立てることもない、などと言う人がいたならば、私は、そんな人と付き合いたくはない。
この世の中、無害であることほど有害であることは無いからである。

考えてみれば、こちらとしても、無理してまで、相手の都合で、相手の話に付き合う義務も必要も無いのである。
自分の家に居るのである。
今は、誰とも話す気持ちになれない、いや、君とは話す気持ちが無い、という事ですら、本来は、理由として充分であるはずである。

実は、いつか、それを言った時、"Then、 when can I speak?"と聞き返した阿呆がいた。
こちらが相手の話に応じることを、あちらが勝手に前提とした態度である。
"Never!" と言って、電話を切った。

相手の(私の)時間を貰えるかどうかを、まず最初に尋ねることの方が先決であり、最小限(草子地:最大限ではない。心の優しい私は、ひとに多くを期待しない。)の礼儀であろう。
そうした無神経な人間は、これは、日本人とは限らない。

しかしながら、こちらの社会にいて、こちらの連中のすることに、無批判に迎合して、過剰にそれに倣うのもまた、私の家内を含めて、日本人の女に多いのは、私の非公式な統計によると確かなようである。
これは、電話だけとは限らない。

どの道でも、まずは、第一に歩行者の為にあるはずである。
本来は、歴史的には新参者の自動車の為ではない。
自動車などを運転する連中の粗雑さ、横暴さは歩行者の立場から見ると目に余る。
まるで雲助ではないか。


それ故、私は五十歳を過ぎるまで、ここカナダでの自動車運転免許証を取らなかった。
さらに、本当を言うと、日本の免許証は学生時代に取ってあった。

それは、取る事が目的であって、自動車なんぞを運転する事が目的ではなかったのである。
出来さえすれば、しなくともよいのである。
貴族の趣味である。

同様に、誰にとでも、相手と話をする為には、まずは、会見の手続きをしてから面談するのが基本であろう。
それを省略する序でに、最低限の礼儀までを省略する輩が多すぎる。
今さっき、また、電話が鳴った。

この間奏曲を中断して、電話を取ると、開口一番、どこかのおばさんが、"Mr. Ota, Can you speak English?" ときた。

"You should’ve asked me if I was available to talk, first.(私に話す時間があるかどうか?初めに聞くべきだったのです。)"と言って電話を切った。

"See? (私の言うことがお分かりかな?)"

 

蛇足(コーダ):

 


(ireba03.jpg)

ことは、電話だけではない。

私は、電燈なんぞを発明した人を殊更に憎む。


(ireba03.jpg)

何故ならば、そのおかげで、夜も長く働き続けなければならなくなったからである。

今は夜、私は、これを電燈の下で書いている。

大体、電気などと得体の知れないもの(物?波動?)は使用しないにこしたことは無いのであるが。

 

赤字はデンマンが強調。)




21-22ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

『間奏曲集』より




オマエは、音楽に対することばかりじゃなく、すべてのことに対して ネガティブな見方をするのだよ!



やっぱり、ネガティブな事ばっかり言ってると 人から嫌われるものなのでしょうか?

当たり前だろう! 当たり前田のクラッカ~!


(maeda01.jpg)





デンマンさん、こういうクラシック鑑賞という真面目な時に 100年も前のギャグを飛ばさないでくださいよ! そんな昔のギャグなど覚えている人は1000人のうちで一人か二人ですよ!



とにかく、ネガティブな事ばっかり言ってると家族にもマジで嫌われるのだよ!

マジで。。。? その証拠でもあるのですか?

オマエは自分でも 次のように書いてたじゃないかァ!




 

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。


私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

 

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。




【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家




56-57ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)




デンマンさん! んもおおおォ~! いったい何度引用すれば気が済むのですかあああァ~。。。



オマエが「証拠を見せろ!」と言ったから、くどいとは思ったけれど引用したのだよ!

オイラは、それほどネガティブなことばかり言っているとは思いません。。。

オマエは独断と偏見でそう思っているだけで、客観的に見るとオマエはネガティブなことばかり言っているのだよ!

でも、食事中に下らない電話がかかってきたら、デンマンさんだってぇ ムカつくでしょう!?

もちろんん、そういうことはあるよ。。。 だから、僕は食事中には電話は一切とらないことにしているのだよ! オマエのように「私に話す時間があるかどうか?初めに聞くべきだったのです」と言って電話を切ったら、相手は完全にムカつくのだよ! 相手は、もう2度とオマエに電話をかけない! そこで、人間関係は終わるのだよ! そういう時には、初めから電話を取らないのだよ! そうすれば、オマエも相手もムカつかずに済むじゃないかァ!

でも。。。、でも。。。、オイラは礼儀として電話を取ってしまうのです!

あのなァ~、食事中と思われる時に電話をかける相手こそ 礼儀を無視しているのだよ! だから、そういう時は電話を受ける必要もないのだよ! オマエは音楽ばかりじゃなく、他人事に必要以上にネガティブな考え方、あるいはネガティブな感情を抱いて、一人でムカついているのだよ!

デンマンさんには、そのような事はないのですかァ~?

僕は相手に対して批判することはあるけれど、ムカついて気分を害することはめったにない!

でも。。、でも。。。、最近、あの悪名高い愚かな現実主義者に対して ムカついて相手を罵倒して、高い目線から記事をたくさん書きまくっているじゃありませんかァ!

あのさァ~、僕は決して 愚かな現実主義者に対して ムカついて記事を書いているわけじゃない! 僕の信条はあくまで次のようなものだから。。。


(foolw.gif)

“批判のないところに進歩なし!”

“愛なき批判は空虚にして

批判なき愛は盲目なり”




つまり、デンマンさんは優しい心で あの悪名高い現実主義者を批判しているのですかァ~?



その通りだよ! だから、あの愚かな現実主義者が いつも最後にはスキップして喜ぶのだよ!


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

最後には、オイラを煽(おだて)て

生きる喜びを感じさせてくれるのです!

引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

偏差値30台のクソ大学を卒業して

無職のまま40歳を越してしまいましたが

初めて生きる喜びを感じています。

もうこうなったら、恥も外聞もなく

天にも舞い上がる気持ちで

スキップしたいと思います。


(smilejp.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

もう一つおまけに

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

ああ、うれしいなあああァ~。。。




オマエが 現実主義者のことを持ち出したので 気づいたのだけれど、オマエも現実主義者も家族とうまくいってないのだよ!



マジで。。。?

ちょっと次のやり取りを読んでごらんよ!



(woman80.png)

36 teresaさん、お邪魔いたします。

>現実主義者さん

もうそろそろ、切り上げ時を迎えてもよさそうな頃しょう?

いつまでも、いつまでも、
人様の板で、そのような意見交換を求めないで下さい。

もう、満足でしょう?

あとは、ご自分の板で、どうぞ。

関心がある人が居れば、自然と、
現実主義者さんのブログに集まるでしょうから、

あとは、そういう方々と意見交換して、高めて下さい。

(teresaさん、横から失礼致しました。)

 

まいら

2016-03-18 19:01:30




引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

37 ケッ!

>まいら

現実に何一つ反映されん虚しいことを撒き散らした挙げ句に説教までするか。

俺が現実述べて虚しいことを虚しいと言ったら、俺の方が「ホラ吹き」「思い込み」「鏡の中の世界の人間」扱いか!

明らかに嘘っぱちな言い分を俺が「嘘っぱちだ!」と突っ込んだら、俺の方が「お前の方が嘘っぱち」と言われんといけねぇのか!

アメブロだけじゃねぇ!Yahoo!ブログとかでもそうだ!



デンマン注:



この愚かな現実主義者は“滝川事件”や“イジメ自殺”の記事を見つけると、どこにでも出向いて、嫌がらせのコメントを書き込みます!

オマエは、どこのブログでも 嫌われているのに、バカやり続けている おめでたいアホなのだよ!



俺が現実言ったら、相手は「誰か反論してきたけど、俺は考え変える気は無いもんね」「加害者はロクな人生歩めんのが現実なのに、何で嘘っぱち扱いする?」と流してきやがんだ!

なんて世の中だ!

どうせ今、大津の自殺強要事件の学校周辺が学校の近所の神社を舞台とする「ちはやふる」って映画の話題で大盛り上がりだ。ンな時期に虚しいこと言いのドヤ顔なんか見たくもねぇわ!!

 

現実主義者

2016-03-18 20:41:27





(gyoza90.png)

38 無題

>現実主義者さん

鼻息荒くなに独りでブイブイいってんだか?

バッカじゃね?

友達いないっしょ?

 

餃子

2016-03-18 21:07:49





(find2.gif)

39 無題

>現実主義者

お前はヤクザか?

お呼びでないよ

シッシッ

 

目撃者

2016-03-18 21:21:42




引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

41 ハッ!

>餃子

どうせ俺は自分のオヤジやオフクロ、ジジババとも話合わねえよ。

俺と違って、楽観論ゴリ押し人間ばっかなんだからさ。



デンマン注:



バカ言え! オマエこそ 正月早々 バカやり続けている おめでたい楽観主義者じゃないかア!



 

現実主義者

2016-03-18 22:41:43




引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

42 あのなぁ

>目撃者

どうせ俺らは、こうした事件に声上げるなんかバカ見て、

被害者や遺族は排除やら抑圧やらの標的にされて、

「被害者の命は端っからゴミ」の烙印押されてしまいな世の中に生まれてきてんだろ。

それを言ったら「ヤクザ」かよ!

 

現実主義者

2016-03-18 22:46:44




引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

54 連投すみません

俺は、自分の家の中がもう既に、この大津や橿原の事件みたいな事例に声上げるとかいった行為が鼻で笑われてしまいな環境なんです。

俺の家族ってのは、俺以外は揃いに揃って口開けばすぐ「そんなことない!」の大合唱、楽観論のゴリ押し、俺が「それは違うだろ!」と言ったら「何でお前にそこまで言われなきゃいけないんだ!」と泣き出す…。

で、中でも祖父はそれが特にタチが悪く、口開けば御伽噺みたいなことばかり言い、挙げ句には如何なる事件も「勝手にマイナスとか思ってるだけ」「ポジティブにとるようにすればいいだけ」、言うこと何もかもが平行線で完全に自分の世界に溺れてて、おまけに祖父はあれで昔、実際に小学校の校長だったんです。

つまり、俺の家族の中に既にいるんです。

校内で何か起きたとしたら、当事者に対して自分の勝手な価値観のゴリ押しかましたり、対応のことで抗議があったとしたら「校長や教委がそんなにバカか!」「何であんたらにそこまで言われなきゃいけないんだ!」と被害者を抑圧したりしてたのがバレバレな人間が…。

 

現実主義者

2016-03-21 00:58:48





(gyoza90.png)

57 無題

>現実主義者さん

あなたもその{俺以外の家族}と全く同じ性格だよ。読めばわかる。

押し付け感ぱないね。怒るし泣き言いうし人の意見に反対するし。

毒付いた次は身の上話して同情引くという“いつもの手口”やねえ?

不惑の年なんやからさあ自分で解決しなさいな。

さて次はどんなストーリーかや?パチパチ

大爆笑しながら見てるで

 

餃子

2016-03-21 05:37:43




『またしても〝虐め自殺〟を市教委が隠蔽〜奈良県橿原市、中1女子自殺事件』のコメント欄より

赤字はデンマンが強調のため!)

『現実主義者@5ちゃんねる』にも掲載。
(2018年1月18日)




上のスレッドに出てくる「現実主義者」は 確かに家族とうまくいってないですね。。。 「俺は自分のオヤジやオフクロ、ジジババとも話合わねえよ」と、書いてます。。。



。。。だろう? オマエは他人に対して常にネガティブな事ばっかり言って 人から嫌われる。。。 それで、家族ともうまくやってゆけない。。。 この愚かな「現実主義者」は自分に対してネガティブな事ばっかり言ってる。。。

たとえば。。。?

この「現実主義者」は偏差値が30台のクソ大学を卒業しているので仕事に就けないで、無職で狭い部屋に引きこもり 自分が生きる価値がない人間のクズだと認めながら、自分を卑下(ひが)し、僻(ひが)んで 家族の暖かい助言に対して、ネガティブな事ばっかり言って 人から嫌われる。。。 それで、仕方がないからネットで 滝川イジメ自殺事件や、それに関連する掲示板やブログを探してはコメントを書き込む。

孤立して、孤独で寂しいのですねぇ~。。。

そうなのだよ。。。 それで意見が対立した者には、毒付いて 次には身の上話して同情引くという“いつもの手口”を続けているわけだよ! 

デンマンさん! オイラと この愚かな男と一緒にしないでください! オイラは、これでも早稲田大学理工学部の数学科を優秀な成績で卒業して 30歳で 小さなソフトウェア会社の課長になり それでカナダに移住したのですよ。。。

確かに、偏差値ではオマエと、愚かな現実主義者とは比べものにならない! でもなァ~、家族とうまくやってゆけないところが、共通している。。。 なぜか?

なぜですか?

それは、オマエも愚かな現実主義者も、ネガティブな見方、考え方に囚(とら)われているのだよ! オマエは社会や他人や音楽に対してに常にネガティブな見方や考え方に始終している! 愚かな現実主義者は、自分に対して常にネガティブな見方、考え方に囚(とら)われているのだよ! この現実主義者が異常なのは、自分が生きる価値がない人間のクズであることを認めてながら、決してより良い まともな人間になろうという努力を一切せずに、同情を求めてネットを徘徊してコメントを書いている。 同情してくれないものには毒ずき、同情を示してくれる者には甘える。。。 要するに、箸にも棒にもかからない、悲惨で可哀想な孤独な人間なのだよ!

つまり、クソ大学と早稲田大学を排除すると、オイラも この愚かな現実主義者も “同じ穴の狢(むじな)” だとデンマンさんは主張するのですか?

いや。。。 僕は何も結論めいた事を言ってないよ。。。 オマエが、この記事のエピソードをまとめてくれたのだよ! ありがとう。。。 



(laugh16.gif)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしています。

だから、太田さんは次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


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■ 『伯母と叔母』

■ 『民主主義とロックンロール』

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■ 『クラシック鑑賞 1』

■ 『クラシック鑑賞 2』

■ 『クラシック鑑賞 3』



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クラシック鑑賞 3


 

クラシック鑑賞 3

 


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デンマンさん。。。、どういうわけでオイラを呼び出したのですかァ~?


(kato3.gif)

タイトルに書いたとおりだよ!

あれっ。。。 もしかしてクラシックを鑑賞するために オイラを呼び出したのですか?

そうだよ。。。

マジで。。。? デンマンさんは、オイラとマジでクラシックを鑑賞するつもりなのですかァ?

オマエは不満なのォ~?

いいえ。。。 デンマンさんと共にクラシックを鑑賞することができるなんてぇ~、天にも昇るよな気持ちですよ。。。 この際、スキップして喜んでもいいですか?

あのさァ~、いくらなんでも、それはオーバーじゃないのォ~? オマエが以前のようにスキップして喜んだら、この記事を読みに来たネット市民の皆様が呆れて他のブログへ飛んでしまうのだよ!

分かりました。。。 じゃあ、スキップして喜びたいのですけれど、デンマンさんが そのように言うのであれば、じっと我慢したいと思います。。。で、いったいどのようなクラシックの曲を鑑賞するのですか?

オマエが“前奏曲集”の中で書いていた記事から選んだのだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!


4.2 Wolfgang Amadeus Mozart

Mozart には、全てがある、と言った人がいた。この風な言い方はずるいと思う。何故か。全てはないのではないか、とおずおずと反論を試みたところで、お前にはMozart が解っていない、等との託宣が下されるのがおちであるからか。いやそれだけではない。Mozart に無いものは何んだろう、と考え始めた途端に、ああ、そういうnegative な詮索は心無い、と自己規制させるからでもある。考える自由を<天才Mozart >を暈にきて奪ってるからである。
いや冗談では無い。何事によらず、否定的な命題を証明するという事には、心情的な困難を伴うものである。
答えは、突然にむこうの方からやって来た。Mozart に無いものは、言ってみれば、こういうことを言ったらひとから嫌がられるだろうけれど、言わなければならないことは敢えて言う、とでもいった態度である。それは、Mozart 自身の証言にもあった。ここがL. v. Beethoven ともA. Schoenberg とも決定的に違う。
更に不思議なことには、今まで私の出逢った<Mozart 愛好家>とか<Mozartian>とか称する人々には、他の作曲家の音楽を受けつけない人が多い。Wolfgang Amadeus Mozart 自身、加えて彼の作品を演奏する演奏家の多くも、そんなには狭量ではないにも拘らずに、である。むしろ<Mozart 専門家>だとか<Mozart弾き>などと呼ばれる事を、心外に思っていない演奏家を探す方が難しいくらいである。
<Mozart 愛好家>は逆である。よい例がHenri Geon である。ある文章に行き当たる迄、私は彼に非常に好感を持っていた。この人は、他のMozartianとは違って、Mozart には良きものを見ようとして、他には悪しきもの ―― Mozart にしか無いもの以外はa prioriに悪いもの ―― を見ようとする態度、つまり、偏見が無いとおもっていた。その文章とは、ああ、あのBach でさえ無限旋律の傾向から逃れられなかった。―― という非常に狡猾な言い方である。英語には<silly> という、こうした場合に適当な表現がある。
理由。その一: 敵は本能寺。彼の言いたい事は、Richard Wagner に対してである事は明白であろう。さもなくば、無限旋律は無条件に悪いとした様な書き方はしなかったであろう。彼がBachについて何の例をも出さなかったのは意図的だと思うが、ここではそれは問わない。彼に、むしろ、こちらから自由に例をだせる条件を与えられたことに感謝したいくらいである。
Bach の<<Johannes-Passion>>でも<<Mattaeus-Passion>>でも、終曲(厳密に言えば、<<Johannes-Passion>>では、最後のchoral の手前の曲)その他の箇所で無限旋律的なページが出てくる事は、私でも知っている。しかしながらそれらも、しかるべき処に始まり、しかるべき時に必然的に終わっている。
一方、Mozart の<<Violinkonzert in B-dur >>(Nr.1, K.207)でも<<Violinkonzert in D-dur >>(Nr.2, K.211)でもいい、それらの第二楽章、一体あれはなんだ。それらこそ無限旋律以外の何ものでもないじゃあないか。無限旋律の例としては、Wagner よりもMozart を引き合いに出しても、見当違いにはならない程ではないか。しかしながら<Mozart 愛好家>は、そこ、楽章の終わりに、
無理してまで余韻を聞く。けれども、少しでも音楽をあるがままに聴こうとする人々は、はてな、とMozart に聞き返したい気持ちになるのだ。それを、はぐらかすように、第三楽章が始められるのである。
私だってWagner 流の解決を引き延ばした和声に支えられて、だましだまし紡ぎ出される旋律には辟易する時がある。しかし、そう言ったとしても、無限旋律を否定する根拠にはならない事ぐらいは自覚しているのである。
要するに、彼らは自分の好きな対象を肯定したいのだ。ということは、つまり、自分の好きな対象は善きものである、といった不可思議な前提を通して、自分自身を肯定したい、というような幼児的な欲求から抜ききれていないということか。何も自分自身を肯定しなくても、人生は過ごせるのに……。私は、私には、音楽を聴くのに<Mozart>という品質保証のスタンプは不要である。
理由。その二: 繰返す様であるが、Bach を引き合いに出した事である。あのBach でさえ……とは何と欺瞞的、偽善的な切り出し方であろうか。そこには、あの批判し難いBach を批判せずに済ませたい、と見せかけたい、という意図が見え透いている。
要するに、こういう手合いは、音楽一般が解っていないだけではなく、Mozart の音楽すら解っていないのではないだろうか。私は、Mozartを愛しているので、彼の音楽にMiniaturの宇宙をみる。<Mozartian>の多くは、自身は夜郎自大で、Mozartには、矮小化した宇宙を見てはいないか。この手の人にはこう言っておこう。私たちは、あなた方よりも、余程、ありのままのWolfgang Amadeus Mozart を愛しています、と。

蛇足(コーダ):
家内が、あなたは、negativeなことばかり言う、と言って私を批判した。それはそうだ。何事であれ、否定するという事は、肯定する事よりも論理的にも難しいからである。肯定と否定は非対称的であり、難しい事は、面倒くさい事とは違い、それなりに楽しい場合もあるのである。
K. Marx は生前に言っていたそうだ。彼はMarxistではない、と。Mozart も言っているかもしれない、彼はMozartianではない、と。
私は天才ではないので、天才の何たるかを知る由も無い。ただ、私が外から眺めている限りは、天才とは、なにか、傍若無人に振舞える才能のようにも見て取れないこともない。唯一人の例外と言ってもよいのがJ. S. Bach である。Bach は天才か?
L . v. Beethaven の中にMozart を捜すのはやめましょう。




21-22ページ
『前奏曲集―私はアマチュアである-作品 1の2』より




振り返ってみると、デンマンさんと共にクラシックを鑑賞するなんて今年になってから初めてのことですねぇ~。。。



確かに、そうなのだよ! でもさァ~、オマエの上の文章は とにかく読みづらいのだよ! おそらく、この記事を読み始めたネット市民の皆様の半分以上が、オマエの読みづらい文章を途中まで読んで 他のブログへ飛んでしまったと思うのだよ!

それほどオイラの文章は悪文でしょうか?

オマエの文章ほど読みづらい悪文を 僕は他に見たことがないよ!

マジで。。。?

僕には、到底、オマエの文章を最後まで読む気になれず、仕方がないから次のように楽しく、面白く読めるように編集し直したのだよ。。。 オマエも読んでごらんよ。。。


4.2 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト


(mozart21.jpg)

 

モーツァルト には、全てがある、と言った人がいた。
この風な言い方はずるいと思う。
何故か。
全てはないのではないか、とおずおずと反論を試みたところで、お前にはモーツァルト が解っていない、等との託宣が下されるのがおちであるからか。
いやそれだけではない。

モーツァルトに無いものは何んだろう、と考え始めた途端に、ああ、そういうネガティブな詮索は心無い、と自己規制させるからでもある。
考える自由を<天才モーツァルト>を暈にきて奪ってるからである。

いや冗談では無い。
何事によらず、否定的な命題を証明するという事には、心情的な困難を伴うものである。
答えは、突然にむこうの方からやって来た。

モーツァルトに無いものは、言ってみれば、こういうことを言ったらひとから嫌がられるだろうけれど、言わなければならないことは敢えて言う、とでもいった態度である。
それは、モーツァルト 自身の証言にもあった。
ここがベートーヴェンともアルノルト・シェーンベルク とも決定的に違う。


(mozart22.jpg)



 

更に不思議なことには、今まで私の出逢った<モーツァルト 愛好家>とか<モーツァルティアン>とか称する人々には、他の作曲家の音楽を受けつけない人が多い。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト自身、加えて彼の作品を演奏する演奏家の多くも、そんなには狭量ではないにも拘らずに、である。
むしろ<モーツァルト 専門家>だとか<モーツァルト弾き>などと呼ばれる事を、心外に思っていない演奏家を探す方が難しいくらいである。

<モーツァルト 愛好家>は逆である。
よい例がアンリ・ゲオンである。
ある文章に行き当たる迄、私は彼に非常に好感を持っていた。

この人は、他のモーツァルティアンとは違って、モーツァルト には良きものを見ようとして、他には悪しきもの―― モーツァルトにしか無いもの以外は先験的に悪いものを見ようとする態度、つまり、偏見が無いとおもっていた。
その文章とは、ああ、あのバッハ でさえ無限旋律の傾向から逃れられなかった、という非常に狡猾な言い方である。
英語には<silly> という、こうした場合に適当な表現がある。

理由。その一: 敵は本能寺。
彼の言いたい事は、リヒャルト・ワーグナー に対してである事は明白であろう。
さもなくば、無限旋律は無条件に悪いとした様な書き方はしなかったであろう。

彼がバッハについて何の例をも出さなかったのは意図的だと思うが、ここではそれは問わない。
彼に、むしろ、こちらから自由に例をだせる条件を与えられたことに感謝したいくらいである。

バッハ の<<ヨハネ受難曲>>でも<<マタイ受難曲>>でも、終曲(厳密に言えば、<<ヨハネ受難曲>>では、最後の合唱の手前の曲)その他の箇所で無限旋律的なページが出てくる事は、私でも知っている。
しかしながらそれらも、しかるべき処に始まり、しかるべき時に必然的に終わっている。

一方、モーツァルト の<<ヴァイオリン協奏曲 イ長調>>(Nr.1, K.207)でも<<ヴァイオリン協奏曲 ニ長調>>(Nr.2, K.211)でもいい、それらの第二楽章、一体あれはなんだ。



ヴァイオリン協奏曲 イ長調

 Nr.1, K.207 - Adagio




ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

 Nr.2, K.211 - Andante


 

それらこそ無限旋律以外の何ものでもないじゃあないか。
無限旋律の例としては、ワーグナー よりもモーツァルトを引き合いに出しても、見当違いにはならない程ではないか。

しかしながら<モーツァルト 愛好家>は、そこ、楽章の終わりに、無理してまで余韻を聞く。
けれども、少しでも音楽をあるがままに聴こうとする人々は、はてな、とモーツァルトに聞き返したい気持ちになるのだ。
それを、はぐらかすように、第三楽章が始められるのである。

私だってワーグナー流の解決を引き延ばした和声に支えられて、だましだまし紡ぎ出される旋律には辟易する時がある。
しかし、そう言ったとしても、無限旋律を否定する根拠にはならない事ぐらいは自覚しているのである。

要するに、彼らは自分の好きな対象を肯定したいのだ。
ということは、つまり、自分の好きな対象は善きものである、といった不可思議な前提を通して、自分自身を肯定したい、というような幼児的な欲求から抜ききれていないということか。
何も自分自身を肯定しなくても、人生は過ごせるのに……。
私は、私には、音楽を聴くのに<モーツァルト>という品質保証のスタンプは不要である。

理由。その二: 繰返す様であるが、バッハ を引き合いに出した事である。
あのバッハ でさえ……とは何と欺瞞的、偽善的な切り出し方であろうか。
そこには、あの批判し難いバッハ を批判せずに済ませたい、と見せかけたい、という意図が見え透いている。

要するに、こういう手合いは、音楽一般が解っていないだけではなく、モーツァルトの音楽すら解っていないのではないだろうか。
私は、モーツァルトを愛しているので、彼の音楽に小さな宇宙をみる。
<モーツァルティアン>の多くは、自身は夜郎自大で、モーツァルトには、矮小化した宇宙を見てはいないか。

この手の人にはこう言っておこう。
私たちは、あなた方よりも、余程、ありのままのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト を愛しています、と。

 

蛇足(コーダ):

 

家内が、「あなたは、ネガティブなことばかり言う」、と言って私を批判した。


(angrygal81.jpg)

それはそうだ。
何事であれ、否定するという事は、肯定する事よりも論理的にも難しいからである。
肯定と否定は非対称的であり、難しい事は、面倒くさい事とは違い、それなりに楽しい場合もあるのである。

マルクスは生前に言っていたそうだ。
彼はマルクシストではない、と。

モーツァルトも言っているかもしれない、
彼はモーツァルティアンではない、と。

私は天才ではないので、天才の何たるかを知る由も無い。
ただ、私が外から眺めている限りは、天才とは、なにか、傍若無人に振舞える才能のようにも見て取れないこともない。

唯一人の例外と言ってもよいのがバッハである。
バッハは天才か?
ベートーヴェンの中にモーツァルトを捜すのはやめましょう。

赤字はデンマンが強調。)




21-22ページ
『前奏曲集―私はアマチュアである-作品 1の2』より

『前奏曲集』より




やっぱり、ネガティブな事ばっかり言ってると 人から嫌われるものなのでしょうか?



当たり前だろう! 当たり前田のクラッカ~!


(maeda01.jpg)





デンマンさん、こういうクラシック鑑賞という真面目な時に 100年も前のギャグを飛ばさないでくださいよ! そんな昔のギャグなど覚えている人は1000人のうちで一人か二人ですよ!



とにかく、ネガティブな事ばっかり言ってると家族にもマジで嫌われることを オマエは自覚していたのだよ!

マジで。。。? その証拠でもあるのですか?

あのさァ~、これまでに何度も何度も引用したのだよ! オマエは惚けているので、敢(あ)えて、ここに再度引用するからじっくりと読んでごらんよ!




 

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。


私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。




【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家




56-57ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)




デンマンさん! んもおおおォ~! いったい何度引用すれば気が済むのですかあああァ~。。。



オマエが分かっているくせに惚けたから、くどいとは思ったけれど引用したのだよ!

オイラは、それほどネガティブなことばかり言っているとは思いません。。。

オマエは独断と偏見でそう思っているだけで、客観的に見るとオマエはネガティブなことばかり言っているのだよ!

その証拠でもあるのですか?

オマエは、まだ他にも証拠が欲しいのォ~?

いけませんか?

オマエが そう言うのであれば、他にも まだ証拠はあるのだよ! オマエは止せばいいのに、ネットで僕のことについて ある事、無い事を含めてネガティブな事ばかりを書いてネットで公開したのだよ!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』



やっぱり、こういう抗議録をネットで公開してはいけませんか?



あのさァ~、日本もカナダも言論の自由・表現の自由が保障されてるから、ネットで何を書いても何を言ってもいいよ。。。 責任を持って正々堂々と主張すべきことは主張すべきだよ。。。 でもなァ~、オマエのようにネガティブなことを書けばネット市民の皆様が喜ぶと思って、ネガティブナ事だけを重箱の隅を突っつくように書くのは人の道に反する行いなのだよ!

でも。。。、でも。。。、世間では“人の不幸は蜜の味!”と言いますけど。。。

しかし、その“他人の不幸と思って言った事”を本人が聞くと オマエの心優しい奥さんでもムカつくのだよ!


(angrygal81.jpg)



やっぱり、家庭の平和を保つためにも ネガティブなことは言わない方がいいのでしょうか?



ネガティブなことを言うのだったら、相手が納得できるように ちゃんと責任を持って言うべきなんだよ!

オイラが責任を持たずに、ただやたらネガティブなことをダラダラと言っているとデンマンさんは断言するのですか?

そうだよ! オマエがネットで公開した僕に対する「抗議録」はクリックして読もうとすると、すでに消滅しているのだよ!


(notfound.jpg)

『実際の抗議録』



。。。つうことわァ~、オマエが後ろめたさを感じて「抗議録」を取り下げたか? あるいは、会費を払うのが家計に響くので、会費を払うのを無視したか? いづれにしても、責任を持って正々堂々とネットで「抗議録」を公開したことにならないのだよ!



やっぱり、一度「抗議録」をネットで公開したならば、責任を持って断固、公開し続けるべきだとデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ! ネガティブな事を書いたり言うときには、それぐらいの心構えをもって臨(のぞ)むべきだよ。。。

やっぱり、オイラは人間的に問題を抱えているのでしょうか? 最近、検索してみたのですが、実は、デンマンさんのおかげで オイラはネットで悪名を轟(とどろ)かせてしまったのですよ!


(gog70619c.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』




あのさァ~、実は、オマエがクラシックに関して造詣が深いことに僕は尊敬の念を抱いているのだよ。。。



マジで。。。? その割には、これまでにオイラをさんざ馬鹿にしてきましたよねぇ~。。。

人間は誰でも完璧ではないのだよ。。。 当然、僕もオマエも完璧ではない! 50の長所があれば50の短所もある。。。 オマエの長所の一つがクラシックに関する造詣の深さだよ。。。

デンマンさんはオイラのクラシックの知識に対してマジで感心しているのですか?

そうだよ。。。 でもなァ~、オマエの表現の仕方は まったく自分本位で、読む人のために書いてない! クラシックに興味のない人にとっては、まるでデタラメな外国の文章を読んでいるようで、何がなんだか さっぱり理解できないのだよ!

つまり、デンマンさにとっても、理解できないのですか?

その通りだよ。。。 だから、これからクラシックのことを書くときには、草葉の陰からオマエを見守っている寅さんでも理解できるように書いて欲しいのだよ!



(foolw.gif)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしているようですわァ。

だから、太田さんは次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


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