白石川の桜


 

白石川の桜

 


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あらっ。。。デンマンさん。。。白石川の桜を見に行ったのでござ~♪~ますかァ?


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。。。ん? 僕が白石川の桜を見に行ったと卑弥子さんは思ったのですかァ~。。。

だってぇ~、タイトルにそう書いてあるではござ~ませんかァ!

あのねぇ~、僕が見に行ったわけではありません。。。 だから、写真に卑弥子さんを登場させたのですよ。。。

白石川というのは、いったいどこを流れているのでござ~ますかァ~?

宮城県の南部を流れて柴田町の付近で阿武隈川に合流して 太平洋に注(そそ)いでいるのですよ。。。

デンマンさんが白石川の桜を見に行かないのに、どういうわけで“白石川の桜”を取り上げたのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、福島市に住む柴田 明美(しばた あけみ)さんが、そろそろお花見のシーズンなので 今年はどこへ行こうか? そう考えながらネットをサーフィンしていたら“白石川の桜”に出会ったというわけなのですよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。


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『拡大する』

『大伴柴田臣の末裔』




これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月13日の午前9時12分から午後7時33分までの約10時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。



4月13日の午前11時6分に『大伴柴田臣の末裔』を読んだのですわねぇ~。。。

そうです。。。 でも。。。、でも。。。、“白石川の桜”が“大伴柴田臣の末裔”と関係あるのでござ~ますか?

もちろん、関係あるのですよ。。。 赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」をクリックすると次のページが表示されるのです。


(riv70414a.png)


『拡大する』

『実際のページ』




あらっ。。。 川の名を調べる地図のページなのですわねぇ~。。。



そうなのですよ。。。 福島市に住む柴田 明美(しばた あけみ)さんは宮城県を流れる白石川の桜がオツムに浮かんできてネットで調べたわけです。。。 何か桜の情報が書いてあるかもしれないと思ったわけです。。。

それでページを見ていったら、デンマンさんが投稿した『大伴柴田臣の末裔』のタイトルが目に付いたわけでござ~ますか?

そうです。。。 それでタイトルをクリックして記事を読んだわけです。。。

でも。。。、でも。。。、福島市に住む柴田 明美(しばた あけみ)さんが記事を読んだとどのようにして判ったのでござ~ますかァ~?

IPアドレスを調べたのですよ。。。


(ip127245b.png)

『拡大する』



IPアドレスを調べれば、確かにアクセスポイントは判りますけれど、プライバシーを保護するために、アクセスしたネット市民の名前までは判らないのでござ~ますわァ。。。



卑弥子さんは意外に厳しい突込みを入れるのですねぇ~。。。 そのような堅い事を言わないでサラリと僕の話を聞いてくれませんかァ~?

分りましたわァ~。。。 デンマンさんが そのようにおっしゃるのでしたら クドクドと詮索するのはやめにいたしますわァ~。。。 で、柴田 明美(しばた あけみ)さんは白石川のお花見に行くことにしたのでござ~ますかァ?

そうなのですよ。。。


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柴田 明美(しばた あけみ)さんは なぜ白石川のお花見に行こうと決めたのでござ~ますか?



次のメールを読んだからですよ。。。

宮城県柴田郡柴田町の

船岡城址公園・四保山の丘上から

白石川の堤の桜並木を見下ろす



(funaoka.jpg)


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Comments:


初めまして、いろいろ文献を読んで、貴殿のサイトにたどり着きました。
私は、大伴柴田臣の末裔だと思っている者です。

しかし家紋からするに、下藤一で藤原の親戚になってしまいます。
私は、シボ族で不動明王を祖先に持つ者だと思っております。

貴殿の考えに賛同いたし、心が爽快になりました。
藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて、困りはてています。
貴方の考えは如何でしょう。

藤原の由来は、安東将軍で、トウタン、トルファンであると思います。
近衛文麿が陸軍を先導して太平洋戦争まで持ち込み、強いては、天皇の座まで狙った。
それを知っている、昭和天皇は、愛知県にある東条秀樹の墓参りをして、これをわびた、と思っています。

現在ですら、NHKの作った大化改新は愚作の極みで下らない出来で日本人の恥と思える作品です。
あたかも、現代の中国、韓国の思想に近い、考えの人が作ったと解ります。
今ですら藤原が怖いと思っている人がいる。

我々は、法の元で平等で自由で公平な目で物事を判断できる。
我々は道徳を重んじ、恥を最も嫌う優秀な日本人である。
それが、現在の米国、英国、ロシア、イスラエル、中国、韓国人とは決定的に違う民族である、と思います。


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つまり柴田 明美(しばた あけみ)さんも もしかしたら大伴柴田臣の末裔かも知れないと思ったのでござ~ますかァ~?



そうですよ。。。 それで明美さんも『大伴柴田臣の末裔』をじっくりと読む気になったのですよ。。。

そもそもデンマンさんは、どのようなわけで『大伴柴田臣の末裔』を書く気になったのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、柴田町は、1970(昭和40)年のNHKの大河ドラマ『樅ノ木は残った』で注目を浴びたのです。

どのようなお話なのでござ~♪~ますか?

原作は山本周五郎さんの作品です。 江戸時代の有名な伊達騒動の話ですよ。 柴田町は、その主要人物である原田甲斐こと原田宗輔の城下町として知られていたのです。 でも、この人物は寛文事件(伊達騒動)で斬死し、原田氏は断絶するのです。


1200年(正治2年)頃 - 芝田次郎が居城。同氏は宮城小四郎家業(宮城四郎)によって追討を受ける。

16世紀初頭 - 伊達氏の家臣で柴田家の祖四保但馬定朝の居城となった。

1593年(文禄2年)- 屋代景頼が居城。

1615年(元和元年) - 原田宗資が居城。

1671年(寛文11年)- 原田宗輔が寛文事件(伊達騒動)で斬死し、原田氏断絶。

1681年(天和元年) - 柴田宗意が5000石を拝領し居城。

1694年(元禄7年) - 柴田氏が三の丸に居館を築造し、居住した。




当時、『樅ノ木は残った』は、それほど有名だったのですか?



そうですよ。 しかも、僕は学生時代に仙台で6年近く暮らしたことがある。 実家の埼玉県行田市と仙台の間を東北本線で行ったり来たりする時には決まって船岡城のそばを通った。 桜の時期には車窓から白石川沿いの堤の桜がきれいに咲きほこっているのが見えたものです。 だから、上の写真の情景は僕の眼に焼きついていますよ。 1990年(平成2年)には一目千本桜とともに宮城県で唯一、日本さくら名所100選の地に選ばれ、毎年4月中旬には多くの花見客で賑わいます。

。。。で、柴田さんは、その桜並木のお近くに住んでおられるのですか?

ところが柴田さんの IPアドレスを調べたら、東京をはさんで宮城県とは反対方向の岐阜県に住んでいることが判った。


IPアドレス: 114.185.4*.**

ホスト名:
i114-185-4*-**.s02.a021.ap.plala.or.jp

IPアドレス割当国: 日本 ( jp )
接続回線: xDSL
都道府県: 岐阜県

プロバイダー: PLALA
IPネットワークアドレス: 114.185.0.0/17
組織名: 株式会社NTTぷらら
ドメイン名: PLALA.OR.JP
Network Service Name: NTT Plala Inc.




つまり、デンマンさんの推測は全く的外れだったのでござ~♪~ますわね。



そうなのですよ。 

柴田さんは「藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて、困りはてています」と書いておられますが、藤原氏の捏造で柴田氏は宮城県と岐阜県に分断されてしまったのですか?

だから、僕も調べてみましたよ。 その結果を見てください。


○「柴田」という苗字は、ある統計によると現代日本のなかでは多い方から第63位となっており、その分布が最も多い県は愛知県で、茨城県は必ずしも多いとはいえない。
しかし、その県内分布はきわめて特徴的である。
具体的には、西茨城郡友部町と多賀郡十王町友部が分布の二大拠点をなしているようであり、後者は『和名抄』の多珂郡伴部郷の地であった。
同書には茨城郡の近隣、真壁郡にも伴部郷があげられるから、茨城郡の友部も同様に古代伴部の居住に由来か。
友部はもと伴部(←大伴部)であり、大伴連の部民に由来する地名であった。
かって、十王町を含む地域を仕事の管轄地としていたことがあったが、そのときはそうした問題意識を何ら有していなかったことが惜しまれる。

○大伴連とその部民の東国・陸奥における分布は、四世紀中葉の倭建命(日本武尊)の東征に由来する場合が多く、この遠征には大伴連の祖・武日命の子弟・配下が主力部隊として随行し功績を建てた。
この辺の伝承は、大伴宿禰家持の「陸奥国より金を出せる詔書を賀く歌」(『万葉集』歌番4094)に詠まれる。
すなわち、「海行かば水漬く屍 山行かば草生す屍 大王の辺にこそ死なめ 顧みはせじ」と詠われるが、この情景は、大王(オホキミ)すなわち倭建命の東征関連であったと考えられる。

常陸から陸奥、具体的には茨城県から宮城県にかけての地域には、靱大伴連、大伴行方連、大伴苅田臣、大伴柴田臣、大伴白河連、大伴亘理連、大伴安積連、大伴山田連、大伴宮城連という大伴□□連(臣)という形で「大伴」(のちに「伴」)を冠する姓氏が頻出する。
これらは大伴連一族かその配下・部民の出自という系譜をもつと推される。

○柴田氏については、これらのうち大伴柴田臣との関係に注目されるが、この氏は陸奥国柴田郡(現宮城県南部の柴田郡)の地名に因んだ郡司級の地方大族であった。
なぜ古代常陸の伴部郷の地に「柴田という氏」が多いのかは不明であるが、何らかの形で陸奥国柴田郡から常陸の先住地・縁故地に帰ったものか、柴田という地名の元が常陸国にあったか、そのいずれかではなかろうか。

○中世、三河の土豪・柴田氏は、その出自を秀郷流藤原氏の下河辺一族の出で、常陸国鹿島郡の柴田に因むと伝えるが、本来、同氏が三河古族の出だとみられ、この系譜自体は仮冒ではなかろうか。
なお、下河辺一族に柴田氏があったこと、鹿島郡の柴田という地名も確認できない。
しかし、中世の常陸の前掲地区にある程度の土豪として柴田氏があったことは認めてよかろう。

○なお、尾張の柴田氏については、今のところ全く手がかりがない。
有名な柴田権六勝家を出した柴田氏については、管領家斯波氏の庶流とも伝えるが、勝家の父くらいからしか知られず、明らかに系譜仮冒であろう。
尾張に分布が多いということは、古来海神族の地であったという性格から考えれば、その流れを汲むものか、その地域を何らかの縁由で知行したものか。
いずれにせよ、柴田氏に絡む謎は多く、資料が皆無に近い。

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。)




出典:『常陸の柴田氏について(メモ)』




岐阜県だと尾張・名古屋に近いですわね。 大伴柴田臣は、あの有名な豊臣秀吉の家来の柴田勝家と関係がある氏族なのでござ~♪~ますか?



でも、上の記事によると、「柴田権六勝家を出した柴田氏については、...勝家の父くらいからしか知られず、明らかに系譜仮冒であろう」と書いてありますからね。。。

要するに、尾張の柴田氏は大伴柴田臣と関係ないのでござ~♪~ますか?

だから、その事を柴田さんは藤原の捏造と言っているのかもしれません。

。。。で、デンマンさんは柴田さんにお返事を書いたのですか?

書きましたよ。 読んでみてください。




(foolw.gif)

Subj:柴田さん、古代史へのコメント

ありがとうございました。

バンクーバーの加藤です。


Date: Sun, Mar 25, 2012 9:17 am
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 3月26日 午前1時17分
From: denman12345@infoseek.jp
To: yasu60@******.plala.or.jp
CC: barclay1720@aol.com
 

柴田さん、コメントありがとうございます。
僕の記事には、めったにコメントが付かないのですよ。
コメントを書いてくれるのは、熱心な読者か? それとも底抜けの馬鹿か? そのどちらかです。 (爆笑)

柴田さんの場合は、もちろん、「熱心な読者」です。 (微笑)


私は、大伴柴田臣の末裔だと思っている者です。
しかし家紋からするに、下藤一で藤原の親戚になってしまいます。
私は、シボ族で不動明王を祖先に持つ者だと思っております。
貴殿の考えに賛同いたし、心が爽快になりました。
藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて、困りはてています。
貴方の考えは如何でしょう。


そうですか。。。柴田さんの先祖は「大伴柴田臣」ですか!?
藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて困りはてている、ということですが、藤原氏のやりそうなことなので僕には柴田さんの困り果てている様子が充分に理解できますよ。

実は、僕の先祖は藤原氏の先祖と同じく百済からやって来たのです。
つまり、藤原氏とは同郷なのですよ。
もし興味があったら次の記事に書きましたので読んでみてください。


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『デンマンの祖先は百済からやってきた』

(2010年8月4日)


しかし、藤原氏が「勝ち組」だとすると僕の先祖は「負け組」でして、百済軍の親衛隊の一員として 663年に唐と新羅の連合軍と「白村江」で戦い、敗れると百済の貴族・官僚などと共に日本へ亡命したのでした。 
この人たちの中には大和朝廷の役職に付いて、現在の大臣に当たる役職に付く者まで出てきます。

藤原不比等が「養老律令」を作ろうとした時に集めた、唐から帰ってきた若い留学生たちの中に百済人成(くだらのひとなり)という人物が居ますが、この人物の祖先と僕の一族の祖先は同族だったのです。
しかし、僕の祖先は要領が悪くて大和朝廷で出世することはなかったのです。
戦争に嫌気がさした僕の祖先は開拓団の一員として関東を目指して移住したのでした。
でも、百姓になりきれなくて、やがては武蔵国の豪族である成田氏に仕えるようになります。
騎馬武者だったのですが、漢学の素養を買われ、城主の祐筆(記録係)に出世します。

1590年(天正18年)の小田原の役の際には 城主・成田氏長は小田原城にて籠城しました。
嫡男・成田長親を城主とし、家臣と農民ら3,000の兵が忍城に立てこもったのです。


(oshi1.jpg)

    忍城

僕の14代前の加藤家当主である加藤兵庫介は、この時、農民たちと行動を共にし、豊臣方の忍城攻めの総大将・石田三成と対峙したのです。

三成は、忍城を一望する近くの丸墓山古墳(埼玉古墳群)に本陣を置き、近くを流れる利根川を利用した水攻めを行うことを決定しました。
この時、あの有名な総延長28キロメートルに及ぶ「石田堤」を築いたのです。
しかし忍城はついに落城せず、結局は小田原城が先に落城したことによる開城となり、城側は大いに面目を施すことになったのでした。


(ishida90.jpg)

石田堤(いしだづつみ)


(maruhak2.jpg)

丸墓山

明治になると廃藩置県に伴い「忍県」の県庁が二の丸に置かれましたが、その後廃城となりました。
僕の曽祖父は手先が器用だったので武士を辞めて忍城下で「くりもの屋」になったのです。
祖父の加藤定吉は優秀な作品を作るという定評を得て、県展に出品して大正6年に県知事より2等の賞状を頂戴しました。
しかし僕の父親が7歳の時に癌で亡くなってしまいました。
まだ働き盛りの42歳でした。

そのような訳で大黒柱を亡くした加藤家は赤貧を洗うような貧乏になってしまったのです。
僕の父・加藤佐吉は小学校を卒業すると母校の給仕をしながら独学で教員検定試験を受けて18歳のときに助教師として母校の教壇に立つようになったのです。
しかし、まもなく太平洋戦争が始まり赤紙で戦地へ引っ張られたのでした。

同じ百済からやって来たのに、「勝ち組」の藤原氏の末裔は日本帝国総理大臣の近衛文麿になりました。


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近衛文麿

「負け組」の加藤家の当主・佐吉は小学校の給仕を経て助教師です。
「勝ち組」と「負け組」の差は大きい! (苦笑)

しかし、“人間万事塞翁が馬”と申します。
近衛文麿氏には1945年(昭和20年)12月6日、GHQからの逮捕命令が伝えられました。
巣鴨拘置所に出頭を命じられた最終期限日の1945年12月16日未明に、荻外荘で青酸カリを服毒して自殺。
僕の父親は満州から最後は沖縄戦へ転戦しましたが、幸運にも沖縄本島ではなく宮古島に駐屯したので戦死を免れたのでした。


(miyako88.jpg)


(miyako87.gif)

運命のいたずらとでも申しましょうか。。。?
どのように栄達しようとも、人の命は、このように歴史の流れとともに変わってゆくのですね。

百済難民の末裔である僕は、さらに東を目指し、太平洋を越えてバンクーバーに移住したと言う訳です。
「白村江」の戦いに敗れてから、実に、今年で 1349年目になります。

約1350年の歴史をざっと語りましたが、柴田さん、僕の家系を信じることができますか?
僕の家族と親戚の一部だけが、この家系を信じているのですよ。

しかし、藤原氏は、百済からやって来たのにもかかわらず、日本古来から連綿として伝わっている中臣氏の出身だと主張し続けています。
それが学校で教えている日本史では信じられているわけですよね。

どうして。。。?

もちろん、それを可能にしたのが『古事記』と『日本書紀』の編纂です。
「勝ち組」の藤原不比等のやる事は日本史を書き換えるようなことまでしてしまうのですよね。


(kamatari2.jpg)

中央が藤原鎌足

左が次男の不比等

右の坊さん姿が

長男の定慧(じょうえ)


僕は別に日本史を書き換えるつもりはありませんが、ネット上に加藤家の家系を広めながら藤原氏の「六韜史観」とは、どういうものだったのかを語り続けようと思っているのです。
まだまだ語りたいことはたくさんありますが、この続きは次の記事で読んでください。

『大伴柴田臣の末裔』

(2012年3月26日)


日本時間で3月26日の午前8時までには投稿します。
とにかく、コメントありがとうございました。
おかげさまで、久しぶりに自分の書いた記事を読み返して、いろいろと考えることができました。
柴田さんも、日本史を紐解(ひもと)いて、日本人とはなにか? さらに突き詰めて考えてみてください。
では。。。




柴田さんがコメントを書いたというのは、一体どの記事なのですか?



実は柴田さんは、次の3つの記事をじっくりと読んでくれたのですよ。


『真理とは何か?』

『真理は作られた?』

『韓人(からひと)とは誰か?』


どうして上の3つの記事を読んだとデンマンさんには判るのですか?

上の3つの記事を読まない限り、柴田さんには上のコメントが書けないからですよ。 

それで明美さんは大伴柴田臣の末裔であると確信したのですか?

あのねぇ~、コメントを書いてくれた 柴田yasuhiroさんは岐阜に住んでいるのですよ。。。 それから比べれば、明美さんは福島市ですからねぇ~。。。 柴田yasuhiroさんよりも 柴田町にずっと近いところに住んでいるわけですよ。。。

それで、明美さんは末裔であると確信したのですか?

いや。。。 確信したというよりも、柴田町になんとなく近親感を覚えて、白石川の土手を歩きながらお花見を楽しんだ後で柴田町に寄って花見団子でも食べながらじっくりと町の中を散歩しようと決めたのです。。。

マジで。。。?

明美さんにじかに訊いてみないと解らないけれど、僕はそう思うのですよ。。。

どうして。。。

明美さんは柴田町では花見団子が食べたいからですよ。。。 (微笑) 卑弥子さんも花より団子でしょう!?



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

確かに、お花見しても おなかは満ち足りませんものねぇ~。。。

どちらかと言えば あたくしも 花より団子でござ~ますわァ~。。。

では、あなたのために白石川の桜をお目にかけますね。

じっくりとご覧くださいませぇ~。。。


(whiteriv4.jpg)



どうですか? おなかが空(す)いたでしょう!

でも、このページを最後まで読んでから、お団子屋さんに走ってくださいねぇ~。。。 (モナリザの微笑)

ところで、話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』



軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)
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紺瑠璃杯に魅せられて


 

紺瑠璃杯に魅せられて

 


(renge62h.jpg)




(himiko90.gif)

 




(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。最近 紺瑠璃杯に魅せられたのでござ~♪~ますか?


(kato3.gif)

いや。。。 僕が紺瑠璃杯に魅せられたわけではないのですよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70327a.png)


『拡大する』

『ラピスラズリと紺瑠璃杯』




これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の 3月26日の日本時間で午後10時23分から27日の午前3時20分までの 約5時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。



あらっ。。。 3月26日の午後10時23分に『ラピスラズリと紺瑠璃杯』を読んでから、30分後の午後10時55分に もう一度『ラピスラズリと紺瑠璃杯』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 佐賀県の武雄(たけお)市に住んでいる 今野 瑠璃子(こんの るりこ)さんはマジで“紺瑠璃杯”に魅了されているのです。。。

デンマンさんは瑠璃子さんをご存知なのですか?

いや。。。 「生ログ」で初めて知ったのですよ。。。

どのようにして。。。?

もちろん、IPアドレスを調べたのです。。。


(ip47240b.png)

『拡大する』



でも。。。、でも。。。、アクセスした人の名前までは判らないはずなのでござ~ますわァ。



卑弥子さんの言うこはもっともです。。。 でもねぇ~、僕には判るのですよ。。。

だから、どのようにしてアクセス者の名前をゲットしたのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、ラピスラズリと紺瑠璃杯に興味を持つ人の間には、不思議な以心伝心が働くのです。。。

以心伝心で今野 瑠璃子さんのお名前をゲットしたのでござ~ますか?

卑弥子さんは僕の言うことが信じられないのですかァ~?

要するに、テレパシーだと言うのでござ~ますわねぇ~。。。

そうです。。。 いけませんかァ~?

そのような子供騙しなことを あたくしが信じるとでも思っているのですかァ~?

分かりました。。。 卑弥子さんは僕の言うことを信じないようだから、この際 卑弥子さんが納得のゆくように説明します。

余計な事は言わなくても結構ですから、なるべく手短にお話しくださいませぇ。。。

あのねぇ~、今野 瑠璃子さんは『ラピスラズリと紺瑠璃杯』の記事の中に出てくる次のメールを読んだのです。。。




(foolw.gif)

Subj:
コメントありがとう!

バンクーバーのデンマンです。


Date: Mon, Feb 13, 2012 1:16 pm.
Pacific Standard Time
日本時間: 2月14日 午前6時16分
From: denman@infoseek.jp
To: neko****@hb.tp1.jp
CC: barclay1720@aol.com


旅猫マイケルさん、コメントありがとうございます。
僕の記事にコメントをもらうことは極めて稀なのですよ。

『ラピスラズリとラピスラズリ・ロード』という記事は2005年6月17日に書いたもので、それ以来コメントを書いてくれたのは旅猫マイケルさんが初めてでした。

僕が子供の頃はラピスラズリ (lapis lazuli) なんて耳にしたことも目にしたこともありませんでした。
エジプト、シュメール、バビロニアなどの古代から、宝石として、また顔料ウルトラマリンの原料として珍重されてきたというわけで、日本とは関係ないモノのようです。

ところが、ずっと昔、奈良時代に日本に渡っていたなんて、本当に世界は意外にも、昔も狭かった時期があったのですよ!
それが正倉院の紺瑠璃杯として残っている。

ラピス(Lapis)はラテン語で「石」。
ラズリはペルシア語からアラビア語に入った "lazward"(ラズワルド: 天・空・青などの意でアジュールの語源)が起源だそうで「群青の空の色」を意味しているらしい。

しかし、和名では瑠璃(るり)といい、考えてみれば「浄瑠璃」という名で耳に親しんでいる!
サンスクリット語のヴァイドゥーリャないしパーリ語のヴェルーリヤの音訳であるらしい。
でも、「るり」には聞こえないのだけれど。。。(微笑)。

しかし、どうして「浄瑠璃」に「ラピスラズリ」が入っているのか?

「浄瑠璃」の起源は、中世末期ごろの御伽草子の一種『浄瑠璃物語』であるらしい。
その物語は浄瑠璃御前と牛若丸の情話に薬師如来など霊験譚をまじえたもの。
その物語を語って神仏の功徳を説いた芸能者があったということで、そこから「浄瑠璃」の名が生まれたようです。
要するに、浄瑠璃御前の名前からとったということなんですよね。
「群青の空の色」のように、「紺瑠璃杯」のように、きれいな、きれいな御前だったのでしょう。


(winglass.gif+seisho05.gif)

とにかく、旅猫マイケルさん、コメントありがとうございました。
コメントをもらったお陰でいろいろと考えさせられました。
その事で2月14日に記事を書きます。
次のリンクをクリックして読んでみてください。

『ラピスラズリと紺瑠璃杯』

日本時間で2月14日のお昼頃には投稿を済ませているはずです。
さらに時間があったら卑弥子さんがマスコット・ギャルをやっている次のサイトも覗いてみてください。


(himiko92.jpg)

『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

では、歴史を面白く楽しんでください。


(denman01.gif)




『ラピスラズリと紺瑠璃杯』より
(2012年2月14日)




このメールを読んで、今野 瑠璃子さんは更に刺激されて『ちょっと変わった 新しい古代日本史』を読んだのです。。。



それで。。。?

瑠璃子さんは、とにかく“紺瑠璃杯”に魅せられていますからねぇ~、紺瑠璃杯のことならば、貪欲に情報をゲットしようと記事を一つ一つ見ていったのですよ。。。 すると、次の記事に出てくる“紺瑠璃杯”に目が留まった。


(fc30802e.png)


『拡大する』

『実際の記事』




それで上の記事をじっくりと読んだのでござ~ますかァ?



そうです。。。

それで、テレパシーはどうなったのでござ~ますか?

今野 瑠璃子さんは、それ以上記事を読むのが面倒になってぇ、ページの下にある「御意見・御感想」に感想を書いたのですよ。。。



Beaverland Net Form Processor
From: konno****@yahoo.co.jp
To: denman****@gmail.com
Date:Sun, Mar 26, 2017 9:27 am.
Pacific Standard Time
日本時間: 3月27日 午後5時27分


MESSAGE SENT THROUGH YOUR WEBSITE

This form was submitted: Mar 26 2017 / 09:27:21

userid = barclay1720
YahGeo = encoding-identify-good
Your_Name = 今野瑠璃子
Your_Email_Address = konno****@yahoo.co.jp

Comments:


「徒然ブログ」に掲載された「ラピスラズリと紺瑠璃杯」を大変興味深く読ませていただきました。
本文中のリンクをたどってゆきましたら、紺瑠璃杯が冒頭に出てくるこのページにやってきました。
「飛鳥とシルクロード」も大変面白く読むことができました。
加藤様はずいぶんと古代史に詳しいのですね。

バンクーバーには一度旅行で訪れたことがあります。
大変きれいな街だという印象が今でも鮮やかに記憶に残っています。

私は佐賀県の武雄市という町に住んでおります。
町の中心には開湯以来1300年経つ武雄温泉があります。
この温泉には日本銀行や東京駅の設計を行った辰野金吾設計の楼門があり、国の重要文化財に指定されています。

バンクーバーは雨が多いところだとも聞いておりますが、
お体に気おつけて、更に興味深い記事をたくさん書いてくださることを期待しています。
では。。。





だから、“テレパシー”などという眉唾物を持ち出さずに、今野 瑠璃子さんが書いた感想を初めから持ち出せばよいではござ~ませんかア!



でも。。。、でも。。。、それでは、この記事が面白くならなじゃありませんかァ~。。。



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

ところで、“紺瑠璃杯”が大和朝廷にもたらされた頃

都では“伎楽”が楽しまれていたのでござ~ます。

ええっ。。。 “伎楽”とは、どのようなものなの?。。。とあなたは尋ねるのですか?

最近でも、“伎楽”あるいは“雅楽”が演奏されているのですわ。

では、ここに天皇陛下御在位二十年東京都慶祝の会の雅楽をお見せしますわねぇ~。。。


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話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)



(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』



軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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不思議な日本語

 

不思議な日本語

 


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日本のユニークな表記体系

 


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私が勤める大学院に、かつてイタリアからの女子学生が留学に来ていた。

ベネチアの大学で日本語を学んだ彼女は、日本の大学院では「ヨーロッパ人から見た東洋の文字文化」というテーマで勉強していたのだが、その彼女があるとき、おもしろい指摘をしてくれた。

それは、たとえば「動物園にライオンがいる」という日本語を、「どうぶつえん」が漢字で書ける年代から上ならば、ほとんどの日本人がまちがいなしに「動物園」3文字を漢字で、「ライオン」4文字をカタカナで書き、それ以外の「に」「が」「いる」はひらがなで書く。

 


(lion002.jpg)

 

それは百人でも1万人でも同じであり、日本人の人口を1億2千万人とすれば「動物園」を漢字で書ける人はきっと1億人はいるが、その1億もの人がほぼ全員同じような文字の使い分けをしているわけだ。

なぜ日本人は、漢字とひらがなとカタカナというまったくちがう種類の文字を、全国民がほとんど同じように使い分けることができるのか」とその留学生から聞かれて、私は答えに窮してしまった。

そのように学校で習うからかなぁ…とその場しのぎの苦しい返答をしても、「学校で教わることをすべての国民がそのまま覚えてくれたら、先生にとってそんなありがたい話はありませんよね」と彼女は納得しない。

 


(jpn982.jpg)

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




24-25ページ 『漢字と日本人の暮らし』
著者: 阿辻哲次
2010年3月1日 初版発行
発行所: 株式会社 大修館書店


 




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デンマンさん、 どういうわけでイタリアの留学生の記事にオイラを呼び出したのですかァ~?


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オマエは僕に呼び出されるのが嫌なのォ~。。。

いえ。。。 いつもならば嫌なんですけど、今日はきれいなイタリア人の女性が上の文章の中に出てきたのでうれしいです。。。 うへへへへへへ。。。

そのようにヨダレをたらして喜んでいる場合じゃないのだよォ~。。。

いけませんかァ~?

ヨダレをたらして喜ばせるために、僕はオマエを呼び出したわけじゃないのだよォ。

じゃあ、何のためにオイラを呼び出したのですか?

上の小文を読んで、オマエには何か思い当たることはないのォ~。。。

だから、きれいなイタリア人の女性が和服を着ているのがとってもいいと思いました。。。 目の保養になって、オイラは久しぶりに幸せな気分になりましたァ~。。。

あのさァ~、僕は別にオマエを幸せな気分にさせるために呼び出したわけじゃないのだよ。。。

じゃあ、何のために呼び出したのですかァ~?

日本語のことでオマエに考えて欲しいと思ったのだよ。。。 まず、「動物園にライオンがいる」という日本語をオマエはどう思う?

イタリアの女子留学生が不思議がるのはもっともだと思います。

つまり、オマエもソフィアさんのように「なぜ日本人は、漢字とひらがなとカタカナというまったくちがう種類の文字を、全国民がほとんど同じように使い分けることができるのか?」と不思議に思うわけぇ~?

そうです。。。 オイラも不思議に思います。。。

でもなァ~、日本人であれば、そんなことは常識的に当たり前のことだろう!。。。 ソフィアさんが不思議に思うならば理解できるけれど、オマエが不思議に思うことはないはずなんだよ!。。。 オマエは日本で生まれて日本で育ったのだよ。。。 そうだろう!?

そうです。。。 オイラは日本で生まれて33歳になるまで日本で生活していたのです。。。 そして、日本では小さな小さなソフトウェアの会社ですけれど、そこで課長にまでなったのですよ。。。

うん、うん、うん。。。 そうだよなァ~。。。 でも、「動物園にライオンがいる」という日本語がオマエにとっても なんとなく不思議に思えるわけぇ~?

そうです。。。 いけませんかァ~? オイラなら「動物園にlionがいる」と書きます。

だから、それが可笑しいのだよ! 日本で生まれて日本で育った日本人ならば、まず間違いなく、「動物園にライオンがいる」と書くのだよ!

でも。。。、でも。。。、それはデンマンさんの個人的な偏見だと思います。

あのさァ~、上の小文は僕が書いたものじゃないのだよ! 阿辻哲次さんという京都大学で教鞭をとっていた人間が書いたものなんだよ!

だから、上の考え方も阿辻さんの独断と偏見ですゥ!

たぶん、オマエが そう言うだろうと思って僕は呼び出したのだよ! でもなァ~、はっきりと言える事だけれど、現在日本に住んでいる日本人の95パーセントが阿辻さんのような考え方を持っていると思うのだよ。。。 そればかりじゃない! この記事を読んでいるネット市民も、間違いなく阿辻さんの考えに同意すると思うのだよ。

つまり、オイラのように「動物園にlionがいる」と書くのは日本人として恥ずかしいことなんですか?

いや。。。 恥ずかしいと言うよりも、日本で生まれて、日本で育った日本人としては非常識だと思うのだよ。

でも。。。、でも。。。、オイラは日本生まれで日本育ちの日本人ですが「動物園にlionがいる」と書きます。

そうだろうと思ったよ。。。 だから、オマエを呼び出したのだよ。。。

でも、オイラが「動物園にlionがいる」と書くと、デンマンさんはどうして予想がついたのですか?

簡単なことだよ! かつてオマエは次のように書いていたからだよ!


言葉-この世話がやける手段


(ozashiki3b.jpg)

F. M. 様

ご無沙汰をしております。お元気でご活躍かと思われますが、その後、F. M. さんは如何お過ごしですか。引退は、まだ遠いことなのでしょうか。F. M. さんの近況を知らせて頂けませんか。
…(中略)…
以前に、F. M. さんから、私は読者に親切でないから、と書かれてきたのですが、他の人からも指摘されたことに外来語をカタカナで書かないこともあったのでしょう(私も一方では、ドストエフスキーについて書くときに限って、ロシア文字を書けないので、カタカナを使わざるを得ない、という不徹底さがあり、残念に思っていますが、しかし、日本で働いていたときでも、外来語がラテン文字である限りは、alphabetを混えて技術書を書いておりました。
別に誰からもひんしゅくをかいませんでしたが、皆が呆れて諦めていたのでしょう)。日本では、何故か、英語では、二重母音を長母音(例を挙げればきりがないのですが、informationをインフォメーション)などの理解できない慣例が多く、ドイツ語では母音が続かないときの子音は無声音であるはずなのに(例として、Burgmuelerをブルグミューラア、また、この例では最後のアは不要でしょう)、などの妙な慣習(更なる例として、Schweizerをシュワイツァー、ドイツ語でのwは英語やフランス語のvの発音)が観られますね。
漢字、平仮名、カタカナ、アラビア数字混じりの現代の日本文で、何ゆえalphabetだけが忌避されるのか疑問に思いませんか。
また、Los Angelesをロスなどといって粋がっている輩もおりますが、Losというスペイン語起源の単語は、英語で言うならばtheにすぎなく(但し、男性複数名詞用の定冠詞)、Los Angelesとは、もともとがThe Angelsの意味であるぐらいのことは、alphabetを使っていたならば、そして、最低限の想像力があるならば、推測できてしかるべきことではないでしょうか。
また、ロスアン…ではなく、ロサン…であるべきということにも敏感にならざるをえないですね。
当方での日本人を見ていても、そうした疑問を抱いております。
日頃、言葉そのものについて無神経であるから外国語の習得にも苦労するのですね。
そういえば、F. M. さんのsiteを読んでいたとき、W.A. Mozartの<<Requiem>>を「モツレク」などと言語不明瞭意味不明瞭に略すのを批判しておられましたが、日本では、それに限らず、品の無い造語が氾濫しているではないですか。
こうした若輩に迎合するから、新仮名使い当用漢字の夏目漱石や谷崎源氏などの、低きに合わせた日本文化に堕落しつつある、と思われませんか。
私は、親切ではありたいのですが、迎合はしたくないので私の著作を出版できなかったということで、それでは出版を諦めよう、という心境でした。
此処で、今、また、F. M. さんが、私たちの学生時代に、太田君の妥協は妥協のうちに入らないよ、と言っていたことを思い出しております。
もっと重要なことは、これは日本人には限らないのですが、しかし、とりわけ日本人は、自分が曖昧に考えていたことを誰かが適切に表現し、書いてくれたことに同感、共感、評価するに留まることが多いですね。
彼我の違いを悦ばない、余所者を受け付けない、誰々の論理は理解できる、ではなくて、誰々の気持ちは分るわぁ、といった類です。
それが故に、言葉に於いても彼我の差には敏感になれなく、それどころか自分の母国語ででさえ曖昧になり、更に、思考能力の低下をもたらしているのではないでしょうか。
また、そこでは、自分が賛成するかしないかはさておいての他者の論理の自立、論理の終始一貫性なんぞは等閑に附される傾向が無いでしょうか。
それは理屈だよ、理屈に過ぎない、などと言う人は、生涯なんらの自らの論理体系も形成せずに終るのではないでしょうか。
それでは、ドストエフスキーの小説の登場人物(例えば、<<カラマーゾフの兄弟>>のイワンなど)の思い、自分は、ぎりぎりのところ、こうとしか考えられないけれど、それでは自他が辛すぎる。
むしろ自分が間違っていたらならばよいのだが、のような煩悶、苦悩、願望の弁証法の片鱗も理解できないでしょう。
私は、傲慢な私に戻ったようです。
しかし、日本人の謙遜、謙譲のgestureというものは、多くの場合、何のこと無い、自己保身にすぎないのではないでしょうか(それは、当方の世間、世界では通じない甘えですので、二、三を除いては、こちらの日本人との付き合いは無くなってきました)。
私は、何もかも此方の方がよいとしているわけではありませんが、傲慢になったついでに書きますと、私は、私が書き続けた著作には、高い水準で、日本では、いや世界では始めての見解が此処彼処に読みとれられる、と自負しているのですが、反面、読み手から反応が少ないのは私が浅学で夜郎自大だからかなのだろうか、と小心な私は一方で首を傾げておりますが、如何でしょうか。
以上、私の近況でも少しだけ書こうと思って始めたのですが、大分長くなってしまいました。よい年末年始をお過ごしください。

 

太田将宏 (2009年12月20日)




『言葉 - この世話がやける手段』 108ページ




デンマンさんはオイラの著作集を手当たり次第に読んだのですか?



あのさァ~、オマエは“著作集”という言葉を“本”のつもりで使っているけれど、言っておくけれど、オマエはこれまでに一冊の本も出版したことがないのだよ!

でも。。。、でも。。。、オイラの著作集は事実上、出版された本と同程度の価値があるのです!

価値がないのだよ! だから、僕はオマエの原稿を読んで、出版すべき原稿ではないと思ったのだよ。。。

どうしてですか?

だから、阿辻さんの本の中から、日本語とは基本的に漢字とひらがなとカタカナで書くものだという小文を冒頭に掲載したのだよ!

要するに、英単語を文章の中に書いてはいけないのですか?

いけないとは言わないけれど、日本語の中に英単語を書くのは例外中の例外なのだよ! 注釈に書くとか、カタカナで書いたあとで括弧の中に入れて書くとか。。。 そのように例外的に英単語を書くべきで、オマエの上の文章のように英単語をダラダラと散りばめて書くべきではないのだよ!

そういう法律でもあるのですか?

僕は法律まで持ち出すつもりはないのだよ! 日本人の常識として日本語の文章を書くときには、基本的に漢字とひらがなとカタカナで書くべきだと思うのだよ。。。 おそらく、日本人の95パーセントが、そう思っていると思うのだよ!

でも。。。、でも。。。、英単語を散りばめて書く自由がオイラにもあると思います。。。

オマエの日記に英単語を散りばめて書くのは、オマエの自由だよ。。。 でもなァ~、ネット市民の皆様に読んでもらうような文章では、基本的に漢字とひらがなとカタカナで書くべきだよ!

誰が、そう決めたのですか?

あのさァ~、安倍晋三首相が決めたわけでもないし、法律で決まっているわけじゃない! でもなァ~、常識として、そのように書くものなんだよ!

「動物園にlionがいる」と書いては絶対にいけないのですか?

オマエが日記に、そう書くのなら別だけれど、ネット市民の皆様に読んでもらうためには、「動物園にライオンがいる」と書くのだよ!

どうしてもですか?

あのさァ~、オマエが英単語に拘(こだわ)っているから ボイジャーの社長・鎌田純子さんもオマエの原稿を本にすることを断ったのだよ! 僕だけじゃないのだよ! どの出版社に持っていっても、上のオマエの原稿は出版を拒否されるのだよ!

どうして駄目なのですか?

なぜなら、オマエの文章は読みづらい! 外国語の単語がやたらに散りばめられている! 英単語だけじゃない、オランダ語が出てきたり、デンマーク語が出てきたり、ラテン語が出てきたり、ドイツ語が出てきたり。。。 どう考えても、読む人の立場になって書いてない! それに長々と、ダラダラと一つの文が長いのだよ! しかも、改行が少ない! 本と違って、ネットではスペースがたくさんあるから、読み易いように改行するのだよ! 要するに、オマエの原稿が素晴らしいと思い込んでいるのはオマエだけなんだよ!

そうでしょうか?

上のオマエの文章を読んでも、それはすぐに理解できる。。。 それなのに、オマエは自分が書いた文章が世界で一番素敵な文章だと自惚(うぬぼれ)ている! つまり、オマエは、傲慢で独りよがりな性格なんだよ! オマエは I. A. に成りすまして次のようにも書いていた。


太田将宏批判 哀れで愚かで孤独な老人 成りすまし老人 嫌われる太田将宏 孤立した太田将宏
(grandma9.jpg)


デンマン注

スピーカーをONにして 上の写真をクリックしてください。

太田将宏が ばあさん(I.A.)に成りすまして笑います。
別窓が開きます。 

この男はオツムの回転が鈍いので
笑うまでに少し時間がかかります。

とにかく、虫唾(むしず)が走るようなうウザったい笑いです。
あなたも笑えますよ。 (爆笑)


Identity theft をなさった

デンマンこと加藤明様へ


コメント記入者: I. A.

2015-12-07 07:10:55

貴方、デンマンこと加藤明様の愚にもつかないくだまきと私たちの整然とした記述による貴方への説得の試みを較べるならば、読む人が読めば判然と分かる、というのが分からないのがmoron(この英語の言葉お判りですか? でなければ辞書を引いて下さい)の貴方なのですね。
また、太田さんは労作である七つの著作を書きおえてるのですが、貴方には何が残っているのですか。貴方には見ても読んでも恥ずかしくなるようなwebsitesしか無いではないですか。
私たち三人が書いているのを太田さんが書いているとの妄想、更に「証拠がある」などとの勘違い、貴方こそが「恍惚の人」(この意味お判りですか?)ではないでしょうか。
それどころか、貴方は、「ギャハハハハハハ」などと相手にされるだけで大喜びする老人、まさに精神に異常をきたしている老残ではないか、と疑われても仕方がないような人なのですね。
繰返しますが、太田さんは私たちのadviceを受けて貴方なんぞの相手などしていらっしゃりませんよ。
いつぞや名前なしのcommentで「このようにして、デンマンこと、加藤明は自慰にふけっているのではないでしょうか?」、と書いたのは、私、I. A. ですよ。それでも、恥ずかしげも無く、またまた[最後に、ぎゃはははははは。。。] ですって。
やはり異常ですね。こういう精神異常者は、(デンマンこと加藤明様にふさわしい下品な言葉ですが)やけくそになって馬鹿笑いをしている時でも、そのおなかの底の暗いところでは歯ぎしりをしている、と聞いたことがありましたが、デンマンこと加藤明様はいかが?

 

I. A.




『相変わらず馬鹿か?(PART 1)』のコメント欄より
(2014年9月14日)




オマエは止せばいいのにI. A. に成りすまして“太田さんは労作である七つの著作を書きおえてるのですが、貴方には何が残っているのですか”と書いている! 自惚れも、傲慢も、ここまでやるとたいしたものだよ! (爆笑)



オイラは、それほど自惚れが強く、傲慢でしょうか?

だってぇ、そうだろう!? オマエは自分で“太田さんは労作である七つの著作を書きおえてるのです”と書いているけれど、そもそもオマエの文章は出版するには、日本語らしい日本語で書かれてない!

“日本語らしい日本語で書かれてない”とは、どういうことですか?

すでに説明したのだよ! もう忘れてしまったのォ~? あのさァ~、『ウィキペディア(Wikipedia)』でも“日本語”というのは次のようなものだと書かれているのだよ。


日本語

日本語は、主に日本国内や日本人同士の間で使われている言語である。
日本は法令によって「公用語」を規定していないが、法令その他の公用文は全て日本語で記述され、各種法令(裁判所法第74条、会社計算規則第57条、特許法施行規則第2条など)において日本語を用いることが定められるなど事実上の公用語となっており、学校教育の「国語」でも教えられる。

使用人口について正確な統計はないが、日本国内の人口、および日本国外に住む日本人や日系人、日本がかつて統治した地域の一部住民など、約1億3千万人以上と考えられている。
統計によって前後する可能性はあるが、この数は世界の母語話者数で上位10位以内に入る人数である。

表記

現代の日本語は、漢字・平仮名・片仮名を用いて、常用漢字・現代仮名遣いに基づいて表記されることが一般的である。

アラビア数字やローマ字(ラテン文字)なども必要に応じて併用される。




出典: 「日本語」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




つまり、現代の日本語は、漢字・平仮名・片仮名を用いて、。。。表記されることが一般的なんだよ! 要するに、特別な場合を除いて出版される日本語の本の本文中には、アルファベットを書いてはならないのだよ!



でも、アルファベットが本文中にある本はたくさんありますよ。

それは外国語の学習参考書だよ! 日本人を対象に外国語以外の一般的な話題について書いてある本の中には注釈と参考資料のページ以外にアルファベットは出てこないのだよ! ところが、オマエが書く文章にはカタカナで書くのが普通の外国語でも次のようにアルファベットがそのまま書き込まれているのだよ!




私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。


私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。


(kierke02.jpg)

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。



しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。




デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家




56-58ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)




オマエの文章を引用する時には、このように注釈を加えないといけないのだよ! S.Kierkegaard と書いたら普通の日本人には、誰だか見当がつかないのだよ! 日本人に親しまれている“キルケゴール”というカタカナで書くべきなんだよ! 更に、オマエの文章は読みづらい!。。。 そもそもオマエの文章の内容は面白くないから、画像を加えたり、YouTubeのクリップを貼り付けたりして、読者が面白く読めるようにしなければならないのだよ!



やっぱり外国語はカタカナで書くべきなのですか?

当たり前だろう! 外国語の学習参考書以外は外来語は原則としてカタカナで書くのだよ!

でも、オイラは、日本で働いていたときでも、外来語がラテン文字である限りは、alphabetを混えて技術書を書いておりました。

でも、オマエ自身が書いていたじゃないか! “別に誰からもひんしゅくをかいませんでしたが、皆が呆れて諦めていたのでしょう”と。。。 その通りなんだよ! だから、オマエの原稿はこれまで出版されなかった。 どこへ持ってゆこうと門前払いを喰わされたのだよ!。。。 オマエ自身が書いてるじゃないか! 「私は、親切ではありたいのですが、迎合はしたくないので私の著作を出版できなかった」と。。。

そうです。。。 確かに、そうなのですけれど、デンマンさんと、ボイジャーの社長・鎌田純子さんは、オイラが書いた原稿の真価を理解してくれると思ったのですよ。。。

駄目な物はダメなんだよ! 日本語の原稿に外国語の言語を散りばめたら、絶対に出版されないのだよ! だから、僕もボイジャーの社長・鎌田純子さんも、オマエの原稿を読んだけれど、丁重に出版を断ったのだよ!。。。 そしたら、自惚れが強く、傲慢なオマエは、逆恨(さかうら)みをして ネットで僕とボイジャーに対して抗議文を公開した。


(denkogi.png)

『実際のページ』


(voyakogi.png)

『実際のページ』



こういう事をしてはいけないのですか?



いや。。。 かまわないよ。。。 オマエにも言論の自由と表現の自由があるからねぇ~。。。 でもさァ~、オマエは自分が多くの人に成りすまして一人芝居をしながら、僕だけじゃなく、ボイジャーの社長・鎌田純子さんにまで、迷惑をかけている“意地悪ジイさん・問題老人”である事を自分で晒しているんだよ。。。

オイラはマジで 自分で自分の愚かさをネットで晒しているのですか?

そうだよ。。。 だから、オマエの多くの友人や知人は、“逆恨みされる”ので、オマエに関わる事を拒んで、次第に離れていったのだよ。。。 オマエ自身も書いているじゃないか! 「当方の世間、世界(カナダ)では通じない甘えですので、二、三を除いては、こちらの日本人との付き合いは無くなってきました」と。。。

やっぱり、オイラは独断と偏見に凝り固まっているのでしょうか?

その通りだよ!。。。 オマエは自惚れが強く、傲慢だから、誰もオマエに助言しなかったのだよ!

でも。。。、でも。。。、デンマンさんは、そんなオイラにも、こうして優しく助言してくれるのですか?

その通りだよ!



(smilerol.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

やっぱり“仏のデンマンさん”です!

日本では、相手にされなかったオイラを

デンマンさんは優しく相手にしてくれて

貴重な助言までしてくださるのでした!

もうこうなったら、恥も外聞もなく

スキップして喜んでしまおう!


(smilejp.gif)

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

も一つおまけに

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン



(laugh16.gif)

やれやれぇ~。。。

馬鹿とは付き合いきれません。

あなただってそう思うでしょう!?

でもねぇ~、見ていてください。

この愚か者が、

また手のひらを返したように

忘れた頃になって

他人に成りすまして

僕の記事にコメントを書きますよ。

でも、仕方ないから、この孤独な男を

真人間にするために

付き合うことにします。

他に誰も相手にしないのですから。。。



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【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
あたしは、太田さんの娘さんにも、奥様にもお会いした事はありません。

でも、娘さんは、二人とも アメリカで女医さんになっているほどですもの。。。
娘さんにしても、奥様にしても、決して悪い人ではないと思いますわ。

それなのに、太田さんは 娘さんとも、奥様ともうまくやっていないという事は、
太田さんに、問題があると思うのです。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。
太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。
また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、
相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って 読者に登録してしまったりするものですわァ。
どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと
てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、
メールアドレスで登録したりすると、
あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには騙されないと思い込んでいるでしょう?
でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。


(hand.gif)


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下着・ランジェリーを見つけませんか?』


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(byebye.gif)

いやな感じ

 

いやな感じ

 


(chiwawa5.gif)


こんにちは。ジューンです。
夏休みには、どこへお出かけになりましたか?

なかには軽井沢に別荘を買って、夏休みに引越しをした人が居るかも知れませんよね。


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スワンレークもいいところですよね。


(karuspa2.jpg)

そのスワンレークの水源ですわ。


(karuhap2.jpg)

そして、これが軽井沢の“幸福の谷”です。

軽井沢に引越ししても、常に素晴しい人と巡り会うとは限りません。
時には、ヤ~な隣人に巡り会うかもしれません。

ところで、この“いやな感じ”を英語でなんと言うのでしょうか?
すぐに feeling を使いたくなるでしょう?
でも、もっとくだけた英語の単語があるのです。

vibes を使います。

(名詞) 雰囲気、直感、予感


では、例文をお目にかけますね。



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I'm picking up some pretty negative vibes

from our new neighbors.

I don't think they like me.

引っ越し先の近所から、なんかいやな感じをうけるのよね。

歓迎されてないみたい。


どうですか?
俗語の意味を調べるって、ちょっと面白いですよね。

ところで、英語は国際語です。
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そのような人を探すべきよね。
遊びだけの付き合いもいいけれど。。。
人生にプラスになるような付き合いならば、やっぱり素敵な結婚相手を見つけることですよ。
では、あなたの幸運を祈っていますね。



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Good luck!

バ~♪~イ


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平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
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平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
(himiko22.gif)

おほほほほ。。。

卑弥子でござ~♪~ますわよ。

くどいようですけれど、

また現れましたわ。

やっぱり、ジューンさんぱっかりに

任せていると退屈するのよねぇ~。

それで。。。つい、つい、出て来て

しまうのでござ~♪~ますわよ。

ええっ、何で英語の記事に

顔を出すのかって?

あたくしも、英語を勉強して

ついに2007年のクリスマスに

バンクーバーへ行って来ました。

しばらく十二単から開放されて

自由な気分を味わっていたのですが、

また日本へ戻ってきて、

このダサい十二単を着ることになったのですわ。

あたくしは、もう着るのがイヤなのですけれど、

デンマンさんが、頼むから我慢して着て欲しいと

土下座して頼むので

仕方なく着ることにしたのでござ~♪~ますわ。


(yesman.gif)

おほほほほ。。。

ところで、あたくしは次のサイトで

マスコットギャルをやっているのよ。

■ 『面白い新しい古代日本史』

ええっ?もう何度となくきいたって。。。?

じゃあ、あなたのお友達に知らせてね。

うふふふふ。。。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね、バ~♪~イ。



(june92.gif)


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弘中先生と坊っちゃん


 

弘中先生と坊っちゃん

 


(bocchan6.jpg)




(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 夏目漱石の“坊っちゃん”に弘中先生という人物が出てくるのでござ~♪~ますかァ~?


(kato3.gif)

出てきません。。。

それなのに、どういうわけで“弘中先生と坊っちゃん”というタイトルにしたのでござ~ますか?

それに答えるには、ちょっと次のリストを見て欲しいのですよ。。。


(liv70304a.png)

『拡大する』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の3月3日の日本時間で午後7時23分から3月3日の午前9時26分までの約14時間の「生ログ」の1部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。



あらっ。。。 3月3日の午後7時29分にYahoo! で検索してデンマンさんの「徒然ブログ」の『弘中先生と熊谷』を読んだのですわねぇ~。。。

そうです。。。 『徒然ブログ』にやって来たネット市民は次のように「弘中先生 熊谷」と入れてYahoo!で検索したのですよ。。。


(yah70307a.png)


『拡大する』

『弘中先生と熊谷』

『現時点での検索結果』




「弘中先生 熊谷」と入れてYahoo!で検索したネット市民は、どういうわけで弘中先生と熊谷を結びつけたのでしょうか?



あのねぇ~、実は 僕は埼玉県の熊谷高校の出身なのですよ。。。

弘中先生というのは熊谷高校の先生なのですか?

そうです。。。 もう とっくの昔になくなりましたけれど。。。 ちょっと『ウィキペディア』で紹介されている僕の母校の「熊谷高校」のページを見てください。


熊谷高校


(kumako3.jpg)

1895年(明治28年)、埼玉県第二尋常中学校として創設された。
県下の公立校としては埼玉県第一尋常中学校(現埼玉県立浦和高等学校)に次ぐものである。
戦後、新制埼玉県立熊谷高等学校となった。
開学以来男子校である。
早くから私服での登校が認められており、校風は極めて自由である。

校訓

「質実剛健」
「文武両道」
「自由自治」
部活動への加入率は高く、また自由な校風を有している。

校風

自由な校風を有することが特徴である。
その中のひとつとして、「カクト」と呼ばれる制度がある。
これは、担当教員の出張などにより授業が休講となる場合に出される自習時間のことであり、「各自図書館自習」の略称である。
しかしながら、実質的には何をしても良い時間であり、自習時間の利用方法は生徒各々の自主性に任される。
また、カクトの時間を最終時限目と入れ替え、放課を早めることができる場合もある。
この行為は「トを上げる」と呼称される。
このため、同校においては生徒が授業時間中に校内を歩いていたり食堂で食事をしていたとしても、教員がそれをとがめることは通常ない。

このほかの同校の自由な校風を象徴するものとして以下のようなものがある。
例えば文化祭の出し物はクラス単位で行われることが一般的であるが、同校の熊高祭においては仲の良いグループを募って「サークル」を形成し、そのサークル単位で行うことが恒例となっている。
また、修学旅行に関してもほとんどがグループ単位での行動であり、宿泊地もグループ単位で異なる。
また、服装検査や頭髪検査、持ち物検査などの校規検査は一般的に行われない。

このほか、小規模な行事であろうと肩を組んで校歌を斉唱する習慣がある。
文化祭や体育祭、生徒集会や全校集会などの行事では必ず肩を組んで校歌が斉唱される。
生徒が自ら好んで校歌を歌うことが多い。

40キロハイク

毎年5月中旬から下旬ごろに行われる行事。
熊谷の荒川河川敷から秩父線上長瀞駅までのおよそ40キロを歩いたり、走ったりする。
服装は基本的に自由であるが、大半の生徒は仮装をして参加する。
仮装の内容は社会風刺や下ネタなどがある。
完歩率は高く、例年90パーセント以上を維持している。

臨海学校

1年次の7月中旬に行われる行事。
新潟県柏崎市の鯨波海岸で、主に遠泳が行われる。
県内では浦和高校と蕨高校と同校の3校のみでみられる行事である。
開始以来無事故。これまで毎年行われてきたが、2007年度は開始予定前日に発生した新潟県中越沖地震の影響で初めて中止となった。

熊高祭

毎年9月に行われる、文化祭と体育祭の総称である。
前者については、先述の通り仲の良い者同士や部活動単位で「サークル」を形成し、そのサークル単位で出し物を行うことが特徴である。
また、応援団による「勝利の伝統」や、「秩父支部劇」、女装してパフォーマンスなどを行う「ミス熊高」などが行われる。
体育祭に関しては、珍棒(ちんぼう)を用いる「珍百足」(ちんむかで)や、水泳やタイヤ引きなどを連続して行い体力と気力を試す個人競技「鉄の男」といった特徴的な種目がみられる。

修学旅行

2年次の11月頃に行われる。
例年の行き先は関西地方や九州地方、北海道などであるが、行き先は1年次に決定される。
このほか、先述の通り宿泊地をグループ毎に各自選択することができることが大きな特徴である。
例えば、行き先が関西地方の場合は、初日の広島が宿泊地として指定されているのみで、それ以降の宿泊地は岡山、神戸、高松、大阪などからグループごとに選択することができる。
初日が広島、2日目が岡山、3日目が大阪、4日目が京都というグループがある一方、初日が広島、2日目が神戸、3日目が高松、4日目が京都、というグループがあるなど、自由に選択できる幅が広い。

部活動

「文武両道」の精神にのっとり、部活動への加入率は高い傾向にある。
なお、2008年度における部活動への加入率は、運動部が63.8%、文化部が14.6%、愛好会(サークル)が15.6%であり、これらを合計するとのべ94%である。
2つ以上の部活動を兼部することもできる。

硬式野球部が1951年、1982年などに3回夏の甲子園に出場しており、うち1951年の大会においては準優勝した。
このほか、剣道部、陸上部、軟式野球部、ラグビー部、水泳部、弓道部、ソフトテニス部、バレーボール部、山岳部、将棋部なども県大会や全国大会へ出場を果たしている。

主な出身者・関係者

政治・行政 (略)

経済 (略)

 (中略)

芸術・雑

弘中又一: 夏目漱石の小説「坊っちゃん」の主人公のモデルとなった第二中学の教員
小林秀三: 田山花袋『田舎教師』モデル

須田剋太: 日本画家

(後略)




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




あらっ。。。 弘中先生というのは「坊っちゃん」の主人公のモデルになったのでござ~♪~ますか?



そうなのですよう。。。 実は僕も知らなかった。 高校時代には田山花袋が書いた『田舎教師』に僕は興味を持っていた。

なぜでござ~ますか?

『田舎教師』の主人公のモデルになったのが小林秀三という人物なのですよ。。。 校長室の前の廊下にガラスケースがあって、その中に埼玉県第二尋常中学校の第2回か3回目の卒業写真が飾られてあって、僕も何度かその記念写真に写っていた小林秀三の姿を見たことがあった。

弘中又一さんの事は高校時代にデンマンさんは聞いた覚えがないのでござ~♪~すか?

誰からも聞いた覚えが無いのですよう。。。 『田舎教師』よりも小説「坊っちゃん」の方が良く知れわたっていると思うのに、どう言う訳か僕は弘中又一先生の話を聞いたことがない。 今から思えば、実に意外だった。

小説「坊っちゃん」の方が良く知られているのに、なぜ弘中先生のお話が出なかったのでござ~♪~ましょうか?

あのねぇ~、僕は思うのだけれど、小林秀三が田山花袋が書いた『田舎教師』のモデルだと言うことは、ほぼ間違いないのですよう。 つまり、文学に多少関心がある人の間では、誰も認めている事実なんですよう。

弘中先生が「坊っちゃん」のモデルだと言う事は夏目漱石ファンの誰もが認めているわけではないのでござ~♪~ますか?

僕も夏目漱石のファンだけれど、僕は知らなかった。 夏目漱石自身が「坊っちゃん」のモデルだと、僕は素朴に思い込んでいましたよう。

なぜでござ~♪~ますか?

ただ素直に、そう思い込んでいた。 「坊っちゃん」の主人公と夏目漱石が僕のオツムの中では重なり合っていた。

つまり、私小説だとデンマンさんは思っていたのでござ~♪~ますか?

志賀直哉が書くような私小説だとは思わなかったけれど、「坊っちゃん」の主人公は、明らかに夏目漱石の生い立ちや経歴に基づいて書かれていますよう。

たとえば。。。?

『ウィキペディア』の作品解説には次のように書いてあるのですよう。



(soseki008.jpg)

作者(夏目漱石)が、高等師範学校(後の東京高等師範学校)英語嘱託となって
赴任を命ぜられ、愛媛県尋常中学校(松山東高校の前身)で
1895年4月から教鞭をとり、1896年4月に熊本の第五高等学校へ
赴任するまでの体験を下敷きに、後年書いた小説である。




つまり、漱石の松山時代の体験に基づいて書かれた小説なのですよう。 だから、私小説とは言わないまでも、漱石自身の体験がそこ、ここに書かれている。



例えば。。。?

漱石が子供の頃に一緒に居た女中のお清さん。 孫が書いた本にも次のように紹介されている。



(soseki009.jpg)

漱石の『坊っちゃん』には、父親に嫌われる主人公を無条件に愛する使用人の清という女性が描かれる。
清が「まっすぐで、よいご気性です」と坊っちゃんをほめると、坊っちゃんは「おれはお世辞は嫌いだ」といいかえす。
が、「それだから、よいご気性です」といわれて閉口するのである。

そこで愛されているのは、坊っちゃん本人であり、彼自身の気性である。
彼の生まれた家柄や、父親といった、彼自身に選べない属性ではない。
だからこそ坊っちゃんも清を愛し、恩を返そうと思う。これは「ひいき」ではない。

漱石自身は、坊っちゃんではない。
もっと複雑で多重人格的な人だが、清のようなまっすぐな愛情を尊ぶ性向は、明らかに漱石のものだったと思う。





148ページ 『漱石の孫』 著者・夏目房之介
2003年4月22日 初版第一刷発行
発行所・株式会社 実業之日本社




確かに、漱石自身は坊っちゃんではない。 でも、漱石自身も坊っちゃんの姿に自分自身のあるべき姿を見ていたはずですよう。



どうしてデンマンさんは、そのような事をおっしゃるのでござ~♪~ますか?

孫の房之介さんは、更に次のように書いていた。


本当の自分を持つ


(natsume.jpg)

「真に目覚める日本」とは、個人におきかえれば「本当の自分」を自覚することになる
いわば「坊っちゃん」のように、内面と外面が一致する偽善のない姿を意味するのだろう。
これを問うことが漱石の文学的主題にもなったが、一方で、つねに自分の内面に問い続ける、資質的で内面的な視線を強化することにもなった。
また漱石は、その主題を「個人主義の確立」という公共社会的な課題にして、本当に「中身」のある近代を視野に入れようとした。

 (中略)

ともあれ漱石は、日露戦争直前の、明治国家が世界における存亡を強く意識して極度に緊張した時期に留学したのである。
自己肥大どころか、自分は、日本は、貧弱な猿真似をしているに過ぎないのではないか、という意識を心に抱いて帰った。
そのことが、以後の日本の自己肥大化から距離をおいた文明論的な場所を漱石に与えたともいえる。

 (中略)

「国家は大切かもしれないが、そう朝から晩まで国家国家といってあたかも国家に取り付かれたような真似はとうてい我々にできる話ではない。(略)
事実出来ないことをあたかも国家のためにするごとく装うのは偽りである。(略)
国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見えることです。
元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。
詐欺をやる。誤魔化しをやる、ペテンにかける、滅茶苦茶なものであります。」
(夏目漱石 『私の個人主義』 135-137ページ所収)

見事な指摘である。これを漱石は、日露戦争(1904-1905年)および第一次世界大戦(1914-1918年)の戦勝国となった日本で語っている。
国家と個人、国家と国家の関係において、この言葉は今でも説得力を持つ。

日本は、そののち「朝から晩まで国家国家」といわねばならない、「出来ない事」をできるといいはる国になり、「徳義」もないくせに「徳義」ヅラして(この点は欧米だって同じだが)、そして手ひどく(太平洋戦争で)負けた。
漱石の文明論的な視点は、そのあたりまで届いていた。




131-134ページ 『漱石の孫』 著者・夏目房之介
2003年4月22日 初版第一刷発行
発行所・株式会社 実業之日本社

『夏目漱石と成りすまし馬鹿 (2009年8月11日)』に掲載。




つまり、僕は『漱石の孫』の上の部分を読んで、夏目漱石は当時の自己肥大しつつある日本帝国という国に居て、本当の自分を持つために苦悩していた。その事を赤裸々に小説化したのが「坊っちゃん」だと思えたのですよう。



要するに、苦悩する自分の姿を坊ちゃんになぞらえて書いたとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうですよ。 漱石は1900(明治33)年の9月に横浜からイギリス留学に向けて出発した。完璧を望む漱石は文学者として苦悩しノイローゼになってしまった。でも、その経験があったからこそ、漱石は日本帝国を、そして自分自身を客観的に見ることができた。そして、よくよくイギリスと比較してみたら、日本帝国は夢中で自己肥大しようとしていた。

狂っているのは漱石ではなく、当時の日本帝国の方が病的に自己肥大しようとしていたとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうですよう。日本帝国は「朝から晩まで国家国家」と言うようになっていった。「出来ない事」をできると言いはるような国になりつつあった。そういう中で漱石は『坊っちゃん』を書き上げて1906(明治39)年に「ホトトギス」に発表した。

つまり、「真に目覚める日本」とはどう言う事か?を考えながら、漱石自身が「本当の自分を持つ」ために書き上げたのが『坊っちゃん』だとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

その通りです。 そう思っているところで、『ウィキペディア』の母校「熊谷高校」を覗いてみたら次のようなことが書いてあった。

弘中又一: 夏目漱石の小説「坊っちゃん」の

主人公のモデルとなった

第二中学(現・熊谷高校)の教員


意外だったのでござ~♪~ますか?

実に意外だった。

どうして。。。?

夏目漱石は自分自身を俎板(まないた)の上に乗せて、これから自分をどのように料理しようか? そう考えながら書いたのが『坊っちゃん』だと思えたのですよう。

ところが、「坊っちゃん」の主人公のモデルが外に居たと『ウィキペディア』に書いてあったのでござ~♪~ますわね?!

そうです。 まるでバケツの冷水を頭からぶっ掛けられたような気分でしたよう。

マジで、それ程意外だったのでござ~♪~ますか?

もし、それが事実であるならば、弘中又一先生は、夏目漱石が真に理想としていたような人物ではなかったのか?。。。僕は、ふと、そう思ったのですよう。

。。。んで、調べ始めたのでござ~♪~ますか?

そうです。まず弘中先生の略歴を読んでください。


弘中又一 略歴


(hironak5.gif-hironaka6.jpg)

21才頃の弘中先生

・明治6年(1873)12月10日、山口県都濃郡湯野村第287番屋敷(現、山口県徳山市大字湯野4152番地)で、父弘中伊亮、母タメの長男として生まれる。

・明治12年(1879)7月 現湯野小学校入学。 明治18年8月18日卒業。

・明治23年(1890)1月 同志社普通学校入学。明治27年6月29日卒業。
その間、明治26年12月 山口県の柳井小学校高等科英語の代用教員を務める。
又、12月28日に戸澤タカと結婚。明治28年5月22日長男(進)出生。

・明治28年(1895)5月27日 愛媛県尋常中学校へ単身赴任。
なお、夏目漱石が同校へ赴任したのは、同年4月10日である。

・明治29年(1896)4月1日4月1日 愛媛県尋常中学校東予分校へ転任。
この時、漱石も尋常中学校を去った。

・明治29年(1896)11月24日徳島県尋常中学校第二分校(現 富岡西高等学校)へ着任。

・明治33年(1900)4月4日 埼玉県第二中学校(現 埼玉県立熊谷高等学校)着任。

・大正8年(1919)5月8日同校離任。大正8年5月同志社中学校へ赴任。

・昭和7年(1932)3月31日同校退職。

・昭和13年(1938)8月6日永眠。墓は菩提寺湯野常照院にある。




『湯野温泉郷ガイド 弘中又一先生』より




漱石先生の生まれは1867年の2月だから、弘中先生の方が6才若いのですよう。



松山の中学校で一緒に居たのはわずかに1年程なのですわねぇ~。。。

そうなのです。 漱石先生は当時28才で、弘中先生が赴任した時は21才ですよう。

弘中先生は若かったのでござ~♪~ますわねぇ。

あのねぇ~、僕が弘中先生のことを調べ始めて驚かされたのは、旧制熊谷中学の卒業生の間で弘中先生の事は結構知られていたのですよう。

どうして分かったのでござ~♪~ますか?

1975年に熊谷高校は創立80周年を迎えたのですよう。 その記念行事として「熊谷高校八十周年誌」を出版したのです。

その八十周年誌に卒業生が寄せた弘中先生のエピソードがたくさん書いてあったのでござ~♪~ますか?

そうなのです。 そう言えば僕も買わされて、親父が懐かしそうに手にとって読んでいたのを今でも思い出しますよう。

でも、デンマンさんのお父様は小学校だけしか出ていなかったのでしょう?

卑弥子さんは、そのようなどうでもよい事はよく覚えているのですねぇ~。。。確かにそうなのですよう。でも、親父だって家が貧乏でなければ、当時の熊谷中学へ入りたかったのですよう。

。。。んで、お父様はどうしていたのですか?

昔の忍尋常小学校で給仕をしながら独学で教員検定試験を受けてパスしたそうです。 18才で小学校で教え始めたと言うのだから驚きます。 でも、中学校に行けなかったので、小学校の頃の同級生の名前を探しながら、懐かしそうに読んでいましたよう。

デンマンさんは、読まなかったのでござ~♪~ますか?

親父が独占してしまったので、僕は初めにざっと目を通したぐらいで、とりわけ面白いとも思わなかったから、それ以後読まなかったのです。

そうしたら、「熊谷高校八十周年誌」に弘中先生の面白いエピソードがたくさん書かれていたのでござ~♪~ますか?

そうです。 ネットで、同窓生のページを調べていて知ったのです。

。。。んで、どのようなエピソードがあったのでござ~♪~ますか?

教科は『坊っちゃん』の中に書かれているように、熊谷中学でも数学を教えていたのです。 博学で、英語の原書を授業で用いることもあったそうです。 しかも、「坊っちゃん」のような破天荒ぶりも見せたそうです。

どのような。。。?

弘中先生は“泥鰌(どじょう)”が好物だったらしいのです。 ある時、安いのでどじょうを買ったのだけれど、あいにく入れ物がないので、かぶっていた山高帽の中に入れて持ち帰ったというのですよう。

その他には。。。?

またある時は、荷車を引いて歩くのに山高帽にフロックコートをはおって引いていたというのですよう。 面白いでしょう?!

まだあるのでござ~♪~ますか?

修学旅行で京都に行ったとき、先生方は皆モーニングにネクタイを締めて引率していたが、弘中先生はネクタイを忘れたらしく、モーニングにネクタイ無しで引率していたというのです。

他には。。。?

中学の先生にしては周囲の視線を気にしないで、ひょうひょうとして、あまり身なりには構わなかったそうです。

あだ名はあったのでござ~♪~ますか?

「エグス」というのですよう。

卵の英訳でござ~♪~ますか?

違うのです。 出席簿の教師名欄に弘中の「弘」を書く代わりに数学記号「x」を書き、「エグス」と発音していたと言うのです。 それで「エグス」と呼ばれるようになったとか。。。 面白いのは、先生の名前をエグスだと思い込んでしまって、卒業しても本名を知らない生徒が居たとか。。。

マジで。。。?

「熊谷高校八十周年誌」に、そう書いてあるらしい。 住んでいたのは、学校から南東へ約1キロ、さいたま地裁熊谷支部の南側にある「明石医院」の隣の貸家だった。

今でもあるのでござ~♪~ますか?

その貸家は取り壊されて、今では駐車場になっているそうです。市街地の中心部にありながら、熊谷空襲でも焼けずに残った地区だったそうで、そのあたりは、今でも古い民家が立ち並ぶ狭い通りだそうです。

何か面白いお話でも伝わっているのですか?

あのねぇ、大家だった明石千代子さん(92)は、「弘中先生が酔って道ばたで寝ていた」と、お母さんから聞かされたそうです。

中学校の先生が酔って道端で寝ていたなんてマジでござ~♪~ますか?

覚えている女性の名前と年齢までがはっきりしているのだからマジですよう。 しかも驚いたことに、「漱石の『坊っちゃん』先生旧居跡」という看板が、ブロック塀に今でも掲げられているのですよう。 次のサイトへ行くと、その写真を見ることができます。

 


(soseki006.jpg)

『小説「坊ちゃん」の主人公が居た熊谷市』


(hironak5.gif-hironaka6.jpg)

 



弘中先生は色白で背が高くて、学校近くへ写生に出かけると、青縞織(あおじまおり)の女子工員たちが一斉に工場の窓から首を出すほど「ハンサム」だったそうですよう。でも、『坊っちゃん』の主人公のモデルだ、と語ることはほとんどなかったらしい。



弘中先生が教えていた頃の校舎は今でも残っているのですか?

旧制熊谷中の校舎は改築されて、今では見ることができません。 でも、当時からあったくぬぎ林は今でも残っていますよう。 林の奥にある同窓会館「くぬぎ会館」で、弘中先生写っている集合写真を見ることができます。

それ程ハンサムなら、あたくしも一度弘中先生が写っているお写真をぜひ見たいものでござ~♪~ますわ。

あのねぇ~、僕が更に驚いたのは、田山花袋の小説『田舎教師』の主人公のモデルになった小林秀三(1884―1904; 熊谷中2期生)も、弘中先生に教わった生徒の一人だと言うのです。

しかし、これだけ有名なのに、どうしてデンマンさんは弘中先生のお話を覚えていなかったのでござ~♪~ますか?

いま、振り返ってみても、僕自身が不思議でならない。。。 やっぱり、どのように思い出そうとしても記憶に無い。 どう言う訳か僕にとって『田舎教師』の主人公のモデルになった小林秀三の印象が強烈で、弘中先生の話は、多分聞いたと思うのだけれど、全く記憶に無いのです。

そのような事があるのでござ~♪~ましょうか?

あるのですよう。 何が強烈に印象に残るのかは、人によってさまざまですからね。

「弘中先生 熊谷」と入れてYahoo!で検索したネット市民は、デンマンさんのように熊谷高校の卒業生かもしれませんわねぇ~。。。

たぶん、そうでしょう。。。 卒業してから数十年経って 『坊っちゃん』のモデルが旧制熊谷中学で教えていたことを確認するためにネットで調べ始めたのですよ。。。



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

あなたは『坊っちゃん』のモデルが弘中先生だと知っていましたか?

あたくしは知りませんでしたわ。

では、ここで あなたのために NHK新春ドラマ1994年に放映された『坊っちゃん』をお見せしますわね。


(soseki007.jpg)



ところで、話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわよう。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)



(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『布袋さんに惹かれて』

『悪女 レオタード』



軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)
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