ペルシャ人の楊貴妃


 

ペルシャ人の楊貴妃

 


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デンマンさんはマジで楊貴妃がペルシャ人だったと信じているのでござ~♪~ますかァ?


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。。。ん? 楊貴妃がペルシャ人だった?

だってぇ~、タイトルにそのように書いているではござ~ませんかァ?

うん、うん、うん。。。 確かに、そのように思うネット市民もたくさんいるのですよ。。。

あらっ。。。 その証拠でもあるのでござ~ますかァ?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70511a.png)


『拡大する』

『楊貴妃もペルシャ人?』




これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月10日の午後7時53分から11日の午前3時までの約7時間の「生ログ」の一部だよ。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。



あらっ。。。 5月10日の午後9時6分に2009年10月6日にデンマンさんが投稿した『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだネット市民が居たのですねぇ~。。。

そうです。。。 和歌山県の田辺市に住んでいる若山 辰子(わかやま たつこ)さんが読んだのです。。。

どのよにして若山 辰子が読んだということを突き止めたのでござ~ますか?

次のようにIPアドレスを調べたのです。。。

IPアドレス: 119.10.163.129 和歌山県の田辺市に住んでいる若山 辰子(わかやま たつこ)さん
(ip163129b.png)

『拡大する』



あらっ。。。、また写真まで貼り出して若山 辰子(わかやま たつこ)さんを紹介していますけれど、アクセスポイントは確定できても プライバシーを守るためにアクセス者の名前までは絶対にゲットできないのですわァ~。。。



あのねぇ~。。。 卑弥子さんは厳しいツッコミを入れるけれど、話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?

デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 でも。。。、でも。。。、上の写真の人物はなんとなくジュンコさんに似ていますわねぇ~。


(junko25.jpg)



実は、和歌山県の田辺市に住んでいる辰子さんはジュンコさんの従妹ですよ。。。



でも。。。、でも。。。、ちょっと似すぎていませんかァ~?

卑弥子さん!。。。 んもおおおォ~。。。! どうして、そうたびたびツッコミを入れるのですか?。。。 話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?

分かりましたわァ。。。 デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 でも。。。、でも。。。、若山辰子さんが「楊貴妃はペルシャ人かもしれない?」と疑問を持ちながら『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだとしても、それは単なる偶然の出来事かもしれませんわァ~。。。

それが単なる偶然ではないのですよ。。。 次のリストも見てください。。。


(liv70520a5.png)


『拡大する』

『楊貴妃もペルシャ人?』




これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月19日の午後4時57分から午後8時までの約3時間の「生ログ」の一部だよ。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。



あらっ。。。 5月19日の午後5時36分にGOOGLEで検索して デンマンさんが投稿した『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだネット市民が ここにも居たのですわねぇ~。。。

そうです。。。 神奈川県横浜市に住んでいる洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんが読んだのです。。。

またIPアドレスを調べて洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんが読んだことを突き止めたのでござ~ますかァ?

そうです。。。

IPアドレス: 126.188.70.230 神奈川県横浜市に住んでいる洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さん
(ip70230b.png)

『拡大する』



あらっ。。。、また写真まで貼り出して洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんを紹介していますけれど、このイラストはベティ~さんじゃござ~ませんかァ!?


(bettywk2.gif)



卑弥子さんは、どうして そのようにツッコミを入れないと気がすまないのですかァ~?



だってぇ~、マジで似ていますわァ~。。。

あのねぇ~、ここで本人の写真を出すわけにはゆかないのですよ。。。 プライバシーを保護する必要がありますからねぇ~。。。

分かりましたわァ。。。 洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんの写真がゲットできないのでベティ~さんのイラストで代用したのですわねぇ~。。。

まあァ~、そういうことですよ。。。 (モナリザの微笑)

。。。で、お二人は『楊貴妃もペルシャ人?』を読んで楊貴妃がペルシャ人だということを納得したのでござ~ますかァ?

そうです。。。 そういうこともあり得るということを納得したのですよ。。。 僕は聖徳太子にペルシャ人の血が流れている、ということを記事で書いたことがある。。。 それに対して軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが励ましのメールを寄越したことがあるのです。。。



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Subj:ブログも歴史編になり

ますます 力 が入ってますね

\(^_^)/




(foolw.gif)

 

Subj:虫の知らせと言うのでしょうか?

小百合さんからメールがあるような

気がしました。

\(^o^)/キャハハハ。。。


Date: 02/03/2008 7:02:55 PM
Pacific Standard Time
日本時間: 3月3日午後0時2分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp


 


ブログも歴史編になり
ますます 力 が入ってますね


そうですよう。
今日の『小百合物語』は、かなり頑張って書いたのでライブドアでは1ページにまとまりきらずに
2ページになってしまいました。
確かに、最近、歴史の事や文学の事が多くなりました。
今日も万葉集の事と大化の改新が出てきますよ。
題して『ん?社会派?』


(strike5.jpg)

■ 『ん?社会派?(2008年3月3日)』

すでにライブドアに投稿して推敲も済ませましたよ。
時間があったらぜひ読んでみてくださいね。

小百合さんの、あの“思い出し笑い”のメールを使わせてもらいましたよ。
ありがとう!

あのメールは、メチャ使い道がありますよう!
\(@_@)/ キャハハハ。。。


今日はたまっていた、返信と検索が多い日です。


虫の知らせと言うのでしょうか?
小百合さんからのメールが、クリックするとあるなあああぁ~
僕はそう思いながらメールボックスをクリックしたのですよ。
あったア~!\(@_@)/うしししし。。。
こんな気持ちでしたよ!

やはり“以心伝心”ってあるものですよねぇ~。
小百合さんからのメールがありそうな気がしたものです。

デンマンでした。

じゃあね。


(byebye.gif)




『楊貴妃もペルシャ人?』より
 (2009年10月6日)




ええ、あたくしも上のメールを読んで思い出しましたわ。。。 聖徳太子にペルシャ人の血が流れている、と言うお話は興味深くお伺いしたのでござ~♪~ますわ。 でも、楊貴妃にまでペルシャ人の血が流れている、と書くと多くの人が馬鹿バカしいと思って、デンマンさんの書いたものを全く信用しなくなると思うのでござ~♪~ますう。



つまり、京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している卑弥子・准教授にとっても、楊貴妃の体内にペルシャ人の血が流れていた、と言う事は馬鹿バカしい事なのですかァ~?

あたくしは、デンマンさんに向かって馬鹿バカしいなどと。。。 おほほほほ。。。 そのような大それた事は、とっても申し上げられないのでござ~♪~ますわァ。

でも、言ってしまったでしょう!

おほほほほ。。。 言えないと言っているのでござ~♪~ますわ。。。 うふふふふ。。。

でも、言ってしまったのですよう。 卑弥子さんも、やっぱり僕の話が荒唐無稽(こうとうむけい)だと思っているのですねぇ~?

だってぇ~。。。 楊貴妃は、誰が考えたって中国人でござ~♪~ますわァ。

しかしねぇ~、「楊貴妃は中国人だった?」と言うタイトルにしたら、それこそ、もっと滑稽になってしまうでしょう?

もちろんですわ。 当然のことを質問するようなものでござ~♪~ますものォ。。。

だから、"ペルシャ人の楊貴妃"とした方が、タイトルとして読者をひきつけるでしょう?

でも、タイトルを見ただけで、ほとんどの人が馬鹿バカしいと思って無視すると思うのでござ~♪~ますわ。

やっぱり、卑弥子さんも馬鹿バカしいと思うのですねぇ~?

いいえ。。。 あたくしは、アホらしいなどと思いませんけれど、そのような事を書けば、多くのネット市民の皆様がデンマンさんはオツムがイカレテしまったのではないか? そう思う人が居る、と申し上げているのでござ~♪~ますわァ。 おほほほほ。。。

やっぱり、卑弥子さんは信じようとしないのですねぇ~?

だってぇ~。。。あまりにも奇抜でござ~♪~ますわア。。。 せめて、「楊貴妃は日本人だった?」とか「楊貴妃は韓国人だった?」とか。。。その程度にとどめておくべきですわァ~。。。 うふふふふふ。。。

楊貴妃が日本人であったはずがないでしょう?

だったら、「楊貴妃はペルシア人だった」、と言う事は、もっと可能性のないことでござ~♪~ますわ。

それは、卑弥子さんが楊貴妃が純粋な中国人だと思い込んでしまっているからですよう。

だってぇ、どの本を読んでも楊貴妃は中国人だと書いてありますわよう。

あのねぇ、人類学の本を読めば、人類はアフリカで誕生した事が書いてあるのですよう。 つまり、その当時、中国には人類は居なかった。

つまり、アフリカ原人が中国に歩いていって中国人になった。。。デンマンさんは、そうおっしゃるのでござ~♪~ますか?

もちろん、アフリカ原人が中国人になるまでには何十万年と言う年月がかかっているのですよう。 アフリカと中国の間にペルシャがある。 それで、ペルシャで足踏みしていた時にペルシャ人になった。 それから何万年かの後に中国にたどり着いた。 それで中国人になったのですよう。

だから、その中国人から生まれたのが楊貴妃でござ~♪~ますわ。。。だから、中国人なのですわ。

確かに、その通りなのです。

それなのに、どうしてまた時間をタイムスリップさせて、楊貴妃がペルシャ人だったなんて、こじ付けをなさるのでござ~♪~ますかァ?

あのねぇ~、僕だって、「楊貴妃もペルシャ人だった」と言うのを初めて目にした時には、馬鹿バカしいと思ったものです。

そうでござ~♪~ますでしょう? 誰だって、そう思いますわよう。。。 んで、どこでそう言うタイトルを見たのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんだって、僕の記事を読んだのだから、目にしているはずですよう。

そのような事がデンマンさんが書いた記事の中に出てきたのでござ~♪~ますか?

出てきたのですよう。 次の記事の中にちゃんと出てきたのですよう。

■ 『聖徳太子の家庭教師 (2008年7月15日)』

あたくしは覚えていませんわ。

GOOGLEの検索結果の中に出てきたのですよう。卑弥子さんのために、もう一度書き出しますよう。 読んでくださいね。


「聖徳太子 ペルシャ人」 の検索結果

約 2,860 件



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1) 聖徳太子はペルシャ人

チョコバットで2000本安打 - Yahoo!ブログ2008年7月1日 ... 子供の頃から大好きな「チョコバット」で2000本安打を達成し名球会 入りを目指す男のブログ。 (猫 写真 古着)
http://blogs.yahoo.co.jp/y_0291/53915263.html - 34k

2) 聖徳太子は実在したのか

神護景雲と花鳥風月な日々~007の ...2008年7月8日 ... 最近昔習った歴史が覆されることが多いですね。 必死に覚えた年号等なんだったやねんー!と叫びたい(^m^) TVか雑誌の記事だったかな。聖徳太子はペルシャ人?!というのを見かけました。もう全然わかりません(≧▽≦;) ...
http://blogs.yahoo.co.jp/japanbaseball007/55045713.html - 104k

3) 聖徳太子はペルシャ人だった

異端会議ソロ/ウェブリブログ 日本史ミステリーの予告編を視ていたら「聖徳太子はペルシャ人だった。」という内容の予告編が(笑)。 サブテロップを見ると「楊貴妃も遣隋使も・・・」とあったように思えたのだけど、要は太子の都「斑鳩の里」においてペルシャ文化の影響を受けてこの ...
http://conie.at.webry.info/200807/article_1.html - 21k


4) 聖徳太子の母親はペルシャ人だった?

宇宙の摂理ブログ聖徳太子の母親はペルシャ人だった? 聖徳太子の母親は ペルシャ人だった? 渡来人 聖徳太子とその時代を考えるとき、私たちは日本古代史の中で考えようとします。昔の日本で起こったことを考えるのだから、それも当然のことのように思えます。 ...
http://barclay.wablog.com/4.html - 95k

5) 聖徳太子の個人教授には

  ペルシャ人がいた


宇宙の摂理ブログ確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになり ... ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居た ...
http://barclay.wablog.com/3.html - 98k




(2008年7月10日午後4時現在)

『「聖徳太子 ペルシャ人」 現時点での検索結果』




つまり、「楊貴妃も遣隋使も・・・」という部分は「楊貴妃も遣隋使も(ペルシャ人だった)・・・」という事でござ~♪~ますか?



文脈に従って読めば、そのようになるのですよう。 卑弥子さんだって、そう思ったのでしょう?

ええ。。。 確かに、そうなるのではないか?そう思ったのでござ~♪~ますわ。。。でも。。。、でも。。。、まさか、デンマンさんはマジで信じているわけではないのでしょう?

僕も、初めて目にした時には馬鹿バカしいと思ったのですよう。 でも、すぐに僕は思い返したのですよう。

どうしてでござ~♪~ますか?

僕はかつて楊貴妃の記事を書いたのだけれど、その中で、もしかすると楊貴妃の体にはペルシャ人の血が流れているのではないか?。。。僕自身が、そのような事を書いた覚えがあるのですよう。

マジで。。。?

もちろんですよ。

それで、デンマンさんが書いた、その楊貴妃の記事って、どの記事でござ~♪~ますのォ~?

GOOGLEで検索したらすぐに分かりました。


「楊貴妃 ペルシャ人 デンマン」の検索結果


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Results 1 - 15 of 15

for 楊貴妃 ペルシャ人 デンマン.

1) むっちり楊貴妃 PART 2


デマンのブログ-上の楊貴妃の像を造った彫刻家も、明らかに欧米の美人観の影響を受けていますよ。欧米と言って語弊がある
聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた by デンマン ...
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/b4a4ae36f35d3368a8f79a94b5e19e6c - 67k

2) むっちり楊貴妃 PART 3

デンマンのブログ デンマンが徒然につづったブログ
そういう時にペルシャ人の血が入っているハーフの楊貴妃を目にした。うわさ通りの、透き通るような色白の肌をして、純粋な中国娘 ...
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/04481f217df028e4d8d605012ec26b8e - 66k

3) 徒然ブログ:むっちり楊貴妃

27 Mar 2008 ... それが今日のタイトルの“むっちり楊貴妃”と関係あるのですか? ..... 聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた by デンマン ...
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51234510.html - 35k

4) 徒然ブログ:聖徳太子はペルシャ人

13 Jul 2008 ... つまり、マンネリ化してつまらなくなったから、デンマンさんは聖徳太子の事を持ち出したのですわよね。 はっきり言って、聖徳太子がペルシャ人だ ...
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51316828.html - 36k

5) むっちり楊貴妃 宇宙の摂理ブログ

それが今日のタイトルの“むっちり楊貴妃”と関係あるのですか?
ところで、デンマンさんが 飛鳥時代に日本に居たであろうペルシャ人について ...
http://barclay.wablog.com/1897.html - 119k

6) 美容と入浴とアラビアン・ナイト

宇宙の摂理ブログ Google.com 楊貴妃 ペルシャ人
トラックバックURL. コメント
この中ではデンマンと呼ばれていますが、デンマンというハンドル名はGOOに居るときに使っていたもの ...
http://barclay.wablog.com/1531.html - 97k




(2008年7月15日午前7時現在)

「現時点での検索結果」より




この上の検索結果に表示されているけれど、僕は次の記事の中で楊貴妃がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないかと書いたのですよう。

『むっちり楊貴妃 (2008年3月27日)』



どう言う訳で楊貴妃にペルシャ人の血が流れているのでござ~♪~ますか?

すでに書いたことだから、その箇所をここに書き出しますよう。 卑弥子さんと話しながら書いたのですよう。 でも、卑弥子さんはすっかり忘れてしまったのですねぇ?

だってぇ~、デンマンさんとの話題はいろいろなんですものォ~。。。 いちいち覚えていられませんわぁ~。

とにかく、読んでみてください。


楊貴妃はペルシャ人だったの?


(youkihi2.jpg)


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中国人の中にもグラマーな女性が美人だと思う人が居るのでござ~♪~ましょうか?


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もちろん居ますよ。 上の楊貴妃の像を造った彫刻家も、明らかに欧米の美人観の影響を受けていますよ。 欧米と言って語弊があるならば古代ギリシャの影響と言い換えることもできますよ。


(venusmiro5.jpg)

このミロのビーナスを見るとき、楊貴妃の像を制作した彫刻家がこのビーナスの像を参考にしたような気がするほどですよ。

楊貴妃が生存していた唐の時代にも、ミロのビーナスのような女性が美しいと考えていた中国人が居たのでござ~♪~ましょうか?

居たのですよ。

証拠でもあるのでござ~♪~ますか?

ありますよ。 次の像を見てくださいよ。


(bosatsu3.jpg)

これは、あの有名な敦煌の莫高窟(ばっこうくつ)、第45窟の菩薩像です。唐の時代に造られたと言われているものです。

この像がミロのビーナスの影響を受けているのでござ~♪~ますか?


(silkmap2.jpg)

 

古代ギリシャ時代に作られたミロのビーナスとは、地理的に見て全く関係なさそうに見えるけれど、実は関係があるのですよ。

どのようにでござ~♪~ますか?

次のガンダーラの仏像を見てください。


(gandhara2.jpg)

如来坐像 ガンダーラ クシャン王朝 紀元2~3世紀


ガンダーラ (Gandhara)

ガンダーラ地方は、現在のパキスタンの西北部にあり、中心はペシャワールやその北部のスワット地方。
たくさんの遺跡が残っている。
「ガンダーラ」は、「ガンダ・ハル=いい匂い」の意味から来ている。

紀元前380年頃までにペルシャの支配は弱まり、多くの小王国がガンダーラを分割支配した。
紀元前327年にはアレクサンドロス大王がガンダーラに侵攻したが、大王はこの地に1年も留まらなかった。

同じ頃、マウリヤ朝のチャンドラグプタ王はタクシラにあったが、紀元前305年にはセレウコス朝を破り、アフガニスタン南部を支配下に収めた。
その後、1世紀半にわたりマウリヤ朝がこの地を支配した。

チャンドラグプタの孫アショーカ王は熱心な仏教徒となり、ガンダーラに多くの仏塔を建立した。
紀元前1世紀頃から仏教の大中心地となった。

その後、マウリヤ朝が衰退してインド亜大陸に退くと、ギリシャ系のバクトリアがこの地に勢力を拡張した。


実は古代ギリシャ世界のあの有名なアレクサンドロス大王がガンダーラにもやってきたのですよ。この影響が上のガンダーラの仏像にもはっきりと影響を残しているのです。


ガンダーラがギリシアの植民地だった

アレクサンダー大王の遠征(前327~前325)によって、ガンダーラがギリシアの植民地となります。
アショーカ王(前3世紀)以後マウリヤ王朝とともに仏教および仏教文化が入ることによって、ギリシア文化と仏教文化が次第に混ざり合ってゆきます。

これにインド中央部の伝統美術の影響も加わっていきます。
この複合文化は紀元後2~3世紀を頂点として、かなり長い間ガンダーラ仏教美術は栄えました。

特にカニシカ王は仏教を信奉し、仏教と仏教美術、学問を保護し、首都プルシャプラに仏教寺院・塔を建立して、ギリシア人の芸術家を呼びよせています。
ギリシアの写実的様式および技法で、仏教のテーマやモチーフを表現しているのが上のガンダーラの仏像には、ありありと見て取れます。


ガンダーラの彫刻は、もともと建造物を荘厳に見せるために造られました。
また仏教建築の装飾にコリント式列柱やギリシア風の文様が使われています。

仏像をよく見ると鼻や額が高く、唇が薄く、髪は波打ち、西洋風の顔立ちが一目見ただけでもよく分かります。
仏教は、もともと偶像は作りませんでしたが、仏教を分かりやすく伝えるために次第に控えめに表現された仏像が出現します。

ガンダーラ仏像の特徴は、自然な人間らしい姿を現しています。
法衣の襞にギリシア風の影響がみられます。


実際、上のようなガンダーラ仏が日本へもかなり伝わっています。
その一つを次のリンクをクリックすると見ることができます。


■ 『嶽林寺のガンダーラ仏』

大峰山 嶽林寺 (群馬県利根郡月夜野町1697)


仏像が伝わっていたという事実は、それを製作した石工たちも日本へ来ていたという可能性が十分にあります。
ギリシャ人がやってきていた、とは言いませんが、彼らの血を引いたペルシャ人は、かなりの数日本へやってきていたようです。

つまり、彼らは、ギリシャの様式や、技法をも身に付けていたのです。
ですから、法隆寺にエンタシスがあることも決して不思議ではないのです。

日本へやって来たペルシャ人やペルシャの文物、またギリシャ文化の影響については次に示すページで説明しています。

■ 飛鳥とペルシャ(波斯) 石人男女像の謎

■ ペルシャ人の石工が飛鳥にやって来た

■ 飛鳥坐(あすかざ)神社の神事と古代ギリシャのディオニソス神話

■ 聖徳太子の母親はペルシャ人だった?

■ 聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた

by デンマン




『エンタシス史観 (2003年10月12日)』より


上の莫高窟(ばっこうくつ)の菩薩像は、このガンダーラ仏像の影響を受けているとデンマンさんは考えているのでござ~♪~ますか?

当然ですよ。 すぐ上の囲み記事を読んでも、ペルシャ人の石工が日本まで行った可能性が充分に考えられるのですよ。 日本までの距離を考えれば、ガンダーラと敦煌は目と鼻の先ですよ。

古代ギリシャの文化がペルシャ人に伝わったと言うのは理解できましたが、その古代ギリシャ文化が唐の時代にペルシャ人を通じて中国人に伝わったのでござ~♪~ましょうか?

伝わっていたのですよ。

証拠でもあるのでござ~♪~ますか?

あります。 詩人・李白(701ー762)が作った「少年行」という詩があるのですよ。


少年行

五陵の年少、金市の東

銀鞍白馬、春風を渡(わた)る

落花(らっか)踏み尽くして、

何(いず)れの処(ところ)にか遊ぶ

笑って入る、胡姫酒肆(こきしゅし)の中



盛り場を貴公子が春風の中、馬に乗って走っていく。

白馬に銀の飾りのついた豪華な鞍をつけている。

見るからに金持ちの貴公子です。

花びらを踏み散らしながらどこへ行くのかと李白が見ていたら、

やがて胡姫酒肆の中へ入っていった。



酒肆というのは酒場のことです。 この詩の中に現れる胡姫という言葉に注目してください。 胡という字はもともとは異民族という意味で使っていたのですが、唐の時代になるとペルシャ人をさすようになります。 中国語では別に「波斯」と書いてペルシャのことをそう呼びます。 これはペルシャ語によるペルシャの発音「ファルシー」の音訳です。

つまり、「胡姫」というのは胡の姫、ペルシャ人の女の子でござ~♪~ますか?

その通りですよ。 だから胡姫酒肆とくれば、もう決まっていますよね。 エキゾチックな可愛いペルシャ娘がお酌をしてくれるキャバレーですよ。 うしししし。。。


(himiko12.jpg)

こんな感じのペルシャ人のお姉さんがお酌をしていたのかもしれませんよ。

でも、ペルシャ人は極めて少なかったのでござ~♪~ますでしょう?

いや、それが意外に多かったようですよ。 この当時の長安(現在の西安)は国際都市だったのですよ。

どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?

「安史の乱」がなかったら、そもそも白楽天は『長恨歌』を作ることはなかったでしょう。 その「安史の乱」を起こした安禄山(あんろくざん)はペルシャ人だったのですよ。

マジで。。。?

もちろんですよ。 正確にはソグド人(ペルシア系のオアシス農耕民族)と突厥人(トルコ系の遊牧民族)の混血だと言われています。 とにかく、容貌も体型も中国人とはかけ離れていた。 なにしろ、体重が200キロを越す巨漢だった。

つまり、中国に帰化した外国人だったのでござ~♪~ますか?

その通りですよ。 この人の生まれはサマルカンドだった。


サマルカンド (Samarkand)


(silkmap2.jpg)

 

紀元前10世紀ころからイラン系民族のオアシス都市として発展した。
ギリシャ史料で紀元前4世紀のアレクサンドロス3世率いるマケドニア王国遠征軍に最後まで抵抗したソグド人の都市「マラカンダ」の名で知られる。

『後漢書』などの漢文資料では康国として知られている。
玄奘三蔵や後世のアラビア語、ペルシア語の地理書によればソグディアナ、マーワラーアンナフルの中心と呼ばれている。

都市国家の連合体であったソグディアナではサマルカンドの支配者が、時には都市国家連合全体を盟主として采配を振るった。
8世紀初頭にはサマルカンド王デーワーシュティーチュが「ソグドの王」を名乗っている。


当時の中国の首都・長安も国際都市だったけれど、このサマルカンドは、まさに国際都市の中の国際都市だった。 そう言う訳で、安禄山は6ヶ国語に堪能であったため、初め互市郎(貿易官)に任じられたのですよ。 その後、軍功を立て出世してゆき、742年には節度使になり、その後は玄宗と楊貴妃に取り入り、二つの州の節度使を拝命し、まもなく三つの州の節度使を兼任する事になった。

つまり、この当時外国人に対する偏見は中国人は持っていなかったのでござ~♪~ますわね?

僕は思うのだけれど、長安が国際都市だったことを考えると、楊貴妃がハーフだったのではないか?僕はそう思っているのですよ。

どうして、そのように思ったのでござ~♪~ますか?


長恨歌(ちょうごんか)

漢の王は長年美女を求めてきたが、どの女性にも満ち足りないものを感じていた。
ところが、ついに探し求めていた美女に出会った。楊家の娘だった。

 (中略)

楊貴妃は、そもそもは玄宗皇帝の子息の一人の妃であった。
さすがに息子から妻を奪うのをはばかり、いったん道士となった後で玄宗の後宮に迎え入れられている。
太真は楊貴妃の道士時代の名。

 (中略)

温泉の湯水がなめらかに凝脂を洗う、と表現されるように、むっちりとした白い肌の持ち主だった。




『あっちかち (2008年3月25日)』より


このあらすじを読んだ時に、玄宗皇帝のこだわりようが常軌を逸している、と僕には思えたのですよ。

それ程常軌を逸しているでしょうか?

自分の息子の嫁を取り上げてしまったのも同然ですよ。 ちょっと、平凡な人には考えも及びませんよ。

そうでしょうか?

つまり、玄宗皇帝は、普通の中国人の女性ではどうしても飽き足らなかったのですよ。 楊貴妃は、かなり変わった女性だったのではないか? 要するに日本人の男が金髪の白人の女性に魅力を感じるようなものですよ。

デンマンさんも、金髪の白人女性にそのような魅力を感じた事がござ~♪~ましたか?

ありましたよ。 おそらく、宮殿の庭園でも歩いていたハーフの楊貴妃を玄宗皇帝は目にしたのでしょうね。 李白が「少年行」を詠んだように、当時の長安ではペルシャ人の娘が人気を呼んでいたのですよ。 玄宗皇帝も、うわさを耳にしていた。 そういう時にペルシャ人の血が入っているハーフの楊貴妃を目にした。 うわさ通りの、透き通るような色白の肌をして、純粋な中国娘にはない異国情緒が表情に表れている。 それがメチャ魅惑的に見えた。 一目見て玄宗皇帝は楊貴妃の異国風な魅力の虜になってしまったのですよ。

そうでしょうか?

そのような特徴的な女性を想定しない限り、いろいろと手の込んだ事をして自分の息子の嫁を取り上げるなんてしないと思うのですよ。

う~♪~ん。。。 でも、楊貴妃がハーフだったなんて聞いた事がござ~♪~ませんわ。

でもねぇ、状況証拠ならばたくさんありますよ。 安禄山が玄宗と楊貴妃に取り入って、二つの州の節度使を拝命し、まもなく三つの州の節度使を兼任する事になった、と言う事だって、楊貴妃自身がハーフであれば抵抗なく受け入れられる話ですよ。

そうでしょうか?

つまり、この当時の長安は国際化がかなり進んでいて、美人観も古代ギリシャの影響が強くでていたのですよ。 ハーフの楊貴妃は当然のことながらミロのビーナスのような体型に近かったでしょう。 もちろん肌も白人に近い白い肌だったでしょう。 そのような魅力が玄宗皇帝を虜にしてしまったのですよ。 どうですか。。。? 卑弥子さんも、そう思いませんか?

でも、大理石の楊貴妃のムッチリした像を作った彫刻家は、そのような事を知っていたのでござ~♪~ましょうか?

もちろん、知らなかったでしょう? 多くの中国人と日本人のように、楊貴妃は柳腰で細面の表情をしていた、と信じていたはずですよ。 それは、中国に現在残っている楊貴妃の絵を見れば分かります。

それなのに、どうして華清池の像を制作した彫刻家はムッチリとした楊貴妃の像を造ったのでござ~♪~ますか?

それが我々の遺伝子の中に組み込まれている美人観だと僕には思えるのですよ。 つまり、ムッチリとした腰と言うのは、骨盤が広い安産に適した体型ですよ。 楊貴妃の像を作った彫刻家もミロのビーナスの自然な美しさに感銘を受けて、それを参考にして華清池の楊貴妃の像を造ったのだと思いますよ。

。。。んで、柳腰の細面は。。。?

それは、纏足(てんそく)美人観ですよ。 つまり、人為的に女性の自由を制限して考え出された美人観だから、我々の遺伝子に組み込まれている美人観とは違っているのですよ。

古代ギリシャの美人観は、より自然な発想から生み出されたものだ、とデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよ。 より自然で、より人類の幸せと発展にかなった美人観ですよ。 つまり、安産型の美人観です。 僕には、そう思えるのですよ。




『むっちり楊貴妃 (2008年3月27日)』より




どうですか、卑弥子さん?。。。面白いでしょう?



いつものようにデンマンさんの理屈に引き込まれそうでござ~♪~ますわ。

僕は理屈を捏(こ)ね回しているわけではないのですよう。

根拠に基づいているとおっしゃるのでござ~♪~ますか?

もちろんですよう。上の記事の中に貼ってあるすべてのリンクをたどって僕が書いた記事を読めば、納得できるように書いてあるのですよう。

デンマンさん。。。、あのですねぇ~。。。よほど暇がある人でない限り、デンマンさんが書いた記事をすべて読むなんて無理でござ~♪~ますわ。

でもねぇ、僕も驚いたのだけれど、上の中で引用されている記事は結構読まれているのですよう。

どうして分かるのですか?

アクセス解析で訪問者の数が分かるのですよう。 僕と同じように唐の時代に、壮大な歴史ロマンを感じている人が結構、たくさん居るのですよう。 上の記事を読むだけでも、国際的な広がりを感じませんか? 僕は源氏物語より面白いと思いますね。

デンマンさん!。。。あたくしは、これでも京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している者でござ~♪~ますわ。

知ってますよう。

そのあたくしに向かって、“源氏物語よりも楊貴妃物語の方が面白い!”。。。デンマンさんは、そう宣(のたま)うのでござ~♪~ますか?

宣(のたま)うなんて、すごい事を言いますねぇ~。。。 うへへへへ。。。

デンマンさん!。。。笑いで誤魔化さないでくださいな。 あたくしは真面目に腹を立てているのでござ~♪~ますわ。

分かりました。。。 僕は源氏物語がつまらない、と言っているのではないのですよう。 もちろん、源氏物語は世界的にも認められている素晴しい小説ですよう。 でも、「楊貴妃物語」は、それ以上に歴史ロマンを感じさせる壮大な絵巻だと思っているのですよう。

でも、そう言う絵巻はござ~♪~ませんわ。

だから、僕がネットで立ち上げようかと。。。『壮大なる歴史ロマン・楊貴妃物語』。。。『レンゲ物語』と『小百合物語』に引き続いて、この歴史的大ロマンをスタートさせてみようかと。。。うへへへへ。。。

デンマンさん。。。 マジですか?

夕べ、そう言う夢を見たのですよう。



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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

どうですか? あなたは楊貴妃がペルシャ人だったということを信じることができますかァ?

信じられなくても、ペルシャ人の血が少しは流れているという可能性はあるでしょうねぇ~。。。

ところで、あたくしには紫式部の血が流れているのでござ~ますわァ。。。

信じられないでしょう?

では、あたくしの次のお話を読んでくださいませぇ。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますゥ。

だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。

あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。

“寅さん”のような人でもいいのです。。。

ついでだから、寅さんの映画でも見てください。


(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』



軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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シャフリ・ソフタ


 

シャフリ・ソフタ

 


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  ペルシアのペルセポリスの遺跡




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   ラピスラズリ


(junko25.jpg)




(junko11.jpg)

デンマンさん。。。、お久しぶりです。。。 どういうわけで“シャフリ・ソフタ”というタイトルにしたのですか?


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ジュンコさんは“シャフリ・ソフタ”ってぇ、何だか分かりますか?

いいえ。。。 分からないから訊いているのですわァ~。。。

あのねぇ~、実は、僕も目にした時に、何のことだか分からなかったのですよ。。。 確かに見覚えはある。。。 でも、それが地名なのか? あるいは人名なのか?

それなのに、どういうわけでタイトルにしたのですか?

だから、どういうことだと思って、僕も気になってタイトルに選んだのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、“シャフリ・ソフタ”という語句が何を意味するのかは、デンマンさんはご存じないのでしょう!?

ところが、僕はこの言葉を記事の中で使っていたのですよ。。。

どうして、“シャフリ・ソフタ”という語句を記事に中に使っているということが分かったのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70403a2.png)


『拡大する』

『群青の石とロマン』




これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月2日の午前7時59分から午後3時28分までの約7時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。



4月2日の午前8時26分にGOOGLEで検索して『群青の石とロマン』を読んだのですわねぇ~。。。

そうです。。。 渋谷区にある情報関連の会社に勤めている郡司 瑠璃子(ぐんじ るりこ)さんが、どうしても気になったので、出勤するとすぐにパソコンに向かって検索したのですよ。。。

瑠璃子さんはデンマンさんの親戚の方ですか?

いや。。。 知らない人です。。。

それなのに、どうして名前まで分かったのですか?

IPアドレスを調べたのですよ。。。


(ip244224b.png)

『拡大する』



あらっ。。。 瑠璃子さんの写真まで貼り付けてますけれど、プライバシーを保護するためにアクセス者の名前までは確定できないのですわァ~。。。



ジュンコさんは意外にネットに詳しいのですねぇ~。。。

その程度のことは常識ですわァ。。。

あのねぇ~、堅い事は抜きにして僕の話を聞いてください。。。

分かりました。。。 デンマンさんが そう言うならばクドクドと詮索しませんわァ~。。。 でも、“シャフリ・ソフタ”は どうなったのですかァ~?

上のリストの赤線のアンダーラインを引いてある「リファラ(リンク元URL)」のリンクをクリックすると次の検索結果が出てくるのですよ。。。


(gog70403a.png)


『拡大する』

『群青の石とロマン』

『現時点での検索結果』




あらっ。。。 「シャフリ・ソフタ」と入れて検索したのですわねぇ~。。。



そうなのです。。。 なんと検索結果の5ページまで見ていったのですよ。。。

。。。で、赤枠で囲んである写真をクリックして瑠璃子さんは デンマンさんが「徒然ブログ」に投稿した『群青の石とロマン』を読んだのですか?

そういうことです。。。 とにかく仕事の関係で、瑠璃子さんは何が何でも“シャフリ・ソフタ”を調べねばならなかった立場にあったのですよ。。。

なぜですか?

上の検索結果を見てください。。。 5ページまで一つ一つ調べていったのですよ。。。 でも、瑠璃子さんが納得するような説明が載っている記事に出くわさなかった。。。だから、瑠璃子さんは必死になって探したのですよ。。。

。。。で、デンマンさんが投稿した記事の中に、瑠璃子さんが納得のゆくような説明が書いてあったのですか?

あったのですよ。。。

。。。で、どういうことが書いてあったのですか?

次のような説明があるのです。。。



ラピスラズリ・ロード


 


(classic.gif+silkrd7.jpg)

 



ラピスラズリの原産地は限られていて、古来アフガニスタンの東北部に位置するバダフシャン地方が主要な産地でした。
なかでもアム・ダリアというアラル海に注ぐ大きな河があり、その支流のコクチャ川上流にあるサル・イ・サング(Sar-e-Sang)鉱山が有名です。
産出された原石は、北はコクチャ川からアム・ダリアを通ってソグディアナのサマルカンドやブハラ方面へ、また、南はヒンドゥークシ山脈を越え、カブールを経てインドやペルシャ、メソポタミア方面に運ばれていたのです。


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ペルシアのペルセポリスの遺跡

ラピスラズリがなぜメソポタミア方面にもたらされたのかについては、紀元前500年前後にアケメネス朝ペルシアのダレイオス(ダーラヤワウ)1世が,現在のイラク国境近くにあるスーサに宮殿を造るためラピスラズリを運んだことが碑文に刻まれています。
そのラピスラズリはすべてバダフシャン地方からのものです。
また、紀元1世紀に書かれた『エリュトゥラー海案内記』という文献に、インドの貿易港でラピスラズリが輸出されていたことが記されています。
このラピスラズリも当然バダフシャン地方のものです。

こうしたことを裏付けるように、バダフシャン産出のものがエジプトやメソポタミアばかりでなく、アフガニスタンやイランをはじめとする中央アジアの遺跡から発見されています。
そのうち特に注目を浴びたのが1966年からイタリア調査隊のM・トスィが発掘調査を開始したシャフリ・ソフタの遺跡です。


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『拡大する』

シャフリ・ソフタはガズニやカンダハルを通る南ルートにあたるのですが、ここからラピスラズリの原石の塊と装飾品に加工するための道具が大量に発見されました。
そのことにより、ここがラピスラズリの一大加工場だったことが分かりました。
また、カーネリアン(紅玉髄)やトルコ石などの原石も多数出土しているので、ラピスラズリだけでなく、その他の貴石の加工もなされていたことも分かりました。

シャフリ・ソフタはイラン国内ですが、アフガニスタンとの国境近くにあります。
アフガニスタンの南部には東北から西南に向かってヘルマンド川が流れており、その下流域はスィースタン(バルーチスタン)地方と呼ばれています。

この地方は現在アフガニスタンとイランとに二分されていますが、シャフリ・ソフタは、そのイラン側のシースタン地方にある城壁に囲まれた都市遺跡です。
遺跡からは50数基の窯跡なども発見されたことから貴石だけでなく、土器の一大加工場であったことも分かりました。




『群青の石とロマン』より
(2012年04月25日)




。。。で、瑠璃子さんは御礼のコメントを記事に書いてくださったのですかァ~?



今どきのミーちゃん、ハーちゃんが お礼のコメントなんてぇ書くはずないでしょう!

あらっ。。。 瑠璃子さんはミーハーなのですかァ~?

ミーハーでなくても、わざわざ「ありがとうございました」なんて書く人はいませんよ。。。

でも。。。、でも。。。、かつて、グッドマイラヴさんから デンマンさんが書いた記事に対して「ありがとうございます」のコメントをいただいたじゃありませんか!


(ame51225e.png)

『実際の記事』



確か次のようなコメントでしたわ。。。



(ran103.jpg)

関西の女です。

そして、宝塚歌劇が大好き女です。

宝塚は家から近くて、阪急電車でよく歌劇を見にいくのです。

ドイツの歌とは、知らなかった。

何度も読み直し、聴いて、最高。


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ステキなクリスマスになりました。

ありがとうございます。


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グッドマイラヴ 2015-12-25 23:45:53




ジュンコさんは よく覚えていましたねぇ~。。。



それには訳がありますわ。。。

どのような。。。?

私はデンマンさんがグッドマイラブさんに成りすまし 自作自演でコメントを書いたのじゃないか?。。。そう思ったのですわァ。。。 でも、IPアドレスを見ると、マジで関西に住んでいる人なのですわァ~。。。


(osaka01.png)

『拡大する』



つまり、僕が成りすましてコメントを書いたわけじゃないと分かったので、記憶に残っていたのですか?



いいえ。。。 私も“グッドマイラヴ”さんのブログに飛んでいって、記事を読んでみたのですわァ~。。。 クリスマスイヴにふさわしい なかなか素晴らしい記事を書いていました。



 

ベツレヘムの星

2015-12-25 00:41:14


(xmashome.gif)

クリスマスイブの夜。

暖冬とはいえ、かなり暖かい夜。

美しい月も出ている。

まあ、ホワイトクリスマスはロマンチックだけど、

こんな、暖かいクリスマスも、いいかも。

小さい頃、クリスマスツリーを父が買ってきて

妹とキラキラ光る飾りをつけた楽しい思い出。

一番てっぺんに飾る星を、つけると出来上がり。


(xmastree2.gif)

サンタさんは、何時に来ると思う?

エントツないからどこから来るのかなぁ?

サンタさんは、外人だから

日本語で書いたお手紙読めるかなぁ?

妹と私は、布団に入っても、

ペチャクチャ話していた。

父と母は、私達の部屋を覗いて言う。

『早く寝ないと、サンタさんは来てくれないよ』

 

今から思えば、本当にいい時代だった。

父は、クリスチャンでもなかったが、

庭にクリスマスツリーの木を植えた。

毎年大きくなって、当然てっぺんに星の飾りを

飾る事は難しくなる。

父が、言う。

てっぺんの星は『ベツレヘムの星』だよ。


(starxmas.jpg)

父も、詳しい事は知らないみたいで、

誰かに聞いたのだろう。

私は、たまたま、キリスト教の

幼稚園に通っていたので

幼い頃から賛美歌を唄う事が多かった。

何だか分からないが、お祈りもよくした。

幼稚園の担任の先生も、エルマナアンナと言う

白人の先生だった。


(teacher9.jpg)

最近、クリスマスツリーの

てっぺんの星が気になって

調べてみた。

キリストが生まれた直後、

木星と金星の異常接近の年で

二つの星が重なりあって輝き、

誰も見た事のない星が出たと

新約聖書に書いてあるらしい。

その星をベツレヘムの星と呼ぶらしい。

世の中を救う人が生まれる時は、

そういうものなのかなぁ。

大人になって、クリスマスツリーの

てっぺんの星が何だったか分かって、

何だかありがたい気がした。

そして、庭にクリスマスツリーを

植えてくれた父に、

ありがとうと言いたい。

天国まで、届くかなぁ。。。。

パパ、ありがとう。


(pray08.gif)

 

作: グッドマイラヴ




『ベツレヘムの星』より

『クリスマスのコメント』に掲載。
(2015年12月30日)




なるほどォ~。。。 この記事を読んだのでグッドマイラヴさんが感謝のコメントを書いたことを覚えていたのですねぇ~。。。



そうですわ。。。 だから、瑠璃子さんも「ありがとう」ぐらい書くだろうと思ったのですわァ~。。。

あのねぇ~、状況が違うのですよ。。。 瑠璃子さんは仕事の関係でストレスが溜まっていて、何が何でもシャフリ・ソフタを調べなければならないと必死でググッたのですよ。。。 でも、グッドマイラヴさんは、この時 クリスマス気分に浸っていたわですよ。。。

つまり、瑠璃子さんはコメントを書くどころの気分ではなかったのですわねぇ~。。。

そうです。。。 やっとストレスから開放されて、クビにならずにすんだと 安心しきったのですよ。。。

だからこそ、感謝の気持ちを込めて“ありがとう”のコメントを書くべきなのではありませんかァ~?

4月2日がクリスマスならば瑠璃子さんも“ありがとう”のコメントを書いたと思いますよ。。。

そうでしょうか?

そういうものですよ。。。



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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたもラピスラズリに興味を持ちましたか?

では、ダイヤモンドより綺麗で珍しい天然石をお見せしますねぇ~。。。


(stone911.jpg)



古代ペルシャの遺跡も面白いですけれど、

日本の古代史にも興味深い不思議な出来事がたくさんあります。

それでは次の記事から興味があるものをお読みくださいねぇ~。。。


天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?



ところで、他にも面白い記事がたくさんあります。

興味のある方は次の記事も読んでみてくださいね。


(sylvie500.jpg)


『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『エリュトゥラー海案内記』

『伊藤若冲 ランブータン』

『知的快楽』


とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
(himiko92.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

『平成の紫式部』

■ めれんげさんの『即興の詩』

■ めれんげさんの『極私的詩集』

Jagel - Soft Japanese Bagel
(bagel702.jpg)

■ "JAGEL - Soft Japanese Bagel"


(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(beach02.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』




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(byebye.gif)

神聖娼婦 マリア


 

神聖娼婦 マリア

 


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(himiko90.gif)

 




(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 “神聖娼婦 マリア”なんてタイトルを掲げて大丈夫でござ~♪~ますか?


(kato3.gif)

何か僕がいけないことをしましたか?

しましたかじゃないでしょう! 敬虔なキリスト教徒の皆様に見つかったら、八つ裂きにされてしまいますわァ~。。。

あのねぇ~、タイトルには確かに“神聖娼婦 マリア”と書いてあるけれど、これは僕が言い出したわけではないのですよ。。。

じゃあ、どなたが言い出したのでござ~ますかァ~?

昔から、こういう事を言う人はいたのですよ。。。 でも、それでは証拠にならないから、まず次のリストを見てください。


(liv70404b.png)


『拡大する』

『仏陀とキリストと娼婦』




これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の 4月1日から4日までの4日間の「リンク元URL」のリストです。。。 赤枠で囲んだ 17番に注目してください。。。



あらっ。。。 ドコモで検索して『仏陀とキリストと娼婦』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、『仏陀とキリストと娼婦』と“神聖娼婦 マリア”が関係あるのでござ~ますか?

もちろん関係ありますよ。。。 関係なかったら、端(はな)から“神聖娼婦 マリア”というタイトルを書きませんよ。。。

それで、どのように関係あるのでござ~ますかァ~?

あのねぇ~、赤枠で囲んであるリンクをクリックすると次の検索結果が出てくるのですよゥ。。。


(doc70405a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』




あらっ。。。 ドコモで検索したネット市民は「神聖娼婦 マリア」と入れて検索したのでござ~ますわねぇ~。。。



そうなのですよ。。。 つまり、「マリア様は神聖娼婦だと言う人が居るけれど、それは本当のことなのだろうか?」。。。 札幌に住んでいる商府 正太郎(しょうふ しょうたろう)君は、それをネットで確かめるために検索したのですよ。

あらっ。。。 検索した人物が商府 正太郎(しょうふ しょうたろう)君だと、どのようにしてゲットしたのでござ~ますかァ?

次のリストを見てください。


(liv70402a.png)


『拡大する』

『仏陀とキリストと娼婦』




これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月2日の午後3時9分から3時28分までの「生ログ」ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。



あらっ。。。 4月2日の午後3時28分に『仏陀とキリストと娼婦』にアクセスして記事を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことですよ。。。

でも。。。、でも。。。、札幌に住んでいる商府 正太郎(しょうふ しょうたろう)君がアクセスしたとはどこにも書いてないではござ~ませんかァ!

それはIPアドレスを調べたのですよ。。。


(ip84253b.png)

『拡大する』



あらっ。。。 商府 正太郎(しょうふ しょうたろう)君のイラストまで描いてありますわねぇ~。。。 でも。。。、でも。。。、プロバイダーのアクセスポイントまでは確定できても、プライバシーを守るためにアクセス者の名前までは確定できないのでござ~ますわァ~。。。



卑弥子さんは、見かけによらずネットに詳しいのですねぇ~。。。

その程度のことはネットの常識でござ~ますわァ。。。

とにかく、堅い事は抜きにして、本題に入りましょう。。。 僕だってアクセスした人物のプライバシーを守るために、商府 正太郎(しょうふ しょうたろう)君というのは仮名ですよ。。。 だから、卑弥子さんもガタガタ僕に突っ込みを入れないでくださいねぇ~。。。

分かりましたわァ。。。 それで、商府 正太郎(しょうふ しょうたろう)君は、間違いなく『仏陀とキリストと娼婦』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、デンマンさんは記事の中でマリア様は神聖な娼婦だったと断定なさったのでござ~ますかァ~?

僕が断定するはずないでしょう!

でも。。。、でも。。。、デンマンさんの記事を検索して読んだのですから、正太郎君は何らかの情報をゲットしたはずですわァ。

あのねぇ~、検索して『仏陀とキリストと娼婦』を読んだ正太郎君は次の箇所を読んだのですよ。。。


神聖娼婦


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神聖娼婦は宗教上の儀式として神聖な売春を行った者である。
その儀式を神聖売春または神殿売春という。

古代近東地域における神聖娼婦

イナンナもしくはイシュタルは女神官の儀式用髪飾りを付けて表される
チグリス川とユーフラテス川に沿った古代近東にはバビロンのイシュタルの神殿をはじめとした多くの聖地や神殿、「神の家」が存在しており、ヘロドトスは『歴史』の中で神殿売春の慣習を伝えているが、多分に誤解を含んでいるという主張もある。

サミュエル・ノア・クレーマーの聖婚:古代シュメールの信仰・神話・儀礼によると、後期シュメールおよびアッカドの王サルゴンは、アキトゥと呼ばれる新年祭の10日目に神殿で行われる王と女神の結合の儀式に神聖娼婦を参加させることで、その正当性を確立させたとされる。
西暦4世紀にキリスト教を奉じるローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世が女神の神殿を破壊し、キリスト教化したことによって、神聖娼婦の習慣は終了した。

メソポタミア

古代メソポタミアの巫女は、寄進を受けた者に神の活力を授けるために性交渉を行う風習があった。

『ギルガメッシュ叙事詩』でもギルガメッシュの友エンキドゥの獣性を鎮めるために、娼婦を派遣して性交渉を行ったとの記録があり、当時は売春行為は、現在とはかなり違い神聖な儀礼であった事をうかがい知る事ができる。


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また、古代メソポタミアのイシュタルや古代ギリシアのアフロディーテ、北欧神話のフレイヤなど、多くの神話では愛と美を司る女神は性に奔放な姿で描かれているのも、こうした神殿娼婦の影響によるものと考えられている。

古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは古代メソポタミアにおいて神殿売春が行われていたと初めて言及した人物である。

アジア

デウキ(英語版)とは、古にされた契約を果たして宗教的な利益を得るために少女が地元のヒンズー教の寺院に捧げられる、ネパール西部の古い習慣である。

少女は売春婦として寺院に奉仕し、それはインドのデーヴァダーシーの習慣と類似している。


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この習慣は無くなりつつあるが、少女はまだ捧げられている。

日本

日本における金精様などの生殖器崇拝の起源も、農作物の豊穣祈願である。
交接を伴う祭祀も多く見られ、各地の闇祭のほとんどが性交の儀礼を伴なっていた。
筑波山にはカガイと称する性の解放祭があり、宇治には闇祭(別名:種もらい祭)という露骨な性の取引があったという。

また白拍子や加賀女等の遊女が主役の祭りも多く、中山太郎は「巫女が日本における遊女、遊郭の起源である」と書いている。
祇園八坂神社の「神輿迎え」、沖縄の尾類馬、遊女供養の下関の赤間宮の先帝祭などでは遊女が舞いを奏し、播磨の鎮守賀茂神の祭りや摂津の住吉大社では遊女が祭りの主役であり「この地こそ神功皇后の勅許以来日本最初の遊郭であった」と唱えられているという。

ゆえに各地方の遊郭は神社を中心に発達した。
伊勢の古市に遊郭が整備されたのは決して近年の話ではなく、「大昔から全国に渡り『夫婦連れての伊勢参宮したのでは御利益がない』という諺が行われている裏面には、道者は必ず古市で遊ばなければならぬように仕向けられていたのである」と述べている。




出典: 「神聖娼婦」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




神聖娼婦は宗教上の儀式として神聖な売春を行った者であると書いてあるのですよ。。。



でも、西暦4世紀にキリスト教を奉じるローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世が女神の神殿を破壊し、キリスト教化したことによって、神聖娼婦の習慣は終了したとも書いてありますわァ。。。

卑弥子さんは目の付け所が鋭いですねぇ~。。。 確かに、西暦4世紀に、神聖娼婦の習慣は終了したのでしょう。。。 でもねぇ、正太郎君は、次の小文も読んだのですよ。。。


マグダラのマリア


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マグダラのマリアは、新約聖書中の福音書に登場する、イエスに従った女性である。

マリヤ・マグダレナとも転写される。

正教会・カトリック教会・聖公会で聖人。

伝説中のマグダラのマリア、たとえばヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』 (Golden_Legend)などによれば、マグダラのマリアは金持ちの出自であって、その美貌と富ゆえに快楽に溺れ、後にイエスに出会い悔悛したという。

娼婦をも意味する「罪の女」(the Sinner)との異名を与えられたり、ルネサンス以降「マグダラのマリアの悔悛」(The Penitent Mary Magdalene)を主題とする絵画、彫刻が多く制作される。


(magda01.jpg)

このイメージはカトリック教会の作為が関与していると指摘されている。

イエス昇天後、兄弟ラザロ、マルタ (マリアの姉) らとともに南仏マルセイユ(あるいはサント=マリー=ド=ラ=メール)に着き、晩年はサント=ボームの洞窟で隠士生活を送ったのちにその一生を終え、遺骸はいったんエクス=アン=プロヴァンス郊外のサン=マクシマン=ラ=サント=ボームに葬られたと信じられた。

ヴェズレーのサント=マドレーヌ大聖堂はその遺骸(頭蓋骨)を移葬したものと主張している。

しかし、サン=マクシマン側はいまも遺骸を保持していると主張しており、一部はパリのマドレーヌ寺院にも分骨されている。




出典: 「マグダラのマリア」
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マグダラのマリアは、娼婦をも意味する「罪の女」(the Sinner)との異名を与えられたのですよ。。。



つまり、正太郎君はこの上の部分を読んでマグダラのマリアが神聖娼婦だと思い込んでしまったのですかァ~?

たぶん、そうだと思うのですよ。。。

でも、それはデンマンさんの憶測でしょう?

あのねぇ~、本人に尋ねてみないことには、誰も断定できないですよ。。。 もし、正太郎君がこの記事を目にすれば、コメントを書いてくれると思います。

そのつもりで、あたくしを呼び出してこの記事を書いたのでござ~ますか?

そうです。。。 いけませんでしたかァ~?



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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あたくしは、正太郎君は「聖母マリア様が“神聖娼婦”だと示唆するような記事はけしからん!」と思いながら『仏陀とキリストと娼婦』を読んだと思うのですわァ。

そしたら、聖母マリアのことではなく、マグダラのマリアのことを言ったのか。。。

そう思って安心したのだと思うのですわァ~。。。

あなたは、どう思いますか?

実は、聖母マリアとマグダラのマリアは同一人物だった、と言う人たちもいるのでござ~ますわァ。。。

そのことを扱ったYouTubeのクリップがあります。


(maria611.jpg)



上のクリップを観てあなたはどう思いましたか?

話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)



(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』



軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

ずるがしこい現代人


 

ずるがしこい現代人

 


(trumpage.jpg)




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「六韜」とは何か?





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マキアベリ (Niccolo di Bernardo Machiavelli 1469-1527) の事は、多分知っていると思いますが、念のために、ちょっとひと言。
日本の戦国時代に当たりますが、当時の、イタリアは、フィレンツェ市国(公国)の役人をしていた人物です。

1513年に、“The Prince” というタイトルの本を書きます。
これはいわば、政権の座にある者のための、治世の書とも言われるもので、現在の考え方からすると、ひどくエゲツナイやり方で,国を治める方法が書いてあります。
したがって,マキアベリズムと言う場合、たいてい、悪い意味に使われることが多いようです。


(kamatari2.jpg)

大きな人物が藤原鎌足

左が次男の藤原不比等

右が僧になった長男の定慧


そういう本を書いたマキアベリもびっくりする、というのですから、藤原鎌足が愛読していた「六韜(りくとう)」という兵書がどのようなものであったか、大体想像がつくでしょう。
たぶんマキアベリは、この兵書を読んでいなかったでしょう。
私の知る限り、マキアベリが「六韜」を参考にしたとは、どこにも書いてありません。

この「六韜」のどこがすごいかと言うと、例えば、

「権力者がいたら側近になって徹底的におだてろ、そうすれば彼は反省を失い判断力が鈍るだろう」

「寵姫がいたらもっと美しいライバルを送り込め、そうすれば宮廷は二つに分かれて大変なことになるだろう」

「外交使節に隣国から優秀な人物が交渉にきたら話をまとめるな、愚鈍な人物のときにまとめろ、そうすればその人物が重んじられ優秀な人物は失脚し、隣国は弱まるだろう」

というわけで、政略、謀略を通して、時の政治をどのように操って行けばよいかということが書かれているマニュアル本だったのです。

これには、さらに、「八徴の法」という人物の本性を見抜く八つの方法がのっています。


   「八徴の法」

1) 質問してみて理解の程度を観察

2) 追及してみてとっさの反応を観察

3) 間者をさしむけて内通を誘い誠実かどうかを観察

4) 秘密を打ち明けてその人徳を観察

5) 財政を扱わせて正直かどうかを観察


(girl0006.jpg)

6) 女を近づけてみて、人物の堅さを観察

7) 困難な任務を与えてみて勇気があるかどうかを観察

8) 酒に酔わせてみてその態度を観察


エゲツナイといえば、確かに、その通りには違いないわけですが、人間の弱いところ、痛いところを見極めて、なかなか意味のあることを言っています。
もちろん、まともなことも、たくさん書いてあります。
くだらないことばかり書いてある本だとしたなら、藤原鎌足が見向きもしなかったでしょうし、結局現代まで、伝わらなかったでしょう。

この六韜(りくとう)は、周の太公望の撰とされ、「荘子-徐無鬼」という本に「金版六囁」(「囁」は「とう」で「韜」に同じ)と出ています。
現存するものは、それに仮託して3世紀以降に作られた偽作であるという説もあります。
文韜・武韜・竜韜・虎韜・豹韜・犬韜の6巻からなっています。
ちなみにこのうちの「虎韜」から派生した言葉が、今日よく耳にする「虎の巻」という慣用語です。

また三略(さんりゃく)と呼ばれる兵書もあり、これは3巻からなる兵書です。
これも周の太公望の撰で、黄石公(こうせきこう)が土橋の上で漢の張良に授けたと伝えられています。
しかし、これとても、後世の偽撰書だとする学者が居ます。
老荘思想を基調にした治国平天下の大道から戦略・政略の通則を論述したものですが、日本には遣唐使上毛野真備が初めて伝えたということになっており、「六韜」と併称して、「六韜三略」と呼ばれることが、よくあります。 


日本人とは何か?


藤原鎌足が、なぜ六韜を愛読するようになったのか? そんな疑問が頭をもたげませんか?
その疑問に答える前に、ここで日本とは何か?日本人とは何か?をちょっとばかり考えてみたいと思います。
そうでないと、なぜ藤原鎌足が六韜を愛読していたのか、また、それを実践したのか、がよく理解できません。

先ず、よく考えなくても分かることなのですが、日本へやってきた人はどういう人たちかというと、それ以前は強い人たちだったかもしれませんが、戦争に敗れて逃げてきたか、自分が住んでいるところが、戦地になって追い出されてきたか、飢饉や、病気が蔓延して作物がなく、喰いっぱぐれて、着の身着のままでやってきたかの、いづれかです。

もっと時代をさかのぼって、人類史の上から見れば、アジア人がどうして体が小さいかということも、上のような理由で説明がつきます。
つまり、アフリカで、我われの祖先が生まれたわけですから、次の地図で見るように、そこから四方八方に広がっていったわけです。


(afroeve.gif)

では、どういう人たちが広がって行ったかといえば、端的に言えば、弱い人たちです。
この「弱い」にも二通りの意味があります。
肉体的に弱いのと、頭脳的に弱いということです。
当時のアフリカ人は肉体的にも、頭脳的にも強かった。
したがって、肉体的に弱かった人たちが、ヨーロッパやアジアへと、生存競争に敗れ、新天地を求めて去って行ったわけです。
好奇心を満たすために、よその土地へ行くとか、旅行気分で他国へ行くとか、そういうことは、20世紀の後半になってからの話で、それまでは、99パーセントまでが、喰うために他所へ移っていったわけです。
これは、アメリカの移民史を見ればすぐに分かることです。

アジア人は、そういうわけで、アフリカからアジアへと移住していった。
日本の原住民といわれるアイヌ人でさえ、祖先をたどってゆけば、そういうアジア人のなかで生活していた時期があったはずです。
ところで、その当時、逃げていった人たちのたどり着いた土地に、誰も居なかったのか?といえば、決してそうではなかったわけです。
どういう人たちが住んでいたかと言えば、ネアンデルタール人のような人たちが居たわけです。


(nean02.jpg)


(neanmap.jpg)


ずるがしこい現代人の祖先


最近の遺伝子の研究に見るように、どうやら、我われは、この人たちから進化してきたのではない事が分かってきました。
それでは、ネアンデルタール人は一体どういう人たちかといえば、もちろん、我われアジア人とは比べものにならないくらいに、肉体的には頑強です。
脳味噌の量も我われとほぼ同じぐらい持っていました。
量だけから言えば、中には、我われよりも、多くの脳味噌を保持していた人も見つかっています。

しかし決定的に我われよりも劣っていた点がありました。
それは何かというと、最近の研究に因って、彼らが言葉をうまく操れなかったということが分かってきたのです。
解剖学的に調べると、彼らの、喉の構造から、余りよく発声ができなかった。
つまり、そのような理由で、たくさんの言葉を持っていなかったらしい。
このことは、戦争のような、団体行動をとる時には、致命的な欠陥です。
コミュニケーションがよくできないということは、戦略、謀略が効果的に使えないということになります。

これはどういうことかといえば、体の小さなアジア人が、肉体的に頑強なネアンデルタール人に対して、『六韜』を実践することに因って、勝ちぬいてきたようなものです。
そうすることで彼らの土地を奪って、生存競争に生き残ったわけです。
おそらく、生存競争に敗れて絶滅したネアンデルタール人から見れば、我われホモ・サピエンス・サピエンスは、全く、ずるがしこい人間に見えたでしょう。
ちょうど今の我われが、『六韜』を読んでエゲツナイと感じるように。

『マキアベリもビックリ、藤原氏のバイブルとは?』より)





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デンマンさんも「ずるがしこい現代人」なのでござ~♪~ますか?


(kato3.gif)

僕は自分では「ずるがしこい現代人」ではないと思っているのだけれど、長い人類史を見ると、この世に生きているすべての現代人は“ネアンデルタール人”と比べたら、みんな“ずるがしこいヒト”だと思いますよ。

じゃあ、あたくしまでもが“ずるがしこいヒト”なのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。

失礼しちゃうわあああァ~。。。 あたくしは、とっても素直で正直で善良な性格だと自認しているのでござ~ますわァ~。

卑弥子さんは、そう思っているかもしれないけれど、客観的に見れば、やっぱりどこか“ずるがしこいヒト”に見えますよ。。。

その証拠でもあるのでござ~ますかァ~?

ありますよ。。。 次の記事を読めば、ネット市民の皆様も卑弥子さんが“ずるがしこいヒト”だと思いますよ。。。


(aerobics5.gif)

『衝撃の角度』



うふふふふふ。。。 やっぱり、ずるがしこいところってぇ、誰にでもあるものですわねぇ~。。。



あれっ。。。 やっぱり、卑弥子さんも素直に認める気になったのですかァ~?

だってぇ~、“ネアンデルタール人”は現代人によって滅ぼされてしまったのですものォ~。。。 肉体的に頑強なネアンデルタール人を滅ぼすには、現代人の祖先は ずるがしこくならなければならなかったのでござ~ますわァ~。。。 それに、振り返ってみれば あの“リーマンショック”だってぇ~、“ずるがしこい現代人”が仕掛けたのですわァ~。。。

卑弥子さんが、素直に そう思ってくれるならば、僕はこれ以上言う事はありませんよ。。。

でも。。。、でも。。。、いったい、どのようなわけで“ずるがしこい現代人”を持ち出してきたのでござ~ますかァ?

実は、根案出流太(ねあん でるた)さんが Yahoo!で画像検索して僕の『徒然ブログ』にやって来て“ずるがしこい現代人”を読んだのですよ。。。

マジで。。。?

ちょっと次のリストを見てください。


(liv61211a2.png)

『拡大する』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の12月10日の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのですよ。



あらっ。。。 Yahoo!で画像検索して『哀れなネアンデルタール』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。


(nean01.jpg)

『哀れなネアンデルタール』



でも。。。、でも。。。、どのようにして根案出流太さんが『哀れなネアンデルタール』を読んだと判ったのでござ~ますか?



IPアドレスを調べればすぐに判りますよ。。。


(ip45148.png)

『拡大する』



IPアドレスを調べるとアクセス者の氏名まで判るものなのですかァ~?



現代人類は「ずるがしこいヒト」ですからねぇ~、他にもいろいろな方法を考えて突き止めるのですよ。。。 でも、本名を明かすことはできません。。。 プライバシーの侵害になりますから。。。

つまり、根案出流太さんは本名なのではなく、東京の千代田区で働いている会社員なのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、「リファラ」の URL をクリックすると、どのような結果が出てくるのでござ~ますかァ?

次のような画像がたくさん表示されるのですよ。


(yah61211b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』




あらっ。。。 「ネアンデルタール人 inu」と入れてYahoo!で画像検索したのですわねぇ~。。。



そういうことです。。。 赤枠で囲んだイラストをクリックすると次のページが出てくるのですよ。。。


(yah61211c.png)


『拡大する』

『哀れなネアンデルタール』




赤枠で囲んだリンクをクリックすると『哀れなネアンデルタール』の記事へ飛ぶのでござ~ますか?



そうです。。。 根案出流太(ねあん でるた)さんも、次の箇所を読んで、現代人類が「ずるがしこいヒト」だと納得したはずです。。。


最近の遺伝子の研究に見るように、どうやら、我われ(現代人)は、この(ネアンデルタール)人たちから進化してきたのではない事が分かってきました。
それでは、ネアンデルタール人は一体どういう人たちかといえば、もちろん、我われアジア人とは比べものにならないくらいに、肉体的には頑強です。

脳味噌の量も我われとほぼ同じぐらい持っていました。
量だけから言えば、中には、我われよりも、多くの脳味噌を保持していた人も見つかっています。


(nean01.jpg)

しかし決定的に我われよりも劣っていた点がありました。
それは何かというと、最近の研究に因って、彼らが言葉をうまく操(あやつ)れなかったということが分かってきたのです。

解剖学的に調べると、彼らの、喉の構造から、余りよく発声ができなかった。
つまり、そのような理由で、たくさんの言葉を持っていなかったらしい。

このことは、戦争のような、団体行動をとる時には、致命的な欠陥です。
コミュニケーションがよくできないということは、戦略、謀略が効果的に使えないということになります。

これはどういうことかといえば、体の小さなアジア人が、肉体的に頑強なネアンデルタール人に対して、『六韜』を実践することに因って、勝ちぬいてきたようなものです。
そうすることで彼らの土地を奪って、生存競争に生き残ったわけです。

おそらく、生存競争に敗れて絶滅したネアンデルタール人から見れば、我われホモ・サピエンス・サピエンスは、全く、ずるがしこい人間に見えたでしょう。




この部分を読めば、ネアンデルタール人が頭はでっかくとも言葉をうまく操ることが出来なかったので生存競争に敗れて絶滅したことが良く解るのですよ。



つまり、現代人類は、もともと「ずるがしこいヒト」だとデンマンさんは主張するのでござ~ますかァ?

いや。。。 僕が主張しているわけではありません。。。 最近の遺伝子の研究によって、そうであろうと言われているのですよゥ。



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

ところで、ネアンデルタール人以外に良く知られている人類化石にクロマニョン人(Cro-Magnon man)がありますよねぇ~。。。
南フランスで発見された人類化石でござ~ますわァ。
1868年にクロマニョン (Cro-Magnon) 洞窟で、鉄道工事をしている時に5体の人骨化石が出土しました。

ネアンデルタール人を旧人と呼ぶのに対し、クロマニョン人に代表される現代型ホモ・サピエンスを「新人」と呼んでいるのでござ~ます。
約20万年前に誕生した現生人類を称するための用語としては、学名の「ホモ・サピエンス・サピエンス」、同じく新人の「ホモ・サピエンス・イダルトゥ」以外には、「新人」ぐらいしかないので、不正確ではあってもこの用語で代用されているようです。

クロマニョン人は骨格が頑丈で多くの点で現代人と似ています。
特にヨーロッパ人に似ていると言われます。
身長は男性で180cm前後。

クロマニョン人は後期旧石器時代にヨーロッパに分布した人類で、現代人と同じホモ=サピエンス(Homo sapiens)に属し、白色人種だと考えられているのでござ~ますわァ。
精密な石器・骨器などの道具を製作し、優れた洞窟壁画や彫刻を残しました。

また、死者を丁重に埋葬し、呪術を行なった証拠もあるなど、進んだ文化を持っていました。
主流派の学説ではクロマニョン人はそのまま現代人へと遺伝的に繋がっているとされています。


(5men2.gif)

一部の学者によれば、狩猟採集生活をし、イヌ以外の家畜を持たず、農耕も知らなかったため、野ウマ・ヤギュウ・マンモス等の大動物が減少・絶滅すると共に彼らも滅亡したと言われています。

クロマニョン洞窟での発見以来、同種の人類化石がヨーロッパ各地で発見されたのでござ~ます。
南フランスでは19世紀末にシャンスラード人やグリマルディ人が発掘されましたが、発見当初、前者はエスキモー(イヌイット)に、後者は黒色人種に類似すると言われました。
でも、その後否定され、そうした類似と見えるのは個体差や、土中に埋没していた際の土圧による変形であり、いずれもクロマニョン人に含まれると現在では見なされています。


(vanc700.jpg)

話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)



(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』



軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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エリュトゥラー海案内記


 

エリュトゥラー海案内記

 


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デンマンさん、お久しぶりです。。。 いったい、どういう風の吹き回しで私をお呼びになったのですか?


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たまには、ジュンコさんが姿を見せてもいいでしょう! ジュンコさんとも、もうかれこれ12年に渡ってチームを組んでいるのだから。。。


自己紹介 : Junko Adachi


(junko02g.gif)




•ニューヨークで生まれる。

•父親が商社に勤めていたので、子供の頃、ヨーロッパ、北米で暮らす。

•日本とアメリカの大学で、ジャーナリズムとクリエーティブ・ライティングを学ぶ。

•これまでにいろいろな仕事につく。主なものは次の通り: ガイド、フリーター、秘書、フライト・アテンダント、モデル、英語学校教師

•現在、通訳、フリーランス・ライターとして活躍している。

•趣味は旅行と音楽・映画観賞。




『センスある下着を身につけていますか?』より
(2004年8月7日)




それにしても、ずいぶん古い私の「自己紹介」を持ち出してきましたわねぇ~。。。



GOOGLEで検索してみたら、たまたま上の記事がヒットしたのですよ。


(gog61212b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』




「じゅんこ デンマン beaverland.web.fc2.com」を入れて検索してみたのですよ。。。 トップに出てきた記事にジュンコさんの「自己紹介」が出ていたのです。。。



私のことよりも「エリュトゥラー海案内記」という本のタイトルは聞いたことがありませんわァ~。。。 いったい“エリュトゥラー海”というのは、どこの海なのですか?

あのねぇ~、実は、“エリュトゥラー海”で検索して僕のブログにやって来たネット市民がいたのですよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。


(ame61208b.png)

『拡大する』



これはアメブロの僕のブログの12月2日から8日までの1週間の「リンク元URL」のリストなのですよ。。。



2番と3番に“悪質で愚かな URLスパマー”と書いてありますけれど、これはどういう人物なのですか?

あのねぇ~、宣伝のために、http://ameba.wpblog.jp/rx/ と http://vinemix.info/RK/ という URL を「自動URLスパム配信ツール」を使って、自動的にアメブロ会員に URLスパムを飛ばしているのですよ。


(ame61208b2.png)

『拡大する』



同一人物ですかァ~?



そうです。。。

デンマンさんのブログだけでも 1週間に合計 180 + 169 = 349 回もスパムを飛ばしたのですか?

そうです。。。 アメブロ会員 全体では 少なくとも4千万回も スパムを飛ばしているはずですよ。。。 そのうち、このスパマーのことで検索する人が居れば、この記事がヒットするはずです。。。 ジュンコさんが質問しなければ、僕は見逃したのだけれど、このスパマーもその内ネットで悪名高くなるでしょう。。。

。。。で、“エリュトゥラー海”を入れて検索してデンマンさんのブログにやって来たというネット市民は上のリストのどこに記録されているのですか?

上のリストの赤枠で囲んである31番ですよ。。。

31番の URL をクリックすると どのような検索結果が出てくるのですか?

次のページに検索結果が出てきます。


(yah61210a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』




「エリュトゥラー海案内記 パープル染め」を入れて検索したネット市民は、赤枠で囲んだ囲んだリンクをクリックしたのです。



そうすると、どのページが出てくるのですか?

次のページです。。。


(ame61210a.png)


『拡大する』

『実際のテーマのページ』




これは「テーマ:世界史・オリエント史・古代史」というテーマのぺーじなのですよ。。。



そのテーマのページの中で“エリュトゥラー海案内記”が出てくるのはどの記事なのですか?

次の記事です。





(clouds.gif+heartx.gif+junko06.gif)

『群青の石とロマン』



あらっ。。。 記事の中に私が登場するのですか?



そうです。。。 それで、ジュンコさんも懐かしくなるだろう、と思って呼び出したのですよ。 (微笑)

でも、私は“エリュトゥラー海案内記”という本を見たことも読んだこともありませんわァ。。。 いったい、どういう本なのですか?

大昔のガイドブックですよ。。。 次のようなものです。


エリュトゥラー海案内記


(redsea02.jpg)

『エリュトゥラー海案内記』(羅: Periplus Maris Erythraei、英: Periplus of the Erythraean Sea)は、古代のインド洋近辺における海洋貿易についてギリシア語で記された航海案内書。

10世紀の版がハイデルベルク大学図書館に、14・15世紀の写本が大英博物館に所蔵される。

「エリュトゥラー」(Ἐρυθρά) とはギリシア語で「赤」の意味。

すなわち、「エリュトゥラー海」とは「紅海」という意味である。

ただし、古代においては、紅海、ペルシャ湾、オマーン湾、アラビア海、インド洋、ベンガル湾を含めた海のことを広く指していた。


(redsea01.jpg)

紀元後40年から70年ごろに成立したと推定され、著者はローマ領エジプト州に住んでいたギリシア人航海者であったと言われる。

アレクサンドリアもしくは紅海に面したベレニス(Berenice)出身と推定されている。

著者は読み書きが出来る程度の教育は受けていたが、ギリシャ語とラテン語の混同がみられ、文法上の誤りもあり、最上の教育程度であったわけではない。

この書は、インド洋に吹く季節風を利用した遠洋航行を行う貿易業者のために書かれた。

当時、インド洋においては、ローマ帝国と南インドのサータヴァーハナ朝の間で季節風貿易が行われており、そのためこの書には航海の状況のみならず、各港での貿易品や各地の特産品などについての記述も詳しい。

アラビア半島から東南アジアにいたるまで広い範囲をカバーしているため、1世紀ごろのインド洋周辺という、情報の少ない地域・時代の様相を知るための貴重な史料である。

地理

『エリュトゥラー海案内記』に見られる地域は以下のとおり。

アフリカ東岸
紅海
ソコトラ島
ペルシア湾
アラビア海
インダス河口
ベンガル湾
セイロン島
マレー半島

中国について、 θίν (Thin、ティン) という呼称で絹の産地として紹介している。
「秦」に由来すると言われる。




出典: 「エリュトゥラー海案内記」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




でも。。。、でも。。。、『群青の石とロマン』の記事の中には“エリュトゥラー海案内記”は出てきますけれど、“パープル染め”は出てきませんよねぇ~。。。



記事の本文には出てこないけれど、卑弥子さんの独り言の中に出てくるのです。


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

デンマンさんの歴史ロマンのお話でした。

もっと読みたい人はリンクを貼りましたから面白そうなものを選んで読んでみてください。

『ラピスラズリと紺瑠璃杯』

『愛しの敦煌』

『ラピスラズリ と 美女アメニア』

『古代紫 Tyrian purple』

『飛鳥とペルシャ 石人男女像の謎』

『聖徳太子の母親はペルシャ人だった?』

『聖徳太子の個人教授にはペルシャ人が居た』


(shotoku2.jpg)

『なぜ厩戸王子なの?』

『飛鳥と中南米は海でつながっていた』

『バンクーバーとブリスベン』




『群青の石とロマン』より
(2012年4月25日)




。。。で、具体的に“パープル染め”というのは、どういうことですか?



“古代紫染め”のことですよ。。。


古代紫

Tyrian purple


 

岩波の理化学辞典には、 Tyrian Purple は「古代紫」の名称で取り上げられています。
この項には次のように書かれています。



【古代紫】
地中海産の貝
purpura、Murex、Thais 属の
鰓下腺(サイカセン)から分泌される黄色液で、
主な色素成分は、
6.6’-ジブロモインディゴ C16 H8 O2 N2 Br2。

これで繊維を染めて空気にさらすと、
紫に近い深紅色に変わる。
ギリシャ・ローマ時代における
貴重な紫色素で高価であった。

(murex01.jpg)

ところで僕が日常使っている三省堂の国語辞典には次のように出ています。





【古代紫】

多少灰色がかった紫。

江戸紫よりも黒味を帯びている。 


(2purples.gif)

僕の頭の中では「古代紫」というのはTyrian purpleのことなんですが、国語辞典の定義にある「古代紫」とは全く違っているようですよね。
Tyrian purpleと言う色は理化学辞典で説明されているように「紫に近い深紅色」なんですね。
国語辞典で定義されているような「多少灰色がかった紫。江戸紫よりも黒味を帯びている」色ではありません。


では、Tyrian purpleとはどのような色をしているのかと調べたら、右の絵に書かれている人物が身にまとっている帽子と上着の色がその色なのです。古代紫とも江戸紫とも違い、かなり赤みを帯びています。
(3purple.jpg)

古代紫には人によってかなりの受け止め方に違いがあるようです。
むしろ「貝紫」と言ったほうが的確かもしれません。
貝紫とは磯に住むイボニシやレイシ、アカニシ、センジュガイといったアクキガイ(悪鬼貝)科の巻貝(murex)から取れる染料のことです。

この貝が持つ鰓下腺(通称パープル腺)から分泌される乳白色~淡黄色の液は、太陽の光にあたると酸化されて紫色に変化する性質があります。
この分泌液は6.6ジブロムインディゴと呼ばれる色素の1種が還元された状態で貯蔵されているもので、神経を麻痺させる作用があるため、他の魚貝類を攻撃する武器になると共に産卵期には卵殻の中に注入して、卵が他の生物に食われないようにする役目も果たしています。

アクキガイ科の貝の中には食用になるものもあり、大昔から海辺の人々によって採捕されて来ましたが、殻を割って料理する際、内臓が手や衣服に付着して紫色に変化するのを見て、染色に利用することを思いついたのでしょう。

この貝から取れる染料に基づいた染色法は地中海沿岸の古代フェニキアで行われ、それがギリシャ・ローマ時代に受け継がれていったものです。
これで染めた衣服を着られるのは王候貴族に限られていました。
歴史書によると、貝紫は1gの染料を取るために二千個もの貝を必要としたとあります。
ちょっとオーバーじゃないかと思うのですが、とにかく希少価値であったことには違いないようです。
そのようなわけで極めて高価な色として珍重されました。

ちなみに1万個の貝から1gと書いてあるウェブページがありました。
二千個でもオーバーだと思ったのですが、1万個はさらにオーバーじゃないかと思いますね。
でも、それ程わずかしか取れないということは、このような記述から確かなようです。

Tyrian purpleとは“Tyre(ティルス)で貝から取れた紫”ということです。
このTyreというのは古代のフェニキアの都市です。
現在は es-Sur と呼ばれるレバノンにある小さな村です。


(map6.jpg)

このフェニキア人は、紀元前15世紀頃から紀元前8世紀頃にティルス、シドン、ビュブロスなどの都市国家を形成して海上交易に乗り出し、のちにはカルタゴなどの海外植民地を建設して地中海沿岸の広い地域に渡って活躍しました。

フェニキア人は系統的には様々な民族と混ざって形成された民族です。
彼らはアフロ・アジア語族セム語派に属するフェニキア語を話し、言語的に見ればカナン人の系統に属する民族です。

彼らが自分たちの言葉を書き表すために発明したフェニキア文字は、ギリシャ文字・アラム文字・アラビア文字・ヘブライ文字など、ヨーロッパ・西アジアの多くの言語で用いられる文字の起源になりました。
もちろん、英語のアルファベットもこの系統です。

貝紫はこの古代フェニキア人が最初に染料として用いたことになっていますが、歴史研究者の中には、その起源はもっと古くクレタ文明(ミノス文明とも呼ばれます)でも使われていたとする人たちも居ます。
レウケー(Leuke)と呼ばれる小さな島が、上の地図で示したようにクレタ本島の南東にありますが、この小島には初期のクレタ文明(紀元前3000-2200年)の頃に貝紫が取引されていたという記録が残っています。紀元4世紀までは人が住んでいましたが、現在は無人島です。

個人的には僕は貝紫の起源はクレタ文明だと思いますね。
なぜなら、この文明は男も女も身だしなみに、ことのほか気を使ったのです。
考古学者のアーサー・エヴァンズはクノッソスで発掘調査した時に次に示すフレスコ画を見つけました。
これを見た彼は“可愛いパリジェンヌ”と言って驚いたという話が伝わっていますが、確かにナウい感じがしませんか?


(cretgal2.jpg)

“Ladies in Blue” fresco from Knossos, 16th century BC.

この3人のクレタ女性はお祭りでなにやら愉快に話しをしています。
当時上流社会で流行していた胸を見せる短い胴着(bolero)を身に着けています。
当時も細いウエストが好まれたそうです。この胴着の肩当を見てください。
これは貝紫で染めてあると思いませんか?ちょっと色が茶色っぽく変色していますが、これが描かれた時にはもっと赤みを帯びていたのではないでしょうか?


(parisienne5.gif)

ヘアスタイルといい現代風なスカートといいセックスアピールする胴着といい、もしクレタ島の“パリジェンヌ”と19世紀のパリジェンヌが次に示すように町の通りを歩いていたら、19世紀の女性はダサいと思われてしまうのではないでしょうか?
我々の眼にはフープ・スカートは明らかに時代遅れと映りますよね。

 
(parisienne3.gif)

“どちらの女性と喫茶店に入って話がしたいですか?”と問われれば、僕はおそらくクレタ島の女性に声をかけるでしょう。
バルキーなスカートをはいた女性は、やはりダサいですよ。クレタ島の女性の方がモダンな感じがしませんか?19世紀の女性のように、こんな幅広のスカートをはいて喫茶店に入ったら、周りの人が迷惑するでしょうね。(笑)

19世紀の女性と比較するのでは、時代が違いすぎるので、同じ時代のエジプトの女性と比べてみたいと思います。
次の絵の中の女性たちは今から3500年から3000年前の服装をしています。
上のクレタ島の“パリジェンヌ”とほぼ同じ時代です。


(egyptgals.jpg)

一目見ただけでも、エジプトの女性の方がシンプルですよね。というか、言葉は悪いですが“土人スタイル”ですよね。
パリジェンヌよりも原始的な感じがします。我々の眼には、どう見てもクレタ島の女性の方が現代的な印象を与えます。
そう思いませんか?

いづれにしても、クレタ文明では5000年も前から貝紫が使われていたんです。
その貝紫を抽出していたのがレウケー(Leuke)と呼ばれる小さな島だったわけです。
恐らく、この島からフェニキア商人によって抽出技術がティルスに伝わったのでしょう。




『古代紫 Tyrian purple』より
(2005年6月18日)





【ジューンの独り言】


(bare02b.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは古代史に興味がありますか?

デンマンさんがたくさん書いています。

読んでみてください。


天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?



ところで、他にも面白い記事がたくさんあります。

興味のある方は次の記事も読んでみてくださいね。


(sylvie500.jpg)


『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』


とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

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