行田物語 ピラミッド

 

行田物語 ピラミッド

 


(oshijo09b.jpg)


(pyramid82.jpg)


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(daibuts85.jpg)




(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。行田市に まさかピラミッドができたのではないですよねぇ~!?


(kato3.gif)

もちろん行田にピラミッドなどありません。。。 観光名所にピラミッドを作る計画もないようです。

それなのにどういうわけでピラミッドを持ち出してきたのですか?

あのねぇ~ 小百合さんは忘れてしまったかもしれないけれど、かつて僕が迷子になった道を 小百合さんが三菱の軽トラを運転して僕が助手席に乗りながら通ったことがあったのです。 その時 小百合さんが次のように言ったのですよ。

「この辺で昔、ピラミッドのようなものを

見かけたことがあるのですわァ」


そのデンマンさんが迷子になった道と言うのはいったいどの道のことですかァ?

かつて記事を書いたので、ここに書き出します。 小百合さんも読んで思い出してください。




(daibutsu7.jpg)

Subj:今日の小百合物語は

題して『思い出を食べる』でした。

読んでみてね。

ヽ(´ー`)ノキャハハハ。。。


Date: 28/03/2008 10:32:22 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間 3月29日午後2時32分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp


『思い出を食べる@麻布』




突然 ゼリーフライが食べたくて、
行田に行ってきました。

「かどや」 で食べると決めてたのに
行ったら 休みで、
どうしよう と思っても
お店の紹介してあったパンフをわすれました。


(zenifry3.gif)




地元の人はうまい店を知っているものですよ。
僕のお袋も知っているはずですよ。
電話して尋ねてみたらよかったですね。

僕の弟もうまいフライ屋で買ってくる事がありますよ。


おろおろ しながら 大長寺の橋をわたり、
人に尋ねて商工会センターの建物を見つけて 
パンフをもらい かねつき堂
という店を 探すのですが
これがまた 見つからず子供達もあきれ顔。
ちょっと 見つけずらかった


行田の町は、もともとが城下町ですからね、
道が分かりにくいように作られているのですよ。
つまり、攻め込まれて来た時に敵が道に迷うようにできていた。

明治の頃から市内の道路は、ほとんどが昔のままですよ。
舗装されたけれど、道筋(みちすじ)は昔のままのところが多いのです。

行田のフライ屋もゼリーフライ屋も、ほとんどが市内にありますからね、
本町や新町(あらまち)通りから一歩入ると、僕でも、どこだか分からなくなってしまう事がありますよ。

どうして碁盤の目のようにしないのか不思議でなりません。
2006年、帰省した時にもネットカフェの『みるみる』をつかったのですよ。

たいてい自転車で産業道路を通って『みるみる』へゆくのですが、
いつも同じ道では退屈するので、JRの行田駅から市内に向かう広い道路を使ってみたのですよ。


(gyodast03.jpg)

初めてその道路を使った。
僕が子供の頃には無かった道です。


欧米の都市のように新しい道路を碁盤の目のように造ればいいのですよ。
ところが、そうなっていないのですよね。

4車線もある道路なのに、弓なりに曲がったりしている。
夜だった事もあって、すっかり道に迷ってしまいました。
道路が妙に曲がっているので、走っているうちに方向感覚が全くなくなってしまったのですよ。
30分も自転車をこげば帰れるのに2時間以上もかかって、やっと実家にたどり着いたのですよ。


アメリカでもカナダでも北か南か東か西か走っている方向はまず間違いなく分かる。
道路標識もちゃんとしているし、どのような道にもストリート名がある。
だから、道に迷っても、教えやすいし、言われても分かりやすい。
“何ブロック行って西に曲がれば、○○○ストリートに出られる”

ところが、行田はそうではないのですよね。新しい道路なのに、
全く計画性が無く造られていて、
“この道を○○店まで行って右に曲がって。。。”
こういう教え方をする。

しかし、夜だから、店は閉まっていて分からない。
意外に街灯が少ないのですよね。
ほぼ真っ暗です。

急に外国に来たような気分になってしまいましたよ。
うへへへへ。。。

生まれ育った町で迷子になろうとは夢にも思っていませんでした。
それほど、道路が無計画に作られている!




『思い出のフライ』
(2008年3月31日)




そうです。。。 そうです。。。 もう10年ほども前になるのですわねぇ~。。。 思い出しましたわァ。。。



僕は、その時 小百合さんに言ったものですよ。

「小百合さんがいつ行田にやって来たか

知らないけれど、この道は僕が子供の頃は

なかったのですよ。

JR行田駅ができたので

造られた道なのだから…

僕が迷子になったくらいだから

それは確かです。」


そうでしたわ。 デンマンさんは私の話を全て否定したのですわァ。 確かに私が見たのはずいぶん昔のことでしたわァ。 館林の女子校を卒業して初めて就いた仕事が広告代理店の営業で、出来上がったチラシを行田のお客様の所へ届けに行った途中で見たのですもの。。。

でも、小百合さんがピラミッドのようなモノと言ったので、僕にはすぐに思い当たるモノがあった。 清善寺の無縁塚ですよ。。。


新兵衛地蔵尊


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昭和7年5月8日、清善寺無縁塚の上に、新兵衛地蔵尊が開眼供養された。
早いもので48周年を迎える。

大正13年5月に、大澤龍次郎翁が亡父13年忌供養に丈余の無縁塔を建立し、成田家、阿部家家臣の天文年間より天保年間300年の香煙絶えて久しき無縁の精霊を慰め供養し、次いで無縁の墓石を集め無縁塚としたのは昭和6年である。

今でこそ無縁塚を建立するのは珍しくないが---今の無縁塚は、無縁の墓が多く邪魔なので片付ける為に塚にしたというのが多い---初め立派な供養塔を建て8年間供養してから、これらを集め塚としたという仏心による無縁塚建立という例は、全国でも例をみない本当の無縁塚であろう。

そして無縁を慰める菩薩は地蔵尊しかない。
幸いに、父新兵衛が念持していた地蔵を拡大鋳造して安置して、相州大雄山最乗寺山主大石観法老師によって新兵衛地蔵尊と名付け開眼されたことは仏道にのっとり、無縁の精霊の供養に範とする処で、新兵衛地蔵尊の真意はここにあることを強調したい。


(shinpei03.jpg)

昭和7年頃の清善寺を想い出して貰いたい。
今の赤門は、大沢証券の前にあって、左側には大きな樹が昼なお暗く繁り今の城東会館の処は、田と沼で、朽ちた鐘楼が見え、今の道の上に愛染堂があり茶畑にかこまれていた。
夜は墓地に人魂が飛ぶといわれた程さびしいというよりこわい古刹だった。

名誉市民 大澤龍次郎翁は郷土発展の為に数え切れない程 たくさんな施策をしたが、その中で特記すべき一つに地味ではあるが、大事業であった、今の天満から内行田に抜ける道を拓いたことをあげることが出来よう。

昭和7年 新兵衛地蔵尊開眼、その東の延命苑の造園、新兵衛地蔵尊通りの開通の着手、そして西條八十詩 中山晋平作曲、勝太郎の吹込の『行田音頭』レコードと、東京より直通列車による地蔵講参拝団の来訪と、昭和初期の大不景気のさ中に、行田では華々しさを物語っている。
5月8日の新兵衛地蔵尊の祭日は、参拝後、水城公園に廻って行田音頭の記念碑でもみて、あなたの頭の中に40数年前のタイムカプセルを浮べて下さい。


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   『行田音頭』



(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




239-241ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社




そうです。。。 そうです。。。 デンマンさんがわざわざこの場所へ連れて行って見せてくれたのですわァ。。。 でも私は、これと同じようなピラミッドを確かにデンマンさんが迷子になった道で見たのですわァ。。。



ここ以外に小百合さんが言うピラミッドのようなモノは絶対にない!と云う事を示すために僕は小百合さんを連れて行ったのですよ。

でも。。。、でも。。。、私は見たのですわァ。。。

だってぇ~、僕が迷子になった道は 小百合さんが通ったという時にはなかったのだから。。。 そう言っても小百合さんは同じことを繰り返して言うのですよねぇ~... 清善寺とは違う所でピラミッド型の無縁冢を確かに見たと。。。

だってぇ私は確かに見たのですわァ。 夢ではありませんでしたァ。

それで、去年の秋でした。 僕が行田に帰省した時に、小百合さんが行田の古代米カレーが食べたいということで行田駅のすぐ近くのCafe Cozyへ行ったのですよ。


(cafecozy01.jpg)


(cafecozy02.jpg)

『古代米カレー』



Cafe Cozy はシャレた店だったですわねぇ~。。。



残念ながら古代米がきれていたので白いご飯だったけれど一応満足しました。。。 その帰りに市内に向かう途中で小百合さんが道端にある藁屋根の古い民家に気付いて、ちょっと見てみようということになって車から降りたのですよ。


(boroya02.jpg)



見かけよりもかなりボロだった。



そしたら、私は見覚えのある風景に出くわしたのですわァ。。。この辺に来たことがあることをはっきりと思い出したのです。。。 それで思い出を手繰り寄せながら歩いて行ったら お寺があって見覚えのあるピラミッド型の無縁塚が現れたのですわァ。。。


(josho02.jpg)


(gyodamap90.png)

『拡大する』



僕も、この時ばかりはエジプトのピラミッドが現れたのではないか!?。。。と思ったくらいに唖然としましたよ!



デンマンさんが、そんな道はない!。。。と自信を持っ言ったので私は思い違いだと考えたほどでした。。。 でも、心のどこかに確かに見たという思いがあったのですわ。。。

考えてみたら僕は無縁塚があるこのお寺を初めて見たのですよ。。。 そもそも、子供の頃、この辺に来たことがなかった。


成正寺


(josho01.jpg)

 

成正寺(じょうじょうじ)は、埼玉県行田市にある

浄土真宗本願寺派の寺院である。

文政6年(1823年)、桑名(三重県)から

忍(現在の行田市)に移封した

松平忠堯の家老、加藤大炊が、

浄土真宗本願寺派の寺院が無いことに気づき、

築地本願寺(本願寺の別院)の出張道場として

開基に賢随を迎え建立したという。

 


(josho02.jpg)




出典: 「成正寺 (行田市)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




つまり、もともと細い道路があったのですわよ。。。 JR行田駅ができたので道路を広げて駅まで延ばしたのですわ。



僕も、こうして改めて成正寺の無縁塚を見ると、僕が子供の頃にも細い道路があったのだと納得することができました。

要するに、この事を言うために“行田物語 ピラミッド”というタイトルを付けて私を呼び出したのですか?

いや、そればかりじゃありません。。。 ちょっと次の小文を読んで見てください。。。


13歳の少女と「武士」の出会い


(kiyomasa.gif)

旅の始まりで『更級日記』にふれます。
父の任地である東国で生まれた13歳の少女が、任期が満ちて京に帰る父に連れられて草深い武蔵野国を通ったのは寛仁四(1020)年のことでした。
たまたま望見した名も知らぬ人物について書き記します。

「馬に騎りて弓持(もち)たる」人物についてです。
広々とした空の下、馬に乗った武人はやがて草むらに消えて行きます。
点景のように草原に現れたこの人物のことを彼女が書きとどめたのは、よほどそのときの光景があざやかだったからに違いありません。
さりげなく書かれたこの一節が司馬さんの記憶に止まります。
そしてその時代から一挙に時間を360年ほど溯(さかのぼ)ります。

それより360年前の西暦663年。
朝鮮半島。
百済(くだら)が滅亡の危機に瀕(ひん)していました。
百済の救援に向かった約二万七千の日本軍は白村江(はくすきのえ)の海戦で大敗北。敗戦の混乱の中で多くの百済遺民を伴って帰国します。
百済人は長年、ツングース系の高句麗騎兵と戦っており、騎射に長じていました。
司馬さんの想像力は、少女が見た「馬に騎りて弓持たる」人物が、土着人と混血した360年後の百済人の子孫ではないかと見るのです。当時、武蔵野には二千余人の百済人が移住し、土着しました。
そして、中国的な国家の「かたち」である律令制を倒し、1192年に鎌倉幕府という日本的な政権を作った新興勢力である坂東(ばんどう)武士団とは、この人たちの後裔(こうえい)ではないかと考えるのです。


「この集団が、日本史上、われわれが誇る、最も典型的な日本人集団とされる坂東武者に変わってゆくことを思うと、東アジアの人間の交流や、文化の発生にかぎりないおもしろさを覚える。」(『街道をゆく』1)


日本人の原型体質とは、坂東武士団の中から結晶のように煮詰って現われ出た生き方であり、その広がりはアジア的スケールを持っていたかもしれないのです。
かれら坂東武士団のモラルこそ、「名こそ惜しけれ」でした。「坂東」とは箱根の東ということです。




(84-87ページ) 『司馬遼太郎の「武士道」』
著者・石原靖久 発行・平凡社
2004年8月25日 初版第一刷発行



『セレブと碓氷峠』より
 (2008年9月7日)


 




司馬さんが『街道をゆく 1』の中で言っているように、僕も「東アジアの人間の交流や、文化の発生にかぎりないおもしろさを覚える」のですよう。



でも、小百合さんがどのように関わってくるのでござ~♪~ますか?

実は、小百合さんの祖先も僕の祖先と一緒に百済からやって来たのですよう。ちょっと読んでみてください。


デンマンの祖先は百済からやって来た


(oshi1.jpg)

 



僕の家は徳川時代には忍城下で“木のくりもの屋”をしていた。僕の祖父の代までこれが続いて、大正時代に作品の品評会があって、これに出品して埼玉県知事からもらった2等賞の賞状が家宝のようにして2階の床の間に飾ってありましたよう。つまり、僕の祖父は腕のいい木工職人だったのですよう。家にも祖父が作ったと言う置物がたくさんありました。僕のオヤジが行田市の博物館にすべて寄付したようです。



それで徳川以前はどうだったのでござ~♪~ますか?

後北条氏に仕えていた騎馬武者だった。つまり、『更級日記』の作者が見たと言う騎馬武者の末裔(まつえい)だったのですよう。

つうことわあぁ~。。。デンマンさんの遠い祖先は百済から逃げてきた難民だったのでござ~♪~ますわね?

難民と言うと響きは悪いけれど、唐と新羅の連合軍と戦った騎馬隊の一員だった訳ですよう。

それで、戦いに負けて百済の国が滅びてしまったので仕方なしに日本へ逃れて来たと言うことでござ~♪~ますか?

そう言う事ですよう。

。。。んで、デンマンさんのご実家には家系図が残っているのですか?

そんなモノは残っていませんよう。

。。。んで。。。、んで。。。、どうして上のような事を、さも史実のように言うことができるのでござ~♪~ますか?

僕の体の中にある DNA に僕の祖先から伝わっている遺伝子が刻み込まれているからですよう。

その。。。その遺伝子って。。。いったい、どういうモノでござ~♪~ますか?

“海外飛躍遺伝子”ですよう。うしししし。。。

つまり、デンマンさんの遠い祖先は戦い敗れて百済から“海外”である日本へ渡ってきた。それから、京都に下って行ったけれど、生活の糧を得るためには畑仕事でもして食料を得なければならない。でも、近畿地方には土地がないので開拓団に入って関東まで落ちていったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、結局、後北条氏に仕えたけれど、秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅びると、騎馬武者から“くりもの屋”になって忍城下でお店を開いたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。

。。。んで、その“くりもの屋”が大正時代まで続いて、デンマンさんの代になると、1400年近く眠っていた“海外飛躍遺伝子”が眠りから覚めて、デンマンさんは34カ国を放浪した末に、カナダに安住の地を求めて定住した、と言う訳でござ~♪~ますか?

全く、その通りですよう。。。うしししし。。。どうですか?。。。これが、僕のつむぎだした壮大な叙事詩ですよう。




『セレブと碓氷峠 (2008年9月7日)』より




。。。んで、小百合さんの祖先も百済からやって来て武蔵国に定住したのでござ~♪~ますか?



そうですよう。 おそらく、百済から当時の平城京(現在の奈良市)に行ったけれど、土地があまりなさそうなので開拓団に加わって一緒に武蔵国まで行ったのですよう。

どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?

小百合さんの実家は館林にあるのですよう。 僕の実家から車で20分から30分ですよう。 目と鼻の先ですよう。

そのような近くに住んでいたのにデンマンさんは日本で小百合さんにお会いした事は無かったのでござ~♪~ますか?

不思議な事に小百合さんと僕が初めて出会ったのはカナダのバーナビー市で小百合さんが13年間借りていた“山の家”だったのですよう。


(burnamap2.gif)

バーナビー市というのはバンクーバー市の東隣にある町です。上の地図の赤い正方形で示した部分を拡大すると次のようになります。


(burnamap3.gif)

この地図の Deer Lake (鹿の湖)の畔(ほとり)に小百合さんが借りていた“山の家”があるのですよう。


(deerlak3.jpg)


(house22.jpg)


(house23.jpg)



この家でデンマンさんは10数年前に小百合さんと初めてお会いになったのでござ~♪~ますか?



そうですよう。 次のように小百合さんの“山の家”の応接間で会ったのですよう。


(room007.jpg)



これって、またデンマンさんがコラージュしてでっち上げたのでござ~♪~ますわね?



確かに、上の写真は僕がでっち上げたのだけれど、現実でもねぇ、僕は、こうやって小百合さんと会ったのですよう。

でも、どうして小百合さんの祖先とデンマンさんの祖先が一緒に百済からやって来たと分かるのですか?

小百合さんの DNA にも“海外飛躍遺伝子”が焼きついているのですよう。僕と同じようにして、その DNAの飛躍遺伝子が1400年の眠りから覚めて、小百合さんは佐野からカナダのバーナビーに渡ったわけですよう。 そして僕と“山の家”で出会ったのですよう。

ただ、それだけの事でござ~♪~ますでしょう?

ただ、それだけじゃないですよう。ちょっとジューンさんの言ったことを思い出してくださいよう。



(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

袖触れ合うも他生の縁

(そでふれあうもたしょうのえん)

聞いたことがあるでしょう?

なかなか味わいのある諺ですよね。

袖が触れ合うようなちょっとしたことも、

前世からの深い因縁によって

起こるものである、と言う事です。

わたしは、初め、“袖触れ合うも多少の縁”

だと思ったのですわ。うふふふふ。。。

つまり、袖が触れ合ったのは、

全く偶然ではなくて、少しは

そうなる運命にあったのよう。。。

私は、そのように思い込んでいたのです。

でも、「多少」じゃなく「他生」だと。。。

「他生」というのは「前世」の事だと、

デンマンさんに教わったのですわ。

調べてみたら、「他生」とは

「前世」と「来世」の事を言うのですって。

上の諺では、文脈から「前世」となる訳ですよね。

この世の事は「今生(こんじょう)」と言うのです。

そう言えば「今生の別れ」と言う語句を

何度か耳にしたことがありました。

仏教の輪廻(りんね)と関係のある諺なのでしょうね。

わたしは英語ではこの諺は無いと思っていたのですけれど、

調べてみたら、次のようなものがありましたわ。

A chance acquaintance is a divine ordinance.

Even a chance meeting is

due to the karma in previous life.


つまり、「偶然の出会いは神の定め」と言う事なのです。

多分、日本の諺を英訳したのでしょうね。

カナダでは耳にしたことがありませんわ。


(miroku3.jpg)

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



(june96.gif)




『出会い系の悪魔』より
 (2008年9月10日)




僕と小百合さんの出会いは、偶然の出会いのように見えて偶然ではないのですよう。 つまり、小百合さんと僕に共通するモノが実にたくさんあるのですよう。



“海外飛躍遺伝子”でござ~♪~ますか?

それも一つですよう。 まず、車で30分も走れば会える距離に住んでいたのに、僕と小百合さんが初めて出会ったのは、何千キロも離れたバーナビーだった。 僕の祖先と小百合さんの祖先が1400年程前に百済から日本に一緒に渡ってきた事が分かるような気がしますよう。 小百合さんの祖先の娘は、やがて武蔵国から現在の栃木県の栗山村へ嫁にゆき、上の昔話を伝える事になったのですよう。 どうですか?

確かに、そのような可能性があったかもしれませんわ。 だってぇ~、デンマンさんの祖先の中には、きっとお話に出てくるような「ばか息子」が居たでしょうからねぇ~。。。 うしししし。。。

一人ぐらい変わり者が居たかもしれませんよう。。。 とにかく、このように見てゆくと、すべての話がここで丸く収まるのですよう。 卑弥子さんも、そう思いませんか?




『愛とロマンと昔話』より
(2008年9月11日)




車で30分も走れば会える距離に住んでいたのに、僕と小百合さんが初めて出会ったのは、何千キロも離れたバーナビーだったのですよ。。。 でもねぇ~考えてみたら小百合さんと行田は、僕とバーナビーで会う前から どこかでつながっていたのですよ。



要するに、デンマンさんと私は昔から見えない赤い糸で結ばれていたと言いたいのですわねぇ~。。。

いや。。。 僕は言ってませんよ。。。 小百合さんは、そう思うのですかァ?

デンマンさんがそう言うように仕向けているのですわァ~。。。

小百合さんが先に言ってくれたので僕は助かりましたよ。 (微笑)

デンマンさん。。。、こういう個人的なお話は読んでいるネット市民の皆様を白けしらけさせるのですわァ。。。 ホー厶・ムービを見せられたような気分になってウンザリするのです。。。 恐らく、もう他のブログへ飛んでいますわァ~。。。

そうでしょうかァ?

当たり前ですわァ。。。 んもおおおォ~。。。



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

そうですわよねぇ~~

あなたも半ば白けたでしょう?

では、ここであなたの気分を爽快にするために次の曲を聴いてくださいまし。。。


(whitecliff.jpg)



いかがでしたかァ~。。。?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)



(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』


では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



(ebay5.jpg)


(byebye.gif)
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富沢金山の桜


 

富沢金山の桜

 


(mikamine01.jpg)




(mikaminemap.png)

『拡大する』


(himiko92.jpg)




(himiko22b.gif)

あらっ。。。 デンマンさんは学生時代に仙台の桜の名所の近くに下宿していたのでござ~ますかァ~?


(kato3.gif)

そうなのですよ。。。 もうずいぶん昔のことです。。。 当時の住所で仙台市富沢金山45 勤栄荘という玄人下宿でした。。。 今では宮城県仙台市太白区三神峯 となっているようです。。。

つまり、“富沢金山の桜”というのは、実は、三神峰公園の桜のことなのですねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 三神峰公園というのは僕の学生時代からあった名前だけれど、富沢金山という地区名が僕のオツムに刻み込まれていて、ネットで見かけるまで“三神峰山”をど忘れしていましたよ。。。

。。。で、どうして急に“富沢金山の桜”を取り上げる気になったのでござ~ますかァ~?

あのねぇ~、次の記事に中原明さんが4月19日にコメントを書いてくれたのです。。。

2017年4月19日 Denman Blog に投稿した『白石川の桜』
(wp70419e.png)


『拡大する』

『実際のコメント』




(masuo01c.jpg)

中原明 Says:

2017年4月19日 3:16 AM | 返信する 編集

ブログ愛読者です。

いつも興味津々て熟読しています。

学生時代、6年間仙台で過ごされたそうで、当方仙台に52住んでおり、より親近感を覚えます。

柴田町船岡には菊人形祭りで行きました。

佐久間良子さんの元夫・平幹二朗さんの出世作「樅ノ木は残った」は少しだけですが視聴しました。

 


(mominomi2.jpg)
 


 

平幹二朗さん、2016年に亡くなられているのですね。

最後まで俳優として活躍されました。

以下、些細な指摘で申し訳ありません。


1970(昭和40)年 → 昭和45年

柴田町は、1970(昭和40)年のNHKの大河ドラマ『樅ノ木は残った』で注目を浴びた







denman705 Says:

2017年4月20日 10:48 AM | 返信する 編集

 

中原さん、コメントありがとうございます。
私のブログにはコメントがつかないのですよ。。。(モナリザの苦笑)
よほどの馬鹿なコメントスパマーか?
ミーハーとは対照的な教養豊かで誠実な人物か?
そのどちらかです!
中原さんはもちろん後者です。。。(モナリザの微笑)

些細なことで結構ですよ。。。
ブログを読んでもらえたということの証拠ですから。。。(モナリザの満足した笑い)

そうです。。 1970年は確かに昭和45年です!
完全に見落としておりました。

どんなに忙しくても投稿する前には最低でも3度読み直すのです。
しかし、この記事では見落としていたようです。。。

人間は完璧にはなれない証拠ですね!
でも、私は完璧な人間になろうと努力していますが。。。 (モナリザの爆笑)


(monalaugh.jpg)

中原さんは仙台に52年住んでいるのですか!?
私にとって仙台は第3のふるさとです。。。

第1がもちろん生まれて18歳まで育った埼玉県の行田市です。。。
第2がカナダのバンクーバーです。
すでに30年近くバンクーバーで暮らしています。

仙台には行田市に帰省するたびに 時たま訪れています。
地下鉄の東西線ができて青葉山まで伸びてずいぶんと便利になったようですね。。。
今度仙台を訪れたら、ぜひ地下鉄に乗ってみたいと思います。

 


(sendaiew.jpg)



 

私は仙台市の南部 富沢金山に下宿していました。
工学部に通うようになってから、バスで金山から青葉山までは乗り継ぎで ずいぶんと時間がかかったものです。。。

現在の学生は地下鉄ができて、ルンルン気分で通えるようになったことでしょう!
今から思えば、ずいぶんと昔になりました。。。

中原さんも仙台の暮らしを満喫してください。
間違いに気づきましたら、またコメントを。。。
では。。。


(hand.gif)




『白石川の桜』のコメント欄より
(2017年4月19日)




中原明さんは親切な方なのですわねぇ~。。。 デンマンさんの記事にはコメントスパマーが愚かなコメントを書く以外は、めったに まともなコメントがつかないのですよねぇ~。。。



そうなのですよ。。。 中原明さんは わざわざ僕のミスを指摘してくれたのです。。。

でも。。。、でも。。。、これってぇ、自作自演ではないですよねぇ~。。。

卑弥子さん! あまり馬鹿げた事を言わないでくださいよ。。。 どうして僕が自作自演までして、中原明さんに成りすましてコメントを書かねばならないのですかァ!?

だってぇ~、これまでにも、そういう愚か者が結構いましたわァ~。。。

確かに、そういう底抜けの愚か者がいました。。。 例えば、友成隼! 自作自演でコメントを2000以上も書き込んだ!


(uncle006.gif)

自作自演でネット市民の皆様を

騙そうとする友成隼に

騙されないように!



(tomonari4.jpg)

『自作自演 友成隼』



あのねぇ~、僕は こうして自作自演でネット市民の皆様を騙そうとする友成隼を晒しているのですよ! その僕が中原明さんに成りすましてコメントを書くはずがないでしょう!! 卑弥子さんが 納得するように その証拠を見せますから、しっかりと見てください。

中原明さんのIPアドレス 仙台市に住んでいる
(ip84240b.png)

『拡大する』



でも。。、でも。。。、どうして IPアドレスの中にアスタリスクが3つ入っているのでござ~ますか?



あのねぇ~、中原明さんのIPアドレスをすべて明らかにすると、悪い奴がいて 中原さんのパソコンに不正アクセスするかもしれないので、最後の3桁をアスタリスクで伏せたのですよ。。。

そのような悪い事をする人がいるのでござ~ますかァ?

それがいるのです。。。 かつて僕のパソコンにも不正アクセスして、僕のパソコンからスパムメールをバラ撒いた愚か者がいたのですよ。。。

マジで。。。?

だから、中原明さんのIPアドレスを特定できないようにしたのです。。。

ところで、いつもならば、コメントをもらって、デンマンさんがキレて暴言を吐くのですけれど、今回は素直に感謝したのでござ~ますかァ~?

当然でしょう!。。。 僕のミスを指摘してくれたことは、とってもありがたいことですよ。。。

それほどありがたいことでござ~ますかァ?

あのねぇ~、僕も たまには他のブロガーが書いた記事を読むことがありますよ。。。 すると、当て字や誤字が目につくことがあります。。。

。。。で、デンマンさんも そういう時にはコメントを書いて間違いを指摘するのでござ~ますか?

いや。。。 これまでに、そういうことをしたことがない。。。

どうしてでござ~ますかァ?

面倒くさいし、時間がもったいない。。。 他人の記事の当て字や誤字についてコメントを書く時間があったら、自分の記事の文章を考えますよ。。。 だから、中原明さんが親切に僕の間違いを指摘してくれたということは、ただ単に時間を割いてコメントを書いてくれた事に対して感謝する他に、僕の記事をじっくりと読んでくれたという証拠でもありますからねぇ。。。 本当にありがたいことですよ。。。

つまり、わざわざこの事を言うために、今日の記事を書こうと思い立ったのですかァ~?

もちろん、そればかりではありません。。。 実は、7年前に 卑弥子さんと吹上温泉へ行った時のことを『仙台市富沢金山に住んで…』というタイトルで記事を書いたことを思い出したのですよ。。。

あらっ。。。 マジで。。。?

卑弥子さんは きっと忘れていると思うので ここに貼り出します。。。 ちょっと読んでみてください。。。


仙台市富沢金山に住んで…

 

落ちる人が死んでから

乗ってけーさい


 


(fukiage7.jpg)

 

どうですか?
あなたも温泉につかって
さっぱりして、身も心も癒されたいと思いませんか?
上の写真は滝つぼで泳いでいる訳ではないのですよ。

これ、温泉なんです。
自然のお湯が流れているのですよ。
驚きでしょう?
ちょっと温(ぬる)めですけれどね。。。

でも、立派な露天風呂です。
宮城県鬼首(おにこうべ)温泉郷、吹上温泉の旅館峯雲閣にある湯滝です。
男女混浴の露天風呂なんですよ。

仙台からそう遠くありません。
宮城県大崎市にあります。
鳴子温泉郷とも呼ばれます。
陸羽東線鳴子温泉駅よりバスで約30分で着きます。

この温泉については次の記事で書きました。

■ 『七夕の起こりって? (2007年7月7日)』

興味があったら読んでみてください。

でも、仙台と聞いてすぐに思い浮かぶのは松島でしょうね。

“松島や ああ松島や 松島や”


(matsu2.jpg)

 

松島湾内外にある大小260余りの小さな島が奇妙な形を見せてあなたの目を楽しませてくれるのですよ。
日本三景の1つだから、あなただって名前だけは聞いたことがあるでしょう?
芭蕉もこの地を訪れたのですよ。

あまりにも素晴しい景色を前にして芭蕉は俳句が浮かんでこない。
それで、思い余ってその感激を上の句として書いたということを僕は中学校の国語の時間に聞いた覚えがあるのですよ。


(matsu-map2.gif)


(niou3.jpg)

     仁王島

 

でもね、上の俳句は芭蕉が作ったのではないらしいのですよ。
実は、僕もこの記事を書く前まで知らなかったのですよ。
でも、念のために調べたら次のように書いてあるじゃないですか!

 



(basho3.jpg)

 

松尾芭蕉が『奥の細道』で松島を訪れた際に、あまりに絶景なので句が浮かばず、
「松島やああ松島や松島や」と詠んだという逸話があるが、
この川柳は後世の狂歌師田原坊の作で、芭蕉の作ではないとされる。

ただし、その場で句が思い浮かばなかったのは事実らしく、
『奥の細道』には、同行した弟子の河合曾良の次の句が掲載されている。

「松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」

また別の説では、句は詠んだが景色に釣り合うよいものができなかったともいわれる。

アインシュタインが訪れた際に同行者に次のように言ったと伝えられている。

「どんな名工の技も、この美しさを残すことはできない」




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


僕も松島へ行きました。
初めて行ったのはもう20年以上も前ですよ。
JRではなく国鉄時代の仙石線で仙台から松島海岸駅まで行ったのですよ。

僕が驚いたのは車掌さんが車内のマイク放送で松島案内をするのですよ。
テープじゃなくて生の声です。
その案内が終わると、なんと『松島音頭』を歌ったのですよ。
バスガイドじゃあるまいし。。。

でも、僕には楽しい驚きでした。

 

“ところ変われば品変わる”

 

バスガイドでも観光ガイドでもないのに国鉄の車掌さんが車内のマイクを使って『松島音頭』を歌う。
50才ぐらいの男の声でした。
決して歌がうまい訳ではない。
でも歌い慣れているのを感じました。
しかし、NHKの喉自慢に出ても合格の鐘はならなかったでしょうね。
ただし、そのサービス精神の旺盛な事には驚かされました。

僕も旅行が好きですから、日本のあちらこちらを旅行しましたが、
国鉄の車掌さんが車内のマイクを使って歌うのを聞いたのは、それが初めてで最後でしたね。

ところで、『松島音頭』の歌詞を調べたら、なんと北原白秋が書いたのですよ。
作曲が山田耕筰です。
知りませんでしたね。

 


松島音頭 北原白秋


(5daidou.jpg)

 

松は松しま、

磯馴の松の

松のねかたに、桔梗が咲いた。

  見たよ、見ました、

      一もと桔梗。

  や、ほうれ、ほうい

   舟ばたたゝいて

  や、ほうれ、ほうい。





『d-score 楽譜 - 松島音頭』より


松島と仙台は僕にとって日本での第2のふるさとです。
だから思い出の多いところです。
でも、最も強烈に思い出されるのはタイトルに書いた言葉ですよ。

松島を初めて訪れたのはちょうど夏の観光シーズンだったのです。
混んでいたのですね。
松島海岸駅に着いたら駅員さんが叫んでいたのですよ。

“落ちる人が死(スィ)んでから乗ってけーさい”

驚きましたよ。
一体、何事が起こったのか?
どうして、物騒な事を言うのだろうか!?

僕にはそのように聞こえたのですよ。うしししし。。。

でもね、これは仙台弁(宮城弁)なんですよねぇ~。

僕は仙台市富沢金山という地区に住んでいました。
政令都市100万の仙台市ができる前の住所です。
僕が住んでいた近所の人も仙台弁丸出しで話していましたよ。

でも、松島海岸駅の駅員さんは、かなり東北弁の訛(なまり)が強い人でした。

“降りる人が済んでから乗ってください”

標準語でならば、このように言うつもりだったのですよ。


(foolw.gif)

あなたもぜひ一度日本三景の一つ、松島を訪ねてくださいね。

楽しい思い出がたくさんできるかもしれませんよ。

じゃあ、あなたも日本のすばらしいさを

満喫してくださいね。

Have a nice trip!




『仙台市富沢金山に住んで…』より
(2010年5月17日)




あらっ。。。 吹上温泉の思い出が鮮やかに蘇(よみがえ)ってまいりましたわァ~。。。 うふふふふふふ。。。 今年の秋には、あたくしもデンマンさんのお供をして 仙台の地下鉄東西線に乗って青葉山に行きたいと思います。



あれっ。。。 卑弥子さんは「源氏物語学会」で発表があって忙しいではありませんかァ~?

デンマンさんのためならば、学会の発表など後回しにしてもかまいませんわァ。。。

卑弥子さん! それはいけませんよ! 卑弥子さんの将来がかかっていますから。。。 卑弥子さんが京都の女子大学でいつまでも橘卑弥子・准教授にとどまっているのは、僕のお相手をしてブログに出ているからだというもっぱらの噂ですよ! 卑弥子さんは もう教授になっていても当然なんだから。。。

あらっ。。。 マジで そのような噂がネットで飛び回っているのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。 ネットでは次のような卑弥子さんを誹謗・中傷する“未婚の母”の写真までが出回っているのですよ!


(preg12.jpg)



あらっ。。。 あたくしの教え子の中に このようなことをする腐女子がいるのですわよう。



だから、卑弥子さんも少しは 世間体を考えた方がいいですよ。。。

つまり、デンマンさんのお供をして仙台へ行くのはいけないのでござ~ますかァ?

ネットで このように公言したら 卑弥子さんを貶(おとし)めようとする腐女子たちが 更にヤ~らしい写真をネットにアップしますよ。。。 だから、今年の秋は京都での源氏物語学会のために万全の準備をしてくださいねぇ~。。。

分かりましたわァ。。。 デンマンさんが それほどあたくしのために心配してくださるのであのなら、あえて同伴しようとは思いませんわァ~。。。



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

そうですよねぇ~。。。 振り返ってみると小保方晴子さんも不倫旅行した?とか しない?とかで 2ちゃんねるでもりあがったのですわ。。。


NEWS まとめもりー


(netsuzo4.jpg)

『拡大する』

7: キチンシンク(家)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:00:43.62 ID:oEx+wvIF0.net

小保方と楽しい出張を55回もできたんだから本望だろ




22: スパイダージャーマン(東日本)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:12:33.42 ID:1fwlTm/C0.net

>>7
ほんこれ。
5回ぐらい俺にも分けて欲しい。




71: アイアンクロー(大阪府)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 23:58:28.39 ID:PzIENwHg0.net

>>22
逆に考えるのだ。
よくもまあ55回も。
君を含めて常人は相手があれなら5回で十分飽きるよ。
惜しまれる人は違うなと感心した。


税金使ったことが後ろめたかったんだろうな。
予算を獲得するのがうまい人は、税金をうまく使う天才なのだな。
策士策にオボ(小保)れるなり。




8: 毒霧(WiMAX)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:01:56.38 ID:TobRj+eG0.net

生きていれば今後明らかになる不名誉な事実、死ぬ事で有耶無耶になり、オボちゃんも守った。

仮にオボちゃんであれば、捏造の真相究明は止まらなかった。

自殺が最高最速最良の問題解決手段になった事を恥じるべきだは。




195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44

※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。

小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
  意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと


事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。

デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。

 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること

存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ

最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?




201. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 01:24

>>195
同感です。小保方のSTAP細胞の捏造について、異議があるのならさっさと証拠なり、しっかりと説明責任を果たせば良かった。
笹井さんも不倫も、公費流用も、全くの事実無根なら、さっさと名誉毀損で訴えたり、証拠をあげるなり、反論して堂々としてれば良かった。
やましいところがあったから小保方も笹井さんも説明責任と証拠提出責任をちゃんと果たせなかった。

実験に失敗したら小保方が真っ先に処分や責任追求を受けるのは当然だろう。
そして、笹井さんの研究者としての人生も非常に厳しいものになるのは明らか。

おまけに処分を連帯して受けるとともに、不適切な関係がまたクローズアップして家族は大打撃を受ける。

笹井さんにとっては、小保方の捏造だとわかっていたから、実験は失敗に終わると確信して、
それによる自分自身の最悪な結末も確信してたから、
実験結果も見ずに自ら命を断ったのだろう。

擁護派は、日本中、世界中の科学者の意見やSTAP細胞についての批判に全く反論や意見なんか言ってませんから。
最初から科学に関わろうとしないで、信じるか信じないの宗教レベルに過ぎません。

小保方は200回以上成功したにも関わらず今まで、客観的なまともな証拠やサンプルらしいもの出したでしょうか?笑。
それにも関わらず、小保方の言うことを信じるのは、非科学的、宗教レベルか工作員レベルに決まってますよね!
国民の大半は皆さん同じ意見なんで大丈夫だと思います。
まともな意見共感しましたよ!


(netsuzo5.png)


(furin007.jpg)

195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44

※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。

小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
 意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと


事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。

デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。

 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること

存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ

最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?


あたくしも このように2ちゃんねるで話題にされないように 学会の発表のためにデンマンさんと仙台旅行するのは控えたいと思います。

2ちゃんねるの悪ガキさんたちは、あたくしの言うことを信じて 絶対に 2ちゃんねるで あたくしを祭りあげなでくださいませぇ~。。。

うふふふふふふ。。。

話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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(surfing9.gif)



(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』



軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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(byebye.gif)

北海道に無いものは

 

北海道に無いものは?

 


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こんにちは。ベティーです。
お元気ですか?
今日は気分転換にちょっとしたクイズをだしますね。

他の都府県の住宅と比べて、
北海道の住宅では、
あまり見られないものは次のうち、どれでしょうか?


1) 玄関や門にある郵便受け

2) 一般的な三角形の屋根

3) 屋外のテレビアンテナ

4) 洗濯物などを干すベランダ

5) キッチンの窓


さあ、このうちのどれが、北海道ではもっとも見ることができないモノでしょうか?

北海道にお住まいの方ならばきっと分かると思いますが。。。

あなたは、いかがですか?


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正解は 2番です。
一般的な三角形の屋根です。

北海道の住宅には“三角形の屋根”がないの?

ちょっと不思議に思うかもしれませんが、
本州の西部や九州や四国と比べると、
“三角形の屋根”が圧倒的に少ないのです。

なぜ?

それには北の大地ならではの理由があります。
普通の三角屋根の場合、除雪作業が必要です。
しかも、すごい雪の量なので、落雪の危険や除雪した雪の置き場に困ったりします。
また、ご近所とのトラブルにもなりかねません。

そこで登場したのが“無落雪屋根”と呼ばれる平らな金属屋根です。
基本的に屋根の雪はそのまま。
屋根中央のダクトに向けて僅かなM字の傾斜があり、融けた雪がそのダクトから流れ出るという仕組みです。

住宅の多い市街地に多いそうです。
北海道では、子どもたちが描く家の絵も四角いのかも。。。



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あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
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『卑弥子の源氏物語』

『平成の紫式部』

■ めれんげさんの『即興の詩』

■ めれんげさんの『極私的詩集』


(snowboard.jpg)

■ 『あなたも北海道へ! お得で役立つトラベル ガイド』

■ 『今すぐに役立つホットな情報を集めたサイト』


(creditx.gif)

■ 『あなたのための クレジット カード ガイド』


(atmvend.jpg)

■ 『あなたのための ローン ガイド』


(house03.gif)

■ 『住宅ローン・ビジネスローン ガイド』


(linger57.jpg)

■ 『きれいになったと感じさせる下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『笑って楽しんで幸せになれるサイト』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

■ 『笑って楽しめる 私版・対訳 慣用句・熟語辞典』

■ 『辞書にのってない英語スラング』

■ 『オンライン自動翻訳利用法』


(sunwind2.gif)


平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
(himiko22.gif)

おほほほほ。。。

卑弥子でござ~♪~ます。

また、例によって、

出てまいりましたわ。

ええっ?クイズの記事に

なぜ出て来たのかって?

あたくしだって、

たまには気晴らしに

クイズに挑戦

したかったのですわよ。

でも、外れてしまいましたわ。

三角形の屋根とは

思いませんでしたわ。

あたくしはベランダだと思ったので

ござ~♪~ますのよ!

雪が多いからベランダの使い道が

無いと思ったのですわよ。

ところで、デンマンさんに言われて、

あたくしも一生懸命に

パソコンを勉強して

少しはITについて

理解し始めているのでござ~♪~ますわ。

そんなわけで、この際ITビジネスを

立ち上げたいのですわよ。

もし、あなたもビジネスを始めたいならば、

次のリンクをクリックして覗いてみてね。

■ 『あなたもビジネスを立ち上げて社長になりませんか?』

ええっ?あなたは職探しの方がいいの?

だったらね、次のリンクをクリックしてみるといいわよ。

■ 『あなたの転職をサポートしてくれる就職・転職 ガイド』

ところで、あたくしがマスコットギャルをやっている

次のサイトも見てね。

■ 『面白い新しい古代日本史』

気分転換にいかがですか?

興味深い記事がたくさん読めますことよ。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。バ~♪~イ



(swiss01.jpg)


(byebye.gif)

愛の馬車道


 

愛の馬車道

 


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(basha01.jpg)




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デンマンさん。。。 また夢でも見たのですかァ~?


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。。。ん? どうして僕が夢を見たと思ったのですかァ~。。。

だってぇ~、今どき「馬車道」なんてぇ~、どこを見たってありませんわァ~。。。

あのねぇ~、別に、馬車が通る道のことを言っているわけではないのですよ。。。

じゃあ、「馬車道」というのは何のことですか?

埼玉県の草加市に住んでいる森瑠璃子(もり るりこ)さんが3月30日に僕の『徒然ブログ』にやって来て次の記事を読んだのですよ。。。


(pinkhair9.jpg)

『盛り上がる@馬車道』



きれいな方ですわねぇ~。。。 瑠璃子さんはデンマンさんのお知り合いの方なのですかァ~?



いや、知らない女性です。。。 次のリストを見て初めて判ったのですよ。。。


(liv70401a.png)

『拡大する』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で3月30日の午後11時3分から11時48分までの 45分間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。



3月30日の午後11時9分に GOOGLEで検索して『盛り上がる@馬車道』を読んだのですわねぇ~。。。 でも、森瑠璃子(もり るりこ)さんが読んだとはどこにも書いてないではありませんか!

それは、次のIPアドレスで調べたのですよ。。。


(ip139228b.png)

『拡大する』



なるほどォ~。。。 さいたま市の地図が出てますけど、ホスト名に確かに草加市と書いてありますわね。。。 でも、IPアドレスを調べても プライバシーを保護するために、アクセス者の名前までは判らないのですわァ~。



あのねぇ~、せっかく格調高く“愛の馬車道”というタイトルで話し始めたのですよ。。。 僕の鼻先を折るような事を言わないでください。。。 堅い事は抜きにしてルンルン気分で楽しく語りましょうねぇ~。。。

。。。で、どのようにして『盛り上がる@馬車道』を探し当てたのですか?

瑠璃子さんは次のようにして検索したのですよ。。。


(gog70401a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』




あらっ。。。 「馬車道 行田 徒然」と入れて検索したのですわねぇ~。。。 364,000件ヒットする内の4番目に『盛り上がる@馬車道』が出てくるのですわねぇ~。。。 でも、どういうわけで3つの検索ワードを入れたのですか?



本人に尋ねてみないことには正確な事は判らないないけれど、瑠璃子さんは、たまたま国道17号線を車で走っているときに、お昼頃だったので腹がすいていたのですよ。。。 それで、徒然に行田の近くの「馬車道」というカフェ・レストランに入って食事をしたわけです。。。

それで「馬車道 行田 徒然」と入れて検索したのですか?

それ以外に考えられないでしょう!?

でも。。。、でも。。。、なぜ「馬車道」というカフェ・レストランをネットで探す必要があったのですか?

あのねぇ~、「馬車道」は瑠璃子さんにとって感じのいいカフェ・レストランだったわけです。。。 それで、あのような雰囲気のカフェ・レストランであれば、何か面白い経験をした利用者がいたかもしてない。。。 それで、ロマンに満ちたエピソードが読めるかもしれないと思って、退屈を紛らわすためにネットで検索してみたわけですよ。。。

デンマンさんは、意外に想像力が豊かなのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 僕はこうして毎日記事を書くほどですからね。。。 イマジネーションとインスピレーションには事欠かないのですよ。。。 うへへへへへへ。。。

それで瑠璃子さんは、どのようなエピソードに出くわしたわけなのですかァ~?

まず、次のエピソードに引き込まれたのですよ。。。




(foolw.gif)

Subj:真心のこもった

手作りの弁当ありがとう!

きゃはははは…


From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Wed, December 2, 2015 0:06 AM
Pacific Standard Time
日本時間:12月2日(水)午後5時6分
 

バンクーバーも行田もそれほど寒さに変わりがありません。
ちょうど行田が寒かったのかもしれません。

でも、12月1日は実に良い天気でしたねぇ。
小百合さんも洗濯物をたくさん干したことでしょう!

ところで、11月29日の日曜には、手作りの弁当をありがとう!
まさか、小百合さんが弁当まで作ってくるとは思いませんでした!(微笑)


(bento02.jpg)

小百合さんが連れてきたトモユキ君が釣りをした場所。。。 と言うよりも僕と小百合さんが弁当を食べて アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ場所は知る人ぞ知る 極めて有名な場所なのですよ。

。。。ていうかあああァ~ 小百合さんと僕のために、わざわざ歴史が用意してくれた場所なのですよ。 
ぎゃははははは。。。

どういうこと。。。? と小百合さんが不思議に思うかもしれません。

僕も、改めて本を読んでみてビックリしているのですよ。
では、その箇所をここに書き出しますから、じっくりと読んでみてね。


行田船着き場跡


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(funa09.jpg)

(行田)市の中心から国道(125号線)を東へ約500メートル、下町のT字路の左に、古風な木造洋館(デンマン注: 現在は岡田カメラ店)がある。

田山花袋の『田舎教師』に出て来る斉藤医院(文中では原田医院)、それから北へ左折して150メートル、またT字路で、右側が遊園地になっている。


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この公園の地が、行田船着き場で、長野口御門、番所、高札場があった。 

(略) つい最近まで、石垣があって、如何にも船着き場らしかった。


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(funa06.jpg)


(funa08.jpg)

 (中略)

昔はどんな水路を通って、ここまで来たかわからないが、とにかく、今から400年前には、下町を中心に行田町が出来、一、六の市が立った記録は、成田氏時代からである。

そして300年前には、関西方面から、市日めあての商人が来たことが古文書に見えている。
天正18年(1590年)『家忠日記』に「宮津衆、行田の市(いち)に人を切る」とあって、京都府宮津の商人が来ている事を示している。

特に船着き場が栄えたのは、見沼代用水が出来てからであろう。

八代将軍吉宗が、普請奉行 井沢弥惣兵衛為永(いざわやそうべえためなが 1663-1738)に命じ、大宮市東の見沼干拓事業を起こし、旧芝川の水路を拡張して、見沼の溜水を荒川におとし、利根川の水を行田市下中條の今の利根道水路取入口(今、見沼代用水元圦口公園になっている)から、延々60キロメートルの水路を作り、更に通船堀を設け水運の便に供した、一大工事で、享保13年(1728年)の完成であるから、今から、270年も前の事である。

 (中略)


(eisho02.jpg)

英照皇太后


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昭憲皇后

明治19年5月10日、英照皇太后、昭憲皇后陛下が、館林の「つつじヶ岡」に行啓された時、行田の橋本喜助宅で、御着替えをなされ、その荷物が、船で下町の船着き場に運ばれ、下町から橋本喜助宅まで大変な列で賑わった事を、私は祖母(安政6年生まれ)から聞いたことがある。

ついでに、その模様が、『埼玉県史』第7巻に出ているので書いておこう。

「明治19年5月10日午前7時30分新宿停車場より別仕立汽車にて御発車、9時鴻巣駅にて御下乗遊ばされ、同宿鈴木半右衛門方、行田町橋本喜助方等に御小休、川俣にて利根川を御渡船……」とある。

帰路も、橋本喜助方で御着替、鴻巣駅午後7時40分発、9時10分新宿駅御着とある。

吹上駅は明治18年3月1日開設であるのに、何故鴻巣駅(明治16年7月28日開設)で下車されたかわからない。
吹上駅では近くに小休される適当な家がなかったからだろう。

とにかく、行田の船着き場が、幕末から明治中頃まで栄えた事は、想像出来ない程だったらしい。
番所が今の久保田屋さんの所にあり、その前に長野口御門があって通行人を見張り、高札場がある程の賑わいだったという。
ところがある人から「あそこは晒し首場だったそうですね」といわれたので色々調査した結果、次の様な事情がわかった。

即ち弘化3年(1846年)蘭法医の河津省庵が本町横町で開業し、その名声が高くなり、御典医となった。
省庵は常に研究に励み、特に“腑分け”して医学の進歩をはかったが、当時人体を解剖することは許されなかった。
藩では先生の便宜をはかり、下町の高札場に晒し首をした。
それを近くの大長寺内に運び“腑分け”をして寺に葬ったという。


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省庵が日本の眼科医学史上の人となり、『眼科方規』『医則発揮』はそんな事情で生まれたのだろう。
藩の役人も医学の為に随分イキなはからいをしたものだと思う。
下町の晒し首の事実は、日本医学史上に役立ったわけである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




5-9ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社


ということで、明治19年5月10日、行田の橋本喜助宅で着替えて、あの船着き場から英照皇太后、昭憲皇后が、船に乗って、川俣で利根川を渡り、館林の「つつじヶ岡」に行ったのですよ。


(tutuji91.jpg)

なんと、その船着き場で 僕と小百合さんが弁当を食べたというわけなのです。 (爆笑)

もちろん、それだけではありません!

なんとォ~ 僕と小百合さんは館林の「つつじヶ岡」でも、何度か 10月桜を見たり、白鳥を見たりして、ルンルン気分で散歩したのですよ!

しかも、何度となく白いテーブルで小百合さんとアイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ大長寺までが出てくるのですよ!


(daibuts8.jpg)


(coffee90.jpg)

ぎゃははははは。。。

そういうわけで、この事でまた今日寝て起きたら バンクーバー市立図書館で記事を書くのです。

面白い記事になるので、小百合さんもぜひ読んでみてね。

とにかく、真心のこもった手作りの弁当ありがとう! きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても 素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。

じゃあねぇ。。。バイバ~♪~イ。。。


(denman01.gif)




『手作り弁当@船着き場』より
(2015年12月3日)



(sayuri55.gif)

でも。。。、でも。。。、このエピソードは「馬車道」とは、全く関係ないじゃありませんか!



あのねぇ~、瑠璃子さんは「馬車道」カフェ・レストランで働きたいから検索したわけじゃないのですよ。。。 退屈で暇をもてあましていたので たまたま思いつくままに検索したのです。。。 すると、明治時代に事もあろうに、英照皇太后、昭憲皇后陛下が、館林の「つつじヶ岡」に行啓された時、行田の橋本喜助宅で、御着替えをなされ、その荷物が、船で下町の船着き場に運ばれ、下町から橋本喜助宅まで大変な列で賑わったということを知ったのですよ。。。

それが瑠璃子さんにとって特別に関心があることだったのですか?

瑠璃子さんは、わざわざ「行田」を入れて検索しているのですよ。。。 つまり、小百合さんのように、何度か行田市を訪れたことがあるのです。。。 だから、明治天皇の奥さんと、明治天皇の父親である孝明天皇の奥さんが二人して行田の忍川(おしかわ)の船着場に降り立ったということを読んでビックリしたのですよ。

そんな大昔の事を知ったからといってビックリするかしら?

分かりました。。。 じゃあ、瑠璃子さんが上の話題をシカトしたとします。。。

。。。で、瑠璃子さんが皇族の記事をシカトしたら、他にどの話題が瑠璃子さんの目に付いたのですか?

小保方晴子の話に目が留まったのですよ。。。 小百合さんも覚えているでしょう!? 『馬車道』レストランで小百合さんと食事をしながら小保方晴子の話で盛り上がったのですから。。。


STAP細胞事件


(netsuzo2.jpg)


 (略) 週刊誌等の理解しがたいゴシップネタですから、私自身は無視していても、いろいろな意味で私自身の研究展開にマイナスに働くこともあるでしょう。
正直、この津波のようなドリフト状態を生み出すエネルギーが、いつまでどのように続くのか私には見当もつきませんが、今は、調査に協力し、またできる範囲で通常の自分の研究を、ラボメンバーを励ましながら胸を張って進めるしか、私のできることはありません。 (略)

(デンマン注: 後に自殺した笹井芳樹氏から著者の須田桃子さんへのメール)


疑義発覚後の目まぐるしい展開と連日の関連取材で、疲労がたまっていたせいもあるかもしれない。
私はメールを読みながら、涙があふれてくるのを抑えられなかった。
無性に悲しくなったのだ。

論文には深刻な過誤があり、STAP研究の信頼性はもはや崩れている。
この状況で、なおかつ「研究者人生への挽回できないかもしれない打撃」を認識していながら、なぜ笹井氏は、STAP細胞への「確信」をこうまで主張し続けるのだろうか……。
私には、笹井氏が出口のない密室に自らを閉じ込めてしまったように思えてならなかった。

 (中略)

笹井氏は、小保方氏の「研究者としての資質」についてはこう語った。


豊かな発想力があり、これはと思ったときの集中力は非常に高い。
それは採用時の全員が一致するところで、私は今もそう思っている。
同時にとレーニングが足りなかったところ、科学者として非常に早いうちに身につけていなかった部分が多々あることが、論文発表後に明らかになった。
例えばデータ管理で、結果的に取り違えをするようなある種のずさんさがあったと思う。
両極端が一人の中にある。
私が一番、アドバイザーとして、あるいはシニアの研究者として自戒というか後悔しているのは、私や理研の研究者仲間が一生懸命、彼女の強いところを伸ばしたと思うが、弱い部分を慮って、そこを強化してあげる、若い研究者はそういうところがあるということを認識した上で、背伸びさせるだけではなく、足元をきちっと固めてあげることができなかったことは、自分の足りなかったところでは、と非常に辛く思っている。


一部で報道された小保方氏との「不適切な関係」は否定した。

 (中略)

思えば私のSTAP取材は、1月の記者会見に「『絶対に』来るべきです」という笹井氏からの誘いのメールで始まった。
それ以後に受け取ったメールは約40通。

最後の1通の日付は7月14日だった。
査読資料に関する質問への回答で、「論文を撤回してしまったあとは、何を言ってももはや仕方ないと思います」と結ばれていた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




135-136ページ、191ページ、341ページ
『捏造の科学者』
著者: 須田桃子
2014年12月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




小保方さんは一時、“時の人”として騒がれましたけれど、最近はどうなさっているのでしょうか?



僕も、そのことが気になっていたのでネットで調べてみたのですよ。。。 そしたら次のサイトに出くわしたのです。。。 興味のある所だけ抜き出したので小百合さんもじっくりと読んでみてください。


STAP細胞論文問題で

大きく注目された理化学研究所の

小保方晴子さんの最新情報です。



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◆小保方氏、STAP論文掲載費60万円を返還
STAP(スタップ)細胞の論文不正問題で、理化学研究所は7日、4件の不正があったと認定した小保方晴子・元研究員から、論文掲載費約60万円の返還を受けたと発表した。

理研によると、返還されたのは昨年(2014年)1月に英科学誌ネイチャーに掲載され、その後、撤回されたSTAP細胞論文2本の掲載料。
今月初めに弁護士から返還すると連絡があり、6日付で理研の口座に入金が確認された。

小保方氏からは連絡はないという。
理研は3月、研究不正防止の規定に基づき、英科学誌ネイチャーに論文2本を掲載する手続きでかかった費用の返還を小保方氏に求めた。
論文は昨年1月に掲載されたが、不正判明で約半年後に撤回された。

理研は小保方氏に約2年間で約4600万円の研究費を支給。
さらに、不正調査などに約8360万円をかけたが、小保方氏の研究全体が不正だったわけではないなどとして、返還請求の対象は論文掲載費だけにとどめた。

小保方氏の代理人をつとめる三木秀夫弁護士は「理研の調査結果に納得はしていませんが、係争にかかる負担の大きさを考えて、これ以上の係争を避ける判断をいたしました」というコメントを発表した。

さらに、返還がこのタイミングになった理由について、三木弁護士は次のように説明し、理研への不満を明らかにした。
「そもそも今回は組織として論文の投稿が決めたわけなのに、理研は一番若い研究者に全責任を押し付けて支払いを求めていました。そのような請求に応じることで、『今後の前例をつくるようなことは避けるべき』との意見も多く寄せられていたこともあり、対応に慎重になっていました」

60万円はあくまでもネイチャー誌関連の費用にすぎず、疑惑発覚後もSTAP細胞関連では膨大な費用がかかっている。
報道によると、STAP細胞が存在するかどうかの再実験関連でも法律家への相談費2820万円、検証実験費1560万円などを含め、不正の調査や実験にかけた金額は計8360万円に上る。

「彼女を迎え入れた際、壁をムーミンの図柄にするなど部屋の模様替えに1000万円もかけるなど、一研究員に対する処遇とは思えない。
彼女から返還されたカネも理研に戻るだけで、税金で好き放題してきた理研の責任は問われない。
理研は関連費用全額を国庫に戻すべきだ」(神戸市の医療関係者)など組織の体質を巡る批判はいまだに根強い。

一連の問題で理研は「STAP細胞由来とされた細胞や組織は既存の万能細胞・ES細胞(胚性幹細胞)からできていた」と結論づけ、既に退職していた小保方氏は懲戒解雇相当、と判断された。
理研は刑事告訴も検討したが、「ES細胞を故意に混入させたことを証明できない」として見送っている。

◆理研の元研究者が提出した告発状を兵庫県警が受理

STAP(スタップ)細胞論文を発表した理化学研究所元研究員、小保方(おぼかた)晴子氏(31)が所属していた研究室から、何者かが胚性幹細胞(ES細胞)を盗んだとする告発状を兵庫県警が受理したことが15日、捜査関係者への取材で分かった。

理研の元研究員の男性が窃盗罪で告発し、14日付で受理された。
県警は関係者から事情を聴き経緯を調べる。

元研究者によると、告発状では、小保方氏がSTAP論文共著者の若山照彦氏=現・山梨大教授=の理研研究室に在籍していた2011年4月以降、何者かが研究室からES細胞を盗んだ、としている。
理研の調査委員会は昨年、STAP細胞はES細胞が混入したものだと「ほぼ断定できる」との見解を示している。
県警によると、理研側から被害届は出ておらず、関係者に事情を聴くなどして慎重に調べる。

告発状によると、昨年4月、STAP細胞の論文不正に関する理研の調査が行われた際、小保方氏が使用していた冷蔵庫から、小保方氏がかつて所属していた研究室の研究員が作ったES細胞が見つかった。
何者かが、このES細胞を盗んだ疑いがあるとしている。

理研の調査委員会は昨年(2014年)12月、STAP細胞はES細胞が混入したものとほぼ断定。
小保方氏側は、故意や過失による混入を否定している。

小保方氏の代理人を務める三木秀夫弁護士は「小保方氏に関しては疑義を受けるような点はない」とコメントした。

◆小保方晴子氏の現状を知人が証言 気力なく引きこもり状態?

表舞台から姿を消した小保方晴子氏。
理化学研究所時代と変わらず今も神戸市内のマンションに住んでいるようだ。

体調も精神状態も優れず、部屋に引きこもっている。
千葉県の実家に移る気力もないようです。
親御さんが時折様子を見に来ているようですが……」(小保方氏の知人)

こう聞くと悲劇のヒロインだが、客観的に見て彼女への処分は甘々だ。


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(出典: writerzlab.com)

STAP細胞研究のため支給された研究費は4600万円、不正が指摘されてからの調査・検証費用は8360万円に上る。
にもかかわらず、理研が小保方氏に返還請求したのは論文投稿費のわずか60万円だ。
血税を浪費しておきながら、説明責任すら果たさない幕引きである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




『NAVER まとめ』より




なるほどォ~。。。 マスコミがずいぶん騒ぎましたけれど、現在は体調も精神状態も優れず、部屋に引きこもっているのですわねぇ~。。。



あれだけ大きな問題になったのだから、相当 精神的に落ち込んだのでしょう。

。。。で、やっぱり男女関係で悩んだ挙句、笹井正樹氏は2014年8月5日の朝に先端医療センター内で首をつったのでしょうか?

あのねぇ~、確かに、そのように考える人もいるのですよ。。。 でもねぇ、僕は、そうじゃないと思うのです。 ちょっと次のやり取りを読んでみてください。


NEWS まとめもりー


(netsuzo4.jpg)

『拡大する』

7: キチンシンク(家)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:00:43.62 ID:oEx+wvIF0.net

小保方と楽しい出張を55回もできたんだから本望だろ




22: スパイダージャーマン(東日本)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:12:33.42 ID:1fwlTm/C0.net

>>7
ほんこれ。
5回ぐらい俺にも分けて欲しい。




71: アイアンクロー(大阪府)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 23:58:28.39 ID:PzIENwHg0.net

>>22
逆に考えるのだ。
よくもまあ55回も。
君を含めて常人は相手があれなら5回で十分飽きるよ。
惜しまれる人は違うなと感心した。


税金使ったことが後ろめたかったんだろうな。
予算を獲得するのがうまい人は、税金をうまく使う天才なのだな。
策士策にオボ(小保)れるなり。




8: 毒霧(WiMAX)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:01:56.38 ID:TobRj+eG0.net

生きていれば今後明らかになる不名誉な事実、死ぬ事で有耶無耶になり、オボちゃんも守った。

仮にオボちゃんであれば、捏造の真相究明は止まらなかった。

自殺が最高最速最良の問題解決手段になった事を恥じるべきだは。




195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44

※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。

 〇小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
  意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと


事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。

デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。

 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること

存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ

最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?




201. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 01:24

>>195
同感です。小保方のSTAP細胞の捏造について、異議があるのならさっさと証拠なり、しっかりと説明責任を果たせば良かった。
笹井さんも不倫も、公費流用も、全くの事実無根なら、さっさと名誉毀損で訴えたり、証拠をあげるなり、反論して堂々としてれば良かった。
やましいところがあったから小保方も笹井さんも説明責任と証拠提出責任をちゃんと果たせなかった。

実験に失敗したら小保方が真っ先に処分や責任追求を受けるのは当然だろう。
そして、笹井さんの研究者としての人生も非常に厳しいものになるのは明らか。

おまけに処分を連帯して受けるとともに、不適切な関係がまたクローズアップして家族は大打撃を受ける。

笹井さんにとっては、小保方の捏造だとわかっていたから、実験は失敗に終わると確信して、
それによる自分自身の最悪な結末も確信してたから、
実験結果も見ずに自ら命を断ったのだろう。

擁護派は、日本中、世界中の科学者の意見やSTAP細胞についての批判に全く反論や意見なんか言ってませんから。
最初から科学に関わろうとしないで、信じるか信じないの宗教レベルに過ぎません。

小保方は200回以上成功したにも関わらず今まで、客観的なまともな証拠やサンプルらしいもの出したでしょうか?笑。
それにも関わらず、小保方の言うことを信じるのは、非科学的、宗教レベルか工作員レベルに決まってますよね!
国民の大半は皆さん同じ意見なんで大丈夫だと思います。
まともな意見共感しましたよ!


(netsuzo5.png)




「NEWS まとめもりー」より




この“STAP細胞事件”の全貌をよく知らない人は、マスコミが興味本位に取り上げた“同伴出張”を“不倫旅行”と考えているのですよ。。。 つまり、“下衆のかんぐり”です。



記者会見で笹井氏が男女関係を否定したことを、マスコミは報道しなかったのかもしれませんわァ。。。

僕は日本のテレビも新聞も見てないので、実際にはどうだったのか知らないけれど、上のやり取りを見ていると、そうとしか考えられない。。。もう一度次の箇所を読んでみてください。



(furin007.jpg)

195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44

※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。

 〇小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
  意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと


事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。

デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。

 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること

存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ

最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?




デンマンさんは、二人の間に マジで男女関係はなかったと信じているのですかァ~?



あのねぇ~、僕は、須田さんの本を読むまでは“STAP細胞事件”について 詳しい事は何も知らなかったわけですよ。。。 だから、先入観がなかった。。。 著者の須田さんと笹井芳樹氏とのメールのやり取りを読む限り、笹井氏と小保方さんの間に男女関係があったなどとは考えられない。。。 だから、上の“下衆のかんぐり”を読んだ時には、日本人が低俗化したのではないか!?。。。と思ったほどですよ。

でも。。。、でも。。。、そういう事だって考えられるでしょう?

あれっ。。。 小百合さんは、二人が出張という名目で不倫旅行していたと言うのですかァ~?

だから。。。、そういう可能性だってあると思うのですわァ。

でもねぇ~、記者会見では、笹井氏がきっぱりと否定しているのですよ!。。。

どうして、その事実をマスコミは報道しなかったのでしょうか?

だから、マスコミは二人の間に不倫関係があると匂わせておいた方が新聞の購読者数が上昇するし、テレビの視聴率も上がると思って わざと報道を控えたのですよう!

そうでしょうか?

あのねぇ~、もしもですよ。。。 二人の間に男女関係があったら、日本のことだから、笹井さんは一人で自殺しないで小保方さんと心中するのですよ。

そうでしょうか?

やだなあああァ~。。。 日本には心中という伝統があるじゃありませんかァ!


(amishim3.jpg)



つまり。。。、つまり。。。、二人の間に男女関係があったなら、二人は心中していたとデンマンさんは考えるのですかァ~?



だってぇ、そうでしょう!? 55回も不倫旅行をしていたとしたら、小保方さんは笹井さんの後を追ってあの世へ逝くのですよ!。。。 それが日本の伝統じゃありませんかア!

デンマンさん!。。。 そういう事を言うと小保方さんにプレッシャーをかけることになりますわア!

小百合さんが二人の間に男女の関係があると言うから、僕は日本の伝統を持ち出してきたまでですよ!

でも、小保方さんに自殺を促すようなことを言ってはいけませんわ。

だから、小保方さんが生きているという事は二人の間に男女関係がなかった証拠なのです!

でも。。。、でも。。。、それはデンマンさんの単なる推測だと思いますわ。

つまり、何が何でも、小百合さんは低俗化した日本人の見本のように、二人の間に男女の関係があったという“下衆のかんぐり”を支持するのですか?

いいえ。。。 そう言う訳ではありません。。。 ただ、人間は弱いものですから、そういう関係になっても仕方がないと。。。

だから、そういうことを“下衆のかんぐり”と言うのですよ! んもおおおァ~。。。

デンマンさん!。。。 ここで また盛り上がらなくてもいいのですわ。。。 で、瑠璃子さんも小保方さんの事件に関心を示したのですかァ~?

当然でしょう! 明治天皇の奥さんと、明治天皇の父親である孝明天皇の奥さんが二人して行田の忍川(おしかわ)の船着場に降り立った事実はシカトすることはできますよ。。。 でもねぇ~、小保方さんの事件と笹井正樹氏が自殺したことはシカトできないのですよ。

どうしてですか?

だってぇ~、日本であれだけ世間とマスコミを騒がせたのですよ。。。

それで、瑠璃子さんも久しぶりに上の記事を読んで考えさせられたのですか?

そうですよ。。。 瑠璃子さんも 小保方さんと笹井正樹氏の間には男女関係はなかったと思ったのです。。。

どうしてデンマンさんはそう思ったのですか?

瑠璃子さんの気持ちが、なんとなく僕には分かるような気がするのです。。。



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

会ったこともない瑠璃子さんの気持ちがデンマンさんに分かるわけないじゃござ~ませんかァ!

あなただってぇ、それを聞いたら呆れてしまうでしょう?

ところで、話は変わりますけれど、去年の秋にデンマンさんと ご一緒に那須高原へ出かけたのですわよう。。。

うふふふふふふふ。。。

かんぐらないでくださいまし。。。 不倫旅行ではないのですわよう!


(nasu102b.jpg)



紅葉のきれいな那須高原で、「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。


(jizai08b.jpg)

それでも充分にリラックスできましたァ。。。

ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


(aerobics5.gif)

『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわよう。。。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)



(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事




(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


(noten15.jpg)

■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』


(sayuri201.jpg)

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』

■ 『桃の節句@天国』

■ 『古代米カレー』

■ 『愛のジェローを探して』



(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』


では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

霧積温泉のロマン


 

霧積温泉のロマン

 


(sayuri33.jpg)


(kinto02.jpg)


(kinto03.jpg)



日付: Mon, 10 Aug 2009 08:24:47 +0900 (JST)
(バンクーバー時間:8月9日 日曜日 午後4時24分)
差出人: "sayuri@hotmail.com"
宛先: "denman@coolmail.jp"


(sayuri2.gif)

件名:霧積(きりづみ)温泉に

やっと行きました

\(*^_^*)/



ずいぶん メールもたっまって
だれかこのメール 開けたなー。
ほら 私がいないと誰か見るよ。

ただいまー 夕べ  戻りました。
自由に させてもらいました
元気です  
碓氷峠の近く 霧積(きりづみ)温泉にやっと行きました

一晩ねて翌朝、 急用で すぐ戻らなくては・・っと  
軽井沢から  帰らなくては いけない状況になり
あわてて 横川まで 降り 
PA (パーキング)からTelして
長男坊と話したら、
戻らなくてOK という事になった。

ホットして また 碓氷峠を登る。バカだねー私
(今度は旧道から、父と昔 とおった道を登った)
横川まで降りてしまったから
途中 霧積(きりづみ)へ向かってみよう。イイ チャンス!
ここから軽井沢は近いし夕方までにまた戻れば・・と


(ningen70.jpg)

人間の証明」で麦わら帽子を
渓谷で落して亡くした、あのフレーズを
ずーっと 気になっていて やっと 行けました。

たのしかったよ~、三男坊と温泉
お風呂5分  後 遊卓球場 で遊びたい 感じ。
次男坊いたら 卓球 で1時間 遊んでましたね

行水だから 温泉は無理、でも せっかくだから 入りました。
他に誰もいなくて 三男坊と貸しきり でした。
三男坊も熱いのは苦手らしく 洗い場を 走り回ってました。

霧積温泉は 万葉の歌(防人)の碑がある
サンセット ポイントという眺めの良い見晴らし台の
熊野神社から 中山道の道が今もあって、
山歩きが好きな人は歩いて
霧積まで 下っていきます。
3時間位かかると聞きました。
三男坊が小学生になったら
一緒に 下っていきたいと思うのです。

さゆりより


(sayuri15.gif)

2009年8月8日 記




『カラスの温泉』より
(2013年10月22日)






デンマンさん。。。、また、ずいぶん古いメールを持ち出してきましたわねぇ~。。。 どういうわけですか?



あのねぇ~、小百合さんと一緒に行田市立図書館へ行ったときのことですよ。。。 覚えてますか?

ええ、覚えてますわァ。。。 「さきたま古墳公園」の“新レストハウス”で デンマンさんがバンクーバーで買ってきてくださった“アイリッシュクリーム・コーヒー”をじっくりと味わってから おもむろに出かけたのですわよねぇ~。。。


(sakitama97b.jpg)

さきたま古墳公園


(sakitama98.jpg)

新レストハウス


(sakitama99.jpg)


(gyodalib1.png)

『拡大する』


(gyodalib2.jpg)

行田市立図書館


(gyodalib4.jpg)


(gyodalib5.jpg)



行田市立図書館と上のメールとどのような関係があるのですか?



僕が「パソコンでもやろうか?」と言ったら、小百合さんは「フィルターがかかっていてメールを読むことも出すこともできないので、面白くないから止めましょう」と言って 観光ガイドブックの棚に スタスタと歩いて行ってしまったのですよ。。。

あらっ。。。 デンマンさんは そんな事までよく覚えていますわねぇ~。。。

それで しばらくして小百合さんが棚からガイドブックを取り出してきて僕に見せたのです。。。


(onsen08.jpg)


(onsen09.jpg)


(onsen10.jpg)



上の写真を見ながら小百合さんは言ったものですよ。


(sayuri2.gif)

ねえ、ねえ、ねえェ~。。。

ちょっと、これ見てぇ~。。。

このレトロな温泉ってぇ~

イカスと思わないィ~。。。?

まるでタイムスリップしたみたい!

歴史を感じさせる

温泉旅館よねぇ~

うふふふふふ。。。




私が、そのようなことを言いましたァ~?



やだなあああァ~。。。 忘れてしまったのですかァ~? 僕の耳の奥には、未だに小百合さんの声がこだましていますよう。。。

。。。で、その事と上のメールが関係あるのですか?

もちろんですよ。。。 この事を言うために わざわざ、たくさんの写真や地図を貼り出して話してきたのだからァ~。。。 小百合さんが、わざわざガイドブックを持ち出してきてまで“レトロな温泉旅館”を僕に見せたのですよ。。。

それで。。。?

だから、これまでに小百合さんが“レトロな温泉旅館”について語ったことがあったかなあァ~? そう思ってネットで検索したのですよ。。。


(gog61231a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』




「温泉 小百合 デンマン」を入れてGOOGLEで検索すると、なんと 14,200件もヒットする。。。 トップに出てくるのが『カラスの温泉』ですよ。


(raven62.jpg)

『カラスの温泉』



この上の記事の中に冒頭に出した小百合さんの“霧積温泉”のメールが出てくるのです。。。



それでタイトルを霧積温泉のロマンにしたのですか?

そうです。。。 いけませんか?

。。。で、なにが霧積温泉のロマンなのですか?

ちょっと次の『ウィキペディア』の記事を読んでみてください。


霧積温泉(きりづみおんせん)


(kinto02.jpg)

霧積温泉は、群馬県安中市松井田町坂本(旧国上野国)にある温泉。

泉質: カルシウム・硫酸塩泉 源泉温度39°C 無色透明の源泉

温泉街はない。温泉旅館一軒のみ営業。

発見は1200年代であるという。
犬が発見したとされ、古くは犬の湯と呼ばれた。

明治時代初期には温泉旅館が季節営業を始め、軽井沢が別荘地として開かれる以前から別荘が建てられるなど、避暑地として知られるようになった。

伊藤博文、勝海舟、尾崎行雄、西郷従道、岡倉天心、西條八十、与謝野鉄幹・与謝野晶子夫妻、幸田露伴・幸田成友兄弟、山口誓子ら多くの政治家や文化人らも訪れている。

1888年(明治21年)に軽井沢に初めての別荘を設け、避暑地としての軽井沢の歴史を切り開いたカナダ人宣教師のアレクサンダー・クロフト・ショーも温泉を訪れ、温泉紹介所を開設した。
英文の広告を発行し、外国人にこの地を紹介している。

ショーが軽井沢に初めての別荘を設けた1888年(明治21年)よりこの地でも本格的な開発が始まり、温泉地・避暑地として栄えた。

しかし1910年(明治43年)に山津波(土石流)が発生し、42軒あった温泉旅館が流され、温泉街・別荘は壊滅。
きりずみ館・金湯館の2軒の温泉旅館が被害を免れ、営業を続けた。
避暑地としても終焉を迎え、山奥の秘湯という風情の現在の姿になった。

2012年(平成24年)4月、きりずみ館が閉館し、以後は金湯館のみの営業となっている。


(kinto01.jpg)

作品とのかかわり

西條八十の「帽子」という詩の舞台である。
また、この詩をモチーフにした森村誠一の小説『人間の証明』の舞台でもある。




出典: 「霧積温泉」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



(manza01b.png)

『拡大する』



地図で調べてみると 霧積温泉の金湯館は軽井沢から目と鼻の先なのですよねぇ~。。。 僕はちょっと驚きましたよ。。。



そうなのですわ。。。 上の『ウィキペディア』にも書いてあるように「明治時代初期には温泉旅館が季節営業を始め、軽井沢が別荘地として開かれる以前から別荘が建てられるなど、避暑地として知られるようになった」のですわ。

僕は それで納得がいったのですよ。。。 どうして小百合さんが霧積温泉にこだわったのかが。。。

あらっ。。。 デンマンさんは、私が霧積温泉にこだわっていると思ったのですか?

そうですよ。。。 霧積温泉の金湯館は、まさにタイムスリップしたみたいに 歴史を感じさせるレトロな温泉旅館ではありませんか! 軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが こだわるのも無理ありませんよ。。。 なにしろ、軽井沢が別荘地として開かれる以前から別荘地として知られていたのですからね。。。 それに、伊藤博文、勝海舟、尾崎行雄、西郷従道、岡倉天心、西條八十、与謝野鉄幹・与謝野晶子夫妻、幸田露伴・幸田成友兄弟、山口誓子ら多くの政治家や文化人らも訪れたのですよ。。。 小百合さんが霧積温泉の金湯館の湯につかりたかった気持ちが僕にもやっとわかりました。

つまり、その事が言いたくて、こうして長い記事を書くことにしたのですか?

いや、それだけじゃありませんよ。。。 上の地図にも出ているように、軽井沢からそれほど遠くないところに万座温泉があるのです。

知っていますわ。

あれっ。。。 知っていて今まで温泉に入りに行かなかったのですか?

だってぇ~、1983年2月に、万座温泉ホテル旧館から出火して、建物が全焼したのですわ。。。 幸い死者はでなかったものの、スキー客数人が大怪我をしたのですわ。。。 そういうニュースがあったので、怖くて行く気がしなかったのですわ。

あのねぇ~、そういう火事があったので、それ以降、火災が起きないように安全面では最善の注意を払っているのですよ。。。 だから、安心していいのです。。。

何で、デンマンさんは万座温泉を薦めるのですか?。。。 いくらか宣伝代理料をもらっているのですか?

そんなケチ臭い事をするはずがないじゃありませんか! 万座高原ホテルには小百合さんも気に入るような露天風呂があるのですよ。。。


(manza01.png)

『拡大する』


(manza25.jpg)


(manza23.jpg)


(manza22.jpg)


(manza24.jpg)



あらっ。。。 なんだか わくわくしてきそうな露天風呂ですわねぇ~。。。



。。。でしょう!? 小百合さんも、のんびりと浸かって癒されますよ。。。

でも。。。、でも。。。、私はレトロな温泉がいいのですわァ~。。。

あのねぇ~、たまには、こうして広々とした空を見ながら入るのも ルンルン気分になれて健康にいいのですよ。。。

でも。。。、

それに、小百合さんはスノボにハマッているでしょう!


(sayuri22.jpg)



スノボにハマっていると万座温泉がいいのですか?



あれっ。。。 知らなかったのですか?。。。万座温泉は標高1,800mにある温泉なのですよ。。。 自家用車で辿り着ける日本で一番高いところにある温泉なのですよ。。。 だから、一番気分でスノボをして それから温泉に浸かって 最高気分に浸れるのですよ。。。

じゃあ、今夜一晩ぐっすりと眠りながら考えて見ますわァ~。。。



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

あたくしはデンマンさんとご一緒に那須高原へ行ってまいりました。


(nasu102b.jpg)



「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。


(jizai08b.jpg)

でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


(aerobics5.gif)

『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわァ~。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
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■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』





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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

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