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バッハと後妻を探して


 

バッハと後妻を探して

 


(annabach.jpg)


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(laugh16.gif)




(ohta03.png)

デンマンさん。。。、バッハと後妻を探しているのですかァ~?


(kato3.gif)

いや。。。 僕は別にバッハと後妻を探しているわけじゃないのだよ。。。

じゃあ、いったい誰が探しているのですか?

ちょっと次のリストを見て欲しい。。。

 


(liv90815a.png)


『拡大する』

『バッハと後妻』


 



これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で8月14日の午後11時18分から翌日15日の午前2時20分までの3時間の「生ログ」なのだよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。



あれっ。。。 デンマンさんのブログに掲載された『バッハと後妻』を読んだネット市民がいたのですねぇ~。。。

そうだよ。。。

もしかして、上のリストの写真の女性が読んだのですか?

オマエ、よく分かったねぇ~。。。

誰だって、その程度の推測はできますよ! デンマンさんだって、そのつもりで写真を貼り付けたのでしょう?

やっぱり、分かるゥ~? 実は、川崎市多摩区に住んでいる馬場初代(ばば はつよ)さんが読んだのだよ。。。

。。。で、いつものようにIPアドレスから初代さんが読んだことを突き止めたのですか?

そういうことだよ。。。

 


(ip123145b.png)

 



いつも不思議に思うのですけれど、デンマンさんの記事を読みにやって来るネット市民はどうして美人ぞろいなのですか?



僕が美人が好きだからだよ。。。

デンマンさんが美人が好きだからといって、美人が読みにやって来るわけないでしょう! 馬鹿バカしい事を言わないでくださいよう。

あのさァ~。。。 オマエこそ馬鹿バカしいこと言うなよ! 読者のプライバシーを保護する必要があるだろう! 本人の正真正銘の写真を貼り出すわけにはゆかないのだよ!

つまり、その代わりにデンマンさん好みの美人の写真を貼り出すわけですかァ~?

その通りだよ。。。 オマエはブスが好みなのォ~?

いや。。。 別にブスにハマッているわけじゃありませんけど、たまにはブスの写真を貼り出さないと不自然ですよ。。。

あのさァ~、この記事を読む人だって、ブスよりは美人を見た方が癒されるのだよ! 本題に関係ないことで重箱の隅を突っつくような事を長々としゃべるなよ!

分かりました。。。 で初代さんは、現在何をしているのですか?

川崎市にある昭和音楽大学でピアノ科に籍を置いて猛勉強しているのだよ。。。

 


(showauniv.jpg)



 



なるほどォ~。。。 初代さんはバッハの曲が好きなのですねぇ~。。。



初代さんは『バッハと後妻』を読んだのだから、誰だってそう思うだろうなァ~。。。

ところで、初代さんはどのようにして その記事を見つけたのですか?

次のように検索したのだよ。。。

 


(gog90815a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』


 



あれっ。。。 どうしてビキニ姿の初代さんが検索結果に出てくるのですかァ~?



いちいちオマエは写真に拘っているけれど、そんなことは本題に関係ないので、どうでもいいんだよ!

分かりました。。。 でも、どうして「バッハと後妻 太田将宏 恋愛至上主義」と入れて検索したのですか? オイラの名前が入ってますよう!

あのさァ~。。。、オマエは、けっこうネットでは有名になっているのだよ!

マジっすかあああァ~!?

ちょっと次の検索結果を見てごらんよ!

 


(gog90820a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』


 



オマエの名前を入れてGOOGLEで検索すると 5,120,000件もヒットするのだよ。。。



あれっ。。。 オイラはいつからこれほど有名人になってしまったのですかァ~?

いつからってぇ~、もう10年以上も前からだよ!

まさかああああァ~!?

まさかじゃないよ! 上の検索結果を見れば明らかじゃないかア!

でも。。。、でも。。。、検索結果の上位を見ると、ほとんどすべて、デンマンさんが書いた記事ですよ!

そうだよ。。。 僕とオマエで、何回となくクラシックのことについて語り合ったのだよ。。。 でも、誰がオマエのことを書いたのか?。。。 それは関係ないのだよ!。。。 とにかく、オマエの名前はネットでは、ほぼ普通名詞になっているのだよ。。。 だから、初代さんも、オマエの名前をキーワードとして書き込んだわけだよ!

マジで。。。?

初代さんに訊いてみないと、はっきりしたことは分からないけれど、彼女はかつて『バッハと後妻』を読んだに違いない! じゃなかったらオマエの名前など覚えてないはずだよ!

つまり、初代さんは かつて『バッハと後妻』を読んで、オイラの言ったことがとっても素晴らしかったので、それでオイラの名前が初代さんのオツムに刻み込まれていた、とデンマンさんも思うのですか?

いや。。。 たぶん、その反対だと思うのだよ。。。

反対だと言うとォ~?

オマエが聞くに堪えないひどいことを言ったので、オマエの名前が初代さんの記憶に残ったのだよ。。。

。。。でも、オイラは聞くに堪えないような非常識なことを言ったでしょうか?

言ったのだよ。。。 オマエが書いた次の記事を読んでごらんよ。。。


1.1 クラウディオ・モンテヴェルディ

    (1567 – 1643)



(monte03.jpg)

 



 

これはどうしたことか。

どの時代の、どの作曲家の音楽を聴いても、私は、近頃 好意と嫌悪を同時に持つような反応をしている自分を感じるのだ。

クラウディオ・モンテヴェルディの<<アリアンナの嘆き>>を聴き始めたとき、そのLasciatemi morire(Let me die;死なせて)、のところで、何か間の抜けた、あるいは、虚ろな響きを聴いて、私は疲れているのか、と途惑った。


(monte04.jpg)



実は、morire(死ぬ)、と唱われる処に平行五度があったのである。
モンテヴェルディのことであるので、これは、彼が意識してのことである、と私は信じる。

つまり、これは、見捨てられたアリアンナの内面の空虚としての意味がある、いや、生半可な感情主義以上に効果があるとすら思えるのではあるが、私には、何か、かなわないなあ、といった印象を拭いきれない。
バッハも言ったように、やはり、平行五度や平行八度は聴き苦しいのであろう。
私は、無論、ここで、モンテヴェルディに苦情をいっているのではない。

この嘆きは、オペラのアリアとしては、超一級である、と私も思う。
こうした効果は、所謂絶対音楽では出番が無いであろう。

次なる問題は、私がオデュッセウスに捨てられたアリアンナに何処まで切実に同情しなければならないかにあろう。
それは、私には荷がかちすぎる。
東洋人の男性である私の心が動くなどというのは、もともと無理だったのではなかったか。

かといって、好奇心を満たすだけにしても、感覚的には耳障りという障害がある。
平衡五度に感動するわけにはいかないのでる。

しかし、彼女への同情が無ければ感動も無いであろう。
さらに言えば、これは、現代のヨーロッパ人にとっても、いや、バロック初期のイタリア人ですら、程度の差こそあれ同様なのではないか。
作品が立派である、という認識と、それが私(たち)に感動をもたらす可能性は、不幸にして乖離している。

このことは、一つの作品の水準は、好きとか嫌いとか、あるいは、その作品の有用性(草子地:つまり、感動を求めてそれを聴こうとする人にとっては、感動そのもの)とは別の平面にある、ということの例証にもなるであろう。

音楽は、けっして、世界共通の言語などではない。
異なる時代にも亘る言語ですらなかった。
それでは、ヨーロッパ音楽の伝統とは、そもそも、いったい何であったのであろうか。

小澤征爾が言っていたことであるが、彼が若い頃、東洋人がヨーロッパの音楽をする意味、可能性について問われたとき(草子地:そういうことを聞く田舎者は世界のどこにでもいるものである。)、音楽は、世界の共通の言語であるからと、(草子地:当たり障り無く)返事をしていたところが、近頃では、何か自分が壮大な実験をしているのではないか、と思うようになってきたそうである。

壮大な実験、これは、彼だけのことではないであろう。
それにしても、ようやく我々が西洋音楽を扱うことに関して欧米(を超える)水準に達した今日の、この倦怠は何であろう。

かといっても、我々が邦楽に戻るなどとは、一般的に言って、非現実的であり、できない相談である。
バスク語を話せ、と言われた方が、まだしも抵抗が少ないのではないか。

とはいえ、短二度の導音などの無い音楽に、何か、或る懐かしさを感じるのは何故であろう。
平行五度の空虚を東洋人でも感知されるのと同様に、その懐かしさを感じとるのには西洋人であっても変りはないであろう。
音楽が世界共通の言語などではないとしても、双方がコミュニケーションが取れないほど異質なものを基礎にしているわけではない、といったとしたら、結論としては平凡すぎるのか。

それにしても、不思議なことではある。
私自身、長二度や増二度の導音のある音階による音楽など、何時、何処で、聴いたことがあったか、まったく記憶に無いからである。

少なくとも、今までに、長、短調の音楽を聴いた回数や時の長さは、旋法や五音音階のそれに較べては比較にならないほど多く、長かったはずである。
何故か、調性音楽には、そのような懐かしさは感じさせない風がある。

いつだったか、小澤征爾とカラヤンの指揮するモーリス・ラヴェルの≪ボレロ≫を聴き較べたことがあった。
小澤の演奏は、英語で言うtoo square(単純で直線的で堅苦しい演奏)であったが、カラヤンのそれは、フランス人でもないのに、何とも、セクシーで妖艶ですらあった。
やはり、小澤のような指揮者でさえ日本人では及びがたいところが今なおある。

 


(ravel001.jpg)



    小澤征爾・指揮

モーリス・ラヴェル ≪ボレロ≫







    カラヤン・指揮

モーリス・ラヴェル ≪ボレロ≫


 

一方、まだピーター・ウンジャンが第一ヴァイオリンを奏いていたころの東京クオルテットがトロントに来たときのラヴェルの演奏は、未だかつて聴かれたことのない程の名演であった。
ただ、その時の解説者による、何故かピーター・ウンジャンだけに対するインタヴュでの質問で、最後に聞くが、ただひとりで日本人に交じって演奏するのをどのように感じているか、というのがあった。
想像力の欠如した、この程度の思考様式の人間もここでは多いのである。

ピーター・ウンジャンが如何に答えるかを期待していたのであろうか。
答えようが無いではないか。彼らの演奏以外には。
それ以外の、どうでもいいことを聴きたがるのは、下賎な野次馬根性であろう。

そういえば、バッハは、作品855のフーガに於いて、二箇所にわたって壮大に平行八度を用いている(草子地:第19-20小節と第38小節)。


(gould765.jpg)



これほどあからさまにやられると、良いも悪いもない。
ただ、ぎくりとして、あいた口が塞がらない、といった効果がある。
このフーガは、この曲集の中で、唯一の二声のフーガである故に、よけいにめだつ。

 



追記(コーダ):

 

私は、何々至上主義、といったものが嫌いである。
例えば、恋愛至上主義。だいたい、恋愛感情などというものは、ある年頃の男女の肉体に触発された心理現象にすぎないのではないか。

そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異常ではないか。
長い間、生活を共にしていて、まだ互いに性的感情を持ったとしたならば、それは近親相姦に近くはないか。

 


(mariabach.jpg)

マリア & ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

 

バッハは、前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、私はここを書いていて、少し、困っているが。
芸術至上主義も同じ。
人生は芸術を演出する時空ではない。




赤字はデンマンが強調)

6-7ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!

『バッハと後妻』より
(2019年6月26日)




上の記事に非常識なことが書いてありますかァ~?



書いてあるじゃないかァ~! 

 


(ireba03.jpg)

長い間、生活を共にしていて、

まだ互いに性的感情を持ったとしたならば、

それは近親相姦に近くはないか。

バッハは、前妻、後妻と共に

仲が良かった様子であるので、

私はここを書いていて、少し、困っているが。




これを読んで馬場初代さんは、オマエの夫婦愛の考え方に対して嫌悪感を催(もよお)したのだよ。。。



どうしてですか?

どうしてってぇ~、長い間、生活を共にしていて、まだ互いに性的感情を持ったとしたならば素晴らしいことじゃないか!

だから、それは馬場初代が独身だから、結婚生活に対して夢を持つのですよ。。。 でも、実際に30年、40年と結婚生活を共にしていると、現実はそのような夢物語じゃありません!

でも、オマエも言っているように、バッハは、前妻、後妻と共に仲が良かったのだよ!

それで、オイラは困ってしまったのですよ!

何も、オマエが困ることはないじゃないかア! 30年、40年と結婚生活を共にしていても、新婚早々のような性的感情を持つ夫婦もいるのだよ!

信じられません!

オマエ自身が前妻、後妻と共に仲が良かったバッハの事を書いているじゃないかア! それでも信じられないのォ~?

奇跡だと思います。。。 やはり、音楽の天才は普通の人とは違うのですよ。。。 

夢と期待を持つ独身女性に、希望を失わせるような事を言うなよ!

つまり、この事を言うためにわざわざ馬場初代さんを取り上げたのですか?

もちろん、そればかりじゃないのだよ!

他に何が言いたいのですか?

初代さんは、次の箇所に感銘を受けたのだよ!

 




いつだったか、小澤征爾とカラヤンの指揮する

モーリス・ラヴェルの≪ボレロ≫を

聴き較べたことがあった。

小澤の演奏は、英語で言うtoo square

(単純で直線的で堅苦しい演奏)であったが、

カラヤンのそれは、フランス人でもないのに、

何とも、セクシーで妖艶ですらあった。

やはり、小澤のような指揮者でさえ

日本人では及びがたいところが今なおある。




馬場初代さんは上の小文のどこに感銘を受けたのですか?



だから、オマエが聞き比べてカラヤンのそれは、フランス人でもないのに、何とも、セクシーで妖艶ですらあったというところに初代さんは感銘を受けたのだよ。。。

 


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

初代さんがオイラの音楽的感性に

感銘を受けたというのです。。。

 

もうこうなったら、恥も外聞もなく

天にも舞い上がる気持ちで

スキップしたいと思います。


(smilejp.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

もう一つおまけに

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

ああァ~、うれしいなあああァ~。。。


 


(foolw.gif)


馬鹿ですよねぇ~。。。

こういうところで喜ぶべきでは

ないのですよ!

バッハ夫婦の仲のよさに当てられて

困っていた事をすっかり

忘れて喜んでいるのですよ!

 


(fool911.jpg)

『現実主義者 馬鹿の見本』

 

太田将宏は、あの「現実主義者」と

同じくらいノー天気なところがあります。

仕方がないから 長い目で見ながら

付き合ってゆきます。




(foolw.gif)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あなたも、太田将宏さんはあの「現実主義者」と同じくらい

ノー天気なところがあると思いますか?

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、もっと他に面白い話しをしろ!」

あなたは、私に、そのような口調で命令するのですか?

分かりましたわ。。。 それではソプラノ歌手の高島一恵さんの次の歌を聴いてしみじみと泣いてくださいねぇ~。。。

 


(kazue01.jpg)



 

ええっ。。。 「歌は、もういいから、他にもっとも面白いことを話せ!」

あなたは、そのような命令口調で あたしに強制するのですか?

分かりましたわ。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしたのですわァ。

だから、太田さんは次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


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クラシックと民謡

 

クラシックと民謡

 


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デンマンさん。。。、最近 クラシックと民謡 にハマッてるのですか?


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。。。ん? オマエは僕がクラシックと民謡にハマッていると思うわけぇ~。。。

だってぇ、タイトルに、そう書いてあるじゃありませんかァ!

いや。。。 僕がハマッていると言うよりも、オマエこそクラシックと民謡 にハマッてるんじゃないのォ~!?

その証拠でもあるのですかァ~?

あるのだよ。。。 オマエは次の記事を書いていたのだよ!


17.1 アルテュール・オネゲル

    (1892-1955)



(honeg2.jpg)

 

アルテュール・オネゲルの《交響的断章(運動)第1番 パシフィック231》を久しぶりに聴いた。
何故か、こういうメカニカルな音楽は、なかなか飽きが来ない。

そういえば、ルイージ・ルッソロも、やがて我々にとって、市外電車や内燃機関、自動車や群衆の騒音を理想的に組み合わせる方が、<エロイカ> や <パストラル>を繰り返し聴くより、はるかに大きな楽しみとなろう、と書いていた。
ドビッシーでさえ、飛行機の時代には、それに相応しい音楽が必要だ、と言ったと聞く。

 


(pacific231.jpg)



 

そもそも、昔は、<作曲>された音楽はオーダーメイドであったのだ。
それが不特定多数の市民が対象とされるようになって、音楽はレディーメイドとなった。
作曲と演奏が分離、分業になったのは、この頃ではなかったか。
その方が生産、販売共に効率が良かったのであろう。

現代では、音楽は大量生産され有料、無料で配布されている。
身尺に合ないレディーメイドのお仕着せに、どのような音楽を聴いても相反するような気持ちがするのは、私だけではあるまい。
それはまた、一つ一つの製品に限った話ではない。

私は、演奏会や音楽会を提供する側、製品に付加価値をつけようとする側の編曲、つまりプログラムについても同様に感じる故に、めったに演奏会場に足をはこばないのである。
そうした違和感は、皮肉なことではあるが、自分で選択した音楽を、自分で配列した順序でレコードで聴けば、幾分かは軽減されることに私は気がついた。

それ以上を求めるのならば、自作自演をして、つまり自分で作曲をして自分で演奏して自分で耳を傾けるしか手が無いであろう。
私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。

しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。
この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである。
だから、私は久しく《パシフィック231》に対しても反感すらもっていた。

アルテュール・オネゲル自身はこの作品について、彼はこの曲で内燃機関の騒音を模倣しようとしたのではなく、むしろ視覚的印象や身体的快感を表現した、と語っていた(『わたしは作曲家である』吉田秀和訳 創元社 1953年 → 音楽之友社 1970年)。

視覚的印象といえば、クロード・モネにも、汽車の駅の構内を描いた作品があったっけ。

 


(mone02.jpg)

  サン・ラザール駅

 

そうしたレベルで、アルテュール・オネゲルの作品は描写音楽である、とも私は思う。

ただ、私は、彼に限らずに、こうした発言に出会う度に、直接に模倣、表現しているなどと思っている連中には、そう思わせておけ、とでもいった突き放した態度が何故とれないのか、と訝ってもいるいるのである。
そもそも、外界を完全に模倣、描写しようとして成功した音楽などというものが、未だかつて存在したであろうか。
音楽の具体性がそんな処には無い事は明白ではないのか。

アルテュール・オネゲル自身が別のところで釈明しているのは幸いであった。
彼は、あの曲の真の意図は、抽象的なリズム運動の表現にあり、形式としてはバッハのコラール変奏曲を念頭においた、と語っている。
私に言わせれば、彼の言う<抽象的なリズム運動>こそ音楽に於ける具体性であって、そこには直接的に情緒などが入り込む隙間などはない、ということである。

それにも拘わらずに、この作品を聴いて感銘を受けるのは、それはひとえに、創り手の対象への関心、敢えて言えば、対象への終始一貫した愛情とすらいえる拘りに、聴き手が共感するからである。
その対象とは、機関車からの印象であると同時に<抽象的なリズム運動>でもある、と私は考えている。

実を言うと、私は、アルテュール・オネゲルは、少なくともこの曲の前半では、機関車の騒音をある程度は模倣(しよう)としていると判断している。
それ故に、アルテュール・オネゲルのこの作品は、他人の情緒につきあう必要の少ない音楽であって、それが、今、むしろ、私がなかなかに飽きることがない、とでもいうことではないか。

ただ少し気に障るのは、この曲の後半で出てくる、あの安っぽい陳腐な旋律である。
これがアルテュール・オネゲルの言った<身体的快感を表現>しているのであろうか。

エイトル・ヴィラ=ロボスにも似た様な作品があるが、そちらのほうはコラール変奏曲のような技術的な背景がない事と、やはり安易な旋律が登場するので、二度目に聴いた時には、残念だという気持ちを覚えた。
その音響を好ましく感じた私ではあるが、聴覚に触発された視覚的情緒だけでは音楽は支えられない、とも思う私である。
音楽が、印象を含めての情緒、或いはその表現であるとしたら、それはそれで何ものかの描写であろう。
これもまた、程度の問題である。

アルテュール・オネゲルは、《交響的断章(運動)第3番》は《交響的断章(運動)第1番 パシフィック231》や《交響的断章(運動)第2番 『ラグビー』》の様には表題をもたないので、それほど受け入れられなかった、というような不満、或いは皮肉を言っていたが、果たしてそれは表題のせいだけであろうか。
私が《交響的断章(運動)第2番 『ラグビー』》でさえ、さほど楽しめないのは、私がラグビー(のルール)を知らない故だと思っているのであるが。

 


(rugby11.jpg)



 



追記(コーダ):

 

私の二人の娘たちは、蒸気機関車の走るのを見た事が無い。
この世代は《交響的断章(運動)第1番 パシフィック231》をどのように聴くのであろうか。
それは<抽象的なリズム運動>だけを聴く不幸であるのか、私には分かり様が無い。

それとも、それを見て経験した私の方が不幸なのであろうか。
<リズム運動>が、どこまで<抽象的>なのか、自分自身の耳で聴いても分かり様が無い。

この様に、一人の人間が、対象が何であれ、それを分かっているかどうかは、自分自身のことであろうとなかろうと不確定なのではないか。
これも、音楽のことだけではないであろう。




赤字はデンマンが強調)

30-31ページ
『前奏曲集―あるアマチュアの覚書-作品 1の1』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




つまり、オイラが次のように言ったので、デンマンさんはムカついたのですか?



(ireba04.png)

 

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、

昔の民衆の創造性が信じられる。

 

しかし、私は、私自身を含めて、

現代の大衆を信じてはいない。


この汚染されきった世界に住むことは、

あまり幸福とは言えないという気持ちである。

だから、私は久しく《パシフィック231》に対しても

反感すらもっていた。




ムカついたと言うよりも、オマエは実に愚かな事を書いているなと思って、呆れてしまったのだよ!



デンマンさんがそれほど呆れるような事をオイラは書いてますか?

書いてるよ!

でも、何で、それほど呆れるのですか?

あのさァ~、日本語が解る134ヵ国で有名になっている「現実主義者」と名乗る愚か者のことをオマエも知ってるだろう?

もちろん、知ってますよ。。。 “馬鹿の見本”と言われている男でしょう!?

そうだよ!

 


(tenan02.jpg)

『現実主義者 馬鹿の見本』




(smilerol.gif)

 

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

40過ぎても 結婚できない

オイラのために デンマンさんが

オイラの事で記事をたくさん

書いてくれました。

 

このぶんだと、読者の中から、

オイラにプロポーズしたい女性が

現れると思います。

オイラはウハウハしながら

男性ホルモンを全開しているのです。

きゃははははは。。。

 

こうなったら、もう無条件に

スキップして喜びたいですゥ!


(smilejp.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

もう一つおまけに

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

ああァ~、うれしいなあああァ~。。。


 



上のリンクをクリックして記事を読んだら、誰だってこの男は“馬鹿の見本”だと信じることができる。



それは、そうですよ。。。 オイラだってぇ、一度読んだだけで、この男が“馬鹿の見本”だとすぐに理解できました。

だけど、この男は自分では“馬鹿”だと思ってないのだよ!

その証拠でもあるのですか?

あるのだよ! この男のことをじっくりと観察して研究して記事を書いたブロガーがいたのだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!


「現実主義者」の心理


(fool930.png)

 

過去ログでの私とのやり取りを見れば分かる通り、こいつは深刻なヘイトスピーカーである。

奴は私のブログだけではなく、いろいろなブログに現れては、ヘイトを繰り返している。

奴の発言についてはざっとこんな感じ


引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

 

被害者や遺族、被害者寄りの人間どもの方が学校関係者やPTA、学区民や教育委員会から「皇子山学区のゴミクズ」認定されてる

いじめ被害者は加害者よりずっと生きてる価値なしのゴミクズ

被害者がアホで根暗だからいじめられるのは当然、自己責任だろ

遺族は泣き寝入りしてりゃいい


(中略)

この書き込みを見て、気分を害さない遺族などいるというのか?

「自分の境遇もいじめ被害者と一緒だ」と訴えている・・・違う、こいつはそんなんじゃない。
少なくともこいつは自分といじめ被害者を「同等」などと思っていない。

奴は、異常なほど学歴に拘っているが、それは奴の中であるヒエラルキーが確立されているからである。

それがこちら
すごく単純だが、こんな感じ。


(kasuga23.png)

奴は自分自身を「低学歴」の立場に置き、自分自身を「ゴミクズ」だの「ボロ雑巾」だの宣っているが、決して自分の事を底辺だとは思っていない。

というのは、奴は上記のヒエラルキーにちょっとした付け加えをしているのである。

それが、これ


(kasuga24.png)

つまり、「どうせ低学歴は底辺這いつくばるしかねえんだ」と、這い上がろうとする者を見下し、馬鹿にする立場を自分の中で作り上げた。
こんなのはただの開き直りなんだけどね(笑)

そして「高学歴」に縋って、「低学歴」を見下していれば、恰も自分が「高学歴」の仲間入りしている気分になり、優越感に浸れると言うわけである。

まさに「虎の威を借る狐」。

だから、こいつにとって底辺から這い上がって成功を収めるなんて、あってはならない事であり、むろん、彼らを救ってやりたいなどと言う気持ちも毛頭ない。

現に、某ブログの管理人さんに、底辺を見下し、あざ笑うようにけしかけるようなことを言っているところを何度か目撃している。

奴にとって「高学歴」はいい人生で「低学歴」はみじめで「なくてはならない」。

ネトウヨレイシストにとって「日本人」はいい人で「朝鮮人」は卑しい人で「なくてはならない」。

どちらもそれがアイデンティティーであり、ここをケチをつけられると癇癪を起すのだ。
私が奴の事を「ネトウヨとメンタリティーは大して変わらない」と言ってきたのはここである。




『春日のブログ』より
2018-08-14 17:08:15




つまり、“馬鹿の見本”の「現実主義者」は、誰が見ても馬鹿なんだけれど。。。、しかも自分で「生きる価値のないウンコのようなクズの廃人」だと伊藤先生のブログで認めているのだけれど。。。、それでも自分が馬鹿だとは思ってない! なぜなら、上の記事でも書いてあるように、この愚か者は馬鹿にする立場を自分の中で作り上げているのだよ!



なるほどォ~。。。 それで、自分よりも愚かな者を馬鹿にして、自分は、愚かでないと思ってるのですねぇ~。。。

その通りだよ。。。 そもそも、自分が馬鹿だと思っていたら他人のブログにコメントなど書けないものだよ!

。。。で、デンマンさんが オイラが書いた文章を読んで、呆れまくったというのは、どういうことですか?

オマエは早稲田大学の理工学部の数学科を優秀な成績で卒業して、小さなソフトウェア会社の課長にまでなったのに、上役と喧嘩してカナダに移住し、大型計算機のメインテナンスを専門とする熟練技術者として自己満足な生活を送っているのだよなァ~。。。

余計な事は言わなくてもいいですから、ズバリと指摘してください。。。

そうゆうオマエがだよ、「私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない」と書いている!

いけませんか?

あのさァ~、もしそれが真実ならば、つまり、オマエは現代の大衆を信じてないばかりか、自分までも信じてないと言うことじゃないかァ!

そうです。。。 いけませんか?

あのさァ~、ホントにオマエが自分自身を信じてないなら、そもそも、オマエは上の記事を書かなかった。。。と言うより、書けなかったはずだよ!。。。 そうだろう!?

デンマンさんも意外に馬鹿なところがあるのですねぇ~?

自分が信じられないオマエは、馬鹿かもしれないけれど。。。 いや、充分に馬鹿の素質があるけれど、自分を信じている僕がどうして馬鹿なのォ~?

“言葉の綾(あや)”ということをデンマンさんは聞いたことがないのですかァ~? 「微妙な意味あいを表したり、事のついでに付け加えたりする、巧みな言葉の言い回し」ですよ。。。

つまり、オマエは本当は自分以外の一般大衆は信じてないけれど、自分自身は信じている。。。 でも、それを言うと、オマエの記事を読む読者に嫌われるので、それを避けるために、わざと 心にも無い「私自身を含めて」を書き加えた。。。 そういうわけぇ~?

そうです。。。 それが読者受けする「巧みな言葉の言い回し」。。。 要するに“言葉の綾(あや)”ですよ。。。

それってぇ~、馬鹿にする立場を自分の中で作り上げた“馬鹿の見本”と同じ論理だよ。。。 オマエは、“真実を語った者”の代わりに“言葉の綾(あや)”を持ち出してきて、読者受けを狙ったのだよ! そうだろう!?

デンマンさん!。。。 そこまで追求しないでくださいよ!。。。 “武士の情け” という言葉もあるでしょう!

時代錯誤な言葉を持ち出して、話題を逸(そ)らすなァ! んもおおおォ~! しかも、オマエは「この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである」と書いている!

いけませんか?

つまり、オマエが信じてない現代の大衆も「この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである」とオマエは信じているのだよなァ~。。。

そうです。。。

でも、僕はバンクーバーで幸せなんだよ! 要するに、オマエが信じてない日本の現代の大衆も、「この汚染されきった日本に住むこと」に幸せを感じているかもしれないのだよ!

その証拠でもあるのですか?

あるのだよ。。。 次の小文を読んでごらんよ!


海外に目を向ける

2015年03月03日(火) 09時16分31秒

テーマ:ブログ

久しぶりに朝から外出したので、朝の寒さを舐めてました。

寒すぎオワタw

スマートフォンからの更新である。

相変わらず大阪はミナミには中国から多くの観光客が賑わっております。


(minami100.jpg)


(tourbus.jpg)



特に週末は日本人おらんがなってぐらい多いです。

彼らのパワーは半端ないっす。

ドンキやダイコクではこれでもか!って引くほど大量買いされてます。

日本製の商品は人気あります。

なかには大量に買って、向こうの富裕層に売る転売をしてる人もいるみたいです。

日本にある商品=品質が良いという認識

日本の誇れるところです。

一方で日本のリソースが海外へ流出していく危惧もあります。

トヨタでは為替の影響を減らす目的でアメリカに工場を作り生産。

某エアコン製造企業も流通コストの削減を目的にブラジルに工場を設立。

いずれも何百億という投資をして工場を作ってでも、海外に拠点を設ける大企業は増えています。

システム開発でも、オフショア開発で盛んに海外に外注を降っています。

スポーツでもサッカーならヨーロッパ、野球ならアメリカのメジャーリーグへ国内の優秀な選手が海外へ流出しています。

イチローやダルビッシュ、本田や長友など日本人が海外で活躍する姿は日本の誇りだという見方もありますが、日本にスター不在という状況にもなります。

今二刀流で話題の大谷選手もいずれメジャーといってますが、日本のプロ野球人気を考えれば、間違いなくマイナスです。

2020年にはオリンピックもあり日本は元気だ!と楽観的に考えているジジイたちもいますが、そんなものは一時的なドーピングでしかないでしょ。

日本はどんどん高齢化が進み、国の借金も絶賛増え続けており、決して安泰とは思えません。

そう考えるとリスクは多いですね。

何か起こってからでは遅いので、リスク対策は常に考えないとあかんな。

とはいってもやっぱ日本はええ国ですよ。

前にも言いましたが、サイコロでいうと6の目。

産まれた瞬間運がいい。

こんな住みやすい国他にあるのか?笑

海外住んだことないんですけど、そう思います。

日本最高。


ありがとうございました。




赤字はデンマンが強調。
写真はデンマンライブラリーより。
YouTubeはデンマンが貼り付けました。)




『日本最高?』より
(2005年3月7日)




こうして日本で暮らす一般大衆の中には日本最高と思って満足している人がいるのだよ! 結構たくさんいると思うよ!



そういう人たちは現実が見えてないのです。。。

あのさァ~、「現実主義者」と自称している あの“馬鹿の見本”も現実を見てないのだよ。。。

だから、言ったでしょう! 日本の大衆は、精神的にも物理的にも汚染されきった日本の現実を見てないのです! それゆえにオイラは、現代の大衆を信じてないのです。。。



(laugh16.gif)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは現代の大衆を信じていますか?

ええっ。。。 「そんな事はどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」

あなたにとって、日本での幸せはどうでもいいのですか?

分かりましたわ。。。

では、話題を変えます。

たいていデンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


『センスあるランジェリー』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』


(yuri03.jpg)

■ 『クラシックを愛すれど』

■ 『女性を愛せない老人ボケ』

■ 『ボダとキレた老人』

■ 『母という病』

■ 『日本人は嘘つき』

■ 『マジでピッタリ!』

■ 『成りすまし老人』

■ 『バカな大人にならない』

■ 『成りすまし老人の告白』

■ 『だまそうとする老人』

■ 『バカの壁の増設』

■ 『ウソの雪ダルマ』


(satomi02.jpg)

■ 『知らずの自分史』

■ 『新渡戸稲造と太田将宏』

■ 『ショーペンハウエルと太田将宏』

■ 『ホーキング博士と太田将宏』

■ 『加藤清正と太田将宏』

■ 『老人の性と太田将宏』

■ 『ノブレス・オブリージュと太田将宏』

■ 『世渡りの道と太田将宏』

■ 『フェアプレーと太田将宏』

■ 『ネット恋愛と太田将宏』

■ 『日本語と太田将宏』

■ 『坊主の袈裟と太田将宏』


(hokusai08.jpg)

■ 『葛飾北斎と太田将宏』

■ 『女の性的飢餓感』

■ 『敵に塩を送る』

■ 『虚構とウソ』

■ 『手紙と絶交』

■ 『短気は損気』

■ 『不思議な日本語』

■ 『乙女の祈りだわ』

■ 『自作自演じゃないよ』

■ 『マリリンdeアイドル』

■ 『マリリンに誘われて』

■ 『かい人21面相事件』

■ 『悪名と名声』

■ 『嘘を書く日記』

■ 『増長慢』

■ 『自然に耳を傾ける』

■ 『老人極楽クラブ』

■ 『伯母と叔母』

■ 『民主主義とロックンロール』

■ 『後奏曲集@危険』


(hooker08.gif)

■ 『女3人で姦しい』

■ 『クラシック鑑賞 1』

■ 『クラシック鑑賞 2』

■ 『クラシック鑑賞 3』

■ 『クラシック鑑賞 4』

■ 『クラシック鑑賞 5』

■ 『クラシック鑑賞 6』

■ 『クラシック鑑賞 7』

■ 『クラシック鑑賞 8』

■ 『クラシック鑑賞 9』

■ 『クラシック鑑賞 10』

■ 『クラシック鑑賞 11』

■ 『レゲエ@ジャマイカの夜』

■ 『クラシック鑑賞 12』

■ 『クラシック鑑賞 13』

■ 『クラシック鑑賞 14』


(yuri02.jpg)

■ 『クラシック鑑賞 15』

■ 『ヒルデガルトとジャンヌ・ダルク』

■ 『クラシック鑑賞 16』

■ 『クラシック@ルブリン』

■ 『田原総一郎と出版業界』

■ 『クラシック鑑賞 17』

■ 『ヒルデガルトと紫式部』

■ 『グールドとバッハ』

■ 『乙女の祈りと子猫のワルツ』

■ 『クラシック鑑賞 18』

■ 『クラシック鑑賞 19』

■ 『信じて跳べ』

■ 『クラシック鑑賞 20』

■ 『クラシック鑑賞 21』

■ 『クラシック鑑賞 22』

■ 『愛と赦し』

■ 『テルミン』

■ 『ヘンデルと自殺』

■ 『バッハとビートルズ』

■ 『人生と偏差値』

■ 『サルトルと現実主義者』

■ 『政治について』

■ 『クラシック馬鹿とエロ松永』

■ 『ティンパニストの本』

■ 『男の美学』

■ 『バッハ・コレギウム・ジャパン』

■ 『中村紘子とワンワン』

■ 『字が汚い!』

■ 『美しき青きドナウ』

■ 『字が汚い人』

■ 『犬死@太田将宏』

■ 『官能的な音楽』



(juneswim.jpg)


『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


『センスあるランジェリー』



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官能的な音楽

 

官能的な音楽

 


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デンマンさん。。。、最近 官能的な音楽 にハマッてるのですか?


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。。。ん? オマエは僕が官能的な音楽にハマッていると思うわけぇ~。。。

だってぇ、タイトルに、そう書いてあるじゃありませんかァ!

いや。。。 僕がハマッていると言うよりも、オマエが官能的な音楽 に目覚めたのだよ!

まさかァ~。。。

まさかァ~じゃないよ! オマエが次の記事に中で書いているのだよ!


3.1 Claudio Monteverdi (1567 – 1643)

C. Monteverdiの最初のオペラ<<Orfeo>>を聴いた。私は、イタリア語が殆んど解らない。ラテン語よりも苦手であるので、イタリア語のオペラは敬遠、いや、無視し続けてきた。この短い人生に、そう何もかも出来ない、と思ったのである。それに、G. PucciniやG. Verdiなどの所謂イタリア オペラをあまり好かない故でもあった。しかしながら、いくら何でも、Baroque初源の<<Orfeo>>に(草子地:音楽史上初めてのオペラということではないが)知らないふりはできかねた。
筋書きは、要するに、イザナギとイザナミの命の話である。旧約の<Genesis>にあるLotの説話にも似ていなくはない。不思議なのは、洋の東西を問わずに、振返るという行為が最愛の者を失わしめる、という古代人に共通した発想である。時折り、考えてみるが、私にはそれがよく解らない。
とにあれ、この作品の結末は、あっけらかんとして、happy endで終わっている。いい気なものだ、とすら言えよう。しかしながら、音楽は、新鮮で素晴しかった。また、楽しみが一つ増えたことも嬉しいことである。
という訳で、今度は<<L’ incoronazione di Poppea>>のLPを買ってきた。これは、Monteverdiの最後のオペラだそうである。そして、これもまた、形の上ではhappy endではあるが、一寸と待てよ、と言うところである。
先ず、すぐに気がつくことは、<<Orfeo>>に於いては、男は男声で、女は女声で唱われ、<<Poppea>>に較べて健康的とすら言えようが、後者に於いては、Neroneがソプラノ(カステラート?)、Arnalta(乳母)がテノールで唱われている。小姓がソプラノであるのは、近代になっても例があるが、女どうしでいちゃついているような気がしないでもない。要するに、一貫して男女の愛の退廃を表現しているように聴きとれる(草子地:無論、音楽が退廃している訳ではない)。
いや違う。このdramaでの真の悪役はAmoreではなかったか。感覚的に、私のボーイ ソプラノ嫌いが影響しているのかも知れないが、一方、神(々)の人間を支配する、そのしかたに何か納得できない、と感じとることは、Aeschylusの<Aias>などに観られる如く、ヨーロッパ人の潜在的な、ということはキリスト教以前からの伝統なのではないか、と私は思うのである。
Monteverdiがそれに対して意識的であったかどうかは私は知らない。しかしながら、七十五歳にして、これほどまでに官能的な音楽を書いた彼ではあったが、一面では、その彼方には彼の覚めた眼が見え隠れしている、と感じられるのである。
Ottone、NeroneそしてOttavia、主要な登場人物の全部が、他者の死を望んでいた。Drusillaでさえ、思い違いではあるが、他の死を願っていた。これは、よく考え抜かれた筋書きである。最も退廃からは遠く、健康的な彼女の愛も至上ではない、ということであろう。それら全てが<Amore>の故であったのである。唯一人、<愛>に何らの関係もなく描かれているSenecaのみが、自らの死を喜んでいた。
そういえば、L. Tolstoyも彼の小説<復活>のなかで、愛が、愛が、愛が、と繰り返す恋愛至上主義の女学生を喜劇的に描いていたが、当人にとってはとにあれ、恋愛感情などというものは、所詮、発情期の男女の心理現象にすぎない、ということか。
それを連想させる場面が、このオペラのなかにあるのである。<自ずから起きる愛>に対する皮肉な視線は、第一幕第五景のArnaltaとOttaviaや第二幕第五景の小娘と小姓の遣り取りに見て取れる。あたかも、退廃なしの<愛>などは、この世に存在しない、と言わんばかりである。なお、散逸した第二幕第四景には、非常にerotiqueな場面があった、と想像される。
とにあれ、<<L’ incoronazione di Poppea>>の台本は、Giovanni Francesco Busenelloの手になることを記さねば、片手落ちで不公平ということになろう。そして、そのtextを選んだのは、他ならぬClaudio Monteverdiであったのである。
ところで、この二人の視点は、例の小姓に悪しざまに言われているSenecaのそれと、どの程度に重なるのであろうか、と気になるところではないか。

蛇足(コーダ):
H. Purcellの<<The Fairy Queen>>の第三幕では、<<Poppea>>とは逆に、男どうしがいちゃついている。Mopsaをカウンタ テノールが唱っているためである。日本の歌舞伎の女形をTVで大写ししたようで、見る、聴くに耐えない。
ついでに書けば、私自身は、少し慣れれば、アルトの声域まで発声が出来る。しかし、私はカウンタ テノールの声が嫌いなのである。J.S. BachのKirchenkantatenなどでも女性のアルトではなく男性のカウンタ テノールが唱う傾向になってきた。アルトが失業してしまうのではないか、という私の心配は、よけいなお世話か。




30-31ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




あのさァ~、いつも思うのだけれど、オマエの文章はとっても読みづらいのだよ! 英語やドイツ語やラテン語が入り混じっている。。。



デンマンさん! 人のことは言えませんよ! デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ。。。

それは、オマエの個人的な見解だと思うのだよ! 僕の記事は、日本語が解る世界のネット市民の 多くの皆様に読まれているのだよ!

134ヵ国のネット市民の皆様に読まれていることを自慢したいのですか?

いや。。。 自慢したいわけじゃない! オマエが「デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ」と言ったから、僕の長い記事でも まめに読んでくれる常連さんが居る、と言いたかったまでだよ。。。 とにかく、オマエの文章は読みづらいので、多くの人が上の文章を読み飛ばしたと思うのだよ。。。

マジで。。。?

僕だってぇ、読みたくなかった。。。 でも、この記事を書く都合があるので、次のように読み易くして読んだのだよ。


3.1 クラウディオ・モンテヴェルディ

    (1567 – 1643)



(monte03.jpg)

 

モンテヴェルディの最初のオペラ《オルフェオ》を聴いた。
私は、イタリア語が殆んど解らない。
ラテン語よりも苦手であるので、イタリア語のオペラは敬遠、いや、無視し続けてきた。

この短い人生に、そう何もかも出来ない、と思ったのである。
それに、ジャコモ・プッチーニ や ジュゼッペ・ヴェルディなどの所謂イタリア オペラをあまり好かない故でもあった。
しかしながら、いくら何でも、バロック初源の《オルフェオ》に(草子地:音楽史上初めてのオペラということではないが)知らないふりはできかねた。

 


(orfeo2.jpg)



 

筋書きは、要するに、イザナギとイザナミの命の話である。
旧約の<創世記>にあるロトの説話にも似ていなくはない。

不思議なのは、洋の東西を問わずに、振返るという行為が最愛の者を失わしめる、という古代人に共通した発想である。
時折り、考えてみるが、私にはそれがよく解らない。

とにあれ、この作品の結末は、あっけらかんとして、ハッピーエンドで終わっている。
いい気なものだ、とすら言えよう。

しかしながら、音楽は、新鮮で素晴しかった。
また、楽しみが一つ増えたことも嬉しいことである。

という訳で、今度は《ポッペーアの戴冠》のLPを買ってきた。
これは、モンテヴェルディの最後のオペラだそうである。
そして、これもまた、形の上ではハッピーエンドではあるが、一寸と待てよ、と言うところである。

 


(poppea2.jpg)



 

先ず、すぐに気がつくことは、《オルフェオ》に於いては、男は男声で、女は女声で唱われ、《ポッペーア》に較べて健康的とすら言えようが、後者に於いては、ネローネがソプラノ(カステラート?)、アルナルタ(乳母)がテノールで唱われている。
小姓がソプラノであるのは、近代になっても例があるが、女どうしでいちゃついているような気がしないでもない。
要するに、一貫して男女の愛の退廃を表現しているように聴きとれる(草子地:無論、音楽が退廃している訳ではない)。

いや違う。
このドラマでの真の悪役はアモーレではなかったか。
感覚的に、私のボーイ ソプラノ嫌いが影響しているのかも知れないが、一方、神(々)の人間を支配する、そのしかたに何か納得できない、と感じとることは、アイスキュロスの<大アイアース(サラミース島の王テラモーンの子で、トロイア戦争にはサラミース人を率いて12隻の船と共に参加した)>などに観られる如く、ヨーロッパ人の潜在的な、ということはキリスト教以前からの伝統なのではないか、と私は思うのである。

モンテヴェルディがそれに対して意識的であったかどうかは私は知らない。
しかしながら、75歳にして、これほどまでに官能的な音楽を書いた彼ではあったが、一面では、その彼方には彼の覚めた眼が見え隠れしている、と感じられるのである。

オットーネ、ネローネそしてオッターヴィア、主要な登場人物の全部が、他者の死を望んでいた。
ドゥルジッラでさえ、思い違いではあるが、他の死を願っていた。
これは、よく考え抜かれた筋書きである。

最も退廃からは遠く、健康的な彼女の愛も至上ではない、ということであろう。
それら全てが<愛>の故であったのである。
唯一人、<愛>に何らの関係もなく描かれているセネカのみが、自らの死を喜んでいた。

そういえば、トルストイも彼の小説<復活>のなかで、愛が、愛が、愛が、と繰り返す恋愛至上主義の女学生を喜劇的に描いていたが、当人にとってはとにあれ、恋愛感情などというものは、所詮、発情期の男女の心理現象にすぎない、ということか。
それを連想させる場面が、このオペラのなかにあるのである。


<自ずから起きる愛>に対する皮肉な視線は、第一幕第五景のアルナルタとオッターヴィアや第二幕第五景の小娘と小姓の遣り取りに見て取れる。
あたかも、退廃なしの<愛>などは、この世に存在しない、と言わんばかりである。
なお、散逸した第二幕第四景には、非常にエロチックな場面があった、と想像される。

とにあれ、《ポッペーアの戴冠》の台本は、ジョヴァンニ・フランチェスコ・ブゼネッロの手になることを記さねば、片手落ちで不公平ということになろう。
そして、そのテキストを選んだのは、他ならぬモンテヴェルディであったのである。

ところで、この二人の視点は、例の小姓に悪しざまに言われているセネカのそれと、どの程度に重なるのであろうか、と気になるところではないか。

 



追記(コーダ):

 

ヘンリー・パーセルの《妖精の女王》の第三幕では、《ポッペーア》とは逆に、男どうしがいちゃついている。
モプサをカウンタ テノールが唱っているためである。
日本の歌舞伎の女形をテレビで大写ししたようで、見る、聴くに耐えない。

ついでに書けば、私自身は、少し慣れれば、アルトの声域まで発声が出来る。
しかし、私はカウンタ テノールの声が嫌いなのである。

バッハの 教会カンタータなどでも女性のアルトではなく男性のカウンタ テノールが唱う傾向になってきた。
アルトが失業してしまうのではないか、という私の心配は、よけいなお世話か。




赤字はデンマンが強調)

30-31ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




つまり、オイラが次のように言ったので、デンマンさんはムカついたのですか?



(ireba04.png)

 

恋愛感情などというものは、

所詮、発情期の男女の

心理現象にすぎない、ということか。


それを連想させる場面が、

このオペラのなかにあるのである。




ムカついたと言うよりも、オマエの恋愛感情がよく表現されていると思ったのだよ。。。



つまり、オイラの恋愛感情というのは発情期の男女の心理現象と変わらないとデンマンさんは信じ込んだのですか?

その通りだよ。。。 オマエが、そう信じているからこそ、上のような事を恥ずかしげもなく書いてしまうのだよ! それにオマエは同じような事を次の文章の中でも書いていた。


恋愛は、年頃の男女が肉体に

触発された心理現象?



(tantra20.jpg)

音楽は、けっして、世界共通の言語などではない。
異なる時代にも亘る言語ですらなかった。

それでは、ヨーロッパ音楽の伝統とは、
そもそも、いったい何であったのだろうか。

小澤征爾が言っていたことであるが、彼が若い頃、
東洋人がヨーロッパの音楽をする意味、
可能性について問われたとき
(そういうことを聞く田舎者が
 世界のどこにもいるものである。)、

音楽は、世界の共通の言語であるからと、
(当たり障り無く)返事をしていたところが、近頃では、
何か自分が壮大な実験をしているのではないか、と思うようになってきたそうである。

壮大な実験、これは、彼だけのことではないであろう。
ようやく我々が西洋音楽を扱うことに関して
欧米(を超える)水準に達した今日の、この倦怠は何であろう。

かといっても、我々が邦楽に戻るなどとは、
一般的にいって、非現実的であり、できない相談である。
バスク語を話せ、と言われた方が、まだしも抵抗が少ないのではないか。

(中略)

いつだったか、小澤征爾と H.V.Karajanの指揮する M.Ravel の 
“Bolero” を聞き比べたことがあった。

小澤の演奏は、英語で言う too square であったが、
Karajanのそれは、なんとも sexyで妖艶ですらあった。
フランス人でもないのに。
やはり、小澤のような指揮者でさえ日本人では及びがたいところが今なおある。

(中略)

わたしは、何々至上主義、といったものが嫌いである。
例えば、恋愛至上主義。

大体、恋愛感情などというものは、ある年頃の男女が肉体に触発された心理現象にすぎないのではないか。
そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異常ではないか。
長い間、生活を共にしていて、まだ互いにsexualityを感じたとしたならば、それは近親相姦に近くはないか。

J.S.Bach は、
前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、
私はここを書いていて、少し、困っているが。


芸術至上主義も同じ。
人生は芸術を演出する時空ではない。


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pages 5 & 6 間奏曲集 (主題なき変奏) その2 
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年6月




『老人の性と太田将宏』より
(2016年8月20日)




この上の文章も、デンマンさんがしばしば引用しますよねぇ~。。。!?



オマエは上の文章を引用されるのがいやなのォ~? 嫌なら書かなければいいのだよ! ネットで公開したからには、出所を明示して引用されても文句は言えないのだよ!

でも。。。、でも。。。、デンマンさんは同じ文章を何度も何度も引用するのですよ。。。

だってぇ~、オマエが書いた文章は、それほど僕にとって異常で衝撃的なのだよ!

それほど異常で衝撃的でしょうか?

あのさァ~、オマエも書いているじゃないか! 「バッハは、前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、私はここを書いていて、少し、困っているが」

それが、デンマンさんにとって異常で衝撃的なのですか?

だってぇ~、「バッハは、前妻、後妻と共に仲が良かった」のであれば、普通の人は祝福するのだよ。。。 それをオマエは「困っているが」と書いている。。。 どうしてオマエが困らなけらばならないのォ~?

だから、書いたでしょう!? そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異常ではないか。 長い間、生活を共にしていて、まだ互いに性的欲望を感じたとしたならば、それは近親相姦に近くはないか?

オマエのように、そう考える方が異常だろう!?

そうでしょうか?

そうなのだよ! オマエは奥さんに対して性的欲望を感じなくなったから、仲が悪くなったと思っているけれど、それはオマエの一方的な独断と偏見なのだよ! 性的欲望を感じなくなっても、バッハのように仲のよい夫婦というのはいるのだよ。。。

そうでしょうか?

だってぇ、オマエが困るほど仲のよいバッハ夫婦がその証拠じゃないかァ!

でも。。。、でも。。。、バッハは年取ってからも老妻に対して性的欲望を感じていたかもしれません!

あのさァ~、オマエはこれまでにクラシック音楽を飽きるほど聴いてきた。。。 そうだろう!?

そうです。。。

だったら、もう一度バッハの上の曲をじっくりと聴いてごらんよ!

上の≪G線上のアリア≫ですか?

そうだよ。。。 この曲を聴いてバッハが老妻に対して性的欲望を感じながら作曲した官能的な音楽だと思えるかァ~?

思えません。。。

。。。だろう!? だから、性的欲望を感じなくなっても、バッハのように仲のよい老夫婦というのはいるのだよ。。。

 


(oldcoup3.png)



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【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたもデンマンさんのお話を聴いて性的欲望を感じなくなっても、バッハのように仲のよい夫婦は居ると納得できましたか?

ええっ。。。 「そんな事はどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」

あなたにとって、夫婦愛などというものはどうでもいいのですわねぇ~。

分かりましたわ。。。

では、話題を変えます。

たいていデンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


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ベートーヴェンの永遠の愛人


 

ベートーヴェンの永遠の愛人

 


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デンマンさん。。。、どういうわけでベートーヴェンの永遠の愛人を持ち出してきたのですかァ~?


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オマエはベートーヴェンの永遠の愛人が嫌いなのォ~?

いや。。。 別に、オイラはベートーヴェンの永遠の愛人とは全く関係ないので、好きでも嫌いでもありませんよ。。。 でも、結婚もしなかったベートーヴェンに永遠の愛人が居たとは思えません。

あれっ。。。 オマエは『不滅の恋/ベートーヴェン』という映画を観なかったのォ~?

 


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デンマンさん! 結婚もしなかったベートーヴェンに永遠の愛人が居たはずがないのですよ。。。 もし、永遠の愛人が居たとすれば、それは彼の交響曲です。。。



あれっ。。。 オマエは、意外に気の利いたことを言うのだねぇ~。。。

うへへへへへへ。。。 その程度のことで煽(おだ)てないでくださいよゥ。。。 で、デンマンさんは上の映画を観たのですか?

最近、バンクーバー市立図書館でDVDを借りて観たのだよ。。。

 


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『拡大する』

『実際のページ』





My Comment

Jul 09, 2019

Written and directed by Bernard Rose in 1994, this American-British docudrama follows Beethoven's secretary and first biographer Anton Schindler as he attempts to ascertain the true identity of the Immortal Beloved addressed in three letters found in the late composer's private papers.

Schindler journeys throughout the Austrian Empire interviewing women who might be potential candidates as well as through Beethoven's own tumultuous life.

After Beethoven's death in 1827, a three-part letter was found among his private papers addressed to a woman whom he called "immortal beloved".

Written in the summer of 1812 from the spa town of Teplice, the letter has generated a great deal of speculation and debate amongst scholars and writers as to her identity.

Among the candidates, then and now, are Giulietta Guicciardi, Thérèse von Brunswick, Josephine Brunsvik, Antonie Brentano, and Anna-Marie Erdödy, some of whom appear in the film.

The film's director, Bernard Rose, though not a historian, claimed that he had successfully identified the addressed woman.

Although no scholar on Beethoven has endorsed it, his claim seems to me quite convincing and more justifiable than mere fiction.




1994年にバーナード・ローズ監督によって書かれたシナリオを基に制作された このアメリカ-イギリス共同作品は ベートーヴェンの秘書であり最初の伝記作家であるアントン・シンドラーがベートーヴェンの死後に見つかった手紙の宛名である“永遠の愛人”の身元を確かめる旅と行動の記録である。

シンドラーはオーストリア帝国を旅しながら、候補者となる女性たちに出会い、またベートーヴェンの激動的な人生を振り返る。

1827年にベートーヴェンが死亡した後、3部構成の手紙が見つかり、その宛名は“永遠の愛人”となっていた。

1812年の夏にテプリツェの温泉街で書かれた手紙は、発見以来「“永遠の愛人”とはいったい誰なのか?」という疑問を学者や作家たちに投げかけ、これまでに多くの憶測と議論を生んできた。

これまでに候補者として上がっているのは次のような女性たちである: ジュリエッタ・グイチャルディ、テレーゼ・ブルンスヴィック、ヨゼフィーネ・ブルンスヴィック、アントニー・ブレンターノ、そしてアンナ=マリー・エルデーディ。

そのうちの幾人かはこの映画にも登場する。

映画監督のバーナード・ローズは歴史家ではないが、“永遠の愛人”を首尾よく突き止めたことを主張し、映画の中で明かしている。

ベートーヴェン研究者・学者たちはそれを支持していないが、彼の主張は単なる推測以上に正当化できるものであり、説得力があるように僕には思える。

【デンマン訳】




デンマンさんも意外に少女趣味的なところがるのですねぇ~。。。



オマエは、そうやって僕を見下して馬鹿にしようとするわけぇ~。。。?

いや。。。 ただ、デンマンさんの上のコメントから素直に受けた印象を語ったまでですよ。。。

僕は映画を観て、なるほどと思ったのだよ!

つまり、映画監督が明かした“永遠の愛人”を、デンマンさんはマジで真実だと思い込まされてしまったのですか?

あのさァ~、オマエも、もし映画を観れば、その“永遠の愛人”を見て、なるほどと思うはずだよ!

でも。。。、でも。。。、デンマンさん自身、コメントでベートーヴェン研究者・学者たちはそれを支持していないと書いてるじゃありませんかァ!

そのように書いてある映画評論を読んだので、僕は公正を期する意味で書き加えたのだよ。。。

ところで、どうしてこの件についてオイラを呼び出したのですか?

オマエも、実は、ベートーヴェンの恋愛について次のように“間奏曲集”の中で書いていたからだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!


1.5 Ludwig van Beethoven (1770 – 1827)

 

L.v. Beethovenの《Fidelio》(Op. 72)は、初演の当時から幾多の論議を呼んできた。それがとりもなおさず、この四つの序曲をもつ彼の唯一のオペラが、他ならぬBeethovenの作品であるが故であることは、とかく忘れられがちであるのではないであろうか。
その議論の一つに、夫婦愛などをテーマとしたオペラが成功するはずがない、というのがあった(草子地:結婚したことのない彼、Beethovenが描く夫婦の理想像?などと半畳を入れるのはやめよう。こんなことは、結婚などをしていないからこそ出来るのであるから)。しかし、たとえ登場人物が夫婦ではなかったとしても、恋人同士であったとしても、話の筋道は大体つくであろうのに、それを、ことさらに、夫婦とした台本を使用したところに、私は、むしろ、Beethovenの破天荒な意思、意欲を感じるのである(草子地:その、彼らしい作品の説得力の力強さだけは、私にとって、私が結婚する前も後も変りがなかった)。
この作品は良い作品ではあるが、それでも、W.A. Mozartのオペラに較べれば、太陽を前にした星である、ということを誰かが言っていた(草子地:巧く表現したものである)。それはそうであろう。舞台は、貴族の館などではなくして、監獄の中での出来事である。何も、Beethovenの作品に、Mozartの音楽を聴こうとすることもなかろう。そんな風な聴き方は、Mozartだって野暮だと言うであろうし。
第三に、これは、この作品に限らないが、Beethovenの声楽の扱い方に対する批判が後をたたないことである。しかし、思い切って乱暴に言ってしまえば、彼は、彼のやり方で人声を扱ったまでで。それはそれで完成されたものではなかったか、と私は思うのである。器楽的で、唱うのに無理がある? 当り前であろう。苦悩を唱うのには苦しい発声も必要である。彼が、譲歩に譲歩を重ねて、何度も書き直したのは、その苦悩を聴いて欲しかったからであろう。繰り返すが、Beethovenは、Beethoven の声楽を書いたのであって、それが器楽的である、ということではあるまい。それを言うのならば、J.S. Bachの声楽曲だって充分に器楽的である。彼も、Mozartも同様な批判を受けたことがあることはあったが、それは途絶えて、Beethovenのそれだけが、今日なお指摘されている。奇妙なことには、誰も、BeethovenのFugeは、あまりにも和声的だ、などとは言わない。Beethovenは、BeethovenのFuge を書いた、ということは受け入れられている。
しかし、このオペラの筋書きには重大な欠陥がある。もし、FlorestanがFernandoの呼ぶように<Mein Freund!>であったのなら、何故、Leonoreは、あれだけの苦労、辛苦、危険を冒す必要があったのか、ということである。そもそも、直接Fernandoを訪れ、事情を説明すれば、それですんだことではなかったか。
それにも拘らず、抑圧からの解放、これは、常に現代的、現在的である。ただ、その解放がDon Fernandoの鶴の一声では成らぬことを知るのには、人類は、未だ、一世紀余りを要した。さもなくば、この作品中にDon Fernandoなどが出て来る幕などは無かったであろう。これを、また、Beethovenのせいにはすまい。そもそも、彼といえども、何らの見通しの無い時代には、強固の意志に貫かれた、信仰にも近いような信念なくしては、理想などはもち得ないではないか。その意味では、共和主義者Beethoven は古典的であった。
現代的であること、現代人であることは、必ずしも幸いなことではない。今、ソヴィエト社会主義連邦共和国や東欧諸国で起きている事態、あれは何であろうか。この様にして、この二十世紀最大の実験は無に帰するのであろうか。それでは、革命に血を流した勇敢なる闘士は浮かばれないであろう。それこそ、Stalinismeによる犬死に、それで終わるのであろうか。
犬死、と言えば、先の太平洋戦争で散った兵士たちの死もまた、全て犬死であった。遺族は、それぞれに、戦死者に何らかの意味を見い出したいと思い、それもまた当然すぎる心情ではあ
ろうが、私は、敢えて言いたい、それは犬死であったと。それである故にこそ、その無意味な悲惨を繰り返してはならない、と。犬死という認識ではなかったら、その悲惨さは権力によって薄められるのである。はっきり言おう。遺族団体は、現在、政府に媚びる圧力団体に堕しているではないか。言うべきことが言える間に、言うべきことは、きちんと言う、それしか出来ない私である。また、私は共産主義者でもないが、それを強調するまでもあるまい。
それにしても、私の知る限り、Beethovenの失恋の相手は、貴族の令嬢ばかりであった。奇妙な共和主義者ではあった、と思わざるを得ない。しかしながら、彼のmessageは、いまだ有効である。

(1990年12月12日。2006年5月29日改訂。)




13-14ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




あのさァ~、いつも思うのだけれど、オマエの文章はとっても読みづらいのだよ! 英語やドイツ語やラテン語が入り混じっている。。。



デンマンさん! 人のことは言えませんよ! デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ。。。

それは、オマエの個人的な見解だと思うのだよ! 僕の記事は、日本語が解る世界のネット市民の 多くの皆様に読まれているのだよ!

134ヵ国のネット市民の皆様に読まれていることを自慢したいのですか?

いや。。。 自慢したいわけじゃない! オマエが「デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ」と言ったから、僕の長い記事でも まめに読んでくれる常連さんが居る、と言いたかったまでだよ。。。 とにかく、オマエの文章は読みづらいので、多くの人が上の文章を読み飛ばしたと思うのだよ。。。

マジで。。。?

僕だってぇ、読みたくなかった。。。 でも、この記事を書く都合があるので、次のように読み易くして読んだのだよ。


1.5 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

    (1770 – 1827)



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ベートーヴェンの《フィデリオ》(Op. 72)は、初演の当時から幾多の論議を呼んできた。

 


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フィデリオ

 

この作品は、ベートーヴェンの作品群の中でも特に難産に見舞われた作品のひとつであり、成功を収める版が完成するまでに何度も書き直しがなされている。

このオペラはベートーヴェン中期の代表作に挙げられる。
ブイイの原作の英雄主義的な性格や、当時のヨーロッパの知識人層に浸透し始めていた自由主義思想へのベートーヴェン自身の強い共感を背景として、英雄的な中期の作風が存分に反映されている。

ベートーヴェンの声楽曲によくあることだが、このオペラも歌手にとっては必ずしも歌いやすい音楽ではない。
特に、レオノーレとフロレスタンのパートを歌うには高度な技術を要し、そうでなければ要求された緊張感を表現することは到底不可能である。
このため、これらの配役を見事に演じた歌手は賛美の的となる。

囚人達の合唱、政治犯達の自由を謳う合唱、フロレスタンをレオノーレが助けにきた場面、そして救出が成功した場面などは、特筆に価する。
最後は、ソリストや合唱が代わる代わるレオノーレの勝利を讃えて、フィナーレを迎える。

多くの楽曲分野で後世の指標となる業績を残したベートーヴェンとしては完全な成功作とは言えない(ドイツオペラの最初の成果としても「魔笛」や「魔弾の射手」が挙げられることの方が多い)との批判もあるが、いちおう代表作のひとつとして今なお上演回数も多い。

これによって作曲者はモーツァルトとともに、主要音楽分野のほとんどに代表作を残した稀有の存在となった。
ドイツ圏ではバッハ以来、オペラをまったく残していない(または成功作がない)作曲家が多いだけに、貴重な作である。

 

主な登場人物

フロレスタン(囚人) テノール

レオノーレ(フロレスタンの妻) ソプラノ

ロッコ(刑務所員) バス

マルツェリーネ(ロッコの娘) ソプラノ

ヤキーノ(ロッコの補佐官) テノール

ドン・ピツァロ(刑務所長) バリトン

ドン・フェルナンド(大臣) バス




出典: 「フィデリオ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


それがとりもなおさず、この四つの序曲をもつ彼の唯一のオペラが、他ならぬベートーヴェンの作品であるが故であることは、とかく忘れられがちであるのではないであろうか。
その議論の一つに、夫婦愛などをテーマとしたオペラが成功するはずがない、というのがあった。
(草子地:結婚したことのない彼、ベートーヴェンが描く夫婦の理想像?などと半畳を入れるのはやめよう。こんなことは、結婚などをしていないからこそ出来るのであるから)。

しかし、たとえ登場人物が夫婦ではなかったとしても、恋人同士であったとしても、話の筋道は大体つくであろうのに、それを、ことさらに、夫婦とした台本を使用したところに、私は、むしろ、ベートーヴェンの破天荒な意思、意欲を感じるのである。
(草子地:その、彼らしい作品の説得力の力強さだけは、私にとって、私が結婚する前も後も変りがなかった。)

この作品は良い作品ではあるが、それでも、モーツァルトのオペラに較べれば、太陽を前にした星である、ということを誰かが言っていた(草子地:巧く表現したものである)。
それはそうであろう。
舞台は、貴族の館などではなくして、監獄の中での出来事である。

何も、ベートーヴェンの作品に、モーツァルトの音楽を聴こうとすることもなかろう。
そんな風な聴き方は、モーツァルトだって野暮だと言うであろうし。

第三に、これは、この作品に限らないが、ベートーヴェンの声楽の扱い方に対する批判が後をたたないことである。
しかし、思い切って乱暴に言ってしまえば、彼は、彼のやり方で人声を扱ったまでで。
それはそれで完成されたものではなかったか、と私は思うのである。

器楽的で、唱うのに無理がある?
当り前であろう。
苦悩を唱うのには苦しい発声も必要である。

彼が、譲歩に譲歩を重ねて、何度も書き直したのは、その苦悩を聴いて欲しかったからであろう。
繰り返すが、ベートーヴェンは、ベートーヴェンの声楽を書いたのであって、それが器楽的である、ということではあるまい。
それを言うのならば、バッハの声楽曲だって充分に器楽的である。

彼も、モーツァルトも同様な批判を受けたことがあることはあったが、それは途絶えて、ベートーヴェンのそれだけが、今日なお指摘されている。
奇妙なことには、誰も、ベートーヴェンのフーガは、あまりにも和声的だ、などとは言わない。
ベートーヴェンは、ベートーヴェンのフーガ を書いた、ということは受け入れられている。

しかし、このオペラの筋書きには重大な欠陥がある。
もし、フロレスタンがドン・フェルナンドの呼ぶように<私の友よ!>であったのなら、何故、レオノーレは、あれだけの苦労、辛苦、危険を冒す必要があったのか、ということである。
そもそも、直接ドン・フェルナンドを訪れ、事情を説明すれば、それですんだことではなかったか。

それにも拘らず、抑圧からの解放、これは、常に現代的、現在的である。
ただ、その解放がドン・フェルナンドの鶴の一声では成らぬことを知るのには、人類は、未だ、一世紀余りを要した。

さもなくば、この作品中にドン・フェルナンドなどが出て来る幕などは無かったであろう。
これを、また、ベートーヴェンのせいにはすまい。

そもそも、彼といえども、何らの見通しの無い時代には、強固の意志に貫かれた、信仰にも近いような信念なくしては、理想などはもち得ないではないか。
その意味では、共和主義者ベートーヴェン は古典的であった。
現代的であること、現代人であることは、必ずしも幸いなことではない。

今、ソヴィエト社会主義連邦共和国や東欧諸国で起きている事態、あれは何であろうか。
この様にして、この二十世紀最大の実験は無に帰するのであろうか。

それでは、革命に血を流した勇敢なる闘士は浮かばれないであろう。
それこそ、スターリニズムによる犬死に、それで終わるのであろうか。

犬死、と言えば、先の太平洋戦争で散った兵士たちの死もまた、全て犬死であった。
遺族は、それぞれに、戦死者に何らかの意味を見い出したいと思い、それもまた当然すぎる心情ではあろうが、私は、敢えて言いたい、それは犬死であったと。

それである故にこそ、その無意味な悲惨を繰り返してはならない、と。
犬死という認識ではなかったら、その悲惨さは権力によって薄められるのである。

はっきり言おう。遺族団体は、現在、政府に媚びる圧力団体に堕しているではないか。
言うべきことが言える間に、言うべきことは、きちんと言う、それしか出来ない私である。
また、私は共産主義者でもないが、それを強調するまでもあるまい。

それにしても、私の知る限り、ベートーヴェンの失恋の相手は、貴族の令嬢ばかりであった。
奇妙な共和主義者ではあった
、と思わざるを得ない。
しかしながら、彼のメッセージは、いまだ有効である。




赤字はデンマンが強調)

13-14ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




あのさァ~、オマエはベートーヴェンの失恋の相手は、貴族の令嬢ばかりであったと言って、暗に共和主義者のベートーヴェンを非難しているけれど、そもそも“恋”というのは所属する階級など度外視して発生するものなんだよ。。。



あれっ。。。 デンマンさんは、意外に青二才的なことを言うのですねぇ~。。。 

オマエの奥さんは、本来ならばオマエなど相手にするような人物ではないのだよ!

つまり、オイラが身の程知らずに、平民が貴族の令嬢を娶(めと)ったという風に、デンマンさんは理解しているのですか?

だってぇ、そうだろう! オマエは、どちらかと言えば平民でも 若いくせに風采(ふうさい)のあがらない みすぼらしいおっさんだったのだよ! 心の優しい貴族的な令嬢のオマエの奥さんが、なぜオマエと結婚したかというと、オマエが盛りのついた野犬のように、燃え上がってしまったのだよ! つまり、ベートーヴェンが貴族の令嬢に恋したようなものだよ!

ベートーヴェンは振られたけれど、オイラは めでたく貴族の令嬢をゲットした、とデンマンさんは オイラを尊敬するのですねぇ~。。。 うへへへへへへへ。。。

違うのだよ。。。 違うのだよ! そうじゃない! 誤解してもらっては困るよ! オマエの奥さんは心が優しいのだよ! だから、オマエが他の女性から振られっぱなしなのを見て、可哀相に思って 自分を犠牲にしたつもりで オマエと結婚したのだよ!

見てきたような嘘を言わないでくださいよ! 何も知らない人は、本当にするじゃありませんかア!

それにもかかわらず、オマエは奥さんの優しい心に答えることができずに、次のようなことになってしまったのだよ!




私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。


私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。


(kierke02.jpg)

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。



しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。




【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家




56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)




デンマンさん! んもおおおォ~。。。! 毎回、毎回、この文章を引用しないでくださいよゥ!



オマエがベートーヴェンの失恋の相手は、貴族の令嬢ばかりであったと言って、暗に共和主義者のベートーヴェンを非難したから、こうなったわけだよ。。。

つまり、デンマンさんはベートーヴェンをかばうのですねぇ~。。。!?

別に、僕はベートーヴェンのファンじゃないし、後援会の会員でもないのだよ!

だったら、家内の事でとやかく言うのは止めてくださいよ!

オマエが、そう言うのだったら、これ以上の突っ込みは言わないよ! でもなァ~、ベートーヴェンは若い頃は、けっこうプレーボーイだったのだよ!

また、見てきたような嘘を言わないでください!

嘘じゃないってばあああァ~。。。 上の映画を観れば、オマエも納得できるのだよう!

デンマンさんも大人気ないことを言うのですねぇ~。。。 映画というのは、それがドキュメンタリーであっても、結局、監督のオツムの中で描かれたフィクションですよ! どんなに優れた監督作品であっても、過去の現実、つまり、歴史的事実をそのまま映画になどできるはずがないのです!

要するに、映画の中の“永遠の愛人”とは、失恋ばかりしていたベートーヴェンが死に際に頭がおかしくなって、幻覚の中で書きなぐった手紙だ、とオマエは言うわけぇ~?

当たり前でしょう!

オマエは映画を観てないから、そういう愚かな事を言うのだよ!

オイラは、そもそも映画など信じません。。。 監督とシナリオライターの個人的な創作以外の何物でもありません!。。。 言ってみれば、幻想ですよ!

オマエは、そのようなロマンの無い事を言うから、心の優しい奥さんとの間で日本語も通じなくなってから何年にもなるのだよ!

デンマンさん! ベートーヴェンの“永遠の愛人”とオイラの家内とは、全く関係ないことです! 同じ土俵に上げないでくださいよゥ。。。 そんなことより、ベートーヴェンの“永遠の愛人”ってぇ、いったい誰なのですかァ~?

教えないよ! オマエが自分で映画を観ればいいじゃないかア!

デンマンさんのケチ! イケズゥ!



(foolw.gif)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは、『不滅の恋/ベートーヴェン』という映画を観ましたかァ~?

ベートーヴェンの“永遠の愛人”は、映画の中で明かされた女性がその人だと信じられますかァ~?

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、もっと他に面白い話しをしろ!」

あなたは、私に、そのような口調で命令するのですか?

分かりましたわ。。。 それではソプラノ歌手の高島一恵さんの次の歌を聴いてしみじみと泣いてくださいねぇ~。。。

 


(kazue01.jpg)



 

ええっ。。。 「歌は、もういいから、他にもっとも面白いことを話せ!」

あなたは、そのような命令口調で あたしに強制するのですか?

分かりましたわ。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしたのですわァ。

だから、太田さんは次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


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グルーヴ

 

グルーヴ

 


(groove01.jpg)


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(junko11.jpg)

デンマンさん。。。 グルーヴ というのは、もしかして上の写真にある溝(みぞ)のことですか?


(kato3.gif)

そうです。。。 英語で groove と言えば、確かに溝(みぞ)という意味もあるのですよ。。。

 


(gog90605b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』


 



つまり、今日は溝のお話ですか?



ジュンコさんは、なんだかつまらなそうな目をして僕を見ていますねぇ~。。。 僕だって、溝の話をするのは面白くないのですよ。。。 実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのです。。。



(groove03.jpg)

 

(給料は)どんなに忙しくても8万円。
だから、音楽の仕事は楽しかったけれど、不安でしたよ。
「僕は音楽で食べていくことができるんだろうか」と、いつも自問していました。

大学へ入り直して、教職課程を取って、音楽教師になることもまじめに考えたほどです。
この時期のことを僕は自分の「暗黒時代」と言っています。

その頃、よく聴いていたアルバムがあります。
アメリカのレーベル、ブルーノートに所属していたR&Bシンガー、マリーナ・ショウの『フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ?』です。

 




Street Walking Woman
You, Me, & Ethel - Dialogue (M. Shaw & B. Olson)
Composer - Marlena Shaw
Arranger - Byron Olson
Piano - Michael Lang
Bass - Chuck Rainey
Drums - Harvey Mason
Guitar - David T. Walker
Fender Rhodes Piano - Larry Nash
Congas - King Erricson
Producer - Benard Ighner
Recording Engineer - Phil Shier (assisted by Michael Bronstein)


 

当時原宿にあった輸入盤専門店「メロディハウス」で勧められて、ものすごく衝撃を受けました。
僕の好きな音楽のフレーバーがすべてミックスされていたような気がしました。
忘れられない出会いです。

その日から、数年間は毎日、おおげさではなく、本当に盤がすり切れるほど、このレコードを聴き続けました。

『フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ?』は、まず、ベーシストのチャック・レイニーとドラマーのハービー・メイスンが生むグルーヴがすさまじかった。
特に、ハービーの演奏から感じる筋肉の躍動感は、それまでに聴いたことのない音楽でした。

 

(読み易くするために改行を加えています。
赤字はデンマンが強調のため
写真はデンマン・ライブラリーより)




44-45ページ 『僕の音楽キャリア全部話します』
著者: 松任谷正隆
2016年10月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社




なるほどォ~。。。 確か、英語で groovy と言うと、「カッコいい」と言う意味ですよねぇ~。。。



その通りです。。。 でもねぇ~、残念ながら、僕の感性では、マリーナ・ショウの歌う『フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ?』は、うるさいだけで「カッコいい」とは思えなかった!

 


(gog90605c.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』


 



音楽で使われる「グルーヴ」というのは、この「カッコいい」という意味の語源になったのですか?



そうだろうと思いますよ。。。 どう考えてみても、「溝 (groove)」という意味から、その形容詞形としての「groovy」が「カッコいい」とはならないものねぇ~。。。


グルーヴ

&nbssp;


(groove04.jpg)

 

グルーヴ(groove)とは音楽用語のひとつ。形容詞はグルーヴィー(groovy)。

ある種の高揚感を指す言葉であるが、具体的な定義は決まっていない。

語源は(アナログ)レコード盤の音楽を記録した溝を指す言葉で、波、うねりの感じからジャズ、ファンク、ソウル、R&Bなどブラックミュージックの音楽・演奏に関する表現に転じた言葉である。
現在は、素晴らしい演奏を表す言葉の1つとして、ポピュラー音楽全般で用いられる。

グルーヴを構成する要素としてはリズムやテンポ、シンコペーション、アーティキュレーションなどが挙げられ、主にリズム体(ベース、ドラムス、パーカッションなど)を対象とした概念である(例:グルーヴィーなドラミング、など)。
「ノリ」(乗り)を表す言葉である。

 


(groove05.jpg)





 

ジャンルによって感じるグルーヴは様々で、グルーヴ感の会得は、演奏者にとって必要不可欠な要素のひとつである。

音楽理論でリズムの基礎を学ぶ際はまず、4/4拍子の場合は、一小節全てを占める音符を全音符と言い、その半分が二分音符、そのさらに半分が四分音符、といったように数学的に割り切れるものを拍子と考える。
多くのポピュラー音楽の4/4拍子の楽曲では、2拍目と4拍目にスネアドラムによってアクセントがおかれることが一般的だが、

例えばこの際、曲調や演奏時のノリによってスネアドラムの2、4拍目のアクセントが数学的なその位置よりも微かに前や後に置かれる事がある。
どの程度先走るか、遅らせるかは楽曲により、ジャンルにより、ミュージシャンにより、またその場の状況によって違ってくる。

遅れ方が大きいほど、ミュージシャンの間では「重い」などと表現する。
演奏家同士がアンサンブルを行う際は、お互いにこのズレを読み合ってバンドとしての「ノリ」を作り出すのである。

この2、4拍目のスネアの微妙な位置というのも、グルーヴと言う漠然とした概念の構成要素のごく一部に過ぎない。
打点のズレ、時間差だけでなく、等差でも、刻んだリズムのどこにアクセントを置くか、音の大小の違いでも、グルーヴは生まれる。
このように、数学だけでは割り切れないリズムの要素、リズムの感覚全体を指してグルーヴと呼ぶ。

日本におけるグルーヴの研究には、Kawase and Eguchi (2010)や河瀬他(2001)、河瀬他(2003)の例がある。
彼らの論文は、グルーヴの概念の総括と、グルーヴの定量的測定を、聴取実験と演奏実験を通して行っている。
以下の4点が彼らの研究の主な結果である。

1.用語としてのグルーヴは、2000年頃から広く使われ始めた。
2.日本におけるグルーヴの概念や語義を、アンケートや先行研究を元に探った。その結果、体の動きやテンポ、低音の強調、一体感などと関係していた。
3.音楽聴取の実験を通じて、グルーヴがどのような感覚と近いか調べた。その結果、関係が深かったのは「ノリ」や「一体感」、「心が弾む」「テンポが速い」「体でリズムを感じられる」などであった。
4.ドラム演奏の実験では、楽譜からの数ミリ秒程度のずれと特定のテンポによって、グルーヴが感じられるとされた。

なお、近年はグルーヴ研究が国際誌を中心に盛んに行われている。
最新の研究動向をふまえた先行研究は、グルーヴ感についての資料(論文)等に網羅されている。

 






出典: 「グルーヴ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




グルーヴ(groove)とは音楽用語としても使われるのだけれど、『ウィキペディア』にも書いてあるようにある種の高揚感を指す言葉であるが、具体的な定義は決まっていないのですよ。。。 つまり、音楽にハマっていたとしても、よく理解できないでいる人がほとんどだと思うのです。。。



デンマンさんは理解できているのですか?

感覚的に理解していますよ。。。

じゃあ、デンマンさんのグルーヴィーな音楽というのはどういうものですか?

次のようなノリのよいジャズです。。。 ジュンコさんも聴いてみてねぇ~。。。

 


(groove06.jpg)





(laugh16.gif)


【ジューンの独り言】


(bare02b.gif)

ですってぇ~。。。

あなたにもグルーヴィーな曲というのがありますか?

ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他に何か面白いことを話せ!」

あなたは、そのように わたしにご命令なさるのですか?

分かりましたわ。。。 じゃあ、面白い動画をお目にかけますわ。。。

ワンワンちゃんが人間の言葉をしゃべります!

 


(dog810.jpg)



 

ええっ。。。? 「そんな馬鹿バカしい動画など、どうでもいいから、何か他に面白い話をしろ!」

あなたは、また そのような命令口調で わたしに強要するのですか?

わかりましたわァ。。。

では、たまには日本の歴史の話も読んでみてくださいなァ。

日本の古代史にも、興味深い不思議な、面白いお話がありますわァ。

次の記事から興味があるものをお読みくださいねぇ~。。。


天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

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なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

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古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?



ところで、他にも面白い記事がたくさんあります。

興味のある方は次の記事も読んでみてくださいね。

 


(sunwind2.gif)


『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』

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『古代ローマのセックス』


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『地球上のネット普及率』

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『スカートをはいた兵隊』

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『トランプ@マラウイ』

『きれじ』

『コッペパン』

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とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)




(spacer.png+betty5de.gif)
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(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

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